蛙は嫌い

柏 サキ

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2.天敵

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~【病弱な女子】目線~




 始業式当日。


「ふあぁ。」


 布団から起き上がり一旦伸びて、窓の外を見る。

 うん、今日も晴れ、良い天気。
 雲一つ見えない、新学期に相応しい様な空模様だ。


《ピピピピピピピ!!!!!!》


「わっ。」

 目覚ましよりも早く起きた彼女は、その音に反射しベッドから落ちてしまった。
 腰の辺りに痛みを伴った。


 新学期であり、私にとっては新生活の始まりだった。

 小学校4年生時、クラスでのイジメが原因で不登校になりその後5年生を迎えると同時に同じ都内の中学校へ転校した。
 小学校の時から病弱だった私はそれで無くても欠席しがちだったが、4年生の時は調子が良かった。
 しかしそこでは肌が白かったり、痩せこけていたり、不登校と思われたりでイジメの的にされた。

 中学校へ上がると身体の調子は悪化し、入院や自宅療養に時間を取られ、学校では友達も出来ず、保健室通いの生徒になっていた。

 それでも卒業は出来て、病室などで勉強をしていたので受験もまずまず順調で、まあでも自分から都内を出たいと志願したのは親も大分驚いていた。
 親は驚きはしたが反対こそしなく、私の意思を尊重して、受験をする前から引っ越しの準備をしていた。
 なんとかその高校にも受かり、春休みには都内にさよならを告げる形で、親戚に挨拶回りをし、新生活のスタートを切った。


 しかしいきなりの環境の変化で身体も驚いたのだろう、高校1年の時はろくに学校も行けず、また入院生活に戻ってしまった。
 学校に出れる時はまず保健室から。
 たまに教室にも顔を出したが、クラスには既にグループが出来ていて私はそれに加わることはなかった。


 それでも1人はもう寂しいとも思わなくなった。
 ずっと一人きりの生活をしていたので、一人きりの過ごし方はきっとプロだと過言できる。
 馴染めない教室に行かない時は、保健室に顔を出した後図書室に行き、放課後まで閉じ篭もる事はざらにあった。
 新刊の発注申請もきっと殆ど私が出しているだろう。
 図書室の小説と呼べる本はほぼコンプリートしたかもしれない。


 それに図書室で思わぬ収穫、いやこんな言い方をしたら非常識なのだが、私にとっては大きな進歩が見られた。
 図書室に通う生徒は大体静かな部屋で勉強したいという上級生が殆どだったが、偶にはちゃんと本が好きで通ってる生徒も見られた。

 その中の1人が私の唯一のこの学校の友達【本城 明】だ。
 男の子かと疑う名前だがちゃんとした女の子だ。
 髪は長いので、校則に沿って一つ縛りで束ねている。
 背は私よりは低いけど中々に高身長だと思う、何より脚が長いしスタイルが良い。
 本城さんは私が図書室に通っていることに気づいて、何か面白い本はないか?と向こうから話しかけて来た。
 私は偏った意見しか出せないよ?と控えめに接したが、それでも彼女は私が応答してくれた事に表情を緩ませて身体全身で喜びを体現するようだった。

 私はまず【田中 一慶】の『手紙』という本を薦めた。
 盲目の1人の少女が自ら手紙を書いて、異性への告白、親への感謝、生涯を捧げた異性への告白などを伝えていく話だ。
 29歳の誕生日の日に手紙を投函しに出かけた際事故で亡くなってしまうという、バッドエンドで終わってしまう話だが、私はこの少女の生き様がとても好きで何度か読み更けた。

 本城さんもとても気に入ってくれたようで、何度も泣いてしまったと感想を漏らしながら次の本を薦めてくれと懇願してきた。
 同じ趣味を共有していくうちに、私達はきっと本当に友達と呼べるくらいには仲良くなっていた。
 私にとってはもう宝物である。




 冒頭に戻る。



 高校1年の終わりには体調は大分良くなっていたので、今日の始業式は出席出来そうだ。
 教室に行く前には必ず保健室に向かう。
 体育館シューズを忘れた事に気付く。
 スリッパで体育館で1人居るのは心地が悪く感じたので、出席出来た始業式も体調を理由に保健室で寝て待機を選んでしまった。



 逃げてばかりだなあ。




 始業式は終わったようだ。
 自分の教室を確認して、荷物を置きに向かった。
 よし、誰もいない。
 って何を安心してるんだ私は。

 自分の席を確認して鞄を置いたところで、保健室に筆箱を忘れた事に気付いた。
 私忘れ物多いなあ、もう歳なのかなあ、と1人でボケをかましながら忘れ物を取りに行く。

 教室に戻ると人の気配がした。
 わ、タイミング間違えたかな。
 ここで引き返すのも手間だと思ったので、鞄だけとってすぐに出ようと扉を開け目を伏せて自分の机に向かう。

 
 絶対こっち見てるよ…怖いし…恥ずかしい…。


 鞄を手に持った。
 よし後は逃げるように帰るだけ…、

 しまった、顔を上げた時に男子生徒と目が合ってしまった。
 きっと、赤面してるんだろうなあ、私。

 と考えながら視界を別の場所へ移そうとした時、胸に刺さるような嫌悪感に襲われた。


 見覚えのある、トラウマを感じさせるような顔。
 私は意識しないうちに声を漏らしていた。



「…西尾…くん……?」



 私が西尾と呼んだ男子生徒は不意を突かれた顔をしている。


 逃げなきゃ。


 私は扉を雑に開け本当に逃げるように帰路に向かう。


 さながら、天敵に追われるかの様に。










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