偽りの満月の姫

仲室日月奈

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第一章 奪われた秘宝

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 記念式典から数日が経とうとしていた。
 いつものように、自室での自習を終えたディアナは回廊を歩く。

(今日はどうしようかしら。セシルのところに行って、精霊術の特訓をするか……ああでも、ロジーおじさんの新作も見逃せないわね)

 朝日が昇らない夜の国では、ランプは非常に重宝されている。火の精が宿った鉱石は幻想的な灯りを演出し、お土産品として諸外国からの人気も高い。中でもロジーが営むお店は、いろんな角度からも楽しめる緻密なデザインが人気だ。

(けどやっぱり、見たら欲しくなっちゃうかも)

 無駄遣いはできない。でも見るだけならタダよね、と自分に言い聞かせてみる。
 だが行き先を決めた足は、数歩で止まることになった。

「ディアナ姫様。また下町へお出かけですか?」

 鋭い声にぎくりとする。振り返った先には、年齢不詳の侍女長がいた。今日も変わらず銀縁の眼鏡を光らせ、思わず背中を伸ばしてしまうほどの威圧感を放っている。

「い、いえ。あの、これはね! 忙しい女王陛下に代わっての視察というか……」

 あわてて言い訳を取り繕うと、侍女長はため息をこぼした。

「いろいろお話ししたいことはありますが、またの機会にいたしましょう。その陛下がお呼びです」
「え、私を……?」
「至急とのことです」

 女王からの呼び出しなど、そうそうあることではない。しかも、火急の用件らしい。嫌な予感がして、ディアナは侍女長を伴って回廊を引き返した。
 女王の間に入った途端、張りつめた空気に緊張が走る。
 燭台にともる灯が揺れ、招集された文官たちの険しい顔が照らされる。

「……何があったのですか?」

 ディアナの問いに皆一様に口を閉じたまま、視線をそらす。

(まさか、王国を揺るがすような何か、ということ?)

 焦りと不安が押し寄せていると、部屋の奥から御簾を上げるように指示が飛ぶ。するすると御簾が巻き上げられ、中にいた女王と視線がぶつかる。
 赤紫の炎に照らされた顔は憂いを帯びていた。やがて、意を決したように硬い声が大広間に響く。

「よくお聞きなさい。月の民の宝がなくなりました」

 ディアナは言葉の意味を正しく理解するまで、数十秒は要した。それから頭の中で反芻し、やっと声を絞り出す。

「え……何かの間違い……でしょう? あれは、王族しか触れることは許されないものです。それが紛失したなど」

 言い募ると、女王は静かに肯定する。

「その通りです。これは由々しき事態なのです」
「では本当に……なくなったのですか」
「この目で確認しました。指輪は台座から持ち去られていました。そして、もう国内にないようです。朝から何度も繰り返した占いは、どれも同じ結果でした」

 女王の占いはこれまで外れたことはない。

(けれど一体、誰が何の目的で? 秘宝の存在は、王国民すら知らないはずなのに)

 心の声に答えるように、凛とした声が続く。

「王族の秘密を知っている者は限られています。ともすれば、盗んだ者も絞られるでしょう。しかも、事態は困ったことになりました」

 女王の声はいつもより暗い。ため息が聞こえてきそうな顔を見て、ディアナは濁した言葉の続きに見当がついた。

「……犯人の目星はついているのですね。でも、それは簡単に事情聴取ができない人間」
「そうです。占いによると、宝は隣国にあると出ていました」
「それはつまり、太陽の皇国の大使殿が犯人である……と?」

 女王は両手に載せていた扇を握りしめ、目を伏せた。

「まだ断定はできません。ただ、紛失した時期と照らし合わせると、一番怪しいというのは変わりません」
「では、記念式典の日まではあったのですね。気づいたのは今朝でしょうか?」
「いいえ。一週間前です」

 秘宝は月宮殿の地下、精霊の間に置かれていた。そこへ通じる道は王族のみが利用でき、警備上、限られた者しか知らされていない。
 ディアナが満月の指輪を見たのは、女王が戴冠するときの一回だけだ。月の大精霊と契約する儀式の際、前女王から姉と一緒に聞いた説明を思い出す。

(王国が分裂する前まで、婚姻の儀式で使われていた指輪だったわよね。月の民である証として大事に守られてきた宝。女王が管理し、定期的に手入れされていたはず)

 とはいえ、古い指輪を持ち出して何になるだろう。金銭的価値が目的なら、大ぶりな宝石などを狙うべきだ。

「失礼ながら、彼らは宣戦布告のつもりなのでは?」

 文官のひとりが声を震わせ、皆が言わずにいた懸念をとうとう口にする。

「それは早計だろう。単独犯なのか、国家ぐるみの謀略なのか、まだわかってはいないのだ。憶測の段階で、迂闊なことを言うものではない」
「……し、失礼しました」

 たしなめられ、若い文官はすぐに詫びた。
 だがその不安は、ここに集う全員に共通するものだった。隣国との火種はまだ鎮火せず、数百年がたった今でも目に見えない溝は深いままだ。

「どちらにせよ、失った宝は取り戻さねばいけません。そこでディアナ、あなたの力を借りたいのです」
「わ……私……ですか?」

 いきなり指名され、ディアナは動揺を隠せない。今まで女王に頼られたことは一度もない上に、こんな重要な問題に何かできるとも思えなかった。

「あれを」

 女王の声に、正面にやってきた侍女長が銀の布を差し出す。布がめくられ、包まれていたものが露わになる。けれど中身は予想していたものと、どれとも一致しなかった。

「……あの。私は一体、何を?」
「幸い、あなたには教養の素質があります。隣国からの留学の打診は、先日もあったと聞いています。ですから女王の名において、ディアナに留学を命じます」

 鈴のような声は耳をすり抜けていった。
 ディアナは異国の衣装を見下ろす。シルク生地に刺繍されているのは、太陽と獅子の校章だった。藍色のネクタイが白地の制服によく映えている。

(いつかお姉様を説得して、と思っていたけれど)

 思いがけず夢が叶ったものの、今は素直に喜べる状況ではない。まずは確認することがある。

「ですが、敵国に女王の身内を送りこむような真似、隣国に警戒させるだけでは?」
「今回の場合、秘密裏に潜入するよりも、堂々と乗りこんだ方が得策だと考えます。大使殿の話では、ヴァイスナハト学園は、学力が優秀な者であれば出身を問わないとか。それに、実際に秘宝を見たことがあるディアナ以外に適任者はいません」

 ハイネの言葉と重なり、ディアナの心は大きく動いた。

(私は……何を迷う必要があるの。この期待に応えなくちゃ。だって、そのために頑張ってきたんだもの!)

 ところが妹に向けられたのは容赦ない言葉だった。

「無論、あなたが問題を起こしたときは即刻、捕らえられるでしょう。仮にそうなった場合でも、わたくしたちは関与できません。自分の身は自分で守ってください」

 したたかな侍女長でさえ、哀れみの視線を送っていた。大広間に集まる皆の視線が突き刺さり、固めたはずの決意が鈍っていく。

(でも……でも。危険を恐れていたら、指輪を取り返すことなんてできないわ!)

 ディアナは身を奮い立たせた。

「女王の妹として恥じぬよう、私が命に代えても探し出してみせます。密命、謹んで拝命いたします」

 厳かな誓いに、女王は顔を曇らせた。けれど次の瞬間には、機敏に対応してみせた。

「よろしい。出立の日は追って通達します。準備をしておきなさい」

 今生の別れとなるかもしれない言葉を、ディアナはうつむいたまま心に刻み込んだ。
 欠けない月は昔と変わらず、月宮殿の上空に輝いていた。
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