言葉の壁を超えて 〜元外交官の異世界言語革命〜

焼肴のどみ

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第0章- 終わりと始まり

言葉の壁を越えて

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霧島陸(きりしま りく)は、外務省の特別外交官として世界中を飛び回り、紛争地域の調停に命を懸けていた。彼の持つ天才的な言語習得能力と、どんな相手とも心を通わせる並外れたコミュニケーション能力は、「言葉の魔術師」と呼ばれるほどだった。
しかし、そんな彼も人間の限界を超えることはできなかった。
「霧島さん、もう無理をしないでください。このままでは本当に…」
医師の言葉が病室に響く。陸は苦笑いをしながらベッドに横たわっていた。42歳。外交官としてのキャリアの絶頂期に、彼の体は限界を告げていた。過労と睡眠不足、時差ボケの連続。最後の任務でついに倒れ、重度の過労性心不全と診断された。
「わかってるよ…でも、あと少しで和平交渉が…」
言葉を紡ぐのもやっとだった。病室の窓から見える夕日が、彼の顔を赤く染める。
「霧島さんの言語の才能は本当に世界レベルですよ。でも、その才能を活かすには、まずは自分の体を大切にしないと」
医師の言葉に、陸は目を閉じた。確かに彼は12カ国語を自在に操り、どんな複雑な交渉もこなしてきた。しかし、それは常に自分を犠牲にしての結果だった。
「少し…休ませてください…」
それが、この世界での彼の最後の言葉となった。

---「…ぎゃ…おき…」

何かが聞こえる。まるで水中から聞こえてくるような不明瞭な声。
「起きてください!」
突然、はっきりとした声が耳に飛び込んできた。陸は目を開ける。見知らぬ天井。そして、見知らぬ少女。
「やっと目を覚まされましたね、召喚勇者様」
青い髪をした少女が、不思議な色の瞳で陸を見つめていた。彼女の言葉は日本語のようで、でもどこか違う。単語の発音が微妙に異なり、文法も少し変わっている。
「ここは…どこだ?」
自分の声に驚いた。若い。はるかに若い声だ。慌てて自分の手を見る。皺一つない若い手。
「『トランスレシア』です。異世界と呼ばれる場所からお越しになられたようですね」
少女の言葉に、陸は状況を理解した。異世界転生…そんな荒唐無稽な話を真に受けるような人間ではなかったが、自分の体の変化と周囲の環境を見れば、否定できない現実だった。
「私はリーシェ・トラレスタン。王立言語学院の学生です。あなたを召喚したのは、私たちの世界の危機を救っていただくためです」
陸は起き上がり、周囲を見回した。石造りの部屋。窓から見える風景は、中世ヨーロッパのような街並み。しかし、空には二つの月が浮かんでいる。
「危機?」
「はい。この世界では、『大分裂』以来、言語が分断され、それが種族間の対立を深めています。かつては一つだった言語が、今では何百もの言語に分かれ、コミュニケーションが困難になっています」
リーシェの説明を聞きながら、陸は自分の状況を把握しようとした。なぜ彼女の言葉が理解できるのか?そもそも、なぜ彼がここに召喚されたのか?
「私たちの予言では、『言葉の壁を超える者』が現れ、世界を統一すると言われています。あなたがその人なのです」
陸は苦笑した。自分が外交官だったことを彼女は知っているのだろうか?しかし、すでに死んでいるはずの彼が、こうして若い体で目覚めているのは事実だった。
「ちなみに、あなたの名前は?」
「霧島陸…いや、ここでは単に『陸』と呼んでほしい」
突然、彼の頭の中に不思議な文字が浮かび上がった。
【スキル取得:基本言語翻訳Lv1】
【効果:会話に使われる言語を自動的に翻訳可能。現在対応言語:トランスレシア共通語】
「何だこれは?」
「おや、ステータスビューが見えるようになりましたか?この世界では、能力が数値化されて見えるんです。あなたは召喚勇者ですから、特別なスキルを持っているはずです」
陸は自分の頭の中に浮かぶ情報を整理した。どうやら彼は「翻訳」スキルを持っているらしい。だからリーシェの言葉が理解できるのだ。
「リーシェ、この世界の言語の状況をもっと詳しく教えてくれないか?」
少女は嬉しそうに頷いた。

「かつてこの世界は『古代共通語』という一つの言語を使っていました。しかし、千年前の『大分裂』で言語が分断され、人々が互いに理解できなくなったのです。今では、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人など、主要な種族ごとに言語が分かれています。さらに、地域や部族によっても方言が分かれ、現在では数百の言語が存在します」
「そして、それが争いの原因になっているのか」
「はい。言葉が通じないことで誤解が生まれ、貿易も困難になり、戦争まで起きています。特に、三大国家連合と辺境種族連合の間では緊張が高まっています」
陸は窓の外を見つめた。ここでも言語の壁が争いを生み出しているのか。皮肉なことに、彼はその問題を解決するために召喚されたらしい。
「ところで、他の人の言葉も理解できるのか?」
「今のところ、わたしの言葉しか理解できないと思います。私は『召喚の儀式』で精神を同調させましたから。他の言語を理解するには、あなたの『翻訳』スキルを成長させる必要があるでしょう」
陸は起き上がり、部屋の中を歩き始めた。若い体は軽やかに動く。彼は自分の年齢を尋ねた。
「今の私は何歳なんだ?」
「召喚された勇者様は常に18歳の姿になります。あなたの元の年齢に関わらず」
18歳。人生をやり直せるチャンスともいえる。しかし、彼の使命は重い。
「リーシェ、一つ約束してほしい。私は『勇者』ではなく、『外交官』として活動する。剣は振るわない。言葉の力だけで問題を解決する」
少女は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「わかりました。その方がむしろ予言に合っているかもしれません。『言葉の壁を超える者』ですから」
そのとき、部屋のドアが開き、中年の男性が入ってきた。男性は何か言ったが、陸には理解できなかった。
「これは学院長のマゼンタ・ディールです。あなたの召喚について説明しに来られました」
リーシェが通訳する。陸は学院長に向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします」
学院長は再び何かを言った。陸には意味がわからない。
「学院長は、あなたを『言語学院』の特別学生として受け入れると言っています。ここで様々な種族の言語を学び、翻訳スキルを成長させていただきたいとのことです」
陸は頷いた。今の彼には、まさにそれが必要だった。
「リーシェ、君に通訳をお願いできるか?少なくとも、私のスキルが成長するまでは」
「はい、喜んで!実は私、言語学院でトップの成績なんです。人間の共通語だけでなく、エルフ語とドワーフ語も話せますよ」
陸は笑顔を見せた。「それは心強い。これからよろしく」
学院長が何か言い、リーシェが通訳した。
「明日から授業が始まります。今日は休んでください。夕食はこの部屋に運ばせます」
学院長が去った後、陸は窓から見える異世界の街を眺めた。二つの月が昇り始めている。遠くには、様々な種族が行き交う市場らしきものが見える。
「この世界で、私にできることは何だろう」
彼は呟いた。前世で彼は言語の才能を活かして外交官として活躍したが、最終的には過労で倒れた。今度は違う道を歩むべきなのか?いや、やはり彼の使命は言葉の橋渡しなのだろう。
「陸さん、何か考えごとですか?」
「ああ、この世界での私の役割についてね。言語の壁を超えるには、単に言葉を理解するだけでは足りない。相手の文化や習慣、価値観も理解しなければならない」
リーシェは興味深そうに陸の言葉に耳を傾けた。
「その通りです。だからこそ、言語学院では言語だけでなく、各種族の文化や歴史も学ぶんです」
陸はふと思いついた。
「料理はどうだろう?」
「料理ですか?」
「ああ、料理は言葉がなくても心を通わせられる。前世では、外交の場で料理が大きな役割を果たしていた」
リーシェは目を輝かせた。「素晴らしいアイデアです!実は私、料理にも興味があるんです」
「それは良かった。君と一緒に、この世界の料理を学んでいきたい」
陸の頭の中で、再び文字が浮かび上がった。
【スキル進化:基本言語翻訳Lv1→Lv2】
【効果:会話に使われる言語を自動的に翻訳可能。短い文章の翻訳が可能になりました。現在対応言語:フロレシア共通語】
「おや、スキルが早くも成長したようだ」
「本当ですね!」
リーシェは嬉しそうに言った。
「やはり陸さんは特別な存在なんです」
陸は微笑んだ。新たな人生の始まり。そして、言語の壁を超える冒険の始まりでもあった。彼は決意した。今度は無理をせず、しかし確実に、言葉の力で世界を変えていこう。
窓から差し込む二つの月の光が、彼の若い顔を照らしていた。
(つづく)
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