相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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18 欲目がちな天秤

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「恥ずかしい話なんですけど。この歳にもなって、まともな恋愛の一つもしたことがなくて。一人で悩んでいても全然考えがまとまらないんです。だから相談させてもらいました。誰かに、客観的に見て欲しくて」
「……そう」

 葵さんは黙ったまま俺の話を全て聞き終えると、項垂れる俺の頭にそっと手を置いた。

「今まで、沢山悩んできたんだね。一人で抱え込んでいては大変だったろう」
「……っ」

「そんな顔をするんじゃないよ。あんたが誰かを好きだと思えるようになったことが、私はとても嬉しいんだ」

 葵さんの声は柔らかで、心から喜んでくれていることが伝わってきた。
 優しい手にゆっくりと撫でられて、少しずつ緊張も解れてくる。
 やがて、俺が落ち着いた頃合いを見計らって葵さんは話し始めた。

「あんたは甘え方を知らなさ過ぎるんだよ。無理に急いで結論を出すことはない、向こうも待つと言ってくれたんだろう? ならその言葉に甘えて、しっかり時間をかけて自分と向き合いな」
「でも、それは月島に悪いんじゃ……」
「相手だって、あんたが中途半端な気持ちのまま、流されて付き合うことなんて望んでないよ。きっとね」
「……」

 確かに、そうかもしれない。
 不安を押し殺して月島と付き合ったとしても、それは互いを傷付ける結果に終わる気がした。

 今の俺がするべきことは、焦って結論を出そうとすることではなく、一歩ずつでも前に進むことなのだろう。

「私に手伝えるのは、悩んでいる原因の推測くらいかしら。例えば、過去のいざこざが尾を引いてるんじゃないかとか、同性愛や社内恋愛であることに抵抗感があるのかもしれないとか……」
「うーん……」

 葵さんに聞かれて自分でも考えてみるが、いまいちピンとこない。
 過去の件について完全に許せた訳ではないが、それでも惹かれてしまったから困っているのだ。
 いつか理由を問い詰めてやろうとは思っているが。

「それでも付き合う勇気が持てないのは、月島君のことを信じられないから? 彼はそんなに薄情な性格なのかしら」
「いいえ。月島は性格が良いとは言えないけれども、馬鹿みたいに真面目で潔癖なヤツです」
「そんな人間なら、貴方を傷付けるようなしないでしょう?」

「……今は、そうですけど。でもいつか、嫌われてしまうかもしれないし、もっと好きな人が出来てしまうかもしれないですよ」

 我ながら弱気な言葉を聞いて、葵さんは小さく唸った。

「聡くん。あんた、自分がどうして月島君に好かれているのか、疑問に思っていない?」
「そうですね、何で俺なんか好きになってしまったのかと思っていますよ」
「なるほど……」

 葵さんは何か合点がいったらしく、「これはあくまで推測だけど」と前置きして俺の目を覗き込んだ。

「月島君のことが信じられないのではなくて、月島君が好きな、自分自身を信じられないんじゃない?」
「……!」
「彼が自分を好きになったことが理解出来ない。もっと言うなら、自分なんか好きになる訳がないと思っていないかしら」

 葵さんの言葉は、俺に大きな衝撃を与えた。

 思い当る節は――ある。
 深刻な顔をして黙り込んだ俺を見て、葵さんは困った表情を浮かべた。

「どうやら、心当たりがありそうな顔ね。難しい問題だわ、自分を好きになれなんて、言われて出来るなら苦労しないもの」
「そうですね。……でも、本当の問題に気付けて良かったです」

 肩の力を抜いて、細長く息を吐きだす。
 僅かながら、絡まった思考の糸が解された気がした。
 そのまま考え込む俺に対して、葵さんが悪戯っぽく微笑みかけてくる。

「助言というほど大層なことは出来ないけれども、人生の先輩として持論を語ることなら出来るわよ」
「拝聴させてください」

 俺が神妙に頭を下げると、葵さんはよろしいと胸を張った。

「自己肯定感なんて、悩んでも沸いてこないのよ。身も蓋も無い結論を言えば、月島君にベッタベタに甘やかされるのが一番手っ取り早い解決法だと思うわ」
「ぐふっ」

 本当に身も蓋も無い話に思わず喉を詰まらせる。
 びっくりした喉を落ち着かせるため胸をさすっていると、葵さんはさらに畳み掛けてきた。

「毎日毎日あんたの好きなところを言ってもらえば、嫌でも自信がついてくると思うわよ」
「そ、それはちょっと……」

 いたたまれなくなってコップに顔をうずめる。
 考えただけで身体中がぞわぞわした。確かに効き目は高そうだが、色々と持ちそうにないので却下だ。

「まあ、それは半分冗談だけどね。月島君っていうのは、あんたが好きになるくらい素敵な男の子なんでしょう? そんな子が好きになったのだから、あんただって自信持って良いのよ」
「……努力します」

 とは言ったものの、なかなか難しそうな話だった。
 葵さんは、そんな心境を見透かして言う。

「もう一度しっかりと、月島君と話し合ってみなさい。きっとあんたの不安を蹴散らしてくれるわ。あんたのこと、愛してくれているんでしょう?」
「……そう、ですね」

 その言葉に肯定を返すのは気恥ずかしかったが、自分に向き合うと決めたばかりなのだ。月島に好かれているという事実も、ちゃんと受け止めていこうと思う。
 しかし、どうにも自惚れているような心地になり、顔の温度が上がっていくことは抑えられなかった。

 ほんのりと赤く染まった俺の顔を見て、葵さんの方が居心地悪そうに頬を掻く。
 しばし沈黙が降りたところで、葵さんが何かを思い出したかのように声を上げた。

「そういえば、その月島君っていう子は、駅で見かけたあのイケメン君のことなのよね」
「そうです」
「これ、聞いていいことか分からないんだけど、女の子と歩いてなかった? 訳アリ?」

「ああ、それは一応理由がありまして……」

 嫌なことを思い出してしまい、些か声のトーンが落ちる。
 不機嫌さが隠しきれない声色で、先の契約解除から新しい取引先を見つけるまでの経緯を説明していると、不意に葵さんが小さく噴き出した。

「葵さん?」
「いや、ごめんごめん、あんたが拗ねてるところなんて滅多に見ないからつい」
「拗ねてないですよ」
「そう言っても、俺は納得してないぞって顔に書いてあるんだもの」
「そんなことないです。月島の件は仕事に必要だから仕方ないと思ってますし、そもそも俺のための行動ですから」
「……本当にそう思ってる?」

 葵さんは、にやにやという表現がぴったりくるような表情で俺の言葉を待っている。
 こっちの気持ちなんてお見通しと言わんばかりである。

 まあ、なんだ。この人に取り繕うだけ無駄だということだ、

「一つだけ言わせてもらうなら、あんな可愛い女の子と今頃二人きりで過ごしているというのは不満に思ってますけど……」
「はは、素直でよろしい」

 諦めて本音を零した俺の言葉に、葵さんは満足そうに頷いた。
 そして溜息を一つ吐くと、呆れたような口調で言う。

「第三者から見た勝手な意見を言わせてもらうなら、とっくに月島君とやらにベタ惚れしてるでしょ。それなのに自分に自信が無くて付き合えませんなんて、ちょっと甘酸っぱ過ぎるわ」
「あ、葵さんッ!」

 トンデモない言葉に声を裏返らせて叫ぶ。
 たちまち顔を赤くしていく俺を見て、葵さんは堪えきれないといった様子で高らかな笑い声を上げた。
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