相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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39 過ちの清算

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「これが、滑稽な男の半生だよ」


 そう言って、自嘲と共に話が締めくくられる。
 月島の話を聞き終えた俺は、たっぷり三十秒は言葉を探して固まっていた。

 どう反応して良いのか、全く分からない。たった一夜で聞かされるには重たすぎる話に胸焼けを起こしていた。

「……俺は、どんな顔でお前を見ればいいんだ?」
「笑顔で頼む」

 困り果てて零れた疑問に、月島がしれっとした顔で受け応える。
 他ならぬ本人がそう言うのなら、全力でリクエストに応えてやろうではないか。

「にっ」
「胡散臭い」
「張り倒すぞ貴様」

 酷くあんまりな言葉に思わず手を振り上げる。
 月島もおどけて怯えるふりをして、重たくのしかかっていた空気が少しは軽くなった心地がした。
 持ち上げた手をそのまま月島の頭に落として、わしゃわしゃと無遠慮に掻き回す。

 まだ少し湿っている髪をぐちゃぐちゃにして、月島の顔を隠してやった。
 怯えが隠しきれていない、その顔を。

「今さら、重たい話の一つや二つ聞かされたところでお前を嫌いになったりしないよ」
「……篠崎君」
「ちょっと、いやかなり重たくて胸焼け起こしてるけど。まあ、月島だからな……」
「どういう意味だ、それは」

 諦観を滲ませた俺の言葉に月島が食らいつく。
 どうも何も、言葉のままだった。

「お前絡みの話なら、もう大抵のことは許せるってことだよ」
「……」

 大抵の、という部分に月島がぴくりと肩を揺らす。
 こういう時ばかり人の話をよく聞いている男だ。
 月島の伺うような視線を受けながら、俺も、心の奥に残った過去のしこりを打ち明ける。

「お前が今まで考えていたことは、分かった。お前の悩みも、事情も、感情も、分かった。……けどな」

 小さくなっていく月島に罪悪感を刺激されながらも言葉を紡ぐ。
 正直に全てを打ち明けた月島に、俺も偽らざる本心を伝えようと思っていた。

「あの頃、俺はお前に本気で怒っていた。心の底から嫌っていたのは、紛れもない事実だ。お前が、過去を乗り越えようとしていた俺の努力を邪魔してきたのは、許せない」

 許せなかった、ではない。
 許せない、だ。

 当然その違いに気付いた月島は、弾かれたように俺の顔を見て口を開く。

「……ッ本当に申し訳ないと、」

 悲痛に顔を歪ませ謝罪しようとする月島に向けて、手の平を突き出して黙らせる。
 そして、不安げに瞳を揺らす男にもう一度満面の笑みを向けて、言った。

「だからさ、改めて仲直りしようぜ」
「…………は」

 虚を突かれた顔をして、月島が開いたままの口から吐息を零れさす。
 月島の視線は、これ見よがしに握りしめた俺の拳に注がれていた。

「……仲直り、と言ったか?」
「ああ」
「な、何故、拳を構える?」
「そりゃ、男同士の仲直りって言ったら相場が決まってるだろ。歯ぁ食いしばれ」
「ちょ、待っ、……!」

 混乱しながらも、俺の言葉を受けて従順に歯を食いしばり、目を瞑って衝撃に備える月島を見て愛おしくなる。
 しかしすぐに、一瞬緩んでしまった顔を引き締め、気合を入れて拳を振りかぶった。

 月島の顔面――ではなく、腹に向かって。

「……ぐっ!」

 すっかり顔を殴られる気でいた月島は、思わぬ衝撃に驚いた表情を浮かべながら崩れ落ちた。
 痛みで落ち込むどころではなくなった様子を見て、朗らかに笑う。
 少し考えれば、俺が素直に顔を殴る訳がないことくらい、分かっただろうに。

「月島」

 未だ困惑している月島に口付けて、両手で頬を包み込む。
 これまで月島が俺にしてきてくれたように。逃げられないよう、思いが伝わるよう、視界の全てを占拠して囁く。

「これで、チャラだ」
「なに、が」
「お前が俺にして来た、全て」
「すべて……?」

 俺の言いたいことを察した月島が、信じられないといった表情で目を見開く。
 その推察が間違いでないことを示すために、俺は殊更大きく頷いた。

「そうだ。お前が俺の周りから人を奪っていったこと、触れられたくない傷に触れたこと、勝手に人の素性を調べ上げたこと。今までの、嫌なこと全部。チャラだ」
「そんな、私は……この程度では、許されないことを……」
「何発も恋人をぶん殴るような趣味の悪い男じゃねーよ、俺は」

 愕然とする月島の頬を揉みほぐし、その顔が自己嫌悪に歪んでいきそうになるのを引き留める。
 この真面目で潔癖過ぎる男は、自分に高いハードルを課し過ぎているのだ。
 完璧じゃなくたっていい。むしろ、完璧じゃないところがいい。
 俺が、月島に好かれて自分の価値を認められたように。月島にも、俺に好かれて自分を認められるようになって欲しかった。

「俺の好きな男を、そんなに罵って責めてやらないでくれよ。図太そうに見えて意外と気にするタイプなんだ」
「君は……! 私を、甘やかし過ぎだ……」
「その自覚は、ちょっぴりあるな」

 絞り出したような月島の呻きに肩をすくめる。
 そして落ち着いた頃を見計らって身体を離し、両手を広げた。
 俺の意図を察した月島が、口元を引き攣らす。

「ほら、お前もやっとけよ」
「う、嘘だろう……?」
「マジだよ。俺も後悔してるんだ。きっと、今まで何度もお前を傷付けてきた」
「そんなことは……」

 無いとは言い切れずにいる月島を眺めながら、「だろうな」と納得する程度には、俺も月島に酷い態度を取ってきた自覚があった。

「今のままじゃ、俺が俺を許せない。罰を受けて清算したいって気持ちは、お前の方が良く分かってると思うが?」
「そうは言っても……」

 何を言おうと引くつもりはない。強い意志を込めた視線を送ると、月島はようやく観念して拳を握り締めた。

「分かったよ……」
「手加減したら怒るからな」

 目を瞑り、全身を固くして衝撃を待つ。
 しかし、一向に痛みは訪れない。不思議に思いつつも目を開けるかどうか躊躇っていると、唇についばむようなキスをされた。
 驚いて目を開けると同時に、鳩尾に鋭い痛みが走る。

「ぐ……っ!」

 油断したところで急所に叩き込まれた一撃は、あまりにも効果的だった。
 最小の労力で最大の成果を生み出す、月島らしい一撃にいっそ拍手を送りたい気分だ。
 もちろんそんな余裕はないが。震える手でグッドサインを作って今の拳を称えた。

「い、いいな。効いたわ。実にお前らしい一撃だったよ……!」
「これでチャラ、だ。もう勘弁してくれよ」

 似合わない単語を使ってそう言い切った月島の顔は、晴れ晴れとしていた。少なからず、この男も俺に思うところはあったのだろう。

 少し遠くを見ていた月島は、一時目を閉じてから、こちらに微笑みかける。

「ふ」
「はは」

 堪え切れないといった様子で笑い出した月島に釣られて、俺も笑う。
 殴って、殴られて。
 許して、許されて。
 ようやく、対等になった実感が湧いていた。

 ◆

 とっぷりと夜が深まり、ベッドに入った後も、俺たちは今まで抱えてきた想いをぽつりぽつりと語り合っていた。

「本音を言えば、君とホテルで出会うまでは、とても苦しい日々だった。吐き気を堪えながら精一杯虚勢を張って生きて、一度は諦めて……」
「……ああ」
「それでも今、君とこうして笑い合っていられるから、あの日々も……良かったと思えるよ」

 良かったと、そう言い切れる月島が眩しくて目を細めた。

 充分、強くて真っ直ぐな男だ。月島は。
 我慢出来ずに布団を掻き分け、広い背中にしがみついた。
 俺はここに居ると。俺の意思でお前の隣にいると、伝えてやりたくて。

「これは、本当に夢ではないんだよな」
「そうだよ」

 分かち合った熱を噛みしめるように、月島が俺の背を強く強く抱き締める。
 安堵に身体を弛緩させ、眠気で怪しくなった口調で月島が力なく呟く。

「実はね。私も夜眠る度に、この幸せな日々は夢だったりするのではないかと、恐ろしくなることがあるのだ」
「夢じゃ、ないよ。寝ても、覚めても、俺はここにいる。だから、安心して眠れ」
「む……」

 抱き締めたまま、ぽんぽんと背中を叩いている内に、月島は眠りへと落ちていった。
 話し疲れていたのだろう。
 安心しきった表情で目を瞑った男の顔を眺めながら、俺は困り顔で笑った。

 先刻抱いた懸念通り、である。
 目の前には寝顔まで整った男の顔があって、優しい熱に寄り添われて、月島の匂いに包まれて。心臓がうるさいほどに高鳴っていた。

 コイツは、人の気も知らないで呑気に眠りこけやがって。
 寝言でまで人の名を呟いているこの男は、一体どんな夢を見ているのだろうか。

「俺は、眠れそうにないんだがなぁ……」

 月島のさらさらとした髪を梳きながら独り言ちる。
 いつまで眺めていても飽きない男を慈しみながら、その日は眠れぬ夜を過ごした。
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