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Chapter20
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数日が過ぎた。激しい夜の出来事は、まるで濃い霧のように日常へ溶けていった。街は何事もなかったかのように朝を迎え、店の看板には変わらず陽の光が差し込む。春人は、いつものようにシャッターを開けた。金属の軋む音が、なぜか以前より柔らかく聞こえた。
――戻ってきた。そんな実感が胸の底にじんわり広がる。
「春人~、コーヒーの味ちょっと濃い」
カウンターで軽やかに足を組んでいるミカが、事実を述べているだけなのか文句なのか分からない発言をする。ニーナは、店内の飾り棚の位置を勝手に変えながら、「春人、こっちの方が映えると思わない?」といつも通りの調子だ。その何気ない光景が、春人の胸をほっとゆるませた。
彼らは、自分の体質を知った後も変わらない。覚えていられるわずかな人たちが、これまでと同じ空気でここにいる。それだけで、世界は十分に明るかった。
昼過ぎ、常連客が来た。
「こんにちはー……あれ、店長さんいたよね? あれ? 名前が……」
いつものことだ。春人は苦笑して、ミカが自然にフォローに入る。
「今日は俺が代わりに見ますよ。春人は奥で作業中です」
「そうなの? あ、ごめんね~」
客は気にした様子もなく注文を始める。春人はその会話を聞きながら、不思議なことに胸の痛みはなかった。これが自分の世界だ。変わらない仕組み。変わらない体質。だが――“受け入れる理由”は変わった。
もう、ただ仕方なく諦めるのではない。自分がどこから来て、どう生きていくのか、その輪郭をようやく掴めたからだ。
閉店後、ミカが春人に近づいた。
「春人さ、なんかいい感じになったよね」
「無理に励まそうとしてます?……まあ、何か重いものを背負ってたのが、少し軽くなった気はしますね」
ミカは「本心だよ本心」と柔らかく笑う。
その表情には、後悔や負い目の色が薄くなっていた。
ニーナも横から覗き込み、
「春人が前を向くのなら、私たちもそうするだけ。これからも、ちゃんと覚えてるわ」
その言葉は、以前ならむしろ刺さったかもしれない。だが今は――ただ温かかった。春人は深く息を吸い、静かに言う。
「これからも、この店で変わらずに生活したいと思っています。忘れられても、そこを起点にすればいい。それに今では俺を覚えてくれる人が目の前に2人もいますからね。頼りにしてます」
ミカとニーナは短く視線を交わし、どちらともなく微笑んだ。
「プロポーズされてる?これ」
「頭冷やしましょうか?」
「氷水持ってくるわね」
いつも通りの店内。
いつも通りの夜の道。
いつも通りの三人。
ただひとつだけ違うのは――春人自身が、その「いつも」をちゃんと望めていること。その事実が、胸の奥で静かに灯をともしていた。
fin.
――戻ってきた。そんな実感が胸の底にじんわり広がる。
「春人~、コーヒーの味ちょっと濃い」
カウンターで軽やかに足を組んでいるミカが、事実を述べているだけなのか文句なのか分からない発言をする。ニーナは、店内の飾り棚の位置を勝手に変えながら、「春人、こっちの方が映えると思わない?」といつも通りの調子だ。その何気ない光景が、春人の胸をほっとゆるませた。
彼らは、自分の体質を知った後も変わらない。覚えていられるわずかな人たちが、これまでと同じ空気でここにいる。それだけで、世界は十分に明るかった。
昼過ぎ、常連客が来た。
「こんにちはー……あれ、店長さんいたよね? あれ? 名前が……」
いつものことだ。春人は苦笑して、ミカが自然にフォローに入る。
「今日は俺が代わりに見ますよ。春人は奥で作業中です」
「そうなの? あ、ごめんね~」
客は気にした様子もなく注文を始める。春人はその会話を聞きながら、不思議なことに胸の痛みはなかった。これが自分の世界だ。変わらない仕組み。変わらない体質。だが――“受け入れる理由”は変わった。
もう、ただ仕方なく諦めるのではない。自分がどこから来て、どう生きていくのか、その輪郭をようやく掴めたからだ。
閉店後、ミカが春人に近づいた。
「春人さ、なんかいい感じになったよね」
「無理に励まそうとしてます?……まあ、何か重いものを背負ってたのが、少し軽くなった気はしますね」
ミカは「本心だよ本心」と柔らかく笑う。
その表情には、後悔や負い目の色が薄くなっていた。
ニーナも横から覗き込み、
「春人が前を向くのなら、私たちもそうするだけ。これからも、ちゃんと覚えてるわ」
その言葉は、以前ならむしろ刺さったかもしれない。だが今は――ただ温かかった。春人は深く息を吸い、静かに言う。
「これからも、この店で変わらずに生活したいと思っています。忘れられても、そこを起点にすればいい。それに今では俺を覚えてくれる人が目の前に2人もいますからね。頼りにしてます」
ミカとニーナは短く視線を交わし、どちらともなく微笑んだ。
「プロポーズされてる?これ」
「頭冷やしましょうか?」
「氷水持ってくるわね」
いつも通りの店内。
いつも通りの夜の道。
いつも通りの三人。
ただひとつだけ違うのは――春人自身が、その「いつも」をちゃんと望めていること。その事実が、胸の奥で静かに灯をともしていた。
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