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番外編 リリーの嫁ぎ先
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その後セシルは王妃としての教育を受けるため王宮に向かったが、リリーはウルムート侯爵家に嫁ぐことになった。
もちろん嫁ぐ前にリリーは散々駄々をこねたが、父も母も例の一件以来生気を失った抜け殻のようになっており、縁談を破棄してくれることはなかった。すでに姉妹のどちらかを嫁がせると約束し、セシルが王子に嫁ぐ以上リリーが行くしかない。
仕方なく、リリーはウルムート侯爵家の領地に向かう。
一応公爵家の娘として恥ずかしくない嫁入り準備は整えてもらい、さらに侯爵家の領地が栄えているのを見たリリーは少しだけ気持ちを持ち直す。
領地が賑わっているのであればいい暮らしが出来るのかもしれない、と。
が、侯爵家の屋敷に着いたリリーはそこで最初の地獄に突き落とされた。
確かにそこには豪勢なパーティー会場が用意され、着飾ったゴルグが待っているのだが、彼は自分の左右に半裸の若い女を侍らせていた。
嫁入りのパーティーで女を侍らせているなど明らかに普通ではないのだが、ゴルグは悪びれもせずにこにこしている。
「ようこそ、リリー・エルガルド。俺がゴルグ・ウルムートだ。大したものではないが歓迎の宴を用意させてもらった」
「よ、よろしくお願いしますわ」
かろうじて笑顔は保ったものの、その時点でリリーの期待は音を立てて崩れていった。とはいえ、並んでいる料理はゴルグが各地から取り寄せた高級品ばかりである。リリーはどうにか料理に意識を集中させようとする。
ゴルグはしばらくの間、美女に酌をさせて酒を飲んでいたが、やがてリリーに話を振ってくる。
「ところで、今日はリリーのために見世物を用意したんだ」
「見世物?」
嫌な予感を覚えつつ、リリーが訊き返す。
「舞踏と楽器演奏だ」
それを聞いて案外まともだな、と彼女が思ったのも束の間。
壇上に現れた人たちを見てリリーは絶句する。現れたのは普通の貴族が呼ぶような上品な踊り手や演奏者ではなく、どちらかというと場末の酒場にでもいるような娼婦まがいのような恰好をした者たちだった。
「あ、あの、この者たちは……」
「不満か? そうか、そなたは女性である以上やはり男性の方がいいか」
そう言ってゴルグが手を叩くと、次に現れたのは裸のいかつい男たちであった。彼らは鍛え上げられた肉体を使って次々と芸を披露していく。それを見てリリーは泣きたくなった。
これでは貴族ではなくただの成り上がり商人ではないか。
絶望したリリーが沈黙していても、その横でゴルグは愉快そうに芸を眺めている。おそらくリリーが沈んでいることにすら気づいていない。
やがてパーティーも終盤に向かうと、ゴルグは再びリリーに向き直って言う。
「さてリリーよ。俺たちは政略結婚をしたと言っても、別にお互い好きなわけではないだろう? いずれ子供は作らないと親たちがうるさいと思うが、それまではお互い好きなように暮らそうではないか。俺も愛人を作りすぎてしまって、今すぐ全員と別れる訳にもいかないしな。だからしばらくは適当な男でも見繕っていてくれ」
「もういいです!」
あまりにあんまりなゴルグの言いように、怒ったリリーは寝所に引き上げていく。
せっかくこれまで王都で一番の評判を築き上げ、勉強も手習いも全て優秀な成績だったのに、なぜこのような品性の欠片もない相手に嫁がなければならないのか。
ベッドの中に入り込んだリリーは屈辱のあまり静かに涙を流すのだった。
その後リリーは密かに両親に離縁を訴えたが、父母は公爵位を退いて隠居してしまっていた。新しく公爵についた兄からは「リリーのおかげでウルムート侯爵家との仲は良好だ。感謝する」という手紙まで届く始末。
極めつけは一度だけ来た姉セシルからの手紙だった。
リリーが一生懸命に貶めていた彼女は、リリーがいなくなった瞬間檻から解放された鳥のように自由に羽ばたいているらしい。彼女からの手紙では、王宮での様々な出来事がいきいきとした文体で書かれている。
「許せない許せない許せない許せない……」
怒りが沸点に達したリリーは、仕方なくゴルグの元に乗り込む。
「どうした? リリーから俺のところに来るなんて珍しいな」
「お願い! どうにか姉上とクリストフ殿下を別れさせて!」
「それはつまり君たちの嫁ぎ先を入れ替えて欲しいということかい?」
「そ、そうなの!」
リリーは藁にもすがる思いで言う。幸い、ゴルグはリリーのことをそこまで好きではなさそうだ。それなら頼み込めば入れ替えてくれるかもしれない。
もちろんそんなことが出来る訳もないのだが、この時のリリーは必死だった。
が、ゴルグはすげなく言う。
「嫌だね。聞いたよ、君の姉の評判は。手習いも勉強もろくに出来ない、地味で暗い女なのだろう? そんな女を屋敷に置けば我が家まで暗くなってしまう。殿下がなんでそちらを選んだのか知らないが、俺はご免だね」
「そ、そんな……」
反論しようとしたリリーだが、それらの評判は少し前に自分が流したものであった。王都では今頃消え去っている評判だろうが、少し離れた侯爵領には今更になってリリーが作った評判が流れてきたらしい。しかも自分が流した評判だけに否定することも出来ない。
まさか自分が流した悪評がこんなところで自分の首を絞めることになろうとは。
絶望するリリーに、ゴルグは追いうちをかけるように言った。
「それに俺、君のことは顔だけは好みなんだ。だからまあ、そんなことは言わずに楽しくやろうじゃないか」
こうしてリリーは末永くゴルグの元で暮らすことになったのであった。
もちろん嫁ぐ前にリリーは散々駄々をこねたが、父も母も例の一件以来生気を失った抜け殻のようになっており、縁談を破棄してくれることはなかった。すでに姉妹のどちらかを嫁がせると約束し、セシルが王子に嫁ぐ以上リリーが行くしかない。
仕方なく、リリーはウルムート侯爵家の領地に向かう。
一応公爵家の娘として恥ずかしくない嫁入り準備は整えてもらい、さらに侯爵家の領地が栄えているのを見たリリーは少しだけ気持ちを持ち直す。
領地が賑わっているのであればいい暮らしが出来るのかもしれない、と。
が、侯爵家の屋敷に着いたリリーはそこで最初の地獄に突き落とされた。
確かにそこには豪勢なパーティー会場が用意され、着飾ったゴルグが待っているのだが、彼は自分の左右に半裸の若い女を侍らせていた。
嫁入りのパーティーで女を侍らせているなど明らかに普通ではないのだが、ゴルグは悪びれもせずにこにこしている。
「ようこそ、リリー・エルガルド。俺がゴルグ・ウルムートだ。大したものではないが歓迎の宴を用意させてもらった」
「よ、よろしくお願いしますわ」
かろうじて笑顔は保ったものの、その時点でリリーの期待は音を立てて崩れていった。とはいえ、並んでいる料理はゴルグが各地から取り寄せた高級品ばかりである。リリーはどうにか料理に意識を集中させようとする。
ゴルグはしばらくの間、美女に酌をさせて酒を飲んでいたが、やがてリリーに話を振ってくる。
「ところで、今日はリリーのために見世物を用意したんだ」
「見世物?」
嫌な予感を覚えつつ、リリーが訊き返す。
「舞踏と楽器演奏だ」
それを聞いて案外まともだな、と彼女が思ったのも束の間。
壇上に現れた人たちを見てリリーは絶句する。現れたのは普通の貴族が呼ぶような上品な踊り手や演奏者ではなく、どちらかというと場末の酒場にでもいるような娼婦まがいのような恰好をした者たちだった。
「あ、あの、この者たちは……」
「不満か? そうか、そなたは女性である以上やはり男性の方がいいか」
そう言ってゴルグが手を叩くと、次に現れたのは裸のいかつい男たちであった。彼らは鍛え上げられた肉体を使って次々と芸を披露していく。それを見てリリーは泣きたくなった。
これでは貴族ではなくただの成り上がり商人ではないか。
絶望したリリーが沈黙していても、その横でゴルグは愉快そうに芸を眺めている。おそらくリリーが沈んでいることにすら気づいていない。
やがてパーティーも終盤に向かうと、ゴルグは再びリリーに向き直って言う。
「さてリリーよ。俺たちは政略結婚をしたと言っても、別にお互い好きなわけではないだろう? いずれ子供は作らないと親たちがうるさいと思うが、それまではお互い好きなように暮らそうではないか。俺も愛人を作りすぎてしまって、今すぐ全員と別れる訳にもいかないしな。だからしばらくは適当な男でも見繕っていてくれ」
「もういいです!」
あまりにあんまりなゴルグの言いように、怒ったリリーは寝所に引き上げていく。
せっかくこれまで王都で一番の評判を築き上げ、勉強も手習いも全て優秀な成績だったのに、なぜこのような品性の欠片もない相手に嫁がなければならないのか。
ベッドの中に入り込んだリリーは屈辱のあまり静かに涙を流すのだった。
その後リリーは密かに両親に離縁を訴えたが、父母は公爵位を退いて隠居してしまっていた。新しく公爵についた兄からは「リリーのおかげでウルムート侯爵家との仲は良好だ。感謝する」という手紙まで届く始末。
極めつけは一度だけ来た姉セシルからの手紙だった。
リリーが一生懸命に貶めていた彼女は、リリーがいなくなった瞬間檻から解放された鳥のように自由に羽ばたいているらしい。彼女からの手紙では、王宮での様々な出来事がいきいきとした文体で書かれている。
「許せない許せない許せない許せない……」
怒りが沸点に達したリリーは、仕方なくゴルグの元に乗り込む。
「どうした? リリーから俺のところに来るなんて珍しいな」
「お願い! どうにか姉上とクリストフ殿下を別れさせて!」
「それはつまり君たちの嫁ぎ先を入れ替えて欲しいということかい?」
「そ、そうなの!」
リリーは藁にもすがる思いで言う。幸い、ゴルグはリリーのことをそこまで好きではなさそうだ。それなら頼み込めば入れ替えてくれるかもしれない。
もちろんそんなことが出来る訳もないのだが、この時のリリーは必死だった。
が、ゴルグはすげなく言う。
「嫌だね。聞いたよ、君の姉の評判は。手習いも勉強もろくに出来ない、地味で暗い女なのだろう? そんな女を屋敷に置けば我が家まで暗くなってしまう。殿下がなんでそちらを選んだのか知らないが、俺はご免だね」
「そ、そんな……」
反論しようとしたリリーだが、それらの評判は少し前に自分が流したものであった。王都では今頃消え去っている評判だろうが、少し離れた侯爵領には今更になってリリーが作った評判が流れてきたらしい。しかも自分が流した評判だけに否定することも出来ない。
まさか自分が流した悪評がこんなところで自分の首を絞めることになろうとは。
絶望するリリーに、ゴルグは追いうちをかけるように言った。
「それに俺、君のことは顔だけは好みなんだ。だからまあ、そんなことは言わずに楽しくやろうじゃないか」
こうしてリリーは末永くゴルグの元で暮らすことになったのであった。
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