【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる

文字の大きさ
5 / 26

5 過去 弓当て大会

しおりを挟む
 弓当て大会は、毎年王都にほど近い、国営の森の中で行われる。


 大人の部と、のように子供の部があり、大人の部は成人となる十八歳から出場できる。主に王族やそれに準ずる者、近衛騎士など腕に覚えのある貴族の男性が参加する。
 優勝すれば名誉と報奨金が得られるし、貴族の嗜みでもある弓で、国営の森の中に生息する小動物の狩りができるということもあり、毎年大人の部はそれなりに盛況である。

 そして子供の部は、成人前の子供達がで参加出来るようになっている。
 本来弓を本格的に学ぶといえばある程度体つきが発達した十二、三歳くらいからで、上手くなった子は物足りないとこちらに参加するより、大人の部を見学する事がほとんどであるので、実際に参加する子はそれよりも下の年齢の子がほとんどだ。
 物足りないというのは、子供の部では的は生き物ではなく数メートル先の木製の丸い的に弓を当てるからである。とはいえ、的に当たれば景品もあり、大人の部ほどではないが子供の部も毎年参加するかわいい弓引きが十人前後はいたのだった。

 ただ、絶対の決まりではないが、弓は紳士の嗜みという風潮が強いため、大人も子供も男が参加するのがであった。



 そんな会に、九歳だったアウロラは参加したいと言いだした。


「…本気か?」


 それを聞いてアウロラの父、シーグルドが口をあんぐりと開け、呟くように弱々しい声を出した。


「はい!お父様。的に当たれば、王宮御用達の林檎が貰えるのですって!」


 アウロラは、『昨日街に買い出しに行った同僚の侍女から聞いたのです』と、専属侍女のボエルから聞いた事を伝える。
 街には掲示板があり、そこに貼り出してあったそうだ。
 名目上、貴族だけの催しではないため、そのように街に掲示される。最も、庶民達は参加や見学をするのではなく、ほとんどはそのために街道や宿屋が混むからその日は外出を控えようと情報を得るのが常である。


「まぁ!もしかして、ステンホルム産の!?」


 アウロラの母カリーネが、身を乗り出すようにして口を挟んだ。


「そうだと思います!
 ねぇお母様。これは参加するしかないでしょう?」

「ステンホルム?どこから聞いてきたんだ…しかし、九歳でしかも女の子が出場なんて今まで無い事だぞ?うーむ…」


 顎を摩りながら、懸念事項を述べるシーグルド。そのような腕を競うものは、男性の参加がほとんどだからである。


「良いじゃない!アウロラが初めてになれるなんてすごいわ!!」

「だがね、カリーネ、さすがに…」

「お父様。じゃあ女って分からなければいいのね?
 フードを被って、マフラーもして出るわ!」

「それこそ危ない!弓が引っ掛かったらどうするんだ!?」

「あらお父様。林檎、欲しくないのですか?食べてみたいですよね?
 それに…王宮御用達だなんて高級な林檎、うちで育てている馬達に食べさせたらきっと毛並みももっともーっと良くなるかもしれませんよ?」

「う、うむ…」


 ステンホルムは、王都に近いが割と北東に位置する領地で、冬の寒さが厳しいところであるからか、そこで作られる林檎はかなりの高級品だ。みずみずしく、ほんのりと甘い極上の味だと噂され、それは捨てがたいと悩み出すシーグルド。


「ねぇあなた?その審査員には、私のお父様もいらっしゃるし、きっと大丈夫よ。」


 カリーネは子ども達のやりたい事は基本的にダメだとは言わず、応援をする教育方針で、思い出したように後押しとなる言葉を繋ぐ。
 カリーネが味方をしてくれ、シーグルドも最終的にはいつも許してくれるため、アウロラは興味のあることに意欲的なのである。少し前まで、従姉妹のカルロッテと共に学んでいた教育も、カルロッテが嫁いでしまったために終わっていたからなにも予定はないはずだと余計にうずうずとしていた。


「じゃあ僕が代わりに出ようか?」


 見かねたスティーグが口を開くが、アウロラは重ねるように繋いだ。


「あら、お兄さま。残念ながらその提案は飲めないわ。だって、お兄さまは剣の腕は素晴らしいけれど、弓の腕前はどうだったかしら?」

「ぐぬぬ…」


 アウロラの一つ上の兄スティーグは、剣の腕前は並の子どもよりも上ではあるが、弓で遠くの的を射るのはどうにも難しいようで、反対にアウロラは剣は少しだけ習ったのだが、弓の方が軽く扱い易いのかアウロラに軍配が上がっているのだ。

 アウロラがなぜ弓も剣も使えるのか、それは母方の祖父であるイクセルから『何でも出来るように』と、従姉妹のカルロッテと共に基礎を早いうちから教わっていたため。
淑女教育と称し、王族が学ぶべき教育もあったのだ。弓術は、動くものに対してではなく的に当てるという事を学んでいたが、ほとんどが真ん中に当たるようになっていた。
イクセルからは他に、乗馬、剣術も教わっていた。馬に乗る事は領地でも幼い頃より教わっていたが、イクセルからはより難易度の高い、いかに速く走れるかを教わった。

 カルロッテと一緒の教育が終わってからも、独学でアウロラは領地で嗜んでいたのだ。


「その代わり、お兄さまもいらしてね?」

「え?わ、分かった。」


 怪訝な顔をして、スティーグが首を傾げる。が、スティーグはアウロラが祖父を苦手としている事を知っているため、それで来て欲しいと思っているのかと頷く。スティーグも、アウロラほどではないが厳しい祖父イクセルが苦手ではあるが、可愛い妹のためなのだから。


「ぼくも行く-!」

「ボルイはお母さまと待っててくれる?林檎をお土産に帰ってくるわ。」

「えー」

「待ってましょう?ボルイ。
 そうだわ、わたくしと一緒に近くの湖へお出掛けしましょうか。」

「ほんとー?うん、おかあさま!
 おねぇさま、がんばってねー。」


 母親にそう提案されたボルイは、すぐに機嫌を直す。
 シーグルドだけが、可愛い娘になにもないといいと不安げに、楽しそうにしているアウロラを心配そうに見つめていた。





☆★

 弓当て会の当日。

 森の入り口の手前の開かれたところに、子供の部の的当て会場が作られていて、参加する者と応援する者が集まっている。

 国の主催であるため王族も顔を出すが、専ら前国王の兄であるアウロラの祖父イクセルが毎年顔を出している。
大人の部の方が先に始まるため、そちらの挨拶が終わったイクセルが、こちらへと森から歩いて来て運営の人たちと話しながら案内されて着席をしていた。


 大人の部は、この入り口から更に進んだところにも広く開けた場所があり、そこが受付で各々森へ入って獲物を獲ってくる。
 あまり奥に入り込まないよう、一帯にロープが張られており、その中で行うようになっている。乱獲にならないよう、捕らえるのは一人二匹までとし、その重量が一番重い者が優勝者となる。
 そちらはすでに始まっているからか、森の奥から話し声や、ざわつきが聞こえている。


 子供の部は、数メートル離れた正面の位置に木製の丸い板が置かれている。手持ちの矢は三本あり、それで丸い板を射抜く。子供の部であるからか、丸い板に当たれば賞品、今回は高級林檎が貰える事となる。


 アウロラは、アウロラの白いふんわりとしたワンピースと、白い帽子を深く被った姿を見てうんうんと頷いた。帽子からは、肩下まで伸びた銀髪の鬘が姿を見せて靡いている。この鬘は、母カリーネから借りたものだ。
 まだ第二次成長期がきていない十歳のスティーグは一見すると、どこからどう見ても女の子である。屋敷を出る前に姿を見た両親はアウロラの発想に関心していたのだった。
所作も、乱れそうになれば通常のアウロラの侍女ボルイがそれとなく耳打ちするため、可憐な少女に見える。


「素敵よ、お兄さま…じゃなかった!アウロラ。」


 兄を呼ぼうとして、気を引き締めると少し低い声を出してそうスティーグへと声を掛けた。


「…アウロラのためだからな!」


 周りに顔が見られないように俯いたままそうヤケクソ気味に呟いたスティーグ。声変わりもまだのため、口調は元のスティーグだが周りには違和感は全く持たれないだろう。


「分かってる!
 あ、そろそろ行くわ。見ててね、じゃあ行ってきます!」


 一方のアウロラは、長い袖で足元まである体型が分からないローブを羽織っている。長い髪を隠すようにローブのフードを目深に被り、胸元にあるボタンをはめて顔が見え難いようにしている。
弓当て会に参加するのはたいてい男子、という先入観もあり女の子が出場しているとは誰も思わないだろうとアウロラが考えたためだ。
 子供の部はおまけのようなもの、という事もあり、服装は様々で、騎士団を模した格好をする者、マントを背に羽織って出場する者もいるのでアウロラがローブを纏ったところで悪目立ちする事もなかった。
 また、参加表に名前を書くのだが本名でなくともよく、憧れの名前を書く者や、ニックネームを書く者もいるので、アウロラも参加表にはフランソン、と苗字だけ書いたのだった。


(お兄さまの名前を借りたり、嘘を書くつもりもないわ。でも、私の名前は書かない方がいいでしょうからね!)


 そのあたりは、家族である父の意見を尊重しているアウロラだが、全くの架空の名前を書くというのも気が引けたため、苗字だけ書く事にしたのだ。


『では、出場される皆さんは、まずはこちらへお集まり下さい!
 これより、観覧の皆様はそちらの線より手前には出て来られる事のないよう、どうぞお気をつけ下さいませ。』


 そうアナウンスされ、アウロラは呼ばれた方へ行く。どうやら出場するのは似たような年齢の子か、やや年上の子が多そうだと、フードからあまり顔が見えないように辺りを見渡す。途中、視線を感じてそちらを見遣ると祖父のイクセルがこちらを見ているようでドキリとした。


(わ!お祖父さまだわ!そうだった、いらっしゃるって言ってたのすっかり忘れてたわ…)


 アウロラは慌てて俯く。祖父は自分に気づいてしまっただろうか、何か言われたら嫌だなぁと思った。

そうこうしていると、名前を呼ばれた順に並ぶようにと再びアナウンスされ、アウロラはそれに従った。


(なるほど…十番目ね。)


 一番から順に、そしてアウロラは最後に名前を呼ばれ、説明をされるととうとう始まったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

僕の婚約者は今日も麗しい

蒼あかり
恋愛
公爵家嫡男のクラウスは王命により、隣国の王女と婚約を結ぶことになった。王家の血を引く者として、政略結婚も厭わないと覚悟を決めていたのに、それなのに。まさか相手が子供だとは......。 婚約相手の王女ローザもまた、国の安定のためにその身を使う事を使命としていたが、早い婚約に戸惑っていた。 そんなふたりが色々あって、少しづつ関係を深めていく。そんなお話。 変わり者の作者が、頑張ってハッピーエンドを目指します。 たぶん。きっと。幸せにしたい、です。 ※予想外に多くの皆様に読んでいただき、驚いております。 心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。 ご覧いただいた皆様に幸せの光が降り注ぎますように。 ありがとうございました。

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

処理中です...