ばぁちゃんとポチャタとわたし

まりぃべる

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犬?

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「…い。おい。着いたぞ。」
源太が声を掛けてくれた。がっつり会社の事を思い出していたわ。
「あ、ごめん。ありがとう。」
そう言って、車から降りると、
「おい。」
と、声が掛かる。
「何?」
「何かあったんだろ。大丈夫か?」
と、柄にもなく優しい言葉を掛けてくれた。
「…ありがとう。今はまだ思い出したくもないの。また、気が向いたら話すよ。」
本当はなぜ私が辞めないといけないのか納得も出来てない。あの先輩がいなければ、残業がかなりあったって達成感があったあの仕事に誇りを持っていた私は、まだまだ続けていただろう。でも、あの先輩とはもう一緒に仕事をしたくなかったから。仕方ない。

「…そうか。じゃあいっそこっちに住んじゃえよ。」
「え?」
その時だった。横の、山側の茂みがガサガサと音を立て、何かが飛び出してきた。咄嗟に、源太が私の前に出てその何かに近づいた。

「う?」
「えっやば!かわいい!何これ?犬?」
う?と声を出したのはその〝何か〟。唸り声でもなく、止まってこちらをじっと見ている。芝犬みたいな大きさで、でも両耳はピンと立ってなくて垂れている。体は全体に黒い色で、尻尾はふさふさ。ロールケーキのようにくるんと丸ってはいなくて、狐のように後ろに真っ直ぐ伸びている。

「見たことないな…犬か?おいで」
と源太はしゃがみ込み、手をヒラヒラと動かした。
すると、その犬っぽいのはふいと横を向いて、ゆっくり歩いて行く。畑の方に。

「あ!ばぁちゃんの畑!狙われちゃう!」
私はそう言って、その後を追った。
ちょうどばぁちゃんも家から出て来て、
「あら、香澄ちゃんお帰り-。源ちゃんもありがとうね。お茶だすからおいで-。」
と声を掛けてくれた。
すると、その犬っぽいのは、畑を通り過ぎばぁちゃんの後を追って家に入ろうとしている。
「ばぁちゃん、その犬、知ってる?」
と私も家に向かいながら、ばぁちゃんに聞こえるように大きめの声を出した。

「ん?あら。ほんと。かわいいねぇ。雑種かえ?珍しい犬だね。お前さんもおいで。うちの水は、山のお恵みさんだから、元気が出るよ-。」
と言ってあまり気にも止めず家に入っていった。
山のお恵みさん、とは多分、山の恵み、と同等だろうと思う。でもそれに〝さん〟を付けて呼んでいるのは、〝神様〟とかと同じように有難いっていう意味を込めて呼んでいるみたい。山から湧き出る水だから、確かに冷たくて美味しい。

「おばぁちゃん、その犬大丈夫?」
と、源太も聞きながら家に入ってきた。玄関入るとすぐに広い土間で、右手にかまどと流しがある。その流しで手を洗って、すぐ後ろの作業台に鞄を置いて後ろの居間に上がった。
犬はいつの間にか、玄関入った土間で、お腹を地面につけて横になっている。隣には器に水が半分ほど入っていて、地面が少し濡れているのですでに水を飲んだんだろう。

「暑かったか?人間も生き物も一緒じゃて。ほれ、人間には麦茶が一番よ。」
と言って、長机にはすでに麦茶のグラスが私と源太の分置いてあった。

「ありがとう。」
「おばぁちゃん、ありがとう。助かる-。」
源太は、一気に飲み干すと、手を後ろに伸ばして座布団に座った。

「おばぁちゃん、あの犬、飼うの?」
「さぁの。来たら水やら食べ物をやるだけじゃて。誰かに飼われとった猟犬かとも思うが、首輪が付いとらんで違うんかの。」
そもそも犬なんだろうか…尻尾はふさふさとしていて狐みたいだし、顔と体の大きさは芝犬っぽいけど、耳は垂れている。まぁ、狸とも狐とも違うし、違う種類で掛け合わさったミックス犬なのかな?
「じゃぁ、親父たちにも一応知らせとくよ。迷子犬だと困るし。」
「あぁ。ありがとう。源ちゃん気が利くねぇ。」
「でももし野生だったら、おばぁちゃんも香澄も気をつけろよ。」
「そんなに近寄らないよ。」
「そうだな。」
「かわいいねぇ。じぃさんみたいだ。」
「「え?」」
「香澄ちゃん、じぃさんの耳って見たことあったかの?」
「うーん、見たことはあっただろうけど…なに?」
「じぃさんの耳も、上の方が下へ折れ曲がっておったんじゃ。どれ、写真あったかのぅ。」
と言って、ばぁちゃんは自分の部屋へ行ってしまった。押し入れから、アルバムを探してくるのかもしれない。

「やっぱばぁちゃん、じぃちゃん亡くなって淋しいのかな。」
「まぁ、そうだろうな。こんな山奥に一人だぞ。夜、虫の音がいきなり聞こえなくなると、怖いぞ-。」
「やめてよー!確かにびびるけど。あ、源太も怖いんだ?」
「馬鹿言うなよ!俺はもうびびる歳じゃねぇよ。」
「またまたー。強がっちゃって!昔はびーびー泣いてたじゃん!」
「いつの話をしてんだよ!俺はもうかれこれ10年以上泣いてないぞ。」
「はぁー?あり得ないよ!」

「これこれ。これにあったかな?」
源太と言い合いしていると、ばぁちゃんの部屋からそう言って、アルバムを持ってきた。わー、写真、色が付いてない!

「んー、どれが分かりやすいかねぇ。」
と言いながら1枚ずつページをめくる。それは、若かりし日のじぃちゃんとばぁちゃんだった。ちょうど、今の、私達位の時かな。

「あったあった!これはどうだい?」
そう言って見せてくれたのは、家の前でばぁちゃんとじぃちゃんが二人並んでいる写真。確かに、言われると見えなくもない。でもちょっと引きで撮ってるし、はっきり耳が垂れているかは分からなかった。

「うーん…。」
「おばぁちゃん、若いね-!香澄より綺麗じゃん!」
「ちょっと-!何言うのよ!確かに、ばぁちゃんめっちゃ綺麗だけど。しかもスタイルいいし。」
「んもう!やだようこの子達は!」
源太も、はっきりとは分からなかったんだろう。でも、ばぁちゃんにそんな声を掛けてきっと気を遣ったんだろうなって思った。意外といいとこあんじゃん。
いや、ばぁちゃんは確かに、物凄く美人だけども!

「あ、そうそう。スイカ冷やしてたんだった。食べるかい?」
そう言って、ばぁちゃんは流しに行った。そして、食べやすいように切ってくれた。

「わー嬉しい!ばぁちゃん家のスイカ、甘くて美味しいんだよねー!」
「そうだよな-。俺はもうここのスイカしか食べれないよ。」
「分かる-!向こうのスーパーじゃ、買わないよ。」
「嬉しい事言うねぇ。はい、どうぞ。あ、あの子も食べるかね。」
そう言って、ばぁちゃんは土間で寝ていた犬に、ほんの一切れあげた。

「名前付けようよ。」
「お!いいじゃん。何がいい?」
「なんだろー。…ポチャタは?」
「え?何で?」
「だって、ポチャっとしてて。男の子っぽいから。」
「かわいいねぇ。ポチャタ。」
ばぁちゃんは早速そう呼んで、小さく切ったスイカの二個目もあげた。

「おばぁちゃん、スイカあんま食べさせすぎんなよ。」
「そうかい?お腹壊すといかんかね。」
ポチャタは満足したのか、また土間でお腹を地面につけて目を閉じた。
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