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25.新生活
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「入って」
「失礼致します」
やや緊張した面持ちで、ここエルムスホルン国の王太子の執務室に入るヴィリー。
普段、王女に仕えているとはいえ、優秀で王太子然とした空気を纏うフランツとは同じ血が流れているのかと思うほど、ヴィリーの仕えているカサンドラは奔放であったのだ。
「忙しいのにごめんね。今カサンドラは風呂?」
「とんでもないことでございます!
はい、侍女達がやってくれています。」
「そっか。そこに座って。」
「い、いいえ!座るなんて滅相もない!こ、こちらで…」
ヴィリーはフォルクハルトの隣を指定されたがそれをなんとか断り、ソファの傍に立った。
「ここは公の場じゃないからいいのに。」
「恐れ多い事でございます。」
「ま、いいや。カサンドラが風呂から出て、手入れをしてもらう僅かな時間に来てもらってるからね。手短にしよう。
ヴィリー、単刀直入に聞くよ。カサンドラの事、どう思ってる?」
「!」
そう聞かれ、どう答えれば正解なのだろうと背中に嫌な汗が流れる。
カサンドラに秘密裏に呼ばれた時から嫌な気はしていたが、今日はどんな用件なのかと気が気ではなかった。
「フランツ、答えにくいんじゃないか?」
「そう?うーん…僕の見立てでは、ヴィリーはカサンドラを好き、じゃない?」
「!
そ、それは…えと、昔から遣わせていただいてますし、愛情を持って仕えております。」
「あーいいから、そういうは。
カサンドラに付く侍女や侍従ってすぐ辞めるじゃん?だけど、ヴィリーはずっと仕えてくれてる。」
「はぁ…恐縮です」
「それに、ちゃんとカサンドラを守ってくれてる。」
「いえ、まぁ侍従ですから。」
「だからぁ!」
「ヴィリー。ここで話した事は記録に残らないし、俺たちも漏らす事はない。どんな答えを言っても、罰する事などない。心を割って話して欲しい。」
ヴィリーとフランツのやり取りにまどろっこしくなったフォルクハルトは、助け船を出す。
「…おっしゃる通り、お慕い申し上げております。」
「やっぱり…」
「ヴィリー…(あんなやつのどこが…?)」
フランツはしきりに頷き、フォルクハルトは首を傾げる。
「ありがとう、ヴィリー。
それでね、今までのカサンドラの態度を鑑みて、どう思う?」
「…私の力の無さ故…」
「違うよ!ヴィリーは、あんな妹にずっと仕えてくれた、素晴らしい侍従だよ!」
「!!」
ヴィリーはそう褒められ、顔を上げる。
それを見たフォルクハルトは(フランツは相変わらず上手いな…)と思いながら愚痴を挟まず成り行きを見守る。
「だから、そんなヴィリーに一つ、頼みたい事がある。」
「頼みたいこと、ですか…?」
「うん。カサンドラはこのままいくと、処罰されるか修行院に生涯入れるのどちらかになる。死を持って今までの行いを償うか、生きて世の中のために生涯を尽くすかってこと。
修行院って、本気の修行らしいよ。朝は日の出と共に起きて身を清めるために滝に打たれ、朝食前に安寧を祈る。昼間は世の中のためになる仕事を院内で行い、食事は節制されたもの。果たして堪えられるのか…」
「そ、それは…」
「重い?そんな事ないよね。カサンドラの行いって一つ一つは軽くても、王族の血が流れてる。そんな妹が、いつまでも小さな赤子のように駄々をこねていいわけがないんだ。」
「…」
「まぁ、止められない僕も悪いんだけどね。
…でもさ、一つだけ、助ける道があるって思ったんだ。」
「助ける道…?」
「そう。ヴィリー、君があんなカサンドラを愛してくれている。それが事実であれば、二人この呪縛から逃してあげるよ。ヴィリーのこれからの人生を奪ってしまう事になるけれど。」
「!!」
「どう?…って、さすがに無理だよね。」
「えと…どのように?」
「ん?それは、了承とみなしていいの?じゃなきゃこの先は言えないよ。極秘事項に関わるからね。」
「もちろんでございます!カサンドラ様とこれからも居られるのであれば地の果てでも!」
「よく言った!!
ヴィリーって、出身は西にあるフェマルン島だよね?」
「!!」
「我がエルムスホルン国の領土ではあるが、少し独特の風土と慣習を持つ島。」
「フェマルン島か…」
フォルクハルトも思わず呟く。フェマルン島は一周するには歩けば丸一日近くかかるほどの広さで、気候もほどよく、観光客もそれなりにくる場所だ。
「そこで生涯を終えるとここで約束出来るなら、それまでの手配はこちらでやるよ。うーん、二人夫婦になるのもいいね!
まぁ、途中でカサンドラに何かあって命を落としてもヴィリーに罪は問わないし。
でも、絶対に島から出る事は許さない。
子供が出来ても、カサンドラはすでにいないものとさせるから子供が王位継承権を持つこともないから。」
「はい…」
「どう?」
「はい!是非!よろしくお願いします!!」
ヴィリーは心から嬉しいという満面の笑みを浮かべ、身を乗り出すように言った。
「そう?いい返事だ!
あぁヴィリー、お別れを言いたい人とか、いる?」
「いえ。こちらに就職に来たのも、両親が亡くなって成人したあとでしたから特には。」
「じゃあ実行日は明日!
カサンドラが目覚めたら、そうだなぁ、海に旅行とでも言えばいい。」
「おい、フランツ、住む家やなんかは…」
「大丈夫、すでに手配済みだよ。詳細は、紙に書いてある。」
そう言って、フランツは立ち上がり執務机にある書類を一部と引き出しから掌に乗るほどの大きさの巾着袋を、ヴィリーへ手渡した。
「空き家が数件あったけど、あまり広すぎても手入れが行き届かないのは良くないから文句は受け付けない。でも庭付きの家で、夫婦二人で住むには充分らしいよ。
島に着いたら、船着場近くの食堂に行って話をすれば家に連れて行ってくれるから。
当面のお金はここに入っているけど、自分たちでどうにかやってね。観光業で成り立つ島だし、選ばなければ金も稼げるでしょ。
…質問は?」
「ありません。」
「ちょっと、良く読んだ?」
「じっくりは読んでおりませんが、こんなにお金も頂けてカサンドラ王女とこれからの生を共に過ごせるのならこんな嬉しい事はありません。」
「潔いね。じゃあもうそろそろ戻っていいよ。
あ、紙はここに置いていって。万が一落として、誰かに読まれてもしたら困るから。
ヴィリー、今までありがとう。これからも妹をよろしく。」
「はい。ありがとうございました。」
そう言って、ヴィリーは深々と二人に頭を下げ、早速準備に取りかかろうと部屋を辞した。
☆★
翌朝。
ヴィリーは逸る心を落ち着かせ、まだ眠っているカサンドラの部屋へと静かに入る。
カサンドラのベッドは入り口からは見えない最奥の部屋に置かれているし、天蓋もかけられているため音も無く入れば起こす事もない。手荷物はあるため細心の注意を払った。
ベッドがある部屋とは逆にある衣装部屋へ行き、動きやすい服などの旅行、いやこれからの生活に使うものを準備する。社交用のドレスなんかは必要ないし、昨日の紙には置いていったものは全て売ったりすると書かれていた。
(きっとここにあるドレスや宝石類を売れば、今懐に入っているお金と同じ、いやそれ以上にはなるんだろうな。)
ヴィリーは昨日あれから、宮殿内にある金融所にいき、今まで使わず貯めていたお金を全て下ろしてきた。勤勉で遊ぶ事もしてこなかったため、ずっしりと重い。それだけでも昨日フランツからもらったお金に匹敵するほどあるが、もらえるものは有難く頂いた。これから職がすぐ見つかるかも分からないからだ。
ヴィリーの見立て通り、この部屋から持っていく荷物はほとんどない。島で庶民の暮らしをこれからするのに見合うものが無いのだ。それでも、念入りに見ているのは全て、カサンドラとの思い出を衣装を通して胸に刻んでいた。
(あぁ、全てが愛おしい。でも荷物は少ない方がいいし。)
ここに来る前に寄った、使用人用の衣装室で拝借した新品の下着数枚とペタンコ靴。それから奥にしまい込んでいた花柄のワンピースを二着。今はそれだけでいい。足りなければどこかで買えばいいと思った。
(よし、そろそろ起こすか。)
普段よりはかなり早いが、今日は出掛けるからとカサンドラのベッドへと急いだ。
「カサンドラ様、おはようございます。」
「ん…眠…」
「起きて下さい。旅行、行きますよ!」
「…は?」
「いいお目覚めですね。さ、今日から良いところに出掛けますよ。」
「…聞いて無いわ。」
「言ってませんでしたからね、さぁ早くしないと、野宿になってしまいます。」
「え?どういう事?」
「とりあえず、身支度から。」
そう言って、カサンドラをベッドから立ち上がらせた。
☆★
「ねぇ、どういう事?」
十五人ほどが乗れる乗合馬車に乗ったカサンドラはやっと口を開いた。フェマルン島を目指してはいるが、船が出ている街まではさすがに歩いて行くには遠いため馬車で向かう。が当然王族専用のは使えないため、王都の乗合馬車から向かった。
初めはよくわからないながらも楽しそうにしていたカサンドラも、口を閉ざしていたのだ。カサンドラは幼い頃より辞めず付いてくれていたヴィリーの言葉は最後には耳を傾けることが多い。しかし今回はさすがに朝食も食べずに歩かされたため、機嫌が悪くなったともいえる。
「カサンドラ様、これからは僕と共に生きていきましょう。」
「は!?
…ちょっと、何を言っているのよ!?」
馬車には、他の人も離れてはいるが僅かに乗っており大きな声を思わず出してしまったカサンドラもさすがにヴィリーの言った内容に驚き珍しく顔を赤くさせ少し声を落として言った。
「そのままの意味です。
あなた様さえよければ、夫婦の関係になりたいと思っています。」
「!!?」
「カサンドラ様…いえ、カサンドラ。あなたはこれから、僕と一緒に生きるしか道は無いのです。」
「ちょ…意味が分からないわ!」
「では分かるようにはっきり言った方がいいのですね?
まず、あなたは王族から籍を抜かれました。」
「なんですって!?」
「そしてこのままでは、罪を償うために処刑、もしくは修行院で慎ましく生涯を送るかどちらかだったのです。」
「罪!?」
「王族としての責務を果たさず、権力を笠にして周りに迷惑…業務を妨害、人権侵害など挙げたらきりがない。
でも僕と、生涯をフェマルン島で暮らすのであればそれから逃れられるのです。どうします?」
「…考えさせて…」
「まぁ、考えるまでもないでしょう。
さ、お腹が空きましたよね?まだ先は長い。パンでも食べましょう。」
そう言って、鞄から紙に包まれたパンを取り出しカサンドラへと手渡した。
「失礼致します」
やや緊張した面持ちで、ここエルムスホルン国の王太子の執務室に入るヴィリー。
普段、王女に仕えているとはいえ、優秀で王太子然とした空気を纏うフランツとは同じ血が流れているのかと思うほど、ヴィリーの仕えているカサンドラは奔放であったのだ。
「忙しいのにごめんね。今カサンドラは風呂?」
「とんでもないことでございます!
はい、侍女達がやってくれています。」
「そっか。そこに座って。」
「い、いいえ!座るなんて滅相もない!こ、こちらで…」
ヴィリーはフォルクハルトの隣を指定されたがそれをなんとか断り、ソファの傍に立った。
「ここは公の場じゃないからいいのに。」
「恐れ多い事でございます。」
「ま、いいや。カサンドラが風呂から出て、手入れをしてもらう僅かな時間に来てもらってるからね。手短にしよう。
ヴィリー、単刀直入に聞くよ。カサンドラの事、どう思ってる?」
「!」
そう聞かれ、どう答えれば正解なのだろうと背中に嫌な汗が流れる。
カサンドラに秘密裏に呼ばれた時から嫌な気はしていたが、今日はどんな用件なのかと気が気ではなかった。
「フランツ、答えにくいんじゃないか?」
「そう?うーん…僕の見立てでは、ヴィリーはカサンドラを好き、じゃない?」
「!
そ、それは…えと、昔から遣わせていただいてますし、愛情を持って仕えております。」
「あーいいから、そういうは。
カサンドラに付く侍女や侍従ってすぐ辞めるじゃん?だけど、ヴィリーはずっと仕えてくれてる。」
「はぁ…恐縮です」
「それに、ちゃんとカサンドラを守ってくれてる。」
「いえ、まぁ侍従ですから。」
「だからぁ!」
「ヴィリー。ここで話した事は記録に残らないし、俺たちも漏らす事はない。どんな答えを言っても、罰する事などない。心を割って話して欲しい。」
ヴィリーとフランツのやり取りにまどろっこしくなったフォルクハルトは、助け船を出す。
「…おっしゃる通り、お慕い申し上げております。」
「やっぱり…」
「ヴィリー…(あんなやつのどこが…?)」
フランツはしきりに頷き、フォルクハルトは首を傾げる。
「ありがとう、ヴィリー。
それでね、今までのカサンドラの態度を鑑みて、どう思う?」
「…私の力の無さ故…」
「違うよ!ヴィリーは、あんな妹にずっと仕えてくれた、素晴らしい侍従だよ!」
「!!」
ヴィリーはそう褒められ、顔を上げる。
それを見たフォルクハルトは(フランツは相変わらず上手いな…)と思いながら愚痴を挟まず成り行きを見守る。
「だから、そんなヴィリーに一つ、頼みたい事がある。」
「頼みたいこと、ですか…?」
「うん。カサンドラはこのままいくと、処罰されるか修行院に生涯入れるのどちらかになる。死を持って今までの行いを償うか、生きて世の中のために生涯を尽くすかってこと。
修行院って、本気の修行らしいよ。朝は日の出と共に起きて身を清めるために滝に打たれ、朝食前に安寧を祈る。昼間は世の中のためになる仕事を院内で行い、食事は節制されたもの。果たして堪えられるのか…」
「そ、それは…」
「重い?そんな事ないよね。カサンドラの行いって一つ一つは軽くても、王族の血が流れてる。そんな妹が、いつまでも小さな赤子のように駄々をこねていいわけがないんだ。」
「…」
「まぁ、止められない僕も悪いんだけどね。
…でもさ、一つだけ、助ける道があるって思ったんだ。」
「助ける道…?」
「そう。ヴィリー、君があんなカサンドラを愛してくれている。それが事実であれば、二人この呪縛から逃してあげるよ。ヴィリーのこれからの人生を奪ってしまう事になるけれど。」
「!!」
「どう?…って、さすがに無理だよね。」
「えと…どのように?」
「ん?それは、了承とみなしていいの?じゃなきゃこの先は言えないよ。極秘事項に関わるからね。」
「もちろんでございます!カサンドラ様とこれからも居られるのであれば地の果てでも!」
「よく言った!!
ヴィリーって、出身は西にあるフェマルン島だよね?」
「!!」
「我がエルムスホルン国の領土ではあるが、少し独特の風土と慣習を持つ島。」
「フェマルン島か…」
フォルクハルトも思わず呟く。フェマルン島は一周するには歩けば丸一日近くかかるほどの広さで、気候もほどよく、観光客もそれなりにくる場所だ。
「そこで生涯を終えるとここで約束出来るなら、それまでの手配はこちらでやるよ。うーん、二人夫婦になるのもいいね!
まぁ、途中でカサンドラに何かあって命を落としてもヴィリーに罪は問わないし。
でも、絶対に島から出る事は許さない。
子供が出来ても、カサンドラはすでにいないものとさせるから子供が王位継承権を持つこともないから。」
「はい…」
「どう?」
「はい!是非!よろしくお願いします!!」
ヴィリーは心から嬉しいという満面の笑みを浮かべ、身を乗り出すように言った。
「そう?いい返事だ!
あぁヴィリー、お別れを言いたい人とか、いる?」
「いえ。こちらに就職に来たのも、両親が亡くなって成人したあとでしたから特には。」
「じゃあ実行日は明日!
カサンドラが目覚めたら、そうだなぁ、海に旅行とでも言えばいい。」
「おい、フランツ、住む家やなんかは…」
「大丈夫、すでに手配済みだよ。詳細は、紙に書いてある。」
そう言って、フランツは立ち上がり執務机にある書類を一部と引き出しから掌に乗るほどの大きさの巾着袋を、ヴィリーへ手渡した。
「空き家が数件あったけど、あまり広すぎても手入れが行き届かないのは良くないから文句は受け付けない。でも庭付きの家で、夫婦二人で住むには充分らしいよ。
島に着いたら、船着場近くの食堂に行って話をすれば家に連れて行ってくれるから。
当面のお金はここに入っているけど、自分たちでどうにかやってね。観光業で成り立つ島だし、選ばなければ金も稼げるでしょ。
…質問は?」
「ありません。」
「ちょっと、良く読んだ?」
「じっくりは読んでおりませんが、こんなにお金も頂けてカサンドラ王女とこれからの生を共に過ごせるのならこんな嬉しい事はありません。」
「潔いね。じゃあもうそろそろ戻っていいよ。
あ、紙はここに置いていって。万が一落として、誰かに読まれてもしたら困るから。
ヴィリー、今までありがとう。これからも妹をよろしく。」
「はい。ありがとうございました。」
そう言って、ヴィリーは深々と二人に頭を下げ、早速準備に取りかかろうと部屋を辞した。
☆★
翌朝。
ヴィリーは逸る心を落ち着かせ、まだ眠っているカサンドラの部屋へと静かに入る。
カサンドラのベッドは入り口からは見えない最奥の部屋に置かれているし、天蓋もかけられているため音も無く入れば起こす事もない。手荷物はあるため細心の注意を払った。
ベッドがある部屋とは逆にある衣装部屋へ行き、動きやすい服などの旅行、いやこれからの生活に使うものを準備する。社交用のドレスなんかは必要ないし、昨日の紙には置いていったものは全て売ったりすると書かれていた。
(きっとここにあるドレスや宝石類を売れば、今懐に入っているお金と同じ、いやそれ以上にはなるんだろうな。)
ヴィリーは昨日あれから、宮殿内にある金融所にいき、今まで使わず貯めていたお金を全て下ろしてきた。勤勉で遊ぶ事もしてこなかったため、ずっしりと重い。それだけでも昨日フランツからもらったお金に匹敵するほどあるが、もらえるものは有難く頂いた。これから職がすぐ見つかるかも分からないからだ。
ヴィリーの見立て通り、この部屋から持っていく荷物はほとんどない。島で庶民の暮らしをこれからするのに見合うものが無いのだ。それでも、念入りに見ているのは全て、カサンドラとの思い出を衣装を通して胸に刻んでいた。
(あぁ、全てが愛おしい。でも荷物は少ない方がいいし。)
ここに来る前に寄った、使用人用の衣装室で拝借した新品の下着数枚とペタンコ靴。それから奥にしまい込んでいた花柄のワンピースを二着。今はそれだけでいい。足りなければどこかで買えばいいと思った。
(よし、そろそろ起こすか。)
普段よりはかなり早いが、今日は出掛けるからとカサンドラのベッドへと急いだ。
「カサンドラ様、おはようございます。」
「ん…眠…」
「起きて下さい。旅行、行きますよ!」
「…は?」
「いいお目覚めですね。さ、今日から良いところに出掛けますよ。」
「…聞いて無いわ。」
「言ってませんでしたからね、さぁ早くしないと、野宿になってしまいます。」
「え?どういう事?」
「とりあえず、身支度から。」
そう言って、カサンドラをベッドから立ち上がらせた。
☆★
「ねぇ、どういう事?」
十五人ほどが乗れる乗合馬車に乗ったカサンドラはやっと口を開いた。フェマルン島を目指してはいるが、船が出ている街まではさすがに歩いて行くには遠いため馬車で向かう。が当然王族専用のは使えないため、王都の乗合馬車から向かった。
初めはよくわからないながらも楽しそうにしていたカサンドラも、口を閉ざしていたのだ。カサンドラは幼い頃より辞めず付いてくれていたヴィリーの言葉は最後には耳を傾けることが多い。しかし今回はさすがに朝食も食べずに歩かされたため、機嫌が悪くなったともいえる。
「カサンドラ様、これからは僕と共に生きていきましょう。」
「は!?
…ちょっと、何を言っているのよ!?」
馬車には、他の人も離れてはいるが僅かに乗っており大きな声を思わず出してしまったカサンドラもさすがにヴィリーの言った内容に驚き珍しく顔を赤くさせ少し声を落として言った。
「そのままの意味です。
あなた様さえよければ、夫婦の関係になりたいと思っています。」
「!!?」
「カサンドラ様…いえ、カサンドラ。あなたはこれから、僕と一緒に生きるしか道は無いのです。」
「ちょ…意味が分からないわ!」
「では分かるようにはっきり言った方がいいのですね?
まず、あなたは王族から籍を抜かれました。」
「なんですって!?」
「そしてこのままでは、罪を償うために処刑、もしくは修行院で慎ましく生涯を送るかどちらかだったのです。」
「罪!?」
「王族としての責務を果たさず、権力を笠にして周りに迷惑…業務を妨害、人権侵害など挙げたらきりがない。
でも僕と、生涯をフェマルン島で暮らすのであればそれから逃れられるのです。どうします?」
「…考えさせて…」
「まぁ、考えるまでもないでしょう。
さ、お腹が空きましたよね?まだ先は長い。パンでも食べましょう。」
そう言って、鞄から紙に包まれたパンを取り出しカサンドラへと手渡した。
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