【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる

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噂話

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 昼食が終わり、紅茶をオデットが入れてくれたのでそれを飲んでいるとバスコが声を上げた。


「それにしても、クラウディオはすごいよな-!きっとあまり金の掛からないやり方を提案してくれたんだろ?だからフォルクマール様もクラウディオの案に賛成したんだよな。ロマーノを救う、って今流行りの、奇跡の聖人みたいじゃね?」

「奇跡の聖人…?」

「ミュリエル様、ほら、以前商人がお屋敷に来た時に話が上がったじゃないですか。えーと、王都の町でたくさんの人を救ったとか。足が痛かった人を治したり、痛くて腕が上がらない人の腕が少しでも上がるようにしたとか。
 それ以来、使用人の間では奇跡の聖人様の話題で持ちきりです!」


 普段はバスコよりも真面目で冷静なオデットも少し興奮しながら首を傾げたミュリエルへと説明をする。


「そうそう、三週間以上も雨が降らなかったのに祈った次の日に雨を降らせたんだったっけ?まーでも、三週間も雨が降ってなかったんだったら、祈らなくてもその内降ったんだろって思うけどな。」

「バスコ!奇跡の聖人様になんて失礼な事を…!奇跡の聖人様は昔から、困っている国や人々を救うって言うでしょう!」

「失礼って、ここには居ないんだしいいじゃねぇか。なぁ、ミュリエル様?」

「うーん、居ない人の事をアレコレと話すのは確かに良くないかもしれないわね。」

「えーそうかぁ…。でもよ、オデットは奇跡の聖人に会った事も無いのに、聞いた話をよく話してくるじゃねぇか!」

「あら、私は憧れの念で語っているのです。決して、悪い点を述べたりはしてないのですよ。」

「は!憧れの念!!そんな胡散臭さ満載の奴の話、ただの噂話だろうに!」

「なんですって!?」

「ちょ、ちょっと!バスコもオデットも止めなさい!」

「…はい、申し訳ありません。」

「…ああ。」


 ミュリエルの言葉に、バスコもオデットもそれぞれ頭を下げた。仲が良いのか悪いのか、いつも二人は言い合いになる。それがミュリエルは見ていてクスリと笑える時もあるが、今はクラウディオがいる。その為クラウディオへと顔を向け、謝罪をした。


「もう!クラウディオ、ごめんなさい。バスコもオデットも仲がいいからっていつも何かと言い合うの…クラウディオ?」


 ミュリエルは、クラウディオへとそう言うとなんとなく考え込むような暗い顔をしているので、顔を覗き込んだ。


「わ!…なに?」


 クラウディオは奇跡の聖人の話になった為にまたか…と思った。今まで誰も彼も、奇跡の聖人を褒め讃えるからだ。
 バスコが嫌悪するような発言をしたのは意外だと思ったが、女性であるオデットがキラキラとした目で話すものだから胸がザワザワとする。ミュリエルもそんな目で奇跡の聖人の事を話したらと思うと、なんだか見たくないと思って下を向いてしまっていたのだ。
 だが、いきなりミュリエルの顔がグイ、と覗き込んで近づいてきたので、クラウディオは驚いて声を上げる。


「クラウディオ、大丈夫?顔が真っ青よ?疲れちゃった?」

「い、いや…」

「なぁ、クラウディオも旅して来たなら、聞いた事あるか?奇跡の聖人の話。胡散臭いと思わないか?」

「まぁ!未だ言うの?バスコ!
 でもそうですよね。クラウディオ様、きっといろいろな街を通って来たのでしたら他にも聞いておりませんか!?」

「いや、済まない…あまり聞いていない……」

「そうですか…。」

「ねぇ、クラウディオ。本当にどうしたの?ここは日陰だけど、暑かったのかしら?それとも、旅してきたのでしょう?疲れちゃったのかしら?午後は、止めてもいいのよ。部屋を準備させるわ。」

「違う、大丈夫だから…」

「本当?だって…心配よ。無理しないで?」


 そう言って、クラウディオの顔を尚も覗き込むミュリエルに、クラウディオは申し訳なく感じ、思わず叫んでしまった。


「大丈夫だって!」


 体がビクリと震える程の声にミュリエルは、クラウディオの気分を害してしまったと思い、悲しくて涙が出そうになるのをグッと堪えて声が震えないようにと口を開く。


「…そう?ならいいの。ごめんなさい、クラウディオ。気を悪くさせてしまったなら謝るわ。…私、出掛ける準備してくる。クラウディオはゆっくりしていてちょうだい。二人もね。」


 そう早口で言うと、ミュリエルは飲み終わってもいないカップを置くと、立ち上がろうとする。


(しまった!!)


 クラウディオは、なんだか八つ当たりのように大きな声を出してしまったと咄嗟に立ち上がるミュリエルの手首を掴んだ。


「違うんだ!」

「!!」


 手首を掴まれたミュリエルは驚き、クラウディオの方を見る事も出来ずその場に立ち尽くす。


「大きな声を出してごめん、そうじゃなくて…言い訳をさせて欲しい。だから座ってくれる?」


 クラウディオは、ミュリエルが明らかに元気が無くなりこの場を立ち去ろうとしたのは、ただでさえ体の大きな自分が大きな声を出し、怖がらせてしまったからだと思ったのだ。

 それをどうしたものかと見ていたオデットとバスコ。
 オデットは、いきなりこの場から立ち去ろうとしたミュリエルは理由など良く分からないが明らかにクラウディオに拒絶されたと思い部屋へ逃げようとしたのだろうと思い遣った。
 しかし、次の瞬間クラウディオはミュリエルの手を掴み、なんだか侍女の間で流行っているロマンス小説みたいだと胸をときめかせる。だが、貴族の女性に対する態度でもない為、口を挟んでいいものか迷ったあげく今は成り行きに任せようと見守る事とした。

 対してバスコは、なぜこのようになったのか全く分からない。ただミュリエルは顔色が悪いクラウディオの心配をしただけ。それなのに声を荒げたのは、何か理由があるのか、それとも身分が違うから放っておいてほしいのか、全く分からない。気心知れた相手になら空気を読まずに理由が分からないと口に出して聞いているが、まだ知り合ってそんなに経っていないクラウディオに、話し掛けていいものか迷った。どうしたものかとオデットを盗み見ると、口を挟む素振りを見せていない。その為バスコもまた口を閉じる事に決めた。


「…。」


 ミュリエルは、クラウディオに掴まれた手がそこだけ熱を帯び、この状況を恥ずかしく思い、力を無くすように素直にその場に座った。


「ありがとう、ミュリエルさん。
 …えっと、ごめん。」


 声に出せず首を横に二度ほど振ったミュリエルだったが、再び本当にごめん、と言われ先ほどよりも強く首を振った。


「じゃあ僕の方を見て?怖がらせて本当にごめん。僕みたいな大きな奴が、大きな声を出してはいけなかった。ミュリエルさんに怖い思いをさせてごめんなさい。」


 ミュリエルは顔が真っ赤で、しかも先ほどまでは目に涙が浮かんできそうだったので堪えている。そんな顔をクラウディオに見せるなんてとは思ったが、人が話している時には目を見て話すのが常なミュリエルはゆっくりとクラウディオへと顔を向ける。


「そんな事ないわ。クラウディオは私よりも大きいとはいえ怖い人ではないもの。」


 そう。ミュリエルはクラウディオの声が怖くて怯えたのではない。温厚なクラウディオに、拒絶されたと感じたのが辛くなっただけだ。


「そうかな…。」

「そうよ。クラウディオが体調悪そうに見えてしまって、そうだと思って踏み込んだ私がいけなかっただけだわ。」

「いや!…それなんだけど……」

「?」


 クラウディオは、自分がなぜ暗い気持ちになったのか話すべきだと思った。ミュリエルが目に涙を溜めて、ここから去ろうと思わせてしまった。それを払拭したかったのだ。
 今まで、街の食堂などで近くの席から聞こえてくる話や、道端で話している内容であったなら自分が避ければいいだけの話だった。しかし、そうではなく今からは少しだけではあるが自分と関わる人が、奇跡の聖人の話をしたのだ。
 村を出てから今まで誰にも話していなかった事を、吐き出してしまいたい気持ちもあった為に、意を決して口を開く。


「僕の…僕の兄なんだ。」

「…え?」

「奇跡の聖人って呼ばれているのは多分、僕の兄。だから…」

「まぁ!」

「嘘だろ!?」


 今まで成り行きを見守っていたオデットとバスコが驚きのあまり思わず口を同時に開いた。だが、すぐに二人は顔を見合わせ、また口を噤む。


「嘘っぽいよな…弟の僕にはもない、生きている価値もない人間だから。」

「そんな事ないわ!」


 自嘲気味にそう言ったクラウディオに向き合うように座り直すと、未だ握られていた手を、ミュリエルは今度は自ら握り返す。


「そんな風に言わないで!私、まだクラウディオと会ってそんなに経ってないから、あなたがどんな風に生きてきたなんて分からないわ。でも、私はクラウディオに命を救われたわ!!川で助けてくれたでしょう?
 それに、クラウディオにとったらここロマーノは見ず知らずの土地であったでしょうに、善くしてくれようと考えてくれたもの。私にとったら、困っている人を助ける奇跡の聖人ってクラウディオの事だわ!」

「!!!」


 クラウディオは衝撃だった。

 クラウディオに、今までそのように言ってくれる人は家族でさえ居なかったからだ。
 …手を、可愛いミュリエルに掴まれているのもなかなかの衝撃であるが。


「遠くの土地で、雨を降らせたとかいろいろと言われている奇跡の聖人が自分のお兄さんだから、クラウディオはそんな事言うのね。きっと、比べられたりしたのかしら?
 私には、兄弟姉妹は居ないから、そういうの分からないけれど、きっと辛かったわよね…
 でも、クラウディオはクラウディオだわ!私はどんなクラウディオでも、ここに来てくれて本当に良かったと思っているわ!」


 ミュリエルは、クラウディオが口を開く時に垣間見える、哀しげな雰囲気や、僕なんか、という自分を卑下するような言葉にはそのような事が理由なのではないかと推測し、励ますように声を掛ける。もっとも、ミュリエルにとってそれはお世辞でもなんでもなく、素直に心から感じている言葉であった。


「…あり、がとう……」


 ミュリエルの勢いに、クラウディオは呟くようにお礼を述べる。


「本当よ!私、お世辞なんて難しい事言えないもの。思った事しか言えないの。これじゃ貴族失格なんだけど、そんなに他の貴族と交流もないし、分かりやすくていいでしょ?」


 努めて明るく、ミュリエルはクラウディオへと微笑む。
 クラウディオはギュッと胸を鷲づかみにされたようで、なんだか泣きそうになった。


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