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3. 町の人への挨拶

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 午後、アレッシアはコンシリアと共に町へ向かい、雑用を済ませる事とした。
 コンシリアは、明日から鉱山へ行く事となってしまったアレッシアに、町へ行くのを付き合わせるのはと渋ったのだが、だからこそ行くのだとアレッシアは言ったのだった。


「しばらく、私町には行けなくなるでしょう?だから一緒に行かせて?
コンシリアも、これからは一人で仕事をする事になるもの、ごめんなさいね。」

「とんでもない!今まで、アレッシア様がお手伝いいただいていたのが不思議なくらいでしたから。こちらこそ今までありがとうございました!」


 町には、買い出しなどに出向いていた。コンシリアが行く時には、アレッシアもよく一緒について行ったのだ。それは、人手が少ないからというのもあるが、町に来る口実が出来るとアレッシアは密かに喜んでいたのだった。




ーー


「アレッシア様、せっかくなので誰かご友人の所にも寄りますか?」


 コンシリアは道中、アレッシアが明日鉱山へと出向いてしまう為、町の友人達ともしばらく会えなくなるだろうからとそのように声を掛ける。


「うーん…いいわ。遠慮しとく。それよりも、ドミンガさんの所へ行くのだったかしら?」


(町の、年齢が同じくらいの子達とはそれなりに話す仲ではあったけれど…結婚ではなく鉱山へ働きに行くから町を出るなんて言ったら、ダイラのように笑われるかもしれないもの。)


 アレッシアは鉱山で働く事を恥じているわけでは全くない。だが、昨日ダイラに言われた、『アレッシアは誰にも声を掛けられない』という言葉が結構堪えたのだった。
別にちやほやされたいわけでは無いけれど、それでもダイラやカルメラはよくお客さんから声を掛けられると言っていた。それが悔しいわけではないが、アレッシアも年頃の女の子である。何故自分は声を掛けられないのか、やはり魅力が無いからなのだろうと思うと、気持ちが沈んだのだ。
だからまた、そのような心無い言葉を掛けられたら嫌だと考え、それなら報告をして鉱山へと向かわなくてもいいかと思ったのだ。


「そうですか?
…はい。野菜屋と、あと魚屋の所ですね。今日はアレッシア様の大好きなお魚料理といたしましょう。」

「まぁ!嬉しいけれど、贅沢しなくていいのよ?確かに、いつまで私働いてこればいいのか分からないけれど、一生働くわけではないでしょうから。」

「それはそうなのですが…」


 そう言ったコンシリアは、うっうっと嗚咽を漏らし始めた。


「ちょっと、コンシリア!?やだ、泣いてるの?」


 アレッシアはコンシリアのそんな声に慌てて顔を覗き込む。


「おや、どうしたのかい?アレッシア様。」


 ちょうど野菜屋の店先に立っていたドミンガが、いつも顔を出すアレッシアとコンシリアを見かけ、少し先から声を掛けてきた。
ドミンガは、恰幅が良く白い前掛けを腰にはめた元気のいい中年の女性だ。


「ドミンガさん!」

「だってね、ドミンガ。アレッシア様がとうとう鉱山へと働きに出るって言うから…うっうっ……」

「なんだって!?
…まぁ、いろいろと事情はあるのだろうけど、なんでまたアレッシア様が…。女の子だろ、止める事は出来ないのかい?」

「ええ、決めました!明日から行くんです。だから、次からはコンシリアが買い出しに一人で来ますのでお願いします。」

「そうかい…いえね、それは全然いいんだよ。
ここだけの話だけどね…、
私の息子のカジョも給金がいいからと鉱山へ働きに出たのが三ヶ月ほど前だったかねぇ…初めは、前金が届いたけれどそれ以降全く音沙汰は無し!生きているのかも分かったもんじゃないよ。
国にも、行方不明届けを出したんだけど、一向に知らせはないんだ。」


 そう言ってため息を吐いたドミンガは遠い目をしてそう言ったのだった。


「そうだったの…。」


 アレッシアはそんなドミンガにどう答えたらいいのか、呟いた。


「鉱山はね、危険がつき物だよ、どうしても行くのなら充分気をつけるんだよ!
ほれ、少ないけれど餞別!いつもより多めに持っていきな!」

「え、でも…」

「いいのいいの!
いつもアレッシア様は私ら町のもんにまで分け隔てなく接してくれて、元気を分けてもらってんだからね!」


 そう言って、野菜や果物も持たせてくれた。




「ドミンガの息子、見ないと思ったら鉱山に行ってたんですねぇ。」


 魚屋まで行く途中、コンシリアはそのようにポツリと言った。


「そうね。この町の人達も鉱山で働いているなんて知らなかったわ。」


 町には張り紙が至る所にある。だから働きに出ても不思議ではないが、この町にいても仕事はあるから、わざわざ鉱山へ行く人がいるのかと思ったのだった。


「やはり、お金に目が眩むのでしょうかね。
でも、他国の鉱山労働者は、酷い扱いを受けるとも聞いた事もあって…あ、申し訳ありません!」


 そこまで話したコンシリアは、アレッシアがそんな所にいくのだと思い出し、敢えて不安を口に出すのは憚られたので慌てて口に手を充てて話すのを躊躇った。


「いいのよ、コンシリア。
どういう所かは分からないけれど、もしかしたらいい場所かもしれないわ!頑張ってみるわね!」


 そう話していると魚屋についた。


「いらっしゃい!アレッシア様。何を頑張るんですかい?」


 気の良さそうな、魚屋のおかみのエルカンナが、前掛けの紐を首の所で結び直しながら声を掛けてきた。エルカンナも中年の女性で、以前はエルカンナも海で貝などを獲っていたが人の往来が多くなってきた四年程前から店を開き、一人で店に出ている。漁師である旦那が獲ってきた海産物を販売しているのだ。たまに旦那は店にも顔を出すが夜明け前から漁に出たりしている為、店先にはほとんどエルカンナが立っていた。


「エルカンナさん、こんにちは!
私、明日から鉱山へ働きに行くんです。だから、今度からはコンシリアだけで買い出しに来ますからお願いしますね。」

「まぁ…!アレッシア様が!?
…いろいろとあるのでしょうが、そう、そうかい……。」


 そう言うと、エルカンナはアレッシアの両手を掴み、目を合わせていつになく真剣な眼差しで話し出した。


「いい?アレッシア様。鉱山は、本当にその…お気をつけて行って下さいね。
私の息子のチュイも、鉱山へ出稼ぎに行って半年。初めにお金は届いたけれど、それっきり。当初は三ヶ月ほどで帰ってくる予定だったんですよ?それなのに、もうずっと音沙汰無いのは…チュイは…もう……国に、行方不明届けを出したんだけれども、それも………」


 そう言うと俯き、嗚咽を漏らし始める。


「明日から鉱山へ向かうというアレッシア様に言うのも酷かもしれませんが、どうぞお気をつけて。
…ほら!せめてもの餞別です。今日はいい魚や貝が獲れたんですよ!」


 エルカンナは顔を上げると、泣き笑いの表情で努めて明るく、アレッシアへとそう告げ、籠にあれもこれもと山盛りに海産物を乗せていく。


「エルカンナさん!そんなに悪いです!」


 さすがに店の商品がなくなってしまうと、アレッシアは慌ててそう告げる。


「いいえ、持って行って下さいな!このバンケッテ領の海の幸の味をしっかりと覚えておいて下さいね!」

「でも…ええ、ありがとう。もちろんです。」

「アレッシア様、今夜は食べ過ぎてお腹壊さないようにしませんと!さぁ、有り難くいただいて早く帰りましょう。」


 泣き止んだと思っていたコンシリアも、いつの間にかまた目に涙を溜めながらもアレッシアへとそう言って、帰り道へと促した。
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