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結城凛子

初めてのキス

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 羽野はの智樹ともき―――どこにでもいる普通の男子高校生。
 得意教科は地理と数学。
 部活に入っていなくて放課後はすぐ家に帰っちゃうような地味な男の子。
 ちょっと野暮ったい銀縁メガネを掛けていて、授業中に先生からよく当てられている。



 私は、元々羽野くんのことが好きだったわけじゃない。
 かっこいいとか、付き合いたいとか思ったこともなかったし、同年代の子が憧れるような甘酸っぱい恋愛に理想を抱いているわけでもなかった。ただちょっと、いや、無性にムラムラしていただけ。
 生理前の身体の反応―――そんな意識も知識もなかった私は、自分の身体を持て余していた。
 自慰で収まればいいんだけど、自分の拙い技術では満足のいく快感も味わえなくて、日に日にどうしようもないほど欲求が膨れ上がっていく。私の通っている学校は一応進学校なので、受験に向けて勉強ばっかりしていたのもストレスだったんだと思う。一日中机に向かって難しい問題ばっかり解いていたら、そりゃあストレスが溜まって欲求不満にもなるって・・・え?私だけじゃないよね?

 そのモヤモヤをどうやって晴らしたらいいのかわからなくて、気分転換を兼ねていつもは行かない家から少し離れた小さな図書館に行った時、偶然羽野くんの姿を見かけた。ちょっと野暮ったい銀縁のメガネを掛けて黙々と勉強してる姿に、何故だか視線が釘付けになった。
 世間で言うところのイケメンではないし、好みの顔と言うわけでもない。
 それなのに、考え込むようにシャーペンを押し当てた唇に、無性にキスしたくなった。

 あの柔らかそうな唇を舐めたい。

 その欲求は驚くほど急激に膨らんで、思わず人差し指で自分の唇を撫でていた。
 元々人見知りな方だし自信なんてないから、声をかけるだなんてできない。だから、ただ遠目からその唇に触れる妄想をしていた。



 何度かその図書館へ通ううちに、羽野くんと挨拶するようになった。挨拶と言っても、目礼くらいだったけれど。



 そんなある日、図書館へ行くと試験前ということもあって席がほとんど埋まっていた。
 出遅れてしまって席を見つけようとウロウロしていると羽野くんが声を掛けてくれて、半個室になっている二人掛けの席に横並びに腰を掛ける。
 羽野くんは特に話し掛けてくることもなく、黙々と問題集を解き進めている。私も苦手な数学の問題集を開いたけれど、最初の問題で躓いてなかなか前に進めない。どんどんイライラがたまっていくと同時に、隣に羽野くんがいると思うとムラムラする。
 だめだ、全然集中できない。
 一旦気持ちを切り替えようと伸びをすると、羽野くんに声を掛けられた。

「ここがわからないの?」

 ずいっと身を乗り出すようにして、問題集を覗き込んでくる。

「あっ・・・うん」

 突然のことにドギマギして、声が掠れる。
 今までほとんど話したことがなかったのに、いきなりどうしたんだろう・・・というか、距離が近い!
 いきなりパーソナルスペースに入られて狼狽えながらも、ずっと遠くから眺めていた唇がすぐそこにあってチラチラと見てしまう。

「んっと、ここにこの公式をつかって、ここに代入すれば・・・」

 そんなに難しく考えなくていいよと微笑んだ唇に、思わず口付けていた。ふにゅっと引っ付いた唇が温かくて柔らかい。

「んっ・・・」

 鼻から抜けるような声が出て、はっとする。
 まずい、やってしまった!
 いきなりキスするなんて、とんだ痴女だと思われただろう。それに、私みたいな人間からキスされて嫌がられたに決まってる。引かれたに違いない、ドン引きだ。
 すぐに唇を離したけれど、キスの余韻で股の間が熱くなってしまって自分で自分が嫌になる。

「結城さん」

 咄嗟に俯いていた私は、羽野君に名前を呼ばれて呼吸が止まった。
 恐る恐る視線を上げると、羽野くんの強い視線と絡まる。逃げられないと悟って、震えながら口を開いた。

「・・・ごめんなさいっ」

 涙目になりながら謝った私の唇に、柔らかいものが触れた。
 それが羽野くんの唇だとわかった瞬間、火が出そうなくらい顔が熱くなってとっさに羽野くんを押しのける。

「結城さん・・・」

 羽野くんの少し切なそうな声に胸が甘く締め付けられて思わずもう一度キスを強請りそうになったけれど、まさか正直に言えるはずもなくて、慌てて荷物をまとめると逃げる様にして図書館を後にした。


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