600秒物語

ジキ・スズキ

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まずはイカの話(4)

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 目に映っていたのは何か見せられていた映像だったと思う。にわかに現実が戻ってきた。

 空は明るさを取り戻し、改めて暮れ始めていた。相模湾の潮の流れは速く、遠くに貨物船が見えた。僕は取り戻した現実に安堵を覚えた。何かよくわからないのだが世界は続いている。ふとイケスがびちゃびちゃと水音をたてた。おいおい、また何か変な事が起きるのは勘弁してくれと思う間もなく、次々とイケスからイカが飛び立っていく。イカが空を飛ぶなんて有り得るのか知らないが僕は初めて見た。キラキラ夕日に輝きながら水玉の尾を曳きながら、何十匹だか何百匹だか空中に高く弧を描き海の中に飛び込んで行った。
 
 イカどもは何かの役目を終えて海に帰るのだろう。人間一人を食い尽くし僕に幻覚を見せた恐るべきイカ軍団。どっと疲れに襲われた。頭の中に声がした。
「お前の任務は終了した。これからも音声だけは通信できる。だが私はこれからも忙しいので、いつもお前の相手を出来るわけではないが、答えられる時は答えてやろう。しかし今日のところは通信は閉ざす。お前は体を休め、世界が以前とどう変わったかよく観察していてくれ。以上だ」
 プレアデス星団人の声は私が何か話す前に言いたいことだけ言ってプツリと途絶えた。
 僕は家路に向かった。

 家に着いたのは夜の7時あたりだったと思う。世界がどう変わったのかなんてわからなかった。家も両親もTVから流れ出す番組もいつも通りだった。今日、世界が終わりかけたなんてどうして信じられるだろうか。
  
 それにしても、あのイカ軍団は何だったのだろう。僕はベッドの中で考えた。なかなか合理的に考えることなど出来ないが、僕は催眠状態に陥り幻覚を見せられたに違いない。プレアデス星団人と通信する人は、僕にとってはトンデモな人々で精神疾患の一種だと思っていた。嫌な考えだが、僕が精神疾患に陥ったと考えるのが自然だろう。しかし、あの渦巻き光を放ち、最後に空を飛んだイカ達も幻想だろうか。それにしては生々しいし匂いだって感じた。それに生け贄になったあのオジサン。僕は目の前で会話したのだ。イケスに自ら飛び込みイカ軍団の餌になった。自殺の目撃者として警察に届けるべきだった。信じてもらえる可能性は低いとしても、人一人が死んだのだ。世界の終わりという、とんでもないことを突きつけられて圧倒されたが、冷静に考えると自分が見たものが怖くなってきた。

 でもそんな一人の人間の死への恐怖よりも、目に見えない更に大きな恐怖への不安を感じていることにも気がついた。自分への頼りなさだけじゃない。もっともっと大きな何か。

 イカの寿命は1、2年と短い。その寿命の短さに対して異様に知性が高いとも言われている。もしかしたら、奴らは少し寿命が長くて更に知性の増したイカどもだったのだろうか。そいつらが僕をバカしたのだろうか。いやいや、それも不合理だ。僕が精神疾患になってしまったと考えるのが一番合理的だろう。

 いやはやつらい気分だ。取り敢えず嫌な事を忘れて眠ってしまおうと思った。
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