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4歳の誕生日を迎え、親戚一同と付き合いのある貴族のものが招かれた盛大なパーティーを終えた後、再び同じように教育の施される日々。
誕生日パーティーで綺麗なドレスを着て、親戚や付き合いのある貴族たちにちやほやされたのが癖になったのか、カトリーヌはよりわがままになった。
お姫様だからこそ勉強なんてしなくていい、そんなことを本気でのたまうようになったのだ。
これがまだ教育も施されていない子供であればほほえましいながらも「それは違う」と優しく諭したことだろう。
けれど、カトリーヌはすでに初歩的なことではあるが貴婦人になるべく教育を受けている身であり、心構えとして教育や勉強、研鑽がどれほど必要なのかをその頭に叩き込まれた経験があるはずの令嬢でもある。
これには流石の父ヴァルファズルも苦言を呈した。
「これ以上勉強が嫌だ、マナーを覚えたくないというふざけたことを言うのであれば、将来は修道院に行くと覚えていなさい」
その言葉はわがまま放題と贅沢な暮らしを手放したくない気持ちの強いカトリーヌにはかなり応えたものになったのだろう。
最低限の勉強はなんとか行われるようになった。
が、このカトリーヌのわがままによる教育放棄は近くにいたメイドや侍女をはじめとした使用人たちに双子の姉妹令嬢たちの格差を付けさせるには十分なきっかけになってしまったのだ。
まだ表面化しているわけではないし、あからさまな差別をするわけではない。
けれどもそれは、使用人たちの心の中で優れた伯爵家の娘としては落第である双子の妹としての印象を強く持たせてしまった。
グウェンドリンがその前から使用人たちと仲良くなるために、庭師に声を掛けたり、厨房などへ「いつもおいしいよ」などと言いに行ったり、そんなこまめな行動をしているのも相まって、より使用人たちの中でのカトリーヌとグウェンドリンの格差は大きなものになっていく。
そんな双子たちはというと、お互いにそんなことを気にしていることはなかった。
グウェンドリンはそもそも使用人たちに気に入られる、良く思われたいと思っての行動は己の身を守るためであるし、悪い扱い自体されたくないからこそ親しみを持ってもらいたいと考えて行動に移しているだけ。
だからこそ、姉妹での格差についてはそれほど考えていなかった。
わがまま放題の妹に、使用人たちがあまり良く思わないだろうなとは考えても、主家の娘であるからこそ周りも下手なことはしないし、行動における格差も簡単には出ないだろうとも思っていた。
また、グウェンドリンは習い始めたピアノに夢中になっていたのもあった。
前世でも楽しみながら嗜んでいたピアノをもう一度弾けるというのは、彼女にとって大きな趣味の一つが戻ってきたようなもので、最初の指の動きのための練習だけでも嬉々としてやっていた。
彼女が好きな曲などは暗譜してあるのもあって覚えているし、早く難しくもお気に入りの曲が弾きたい一心で必死に練習していたのもあり、カトリーヌのことが頭の片隅にポンと放り投げられていたのである。
また、歌唱の授業も同時に受けることになったのもあって、歌のための発声練習なども欠かさずに行うことで、毎日が忙しい日々になっていた。
そしてカトリーヌはヴァイオリンを始めたものの、見事に弓を動かすことや指をどう動かすのかといった点が慣れていないのもあって挫折。
それでも最低限の教育は必ず受けさせるということで、いやいやでもやらせている。
その反動なのか、あれやこれやとわがままを言い、忙しくてなかなか会うタイミングがつかめない父に出会えるとぬいぐるみを買って、ドレスを買って、装飾品を買ってとかなり言い募っているらしい。
修道院行きの将来をほのめかされたというのに、とんでもない度胸である。
ただ、父であるヴァルファズルの方も双子の娘が必死に頑張っているのには思うところがあるようで、二人に平等に同じものを買ってその頑張りを褒めることにした。
「いつも頑張っているご褒美だ。これからも励みなさい」
そう言って渡されたのは幼児がやっと抱えられるかという大きなテディベアだった。
ふわふわとした茶色い毛並み、まん丸の手足の可愛らしい熊のぬいぐるみたちはどちらも同じ色合いだが、目の宝石の部分と首元をぐるりと回って結ばれているリボンだけが、グウェンドリンとカトリーヌ双方の色合いになっている。
「ありがとうございます!お父様!」
「…なんでグウェンドリンもなんですか?」
「どちらも頑張っているからだ。何か文句でもあるのかい?」
ヴァルファズルとしてはグウェンドリンは言わずもがな、カトリーヌも渋々であっても何とかやっているからこそ、高価なテディベアを購入して二人に渡している。
それをお礼も言わずになぜ自分だけじゃないのかと不満げにするカトリーヌに訝し気に眉をひそめた。
「い、いえ、ありがとう、ございます」
父がせっかく買ってきたのに、という不満が言外に伝わったのか、カトリーヌはそれ以上不満を漏らすことなくそっとテディベアを受け取った。
「私だけがもらえればよかったのに」
ぼそりと父に聞こえないようにつぶやくその言葉を、隣にいたグウェンドリンだけが聞いていた。
それぞれがぬいぐるみを抱いて部屋へと戻る。
子供部屋の前の廊下で渡されたものだから、後ろの扉を開けるだけでいいのだが、ふと先ほどのカトリーヌの言葉が気になってグウェンドリンはそちらを見た。
私だけがもらえればよかったのに、そういった彼女の言葉は双子の姉妹へ向けての悪意が確かにあった。
カトリーヌ本人の境遇からすれば、仕方のない事なのかもしれない。
けれど、その原因は本人の努力不足であり、本人のやる気次第でどうにでもなるものでもある。
これがストレスからくる一時的な悪口であれば、これまで同様に暇なときにたまに一緒に遊ぶくらいの事はできるかなとグウェンドリンは思って、カトリーヌを見た。
カトリーヌの表情は少し不機嫌そうだった。
自分がおねだりして、頑張った結果のご褒美をグウェンドリンも受け取ったのが気に食わなかったのか、それとも不満を漏らして父に小言を言われたのが気に食わなかったのか、その本心は彼女以外誰にもわからない。
けれど、グウェンドリンの方を見ることも無く、不満そうな顔をしてさっさと扉の向こうに消えていった。
この時、グウェンドリンは何となく思った。
遊ぶ時間はほどほどで、自分が自由に使える時間はピアノの練習や散歩などに使われて以前ほど一緒に遊ぶ機会は失われていた。
それでもタイミングが合えばどんなドレスが欲しいのか、どんな素敵な女性になりたいのかといった会話に付き合ったし、貴族の子女らしい遊びも一緒にした。
私はお姫様なの、きっと素敵な王子様が迎えに来てくれるわ。
そんなことを言っていた夢見がちな双子の妹と、今後そのような機会がほとんど設けられない。
いや、きっと
今後、彼女と道が交わる事はきっとないだろうと。
誕生日パーティーで綺麗なドレスを着て、親戚や付き合いのある貴族たちにちやほやされたのが癖になったのか、カトリーヌはよりわがままになった。
お姫様だからこそ勉強なんてしなくていい、そんなことを本気でのたまうようになったのだ。
これがまだ教育も施されていない子供であればほほえましいながらも「それは違う」と優しく諭したことだろう。
けれど、カトリーヌはすでに初歩的なことではあるが貴婦人になるべく教育を受けている身であり、心構えとして教育や勉強、研鑽がどれほど必要なのかをその頭に叩き込まれた経験があるはずの令嬢でもある。
これには流石の父ヴァルファズルも苦言を呈した。
「これ以上勉強が嫌だ、マナーを覚えたくないというふざけたことを言うのであれば、将来は修道院に行くと覚えていなさい」
その言葉はわがまま放題と贅沢な暮らしを手放したくない気持ちの強いカトリーヌにはかなり応えたものになったのだろう。
最低限の勉強はなんとか行われるようになった。
が、このカトリーヌのわがままによる教育放棄は近くにいたメイドや侍女をはじめとした使用人たちに双子の姉妹令嬢たちの格差を付けさせるには十分なきっかけになってしまったのだ。
まだ表面化しているわけではないし、あからさまな差別をするわけではない。
けれどもそれは、使用人たちの心の中で優れた伯爵家の娘としては落第である双子の妹としての印象を強く持たせてしまった。
グウェンドリンがその前から使用人たちと仲良くなるために、庭師に声を掛けたり、厨房などへ「いつもおいしいよ」などと言いに行ったり、そんなこまめな行動をしているのも相まって、より使用人たちの中でのカトリーヌとグウェンドリンの格差は大きなものになっていく。
そんな双子たちはというと、お互いにそんなことを気にしていることはなかった。
グウェンドリンはそもそも使用人たちに気に入られる、良く思われたいと思っての行動は己の身を守るためであるし、悪い扱い自体されたくないからこそ親しみを持ってもらいたいと考えて行動に移しているだけ。
だからこそ、姉妹での格差についてはそれほど考えていなかった。
わがまま放題の妹に、使用人たちがあまり良く思わないだろうなとは考えても、主家の娘であるからこそ周りも下手なことはしないし、行動における格差も簡単には出ないだろうとも思っていた。
また、グウェンドリンは習い始めたピアノに夢中になっていたのもあった。
前世でも楽しみながら嗜んでいたピアノをもう一度弾けるというのは、彼女にとって大きな趣味の一つが戻ってきたようなもので、最初の指の動きのための練習だけでも嬉々としてやっていた。
彼女が好きな曲などは暗譜してあるのもあって覚えているし、早く難しくもお気に入りの曲が弾きたい一心で必死に練習していたのもあり、カトリーヌのことが頭の片隅にポンと放り投げられていたのである。
また、歌唱の授業も同時に受けることになったのもあって、歌のための発声練習なども欠かさずに行うことで、毎日が忙しい日々になっていた。
そしてカトリーヌはヴァイオリンを始めたものの、見事に弓を動かすことや指をどう動かすのかといった点が慣れていないのもあって挫折。
それでも最低限の教育は必ず受けさせるということで、いやいやでもやらせている。
その反動なのか、あれやこれやとわがままを言い、忙しくてなかなか会うタイミングがつかめない父に出会えるとぬいぐるみを買って、ドレスを買って、装飾品を買ってとかなり言い募っているらしい。
修道院行きの将来をほのめかされたというのに、とんでもない度胸である。
ただ、父であるヴァルファズルの方も双子の娘が必死に頑張っているのには思うところがあるようで、二人に平等に同じものを買ってその頑張りを褒めることにした。
「いつも頑張っているご褒美だ。これからも励みなさい」
そう言って渡されたのは幼児がやっと抱えられるかという大きなテディベアだった。
ふわふわとした茶色い毛並み、まん丸の手足の可愛らしい熊のぬいぐるみたちはどちらも同じ色合いだが、目の宝石の部分と首元をぐるりと回って結ばれているリボンだけが、グウェンドリンとカトリーヌ双方の色合いになっている。
「ありがとうございます!お父様!」
「…なんでグウェンドリンもなんですか?」
「どちらも頑張っているからだ。何か文句でもあるのかい?」
ヴァルファズルとしてはグウェンドリンは言わずもがな、カトリーヌも渋々であっても何とかやっているからこそ、高価なテディベアを購入して二人に渡している。
それをお礼も言わずになぜ自分だけじゃないのかと不満げにするカトリーヌに訝し気に眉をひそめた。
「い、いえ、ありがとう、ございます」
父がせっかく買ってきたのに、という不満が言外に伝わったのか、カトリーヌはそれ以上不満を漏らすことなくそっとテディベアを受け取った。
「私だけがもらえればよかったのに」
ぼそりと父に聞こえないようにつぶやくその言葉を、隣にいたグウェンドリンだけが聞いていた。
それぞれがぬいぐるみを抱いて部屋へと戻る。
子供部屋の前の廊下で渡されたものだから、後ろの扉を開けるだけでいいのだが、ふと先ほどのカトリーヌの言葉が気になってグウェンドリンはそちらを見た。
私だけがもらえればよかったのに、そういった彼女の言葉は双子の姉妹へ向けての悪意が確かにあった。
カトリーヌ本人の境遇からすれば、仕方のない事なのかもしれない。
けれど、その原因は本人の努力不足であり、本人のやる気次第でどうにでもなるものでもある。
これがストレスからくる一時的な悪口であれば、これまで同様に暇なときにたまに一緒に遊ぶくらいの事はできるかなとグウェンドリンは思って、カトリーヌを見た。
カトリーヌの表情は少し不機嫌そうだった。
自分がおねだりして、頑張った結果のご褒美をグウェンドリンも受け取ったのが気に食わなかったのか、それとも不満を漏らして父に小言を言われたのが気に食わなかったのか、その本心は彼女以外誰にもわからない。
けれど、グウェンドリンの方を見ることも無く、不満そうな顔をしてさっさと扉の向こうに消えていった。
この時、グウェンドリンは何となく思った。
遊ぶ時間はほどほどで、自分が自由に使える時間はピアノの練習や散歩などに使われて以前ほど一緒に遊ぶ機会は失われていた。
それでもタイミングが合えばどんなドレスが欲しいのか、どんな素敵な女性になりたいのかといった会話に付き合ったし、貴族の子女らしい遊びも一緒にした。
私はお姫様なの、きっと素敵な王子様が迎えに来てくれるわ。
そんなことを言っていた夢見がちな双子の妹と、今後そのような機会がほとんど設けられない。
いや、きっと
今後、彼女と道が交わる事はきっとないだろうと。
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