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簡単な図案の刺繍を終えて、次はピアノの置いてある部屋へ。
グウェンドリンは一度やり始めると納得できるまで延々と刺繍をし始めることはメイドやマーガレットたちに知られているので、次はピアノの練習の時間ですよと促されなければ普通に止めずに続行する女である。
所謂、もうちょっとで1時間粘る女。
すでに指の練習からは卒業し、今はナサリーから出された課題曲を練習しつつ、自分の好きな前世の曲をいくつか楽譜に起こして、それを弾くことも珍しくない。
ただ、曲名と作曲者に関しては前世のショパンやベートーヴェンなどをそのまま記載しているが、この人はどこの国の人かと聞かれると困り果てることになるため、他の人がいる時には弾かないようにしている。
とはいえ、以前楽譜集をおねだりして買ったもらったので、そちらに入っていた曲かなとマーガレットたちは思っているので、楽譜集の中身を知らないのであれば問題ないかもしれない。
難易度的なものを合わせる必要はあるけれど、問題なく演奏はできるだろう。
マーガレットが鍵盤蓋を開けて、鍵盤の上に広がる赤いカバーを取ってくれたので、自分は椅子を引いて座ってポジションをちょっとだけ調整。
まだ足が着くほど身長が無いので、プラプラしてしまうのもあってベストポジションにきちんと座れないことがあるので、これもいつものことだ。
まず最初に用意された楽譜は、ナサリー先生から出された課題曲。
「風の調べ」というこの世界独自のものらしく、グウェンドリンも良く知らない。
なんでも、この作曲家はちょうど嵐の夜に眠れず、一夜をずっと外を見て過ごしていた時に、強い嵐真っただ中から静かに風の吹く嵐の過ぎ去ったその変化が忘れられず、そのテンションのまま作曲したのだという。
難易度的にはこの年だと少し難しいと感じるくらいの難易度で、弾き慣れていない分ミスが多くもなっている。
先に好きな曲を選んで弾こうとおもっていた矢先にこの楽譜である場合、マーガレットが「先に課題曲を十分に練習してから好きな曲を弾きましょうね」と無言の圧力をかけているのである。
思わず弾こうとした指が一瞬止まるくらいにはちょっとショックだった。
が、課題は課題なので、多少好き勝手したとしても練習にはなってくれる。
ピアノはまず弾くのが好きになる事から、というのが前世の先生の教えであったのだし、無理に課題だからと堅苦しく弾いたり完璧に弾こうとして嫌気が差したらそこで勢いが止まってしまう可能性は大。
せっかく取り戻した趣味をここでストップするわけにはいかないのである。
始まりは低い音から。
風が唸るような長く響く低音はファルマータで伸ばされている音符が多いのも特徴。
序盤はとにかく重たく、それでいて時折高い音が混じるものの、伸びる音に混ざれば風の音の中に混じるあの妙に高い音の表現になるのだろう。
ただ、速さはアレグロなのでそれなりに早い曲だ。
そして徐々に重たく響くレフトハンドは少しずつデクレッシェンドに従って小さくなり、休符。
その後、ライトハンドの静かに響く高い音を3小節弾いて現れる、最初の時とは違うアンダンテで奏でられる少し高い音。
ゆっくりとした高い音は嵐が過ぎて晴れ渡る空と、風はあるがまた日常が戻ってきたことを表して終わる。
低い音からどんどん高い音へ変わっていく他、重厚な音になりやすい曲なので主に男性に好まれる、らしい。
この辺は個人差もあって何とも言えないが、グウェンドリンはあまり好みではないなと初めて弾いた時、間違いなど関係なく思ったので、次の課題曲はなんだろうか、と思いながら練習するときもたまにある。
ただ、父はこの曲が結構好きらしいので、今度練習の成果を披露してくと言われてしまえば、練習を欠かすわけにはいかない。
2、3度ほど全体を通して練習して、自分が特に苦手な箇所を右手と左手それぞれ片方ずつ弾いて、また通して練習する。
そのあとやっと自分が好きな曲に取り掛かれるのだが、この時点で結構手に疲れが溜まっているので、1曲を何度も何度も練習しているとマーガレットからストップが入るのだ。
「お嬢様、お茶のお時間ですよ」
こんな風に。
「本日は奥様がご友人のお茶会に招かれているそうなので、お部屋の方にご用意しました」
「カトリーヌは?」
「一応お付きの侍女に頼んでお声掛けしてみたんですが、どうもご機嫌があまりよろしくないようでしたので、今回は無理そうですね」
「ここ最近は特に機嫌が悪いわよね」
楽譜と鍵盤を元通りに片付けて、部屋へ戻ってドレスに着替えてからお茶に入る。
すでに部屋付きのメイドもマーガレットともども非常に長い付き合いなので、自分たちだけであれば一緒にお茶を飲むことも珍しくない。
カトリーヌが来たときにはこうして一緒に椅子に座ってお茶をすることはないが、その分カトリーヌが愚痴と八つ当たりをするたびにカトリーヌ付きの侍女を他の面々が何か言いたげな顔をしてみるので、良く見える側に座っているグウェンドリンとしてはちょっと口元がひくつきかねないことをしているのが彼女たちである。
うるさい妹が来襲したときの見えない所での態度がアレだとしても、彼女たちは自分の姉の様な存在であり、社交界的には先輩だ。
今のうちに他の家ではどんな社交界やお茶会が開かれ、どんなことを経験したのかちょっとずつ聞き出しておきたい。
そうすればもしも自分にその機会が来ても多少の心構えはできるというものなので、いろんな話をしたいのである。
グウェンドリンは一度やり始めると納得できるまで延々と刺繍をし始めることはメイドやマーガレットたちに知られているので、次はピアノの練習の時間ですよと促されなければ普通に止めずに続行する女である。
所謂、もうちょっとで1時間粘る女。
すでに指の練習からは卒業し、今はナサリーから出された課題曲を練習しつつ、自分の好きな前世の曲をいくつか楽譜に起こして、それを弾くことも珍しくない。
ただ、曲名と作曲者に関しては前世のショパンやベートーヴェンなどをそのまま記載しているが、この人はどこの国の人かと聞かれると困り果てることになるため、他の人がいる時には弾かないようにしている。
とはいえ、以前楽譜集をおねだりして買ったもらったので、そちらに入っていた曲かなとマーガレットたちは思っているので、楽譜集の中身を知らないのであれば問題ないかもしれない。
難易度的なものを合わせる必要はあるけれど、問題なく演奏はできるだろう。
マーガレットが鍵盤蓋を開けて、鍵盤の上に広がる赤いカバーを取ってくれたので、自分は椅子を引いて座ってポジションをちょっとだけ調整。
まだ足が着くほど身長が無いので、プラプラしてしまうのもあってベストポジションにきちんと座れないことがあるので、これもいつものことだ。
まず最初に用意された楽譜は、ナサリー先生から出された課題曲。
「風の調べ」というこの世界独自のものらしく、グウェンドリンも良く知らない。
なんでも、この作曲家はちょうど嵐の夜に眠れず、一夜をずっと外を見て過ごしていた時に、強い嵐真っただ中から静かに風の吹く嵐の過ぎ去ったその変化が忘れられず、そのテンションのまま作曲したのだという。
難易度的にはこの年だと少し難しいと感じるくらいの難易度で、弾き慣れていない分ミスが多くもなっている。
先に好きな曲を選んで弾こうとおもっていた矢先にこの楽譜である場合、マーガレットが「先に課題曲を十分に練習してから好きな曲を弾きましょうね」と無言の圧力をかけているのである。
思わず弾こうとした指が一瞬止まるくらいにはちょっとショックだった。
が、課題は課題なので、多少好き勝手したとしても練習にはなってくれる。
ピアノはまず弾くのが好きになる事から、というのが前世の先生の教えであったのだし、無理に課題だからと堅苦しく弾いたり完璧に弾こうとして嫌気が差したらそこで勢いが止まってしまう可能性は大。
せっかく取り戻した趣味をここでストップするわけにはいかないのである。
始まりは低い音から。
風が唸るような長く響く低音はファルマータで伸ばされている音符が多いのも特徴。
序盤はとにかく重たく、それでいて時折高い音が混じるものの、伸びる音に混ざれば風の音の中に混じるあの妙に高い音の表現になるのだろう。
ただ、速さはアレグロなのでそれなりに早い曲だ。
そして徐々に重たく響くレフトハンドは少しずつデクレッシェンドに従って小さくなり、休符。
その後、ライトハンドの静かに響く高い音を3小節弾いて現れる、最初の時とは違うアンダンテで奏でられる少し高い音。
ゆっくりとした高い音は嵐が過ぎて晴れ渡る空と、風はあるがまた日常が戻ってきたことを表して終わる。
低い音からどんどん高い音へ変わっていく他、重厚な音になりやすい曲なので主に男性に好まれる、らしい。
この辺は個人差もあって何とも言えないが、グウェンドリンはあまり好みではないなと初めて弾いた時、間違いなど関係なく思ったので、次の課題曲はなんだろうか、と思いながら練習するときもたまにある。
ただ、父はこの曲が結構好きらしいので、今度練習の成果を披露してくと言われてしまえば、練習を欠かすわけにはいかない。
2、3度ほど全体を通して練習して、自分が特に苦手な箇所を右手と左手それぞれ片方ずつ弾いて、また通して練習する。
そのあとやっと自分が好きな曲に取り掛かれるのだが、この時点で結構手に疲れが溜まっているので、1曲を何度も何度も練習しているとマーガレットからストップが入るのだ。
「お嬢様、お茶のお時間ですよ」
こんな風に。
「本日は奥様がご友人のお茶会に招かれているそうなので、お部屋の方にご用意しました」
「カトリーヌは?」
「一応お付きの侍女に頼んでお声掛けしてみたんですが、どうもご機嫌があまりよろしくないようでしたので、今回は無理そうですね」
「ここ最近は特に機嫌が悪いわよね」
楽譜と鍵盤を元通りに片付けて、部屋へ戻ってドレスに着替えてからお茶に入る。
すでに部屋付きのメイドもマーガレットともども非常に長い付き合いなので、自分たちだけであれば一緒にお茶を飲むことも珍しくない。
カトリーヌが来たときにはこうして一緒に椅子に座ってお茶をすることはないが、その分カトリーヌが愚痴と八つ当たりをするたびにカトリーヌ付きの侍女を他の面々が何か言いたげな顔をしてみるので、良く見える側に座っているグウェンドリンとしてはちょっと口元がひくつきかねないことをしているのが彼女たちである。
うるさい妹が来襲したときの見えない所での態度がアレだとしても、彼女たちは自分の姉の様な存在であり、社交界的には先輩だ。
今のうちに他の家ではどんな社交界やお茶会が開かれ、どんなことを経験したのかちょっとずつ聞き出しておきたい。
そうすればもしも自分にその機会が来ても多少の心構えはできるというものなので、いろんな話をしたいのである。
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