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◎二年目、四月の章

■彼は古輪久遠と名乗り、里奈も自己紹介をした

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「あなたのメガネを外していい?」

「いいよ」と言って自らメガネを外そうとする男の子の手を制止する。

「私がやる」

 里奈は身を乗り出して男の子のメガネを両手でゆっくりと慎重に外す。

「何の意味が?」

 その問いに里奈は答える気がなかった。自分でも何をやりたいのだか理解できなかったからだ。

「……フツメン」

 里奈がぼそりとつぶやく。自分を助けたというのだから、きっと見目麗しいイケメンに違いないと思っていたら、案外どこにでもいそうな男の子だった。

「どういう人を想像してたんだい?」

「言いません。ばーか」

 里奈はこれ以上の追求は許さないという構えだ。馬鹿みたいだし、何より恥ずかしかった。

「私の素顔、気になる?」

「べつに」

 期待感をこめた里奈の声音に対して、返ってきたのは冷めた素っ気のない声。

 なので里奈は自らの意思でマスクとメガネをとる。

「どう?」

「僕に言った言葉をそっくり返すよ」

 それは里奈もわかっているつもりだ。自分より可愛い娘など小学校でも散々見てきた。だからこそ誰かにとっての特別になりたいのではないのか。

「お互い素顔を晒したし、改めて自己紹介をしようか。僕は古輪久遠ふるわくおん十一期生の三月二八日生まれだ」

 久々まともな自己紹介を聞いた気がした。期生は何年目に東京へやってきたかを示し、誕生日は東京へいつくらいから来て、いつ頃に去るのかという互いを知る上で極めて重要な情報だった。

「私は片岡里奈。同じ十一期生の三月二六日生まれよ」

 これではじめてお互いを知った気になった。

 その頃にはテーブルに頼んでいたものが運ばれてきていた。
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