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◎二年目、五月の章

■夜が明けて里奈たちはお見舞いへ行った

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 次の日、久遠と由芽は学校へ行った。もちろん勉強するためだという。

 久遠はよくわからないが、由芽は勉強が楽しそうだ。そのあたりが里奈には理解ができない。

 里奈は一人学校へ行かず光が入院している病院へ来ていた。

 二人は昼から病院へ行くと言っていた。里奈もここで二人と合流するつもりでいるので、昼までは待機しなければならない。

 病院に相変わらず人の気配はない。驚くほど静かだ。このへんは一年前と何ら変わらない。

 光のいる部屋は個室だった。部屋に入るとベッドに半身起こしている光の姿があった。

「やっほ。里奈ちゃん」

 里奈の顔を見るなりフレンドリーに語りかけてくる。知り合って一日くらいのものだが、昔ながらの知り合いの気分である。

「容態はどうですか?」

「昨日はさすがにキツかったけど、いまはダイジョーブ」

 それはよかったと里奈は胸を撫でおろす。光は里奈にそばにある椅子へ腰かけるよう勧める。

「晴のヤツは朝ごはん食べに行くって出てったきり帰ってこなくてさ」

 困った弟だと光はぼやく。

 里奈は椅子に座って気がつく。光の膝の上にいる小さな命の存在を。

「コイツさ、あいつによく似てるなって思うんだ」

 コイツというのは抱いている赤ん坊のことだろうか。

「妊娠したって言ったら、あいつ次の日に東京を出て行ってさ」

 この子の父親の話だろうか。ちなみにいまは音信不通だそうだ。

「腹が立つってより困っちゃってさ。どうしようどうしようってなってたら産まれちゃったわけ」

 後悔とかそういう段階ではないのだそうだ。

「この子見てたらね。あー、やっぱアイツのこと好きだなぁって思うワケよ。もちろん、いま顔見たらひっぱたたくけどね」

 光は朗らかに笑う。

「でもね。どうしたらいいかはわからないけど、どうすべきかはわかるよ」

 光は赤ん坊を優しく撫でる。その表情には戸惑いが感じられた。

 果たして自分は正しいのだろうか。それを肯定することは里奈にも適わない。

 きっと誰もが迷うのだろう。それでも時間はすぎていく。

 決めようとも決めなくても。だが、光はきっぱりと言った。

「あたし、東京を出るよ」
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