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◎二年目、六月の章

■さて、話は久遠と真鈴に戻る。二人はまだカフェにいた。

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 晴が行ったあとも久遠と真鈴はカフェにいた。

「いつまで引っついているんですか?」

 久遠は諦め混じりの口調で真鈴に訊ねた。

 要するに晴はもういないのだから対面に移れということだろう。

 だが、口で言うほど内心で嫌がってるようでもない。だったら、はっきりと拒絶すればいいのだから。

「髪切ったけど、どう?」

 真鈴はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。端から見れば嫌みでしかないだろうことは百も承知だ。

 自分の美貌というものにはずいぶんと前から自覚している。

 妬まれる面倒さは生きてきて散々と味わっている。だったら誇らしげに見せびらかす方がいい。

 その事に気がついたのはかなり前からだ。

 そうしていれば受ける妬み妬みを蹴散らすほどの喝采が受けられる。

 しかし、それもむなしく感じてしまうようになってしまった。

「いまの方が好きですよ」

 久遠はさらりと言ってのけた。真鈴は一瞬、言葉を失う。

「何です?」

「君からって言葉が聞けるとは思えなくって……」

感想を求めたのは真鈴さんです」

 それはそうだがと真鈴は久遠の頬をつねる。

「ナ・マ・イ・キ」

 久遠はため息をつく。端から見ればじゃれ合ってるようにしか見えまい。

 実はこれこそ真鈴の精一杯の虚勢だった。心臓は先ほどからバクバクしている。

 久遠は自分がいまかけて欲しい言葉を選んできたのだ。驚くのも無理はない。

「どう言っても生意気なまいき扱いされそうですね」

 久遠は肩をすくめる。ここは仕返ししてやるところだと真鈴は判断する。

「私も君のことわかってきたよ」

 真鈴が体の密着度をあげると久遠の体が固くなる。反面、表情だけは何ともないとポーカーフェイスを装う。

 このちぐはぐさに真鈴は吹きだしそうになる。

「絶対、克服してみます」

 見ていろという挑戦的な視線を久遠は向けてくる。

「どうやって?」

 そう。どうやって、だ。そこに真鈴は興味があった。

「それは追々おいおい考えますよ。それよりもそろそろ出ませんか?」

「どこか行くの?」

 まだ話はしていないがと真鈴は首を傾げる。

「髪を切ったんですから、服装もそれに合わせるつもりなんですよね?」

 いまの服装はワンピースに五分袖のカーディガンを羽織ったものだ。

 この服装も好きなのだが、せっかくなのでいままでとは違った装いをしてみたかった。

 それをこの少年ときたら言い当ててきたのである。

「久遠くん、そこに直りなさい」

「はい?」

「説教だから……!」

 真鈴は内股になってもじらせると、久遠から少しだけ距離をとる。

「それとお姉さんに何も言わずこれからつきあうこと。いいよね?」

 真鈴は断れないように圧をかける。でなければ、恥ずかしくて死んでしまいそうだった。

「はあ」と久遠は生返事だ。

 こちらの気も知らないでと内心悪態をついた。

 二人がカフェをあとにしたのはそれからしばらくあとのことである。時間は午前の十一時をまわろうとしていた。
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