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足音と悲鳴が騒々しい。旅館の中では、目を覚ました観光客たちが逃げまどっていた。本来ならばとうに村の人間によって、地下にやられていたはずだったが、予定が大幅に狂っている。
「……一」
悲鳴も上げることが出来ないまま、首を絞められた子供は事切れる。
「二」
水城は子供の死体を一瞥する事もなく、スーツの内ポケットから取り出した物を投げる。男の額に匕首が突き刺さった。倒れる重い音にも、眉を動かすことはない。
「三、四」
的確に投げつけられた匕首が、二人の命を奪うのを水城の冷めきった瞳が映す。悲鳴を上げ、部屋から逃げようとする男の首根っこを掴んだ。
「五」
水城が首を掴んだ男の足が宙へ浮かぶ。水城の体格は決して小柄ではないが大男というわけでもない。厚い胸板を持っているわけでもない。しかし、水城は男を腕一本で持ち上げている。
ごきりと鈍い音がした。首の骨を折られた男の身体から、力が抜ける。
「京介!」
「……動けたのですか、驚きですね」
水城は淡々と言って、部屋に入って来た鵜山を見やる。言葉とは裏腹に表情は寸分も動いていない。腹を押さえ、片腕がだらりと不自然に落ちた鵜山が立っていた。
「わざわざ止めを刺されに来たのですか?そんなに首を折られたいのであれば、お望み通りにしますが……こんなふうに」
不自然に首が折れ曲がった男の死体を、無造作に放り投げた。恰幅の良い男の死体は、嘘のように容易く吹っ飛ばされ、襖を壊した。
「京介、お前はどうして」
「失望でもしましたか?これでも教え子であるといいますか?……馬鹿げています」
「お前はそんな子じゃないだろう」
水城は黙る。鵜山の瞳は彼を鋭く射抜く。
「私の何を知っているというのです。……来るな」
鵜山は足を止めた。真黒な濁った目は、まるで鵜山を映していないかのようにすら見えた。温度のない声音のまま、わずかに口調が崩れる。
瞬きを一つして、鵜山は教え子に迷いなく歩み寄る。その身を痛めつけたことも、死体を掴んでいた彼の手も忘れたかのように。
「来るなと言って」
「……京介、お前は何に怯えている?」
遮った鵜山は、その頬に触れようとするかのように手を伸ばした。
「何を意味の解らないことを……生徒を助けに来たのでしょう?もう、村人に捕まっている頃かもしれませんが、私に構っているよりやるべきことがあるのではないですか」
「……泣きそうなお前を、俺は置いていけない」
水城の目が見開かれる。それも一瞬で仮面のような表情に戻った。その目は無機質で、とても涙の気配はない。温度のない冷めた目を、泣きそうと形容するには無理があった。
しかし、声が零れる。
「……今の僕を見て、そんな風に言うのは貴方くらいだ、先生」
鵜山の首に伸ばしていた腕を、静かに下ろした。感情だけを何処かに失くしたように、その顔も、声音も変化はしない。瞳は淀んでいる。
完全に崩れた硬い口調だけが変化だった。それでも、鵜山にはその声は柔らかく響いていた。感情がないように見える彼の感情を拾って、鵜山は微笑む。瞳の揺れ、声のペース、体に入った力、僅かな挙動をも見逃さずに、彼の感情を拾う。
三年前、彼が卒業するまで、そうしてきたように。鵜山にしか拾えない、彼自身にすら自覚されていない底に沈んだ感情を拾うのだ。
「俺が生徒を助けに来たのは本当だ。だが、それにはお前も入っている」
語りかける。黙ったままの彼は動かない。
「俺はお前を見捨てたくない。あの時に助けられなくて、すまない。本当はあの時に気付くべきだったのだろう?無力な先生で、すまない。助けさせてくれないか、俺にお前を。今更であっても、手助けをさせてほしい。……お前がそんな苦しい顔をしないですむための」
「何もかも、もう遅い。……それでも」
「僕にとって貴方は救いだった。救われなくても、救いだった」
血に染まった和室に、その声は静かに零れた。消えてなくなってしまうような声。叫びにならない叫び。ただ真っ暗で何もない穴を覗き込むような目が鵜山を映す。ゆらゆらと揺らいでいるように見えるのは、僅かな明かりの錯覚か。
先生、と水城は呼ぶ。
「貴方は優しく殺したい。殺されてくれませんか、僕に」
「それは……できない。俺を殺して、お前はどうなる?泣けなくとも、泣けないからといって、傷ついていないわけではないだろう?俺はお前を傷つけるような真似をしたくない」
「……じゃあ、どうしたらいいんですか」
水城は鵜山を見上げた。ほんの僅かに唇が噛みしめられている。震えを殺しきっている握りしめた手が白い。声に混じる吐息が震えている。
鵜山は胸が突かれるような心地になった。独り言のように、凍り付いた言葉が転がった。
……僕はここでしか、生きられないのに。
呪詛のような重さがあった。重みに耐えられずに、息を吐く。
「……おいで」
手を差し伸べる。いつかの焼きまわしのように、鵜山は泣き笑いのような微笑みを浮かべた。それが彼を救えるのかはわからなかった。しかし、かつて鵜山自身が求めた手を、優しい大人の手を、差し出す。
それだけが、自分にできることだと鵜山は信じていた。
「……一」
悲鳴も上げることが出来ないまま、首を絞められた子供は事切れる。
「二」
水城は子供の死体を一瞥する事もなく、スーツの内ポケットから取り出した物を投げる。男の額に匕首が突き刺さった。倒れる重い音にも、眉を動かすことはない。
「三、四」
的確に投げつけられた匕首が、二人の命を奪うのを水城の冷めきった瞳が映す。悲鳴を上げ、部屋から逃げようとする男の首根っこを掴んだ。
「五」
水城が首を掴んだ男の足が宙へ浮かぶ。水城の体格は決して小柄ではないが大男というわけでもない。厚い胸板を持っているわけでもない。しかし、水城は男を腕一本で持ち上げている。
ごきりと鈍い音がした。首の骨を折られた男の身体から、力が抜ける。
「京介!」
「……動けたのですか、驚きですね」
水城は淡々と言って、部屋に入って来た鵜山を見やる。言葉とは裏腹に表情は寸分も動いていない。腹を押さえ、片腕がだらりと不自然に落ちた鵜山が立っていた。
「わざわざ止めを刺されに来たのですか?そんなに首を折られたいのであれば、お望み通りにしますが……こんなふうに」
不自然に首が折れ曲がった男の死体を、無造作に放り投げた。恰幅の良い男の死体は、嘘のように容易く吹っ飛ばされ、襖を壊した。
「京介、お前はどうして」
「失望でもしましたか?これでも教え子であるといいますか?……馬鹿げています」
「お前はそんな子じゃないだろう」
水城は黙る。鵜山の瞳は彼を鋭く射抜く。
「私の何を知っているというのです。……来るな」
鵜山は足を止めた。真黒な濁った目は、まるで鵜山を映していないかのようにすら見えた。温度のない声音のまま、わずかに口調が崩れる。
瞬きを一つして、鵜山は教え子に迷いなく歩み寄る。その身を痛めつけたことも、死体を掴んでいた彼の手も忘れたかのように。
「来るなと言って」
「……京介、お前は何に怯えている?」
遮った鵜山は、その頬に触れようとするかのように手を伸ばした。
「何を意味の解らないことを……生徒を助けに来たのでしょう?もう、村人に捕まっている頃かもしれませんが、私に構っているよりやるべきことがあるのではないですか」
「……泣きそうなお前を、俺は置いていけない」
水城の目が見開かれる。それも一瞬で仮面のような表情に戻った。その目は無機質で、とても涙の気配はない。温度のない冷めた目を、泣きそうと形容するには無理があった。
しかし、声が零れる。
「……今の僕を見て、そんな風に言うのは貴方くらいだ、先生」
鵜山の首に伸ばしていた腕を、静かに下ろした。感情だけを何処かに失くしたように、その顔も、声音も変化はしない。瞳は淀んでいる。
完全に崩れた硬い口調だけが変化だった。それでも、鵜山にはその声は柔らかく響いていた。感情がないように見える彼の感情を拾って、鵜山は微笑む。瞳の揺れ、声のペース、体に入った力、僅かな挙動をも見逃さずに、彼の感情を拾う。
三年前、彼が卒業するまで、そうしてきたように。鵜山にしか拾えない、彼自身にすら自覚されていない底に沈んだ感情を拾うのだ。
「俺が生徒を助けに来たのは本当だ。だが、それにはお前も入っている」
語りかける。黙ったままの彼は動かない。
「俺はお前を見捨てたくない。あの時に助けられなくて、すまない。本当はあの時に気付くべきだったのだろう?無力な先生で、すまない。助けさせてくれないか、俺にお前を。今更であっても、手助けをさせてほしい。……お前がそんな苦しい顔をしないですむための」
「何もかも、もう遅い。……それでも」
「僕にとって貴方は救いだった。救われなくても、救いだった」
血に染まった和室に、その声は静かに零れた。消えてなくなってしまうような声。叫びにならない叫び。ただ真っ暗で何もない穴を覗き込むような目が鵜山を映す。ゆらゆらと揺らいでいるように見えるのは、僅かな明かりの錯覚か。
先生、と水城は呼ぶ。
「貴方は優しく殺したい。殺されてくれませんか、僕に」
「それは……できない。俺を殺して、お前はどうなる?泣けなくとも、泣けないからといって、傷ついていないわけではないだろう?俺はお前を傷つけるような真似をしたくない」
「……じゃあ、どうしたらいいんですか」
水城は鵜山を見上げた。ほんの僅かに唇が噛みしめられている。震えを殺しきっている握りしめた手が白い。声に混じる吐息が震えている。
鵜山は胸が突かれるような心地になった。独り言のように、凍り付いた言葉が転がった。
……僕はここでしか、生きられないのに。
呪詛のような重さがあった。重みに耐えられずに、息を吐く。
「……おいで」
手を差し伸べる。いつかの焼きまわしのように、鵜山は泣き笑いのような微笑みを浮かべた。それが彼を救えるのかはわからなかった。しかし、かつて鵜山自身が求めた手を、優しい大人の手を、差し出す。
それだけが、自分にできることだと鵜山は信じていた。
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