以水救水ヒロイズム

まめ

文字の大きさ
9 / 13

しおりを挟む
 川瀬は気絶している葉月を横たえる。ショックだったのだろう。当然だ。葉月は東雲に協力してもらっていたようだから、その彼が水城に心臓を刺されることも、彼が鵜山を傷つけたこともショックでしかないだろう。

 協力してもらっていたというよりは、彼女は利用されていたのかもしない。あの東雲という男は人間などどうでも良くて、人外を殺すことで頭がいっぱいな様だったから。

「大丈夫か、綴のお嬢ちゃん」
『……平気』

 ぼんやりとしている。無理もない。彼女は鞘に入った日本刀が全てを守ってくれるとでもいわんばかりに、縋るように抱いている。
後は使用人の春日野に任せることにする。慰めるなど川瀬には専門外も良いところだ。



 外に出れば、生温い風が吹く。もう暮れようとしている陽の残光が、僅かに空に線を引いている。神社の前に、二人の影が長く鳥居にまで伸びていた。川瀬はそっとその様子を眺めた。

 鵜山が、水城が、どうするつもりなのか気になったのだ。
 結局のところ、川瀬の目的は己の欲望のままに知る事である。葉月や綴を助けたい鵜山に反対はしないし、葉月ははじめに自分たちを救ってくれた、警告してくれたのだ。どちらかと言えば、賛成である。

 だが、知りたいという欲を切り離すならば、川瀬は鵜山が危険に突っ込んでいくことを是とはしない。性質はあまり似ていないが悪くない友人なのだ。……とは言っても、知りたいという気持ちには勝てないから、止めるのでなく、同行を選んでいることになるが。

 鵜山が人を食べた教え子でさえ、救おうとするとは、そこまで狂った思考回路を持っていたとは、知らなかった。知らなかったが、驚きはない。ああ、そこまでいかれていたかと納得できる程度である。もとから自分の身を顧みずに、子供を救うことに対する執着は、異常だと思っていた。
 理知的な振る舞いをしているように見えて、穏やかに微笑みながら、ねじが飛んでいる。

 鵜山が水城を連れていくつもりならば、川瀬はそれに従うつもりだ。本来、拒絶するべきところなのかもしれないが、そこまでして救うのならば結末を見ないなんて損ではないか。

 下世話な興味だろう。野次馬根性、といわれても文句は言えない。

「京介、あの時、避けないつもりだっただろう」

 鵜山の声が聞こえて、川瀬はそっと息を殺した。建物の陰から二人を窺う。

「どうして庇ったんです。不必要だ。僕の身体は貴方に盾になってもらう必要があるほど弱くはない」
「痛いものは痛いだろう?生きたいと思えないのか」
「……生きたいなんて、思えるはずがない。ねえ、先生。僕は感謝しています。もう、十分だ。十分、報われた」
「何が十分なんだ。俺はお前を見捨てない。お前が自分を見捨てても」

 力強い声と瞳に、水城は黙り込んだ。視線から逃れるように俯いた彼の瞳は、それでも凍えたままなのだろうか。鵜山が手を伸ば
そうとすることを封じ込めるように、水城は口を開く。

「人の脊髄を折ることに慣れた人間を、人間と呼びますか。

声を出せなくなった少女を杭に突き立てる人間を、人間と呼びますか。

幾度も幾度も人の悲鳴を聞いて、心に響かなくなった人間を人間と呼びますか。


貴方を今この瞬間でさえ殺すことのできる僕を、人間であると言えますか」

 鵜山はまるで自分の身を斬られたかのように顔を顰めた。夕陽が濃くした陰影が、その表情を押し隠す。


「僕は貴方に救ってもらえるような人間じゃない。汚らわしい家畜で、……化け物なんだ」


 抑揚のない、どこまでも他人事のような囁き。絶望も、悲哀も、痛みも、そこにはなかった。空っぽで寒々しい響きが、脳を揺らす。自分を家畜だと言い続ける水城は、化け物という言葉にさえ感情を乗せることが出来ないのか。失くしてしまったように。

 川瀬は忘れかけていた呼吸を取り戻して、ただ空を見た。自分が鵜山の位置にいて、目の前で、彼になんと声をかけるだろうかと想像した。言葉にならない。きっと、多くの人間には背負えない。川瀬にも、同じ事だった。

 諦めざるをえないような息苦しさを、しかし、それでも鵜山はものともしなかった。

「俺は、そんなに良い人間じゃない」

 彼は低い声で、一音ごとに確かめているようにゆっくりと言葉にする。

「優しい大人でありたいだけで。俺は救われて欲しいんだ。ただ、お前が救われて欲しい。お前がそれで救えるかはわからない、それでも、救われないなんて、俺が許せないから……我儘なんだよ」
「……先生は、優しい、ですよ」
「そう、か。それなら、良いんだ」

 ふわりと微笑んだ。夕陽に溶け込む影に、川瀬は踵を返そうとして、足を止めた。
 声が聞こえる。ここでないと生きていけない、間違っている、もう遅い、希望を持つほど自分は人間らしくはない。淡々とした温度のない心の内の呪詛のような声を封じ込めるように、水城は前を見据えた。

「ありがとう、ございます、先生」

 どこか痛々しい響きだった。




「私、あいつは嫌い。綴を傷つけたから。だから、先生が助けようとするのは本当は嫌。信用も出来ないもの」
「だが、俺は」と口にする鵜山を遮るように葉月は言う。
「先生は優しいから助けたいんでしょう?私には綴がいて、綴には私がいるけど、あいつには誰もいない。だから助けたくなっちゃうんでしょ?」

 目覚めたばかりの彼女の顔色はあまりよくない。しかし、真っ青になって気絶していたことを思えば、随分もとに戻ったともいえる。

 鵜山は気遣わしげに葉月を見ている。忙しい先生だ。彼にとってみれば葉月も水城も守る対象なのだから仕方がないのかもしれないが、板挟みになるということすら自分の責務としているようではないか。

「せんせは贔屓の塊だからな。だってそうだろ?肩入れしすぎなんだから」

 横から口を挟む。贔屓。それが的確な言葉であるとは思わないが、間違いでもない。
 彼は孤独な生徒がいれば手を差し伸べてしまうのだろう。命すらかけて寄り添う事を選んだ。それは、孤独ではない……恵まれた何の問題もない生徒からすれば贔屓に他ならない。

 比べて、選んでいる、ともいえる。

 他の生徒たちより葉月や水城を心配したからこそ、この村に来た。そして、葉月よりもとりわけ水城に働きかけているように見えるのは、彼が救われようとしないからではないか。

 不幸を、抱えている問題を比較するなど、と言ってしまえばそれまでだが、鵜山は肩入れせずにはいられない。その理由までは川瀬は知らないが、あの時も、そして今も、彼は肩入れし続けている。

「そうだな、俺はきっと本当は教師には向かない。肩入れしないことができないから。重ねてしまう。すまない、俺は例えお前が嫌だとしても引けない」
「先生が肩入れしてくれたから、助けに来てくれたから。私、嬉しかったの。わかってるから、わかってるから、いいの」

 彼女はふっと晴れやかに笑った。皆で、ここから出るの、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...