以水救水ヒロイズム

まめ

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 目指すは北の祠。神社とはちょうど正反対の方角である。村の南のはずれから北のはずれとなると、村を突っ切っていかねばならない。中腹にある村を迂回して山を上って辿り着く手もあるように思われたが、それでは駄目だという。

 村の東西南北の祠によってできた結界の外に出てしまうと、村の記憶が曖昧になる。それは村人……不完全な眷属からすれば無防備になったところを捕らえるに都合が良い。

 逃げ切るにも、綴がいる限り、その血の匂いによって居場所がいずればれてしまう。
 根本的な解決にはならないのだ。

 綴が、葉月が自由になるためには、村が徹底的に破壊されなければならない。

 北の祠へ向かうという事は村人たちもわかっているようで、待ち構えていることは明白だった。それでも、行かねばならない。葉月は震える綴の手を握る。

 綴は東雲より預かった長刀を抱いている。葉月は神社で手に入れた果物ナイフを持っていた。武器がなければ安心ができなかったのだ。

 大人二人は手ぶら、水城は隠し持っているのか手にはしていない。水城の場合、素手で十分に凶器になりそうだが。
鵜山はその体格と、背負い投げる力があるのだから、相手が力としては人間である以上不利というわけでもない。川瀬は声を聞くだけだ。武器を持つべきなのかとも思ったが、持ったところで扱いきれる気もしない。

川瀬の力によって聞こえる声と、水城の獣と見まごうほどの的確な気配の察知によって、北の祠までは村人に出くわすことはなかった。

しかし。

「流石にそう甘くもないよなあ。どうするよ、せんせ」
「不意を打ち、二人を祠の地下へ向かわせよう。二人とも、それで構わないか?」

わかったわ、と強張った顔で葉月は頷いた。綴は葉月に抱き寄せられるような恰好のまま、小さく頷く。

「私はここで戦います。この人数を撹乱するにはそれが最適かと」
「じゃあ、俺はどうしたもんかね……?さして役に立てるとは思わんが」
「足止めは多い方が良いだろう」

 そして、鵜山は前を見据えた。それを合図にそれぞれが駆けだす。真っ先に躍り出た水城が、村人を手際よく沈めていく。作業かのように淡々と繰り返される動き。鵜山は綴と葉月の二人に道をあけるように、立ちふさがった。

 圧倒的な暴力。水城一人でひしめき合う村人何人を倒したのだろうか。呻いている様を見る限り殺してはいないようだが、鮮やかな手腕は寒気がするほどだった。

 鵜山は自分に襲い掛かって来る者を背負い投げ、先へ行かせた二人を追おうとする者を掴んで引き止めて、を繰り返している。水城の時点で一方的と言ってもよかっただろうに、そこに鵜山までいれば川瀬のいる意味はあるのだか、ないのだか。能力で聞こえる声に反応して、ただ避けて苛立たせるほどのことしかできない。

 よろめきながら何度も立ち上がる村人に、痛覚がないというのは本当かもしれないと川瀬は眺める。自分であれば、投げ飛ばされてなお向かおうと思えない。


「困ってしまうなあ」


声にはっと水城が顔を上げる。油断なく両手を構えた彼の前に、ふらりと立った男がいる。

 坂塚源治さかつかげんじ。旅館で初めて逢った時と変わらない笑顔で佇んでいる。
 
 その右手は血に濡れた鍬を引きずっている。左手では、襟首をひっつかんで、動かぬ女の死体を同じく乱暴に引きずっていた。

 後ろには乾かない赤色が道標を描いている。見覚えのある服装に川瀬は息をのんだ。春日野だ。旅館にいた下仕えの女は薄汚れ、物のように扱われている。

「坂塚さん、ですか」
「鵜山君、困りますよ。この村には何にもないんだから。まあ、うん、こうなると、仕方がないかなあ。私が絞めてあげますよ、丁寧に」

 鳥を絞めるのも人を絞めるのも得意なんですよ、農家ですからねえ、と朗らかに笑った。鵜山は険しい表情をする。血だらけの男を見ていれば、彼が親のない水城の保護者であったという事実がとても良いものには思えないからだった。

「それにしても、先生は悪い人ですねえ、生徒を誑かして。……ほら、家畜は家畜らしくしていないと殺処分しないといけなくなる」
「御随意に、と。貴方の甥にも言いましたが」
「ははは、恐怖がないなあ、つまらない」

 唐突に振り下ろされた鍬に、川瀬が目を見開くより先に、水城は腕でしかと止めていた。鵜山が水城の隣に立つ。その眼差しを受け止める坂塚はやはりにこにこと穏やかに笑んでいる。

 水城の掴み掛る腕を避け、避けたところに飛んで来た匕首が坂塚の腹に突き刺さる。笑みを崩すことなく引き抜いて、坂塚は笑った。


……痛みのない怪物。


 ただ呆気に取られた川瀬をちらりと見て、坂塚は愉快そうな顔をしていた。





「ああ、惜しいですねえ。私が昂る位にやり合えるのは君だけなのになあ。泣かないし、悲鳴も上げないし、痛がらないんじゃ、気の抜けたビールみたいですよ」

 あーあ、昔は君と遊ぶのが楽しかったのに、とわざとらしく拗ねた振りをして見せる。坂塚は笑顔で、無表情のまま地に伏した水城を蹴り飛ばそうとする。

 足の自由が利かない鵜山がそれを庇う。ぐっと押し殺したような呻き声に、坂塚は恍惚と笑った。

を弱くしたことは、鵜山君、許せることではないけれどねえ。それでも、悲鳴が聞けないのは面白くないと思っていたんだよ。だから、もっと聞かせてほしいなあ。ほら、痛みがどういうものか思い出させてくれ」

 血だらけの鵜山は水城を抱え込むように地に伏して、荒い息を繰り返している。川瀬は銃口を突き付けられて動けない。

「先生を殺したら、悲鳴をあげるかなあ。ううん、望みは薄そうだけど、試してみる価値はあるかなあ」
「……貴方が殺す位なら、私が殺すので、結構です」
「御随意に、じゃないんだねえ。へえ、ふうん。顔色、変わらないなあ」

 庇う鵜山を押しのけるようにして、坂塚は水城を見下した。額を汗が伝う。二人のことが気になるから足を踏み出したいが、離れない銃口が存在を忘れさせてはくれない。

『足を切り落とすにしても、腕を釘で打ち付けるにしても、悲鳴も涙もないのはかなり興醒めなんですけどねえ。困っちゃうなあ。まあ、血が出るから我慢しましょうか』

 鳥肌が立ちそうになるのを押し留める。脳裏に聞こえる声が途切れた瞬間、ふっと一瞬意識が逸れるのを川瀬ははっきりと感じた。

 今しかない。

 腕に掴みかかる。坂塚は不意を突かれて銃を取り落とした。その銃を足で遠ざける。鵜山が腕を伸ばし、手に取った。

 舌打ち。坂塚が掴み掛ろうとするところへ、鵜山が川瀬を見た。交わる視線と、千夏と呼びかけられる声は同時だった。

 スローモーションのように見えた。

 投げ渡された物を川瀬が受け取る。坂塚が鵜山へ向けていた足を止め、踵を返そうとする。そして、川瀬は地面に叩きつけられた。

 腕が動かない。体重をかけられている。


 身体の自由を封じた坂塚は、笑みを崩し、目を見開く。

 川瀬の手にあるのは、鵜山のスマートフォンだった。投げ渡されたのは銃ではない。


 そして、

無防備になった彼の背の向こうに銃を突きつける鵜山が見えた。その瞳が一瞬揺れ、そして引き金に指がかかる。
銃声が響く。

「……流石に驚いた」

坂塚は腹を押さえ、笑った。痛がる素振りは見せない。痛覚がないからだろう。川瀬は顔を顰める。上手くいったと思ったのに、致命傷には至らなかったようだった。

「素人の玉が当たった事すら奇跡だと思うけど、残念だったねえ」
「……そうでしょうか」

 鵜山の声に坂塚が警戒するより先に、その身体は倒れる。鵜山の眼差しと、冷えた瞳が交差した。

「私に接近戦を挑むのは馬鹿のすることだと言って、銃を持ちだしたんでしょう。お忘れですか」
首を絞めたままの水城が、温度のない声で言った。

 男は動かなくなった。

「……京介」
「殺しません」
「そうか」
「そんな顔をしないでください。僕に思う所はないのだから。……少し待っていてくれませんか。動きを封じておく必要がある」

 意識のない坂塚を片腕で引き摺って行く。もう片方の手には赤く染まった匕首がある。何で動きを封じるつもりなのか、察したく無くても察してしまい、川瀬は目を逸らした。木の陰に消えたあたり、川瀬達(というより鵜山個人)への配慮なのかもしれない。

 どうするのか知りたいとはさすがに川瀬でも思わなかった。木に匕首で四肢を縫い付けられた死体もどきを見たいとは思えない。

 仕事を終えた水城は血に濡れた手を鵜山に伸ばす。

「癒します。僕を庇って怪我をしたでしょう、先生」
「この位で、お前に自傷染みた行為をさせたくないんだが。傷は大丈夫なのか?撃たれただろう?」
「平気です。貫通したので塞がっている」
「だからといって」
「他の人間に血を使われるのは業腹ですが」

 気づかわしげな鵜山と、鉄仮面な水城は、互いに譲らない。血に濡れた男相手に一歩も引かない鵜山に感心して、言葉の行き来を眺めていた。はっと目を瞬く。



『助けて!』



「お嬢ちゃん達、二人が危ない!」


 ぱっと顔を上げた鵜山と目が合う。声の聞こえるまま、彼女たちを先に行かせた地下の祭壇へ駆け出した。

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