以水救水ヒロイズム

まめ

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 葉月はづきは唇を噛みしめた。

 村人たちは先生たちが止めている。だから、ここに人がいるなど思いもよらなかったのだ。人、といって良いのかはわからないが。

「本当にやなこと続きだよ。余所者が暴れるわ、逃げるわ、家畜が盗まれるわ」
 にたりと男は、顔に不釣り合いな粘着質な笑みを浮かべた。その胸は赤く染まっている。

「ほら、どけ。お前は邪魔だ。僕に逆らうつもり?」
「どくわけないでしょ!」

 つづりに向かって歩き出そうとする男を遮るように立つ。この男を綴に近づけるわけにはいかない。男は不愉快そうに葉月を見下ろした。

「煩いな。お前はいらないんだよ。はやく、来い」

 来ないとどうなるか分かってる?と男は鼻で笑った。綴の肩が揺れるのを横目で見て、歯噛みする。この男は駄目だ。京介もその一端を担ってはいるが、綴の精神的な傷の大部分を占めている。

 私が、守らなくちゃ、いけない。

 綴を後ろに庇い、葉月は睨み付ける。果物ナイフをかたく握りしめる。縋るにはあまりに頼りない刃を向けて、ただ眼孔が鋭くなるように痛いほど力を籠めた。

 足が震えそうだった。葉月も目の前の男に恐怖を抱いているのだから。それでも、震えを全身に込める力で押し殺す。

 綴がいるからだ。

 彼女がいる事だけが、葉月に睨む勇気を与えている。母も、父も、周りの大人も、この村では信用できなくて、それでも、彼女がいる事で葉月は己を保っていられた。

 しかし、今は違う。鵜山うやま先生も、あの気に食わない川瀬だって、いる。京介は信頼できないが、鵜山先生がいるのならば大丈夫だ。

 一人ではない。そして、ここで綴を守れるのは私だけだ。

「綴に何かするつもりなら、わ、私が許さないわ!」

言い放った声は鋭く、地下の空間に響く。むき出しの冷たい岩壁に響いて消えた。目の前の男の厭らしい笑みが消える。

「へえ……馬鹿じゃないの。下等生物と家畜に何ができるって?」
「綴は家畜じゃないし、あんたが……あんた達が化け物なだけじゃない!」

 歩いてくる男にナイフを向けるが、躊躇いが伝わるのか、足を止める事はなかった。腕を掴まれる。

「お前はさ、これ心臓に刺されたら死ぬだろ?俺たちは違うんだよ。こんなふうに」

 にたにたと笑って、胸についた赤い染みを指差す。思わずつられて視線をやってしまったことに気付いてはっとする。慌てて眉間に力を入れ直した。

「まあ、痛くないとはいえ良い気持ちはしないんだけどさ。伯父さんくらいだろ、あんな喜ぶのは。嬉々として刺しやがって、服が汚れるし、サイアクだよ」

 独り言のように言って、葉月の腕を掴む手に力を込めた。ぎりぎりと握られ、抵抗もむなしく、果物ナイフは下の岩にあたりぱたりと倒れた。

 唇を噛みしめた葉月は突き飛ばされる。突き飛ばされてなお、綴のもとへはいかせまいと足に縋ろうとするも踏みつけられた。

 ぐうと喉が鳴る。綴が目を見開いて、泣きそうな顔をしたのが見えた。

 そんな顔をさせたいわけじゃないのだ。なんとか、守りたいのに。

 自分の無力が嫌になる。中学生の女子が何ができると勘違いしていたのかと、頭の片隅で意地悪な声がする。

「綴!」

 逃げて、と叫ぶ声は掠れて音にならなかった。





『嫌だ。

痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。でも、名月なつきちゃんが痛いのはもっと嫌だ。ごめんなさい、ごめんなさい。私はずっと彼女の手が嬉しかった。

家族も友達も、名月ちゃんには沢山いたのだ。それなのに全部、全部捨てて、私と一緒に逃げようと手を差し伸べてくれた。

その手が嬉しくて、でもいつかなくなることが怖くて、嬉しいから拒むことも出来ずに、もしかしたら、こうして危険な目にあうのではないか、だなんて、ずっと前から知っていたのに。それなのに名月ちゃんが来てくれる度に、喜んでしまう悪い子でした。

だから。だから……』



『だけど、私はもう、奪われるだけの、震えるだけの、家畜なんかじゃ、ない』



 守るんだ。私が今度は名月ちゃんを守るんだ。

 綴は抱えていた刀をもう一度きつく抱く。勇気がそこから分け与えられでもするように、きつく。
彼女は決意に瞳を燃やして、駆けだした。


 そして、祭壇に鞘から引き抜いた日本刀を突き立てた。


 今迄震えていた少女がまさか行動に出るとは思いもよらなかったのか、男は一瞬遅れで此方へ向かってくる。男の瞳がこちらに向いたというだけで、綴の足はすくむ。

 ぐらりと地面が揺れた。慌てて駆け付けた鵜山達が、たたらを踏む。綴も突き立てた刀にしがみ付いた。

『名月ちゃん!』

 喉から声は出ない。先ほどの決意を秘めた言葉も、川瀬にしか聞こえていなかった。この必死の叫びも、同じであるはずだった。

 しかし、まるで聞こえていたかのように葉月と綴の視線が交わり、手を取り合った。揺れがだんだんと激しくなり、立っていられなくなる。鵜山達も揺れの中、二人の傍へなんとか這いよった。

 優位に立っていたはずの男は、乱入して来た人数に顔を青くして、揺れにふらついている。

 川瀬ははっと目を見開いた。


 祭壇には刀身の美しい日本刀が突き立っている。まるで此の世のものではないような、底冷えのする美しさに、ぶれる視界が止まったかのように錯覚した。

 唸りをあげるような声が地下を埋める。川瀬は耳を塞いだ。痛いほどの大きな叫びに呻いた。
返せ、返せ、を返せと、怖気がする声が響く。そして、ふらついている村の男に光る何かが襲い掛かるのが見えた。ほんの一瞬のうちに男の姿は消失し、光る何かが此方を向いた。

 美しい女が、綴とその手にある刀を見ていた。体は空気に解けるようにぼんやりとしている。じっと見つめていることで目が焼けてしまうのではと錯覚するような美しさに、川瀬は息を忘れる。

 此の世のものではない、という確信があった。

 こちらへ歩み寄ろうとした鬼は、刀を忌々し気に見て吠える。美しい女の姿であるのに、唸りで地面が揺れる。封印されていた鬼は、神々しいほどの光を残して上へと消えた。

 川瀬には何処へ向かったかがはっきりわかる。村人の悲鳴が聞こえた。返せという鬼の声が聞こえた。

 鬼は血を全て取り返すつもりなのだ。

「崩れるぞ!」

 鵜山が叫んで、座り込んだ葉月と綴を促す。川瀬ははっとして、二人を上へと続く通路へ押した。

 走り出す。川瀬は葉月の手を引き、葉月は綴の身体を抱きかかえるようにしている。先導しているのは鵜山で、後ろから水城が走る。

 地面が断続的に揺れるのに足元をとられそうになりながら、上を目指した。

 走って、走ってらせん状に上へ上へと向かう。ついに外の光が見えた。



『あ、あ、やっと会えた。やっと。殺さないと、僕が殺さないと。……ごめんなさい、待たせたね。待たせてごめんなさい。人外は、きみは、僕が殺す、きみと生きようと願った僕の所為だから、殺さないと』


 何処かで聞いた男の声が脳裏に響く。

 息の詰まるような、震える声が聞こえる。川瀬は止まりそうになる足を、必死に前へ押し出した。唸りと地鳴りが混ざり合って耳が痛い。頭が痛い。

 ふっと川瀬を苛んでいた音が途切れる。


 
『ぼくのかみさま、あいしてる』


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