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安堵と共に最後の一歩を踏み出したちょうどそのタイミングで、らせん状の岩石の階段が崩れた。
綴、と葉月が叫んだ声が鋭く空気を裂いた。
ぐらりと視界が傾いで、身体を引き戻す。地鳴りのような大きな音とともに、山頂から村まで地滑りが起こっている。川瀬は座り込みそうになり、はっと息をのんだ。
足りない。
綴と水城の姿がないことに気付いて、川瀬は慌てて崩れてできた崖の下を見る。横では既に鵜山が手を伸ばしている。葉月は身の危険を顧みずに崖下へ必死に身を乗り出そうとする。鵜山が慌てて、もう片方の腕で、彼女の身体を押し留めた。
刀が岩肌に突き立っている。不死殺しの神秘を纏う刃は、硬い崖に突き刺さって、水城を支えている。
水城が咄嗟に綴の持っていた刀を突き立てたのだろう。宙づりになった彼の右手が刀をしかと握っている。
そして、その左手が綴の手を握っていた。
例の無表情のまま、片手で二人分の体重を支えている。刀が折れないことが不思議なほどだが、特別な刀だからこそできる芸当だった。
水城が綴の手を離さずにとどまっていられるのは、あらためて物凄い力だとこんな時にもかかわらず、感心してしまう。化け物だと彼は自分を表したが、確かにそれは人間技ではなかった。
鵜山が京介と呼ぶ。その声には焦りが滲んでいた。
あれだけ綴を拒否していた水城が、彼女の命を今その手で繋ぎとめている。
その瞳はただ光を反射しているだけのようで、やはり温度はない。決意もなく、焦りもなく、まるでその手で宙にとどまっていることが取るに足らない偶然に過ぎないような、そんな平然とした顔をしている。
だが、彼はぐっと力を込めて左手をゆっくりと上へあげていく。鵜山がはっとして彼が持ち上げる綴へ手を伸ばした。川瀬は鵜山の身体を支えるため、傍による。落ちてはひとたまりもない。
綴の身体が引き上げられ、崖のふちに身を横たえた時には息が切れていた。大人二人がかりであっても、引き上げるには相当の力が必要であった。それを片手で支えていたのだから、水城の腕力はその見た目を逸脱している。
「綴!」
葉月が抱きしめるのを横目に、川瀬は鵜山の傍による。彼がすぐに水城へ手を伸ばしたのを見たからだ。
その時だった。
ふっと水城が力を抜くのが見える。
鵜山が飛びつくようにしてその手を掴んだ。川瀬は反動で彼が落ちないよう、鵜山の腰を引く。ぐっと噛みしめた歯が妙な音を立ててきしんだ。急にかかった負荷に筋肉が悲鳴を上げる。
「京介!どうして」
「先生、手を、離してください」
首を大きく振って、鵜山は嫌だと叫ぶ。そのまま穏やかな物腰をかなぐり捨てるように、彼は怒鳴った。
「お前の手はもう殺すための手じゃない!救える手だろう、今、その手で救った、だから、自分も救ってやるんだ!」
水城が鵜山の顔を見上げる。その瞳はやはり泥のように淀んでいた。この場所に、呪われているかのように。
鵜山は声のトーンを落として、囁くように、懇願するように言う。
「先生が、俺が生き方を教えるから、息の仕方を教えるから。……俺が必ず助けるから、救われてくれ」
水城は目を見開いた。上から落ちてきた雫が、彼の頬に一滴零れる。そして、彼は顔を伏せ、唇を噛みしめた。
もう、彼は抵抗しなかった。
疲労困憊で倒れ込む川瀬。どこか茫然とした鵜山の隣には水城が顔を上げることはなくうずくまっていた。綴と葉月は抱き合っている。不意に葉月は呟いた。
「やっと、これで、自由、なの?」
返答はなく、ただ綴がより一層彼女に身を寄せた。空から降り出した雨が五人を濡らしていく。
綴、と葉月が叫んだ声が鋭く空気を裂いた。
ぐらりと視界が傾いで、身体を引き戻す。地鳴りのような大きな音とともに、山頂から村まで地滑りが起こっている。川瀬は座り込みそうになり、はっと息をのんだ。
足りない。
綴と水城の姿がないことに気付いて、川瀬は慌てて崩れてできた崖の下を見る。横では既に鵜山が手を伸ばしている。葉月は身の危険を顧みずに崖下へ必死に身を乗り出そうとする。鵜山が慌てて、もう片方の腕で、彼女の身体を押し留めた。
刀が岩肌に突き立っている。不死殺しの神秘を纏う刃は、硬い崖に突き刺さって、水城を支えている。
水城が咄嗟に綴の持っていた刀を突き立てたのだろう。宙づりになった彼の右手が刀をしかと握っている。
そして、その左手が綴の手を握っていた。
例の無表情のまま、片手で二人分の体重を支えている。刀が折れないことが不思議なほどだが、特別な刀だからこそできる芸当だった。
水城が綴の手を離さずにとどまっていられるのは、あらためて物凄い力だとこんな時にもかかわらず、感心してしまう。化け物だと彼は自分を表したが、確かにそれは人間技ではなかった。
鵜山が京介と呼ぶ。その声には焦りが滲んでいた。
あれだけ綴を拒否していた水城が、彼女の命を今その手で繋ぎとめている。
その瞳はただ光を反射しているだけのようで、やはり温度はない。決意もなく、焦りもなく、まるでその手で宙にとどまっていることが取るに足らない偶然に過ぎないような、そんな平然とした顔をしている。
だが、彼はぐっと力を込めて左手をゆっくりと上へあげていく。鵜山がはっとして彼が持ち上げる綴へ手を伸ばした。川瀬は鵜山の身体を支えるため、傍による。落ちてはひとたまりもない。
綴の身体が引き上げられ、崖のふちに身を横たえた時には息が切れていた。大人二人がかりであっても、引き上げるには相当の力が必要であった。それを片手で支えていたのだから、水城の腕力はその見た目を逸脱している。
「綴!」
葉月が抱きしめるのを横目に、川瀬は鵜山の傍による。彼がすぐに水城へ手を伸ばしたのを見たからだ。
その時だった。
ふっと水城が力を抜くのが見える。
鵜山が飛びつくようにしてその手を掴んだ。川瀬は反動で彼が落ちないよう、鵜山の腰を引く。ぐっと噛みしめた歯が妙な音を立ててきしんだ。急にかかった負荷に筋肉が悲鳴を上げる。
「京介!どうして」
「先生、手を、離してください」
首を大きく振って、鵜山は嫌だと叫ぶ。そのまま穏やかな物腰をかなぐり捨てるように、彼は怒鳴った。
「お前の手はもう殺すための手じゃない!救える手だろう、今、その手で救った、だから、自分も救ってやるんだ!」
水城が鵜山の顔を見上げる。その瞳はやはり泥のように淀んでいた。この場所に、呪われているかのように。
鵜山は声のトーンを落として、囁くように、懇願するように言う。
「先生が、俺が生き方を教えるから、息の仕方を教えるから。……俺が必ず助けるから、救われてくれ」
水城は目を見開いた。上から落ちてきた雫が、彼の頬に一滴零れる。そして、彼は顔を伏せ、唇を噛みしめた。
もう、彼は抵抗しなかった。
疲労困憊で倒れ込む川瀬。どこか茫然とした鵜山の隣には水城が顔を上げることはなくうずくまっていた。綴と葉月は抱き合っている。不意に葉月は呟いた。
「やっと、これで、自由、なの?」
返答はなく、ただ綴がより一層彼女に身を寄せた。空から降り出した雨が五人を濡らしていく。
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