1 / 48
①
しおりを挟む防水用バックパックを背負うと予想以上の重さによろつき、つい吹き出してしまった。これを背負って数ヶ月と未知の大陸を練り歩くなんて出来るだろうか。不安になる心に鞭打つよう頬をパンパン!と両手で叩く。出来る出来ないの問題では無いはずだ。やるしかないのだ、それが結果的に己が死ぬことになっても。
「いってきます」
二度と帰らないかも知れない我が家に挨拶をし迎えのリムジンへと乗り込む。
窓の外を見ながら気持ちは落ち着いていた。恐れはない。私は冒険家ではないが、未知の世界というのは誰だってワクワクするものだろう。
ふと流れる景色の中に見覚えのある男が立っていた。仕事を抜け出してきたのかスーツ姿の幼馴染はジッとこちらを見つめるだけだったがそれだけで十分だった。
男が軽く手を振ると彼は背を向け車とは逆の方向へと去って行く。
◇
第3次超高度成長による世界への影響は悪化の一途を辿った。
環境汚染が進み荒廃した土地では食糧不足、健康被害、人口減少と世界規模で問題は山積みで、近年では領土争いにより紛争が絶えない。汚染された土地では作物は育たず、そこで生活するだけで人間の体に被害を及ぼし老人女子供と体が比較的弱い人間から次々と亡くなった。国を守るため汚染の被害が少ない土地を巡って侵略と防衛の繰り返し、戦いでもたくさんの命が消えた。
しかし既存の土地を奪い合うにも限界がある。
愚かな人間の歴史を悔やみながら人類滅亡寸前のところで奇跡が起きた。
30年前某国が北の果て、そのまた果てに人類未発見の新大陸を発見した。科学が発展したこの世界で見つからない訳がないその広大な土地はある日突然そこに姿を現したのである。神からの救いだと歓喜したその国は大陸を「エスポワ(希望)大陸」と名付け、これ以上の争いを避けるためにその情報を世界へと公開した。
エスポワへと上陸した人類は驚愕する。
肥えた土地は作物を通常の3倍のスピードで成長させ、大陸中の川や湖の水は浄化され、季節関係なく実る果物の木々、外で汚染された空気は目に見えないフィルターを通りまるで無菌室のような空間を作り上げていた。まさに人類の希望。世界は同盟を組み大陸を7分割し、その中でもまた各国々へと領土を分け合った。
「最終確認ですが、今回は我々が所有する第五区画内の最北『6番』の探索になります。着陸地から1番遠く、車を用意しておりますが1週間ほどかかる見込みです。途中地図上にある赤いポイントが宿泊施設ですのでそこで休憩しながら進んでください。施設といっても無人ですのでご自身で備蓄品を自由に使って過ごしていただいて構いません。なにかご質問は?」
リムジンの中で政府の男に聞かれ「そうですね…」と少し考え先日届いたメールに書いてあったことを思い出した。
「護衛が付くとありましたが、その方は?」
「すでに港で待機してます。海軍特殊部隊所属だとは伺ってますが詳しいことまでは私も…」
「そうですか」
『国際エスポワ条例での上陸人数の制限がありますので測量士一名のみ参加でお願いします。また安全を確約できない土地になるため国から護衛一名を派遣いたしますのでご安心ください。』
そう記載されたメールに激怒したのは幼馴染だった。
「ふざけるな!ただでさえ危険な仕事なのに!護衛が一人だなんて!」と自分のことのように憤慨する彼が怒りのままそのメールに返信しようとしたのを必死に止めたのは最後のいい思い出かもしれない。
自分の為にそこまで思ってくれる人がいることは幸せだ。職場の同僚も、近所のおばさんも、皆一様この依頼は受けるべきでないと反対してくれたが、それも心配ゆえだろうとよく理解している。
排気ガスの問題から一部上層階級の人間にしか許されていない車が中央から離れていくと途端に数が減り、だだっ広い道路を走る車は今やこの一台のみとなっていた。
それから数時間走り続け、山を越えると一面の海。
港が近いのか大陸へ向かう船が何隻も海を渡っていた。あれだけの数が上陸しているのであれば人数を一人と制限されるのも頷ける話だった。
港に着き事務所へと案内され船内での説明を受けた。
大陸へは船で5日ほどかかること、途中何があっても引き返すことは不可能であること、また任務を終え帰る際は大陸にある衛星通信でここの事務所に連絡すること。
続けて大陸内での注意点を再度説明される。すでに5回受けているにも関わらずまたか…と辟易すると同時に身の締まる気持ちにもなった。危険な場所だと頭では理解しているつもりだがどこか冒険気分な己の心に叱責していると、コンコンと扉をノックする音が鳴る。
政府の男が扉を開けると軍服にフルフェイスの男が入って来た。やけに物々しい雰囲気だが海軍特殊部隊所属の護衛だろうか。
「船の準備ができたようです。行きましょうか」
中型の船に乗員は五名。測量士と、護衛の男と、他三名は船員だ。
本当に私たちだけしか行かないんだな…と測量士が船内を見渡しながら考えていると護衛の男がジッとこちらを見ていることに気付き頭を下げた。
「すみません、挨拶が遅れました。私は今回の測量を担当します藤(フジ)と申します。よろしくお願いします」
「…いやこちらこそすまない。私はLS…二等卒だ」
「エルエス…?珍しい名ですね」
「…」
「あ!すみません馬鹿にした訳でなく、聞き馴染みのない名でしたのでつい…不快でしたか?」
「いや…」
間が開き気不味い空気が流れる。
沈黙を破ったのは相手だった。
「…やはり可笑しな名前だろうか。私は特に思い入れのない名なので好きに呼んでもらって構わない。二人きりの長期任務だ、ここで妙な壁を作りたくない。…と思っているのだが」
「ええ、ええ、私もです。可笑しな名前だとは思いませんよ、本当に珍しいなと思っただけで他意はないのです。では…エルと呼んでも?」
「ああ、では私もフジと」
二人は握手を交わしフジはホッとした。
顔すら見せない気難しい軍人かと思えば穏やかな良い人じゃないか、と。
大陸に着くまで狭い船の中何日も閉じ込められるのだ。それまでは何事もなく無事に到着したかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる