測量士と人外護衛

胃頭

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 防水用バックパックを背負うと予想以上の重さによろつき、つい吹き出してしまった。これを背負って数ヶ月と未知の大陸を練り歩くなんて出来るだろうか。不安になる心に鞭打つよう頬をパンパン!と両手で叩く。出来る出来ないの問題では無いはずだ。やるしかないのだ、それが結果的に己が死ぬことになっても。

「いってきます」

 二度と帰らないかも知れない我が家に挨拶をし迎えのリムジンへと乗り込む。
 窓の外を見ながら気持ちは落ち着いていた。恐れはない。私は冒険家ではないが、未知の世界というのは誰だってワクワクするものだろう。

 ふと流れる景色の中に見覚えのある男が立っていた。仕事を抜け出してきたのかスーツ姿の幼馴染はジッとこちらを見つめるだけだったがそれだけで十分だった。
 男が軽く手を振ると彼は背を向け車とは逆の方向へと去って行く。



 第3次超高度成長による世界への影響は悪化の一途を辿った。
 環境汚染が進み荒廃した土地では食糧不足、健康被害、人口減少と世界規模で問題は山積みで、近年では領土争いにより紛争が絶えない。汚染された土地では作物は育たず、そこで生活するだけで人間の体に被害を及ぼし老人女子供と体が比較的弱い人間から次々と亡くなった。国を守るため汚染の被害が少ない土地を巡って侵略と防衛の繰り返し、戦いでもたくさんの命が消えた。
 しかし既存の土地を奪い合うにも限界がある。
 愚かな人間の歴史を悔やみながら人類滅亡寸前のところで奇跡が起きた。
 30年前某国が北の果て、そのまた果てに人類未発見の新大陸を発見した。科学が発展したこの世界で見つからない訳がないその広大な土地はある日突然そこに姿を現したのである。神からの救いだと歓喜したその国は大陸を「エスポワ(希望)大陸」と名付け、これ以上の争いを避けるためにその情報を世界へと公開した。
 エスポワへと上陸した人類は驚愕する。
 肥えた土地は作物を通常の3倍のスピードで成長させ、大陸中の川や湖の水は浄化され、季節関係なく実る果物の木々、外で汚染された空気は目に見えないフィルターを通りまるで無菌室のような空間を作り上げていた。まさに人類の希望。世界は同盟を組み大陸を7分割し、その中でもまた各国々へと領土を分け合った。





「最終確認ですが、今回は我々が所有する第五区画内の最北『6番』の探索になります。着陸地から1番遠く、車を用意しておりますが1週間ほどかかる見込みです。途中地図上にある赤いポイントが宿泊施設ですのでそこで休憩しながら進んでください。施設といっても無人ですのでご自身で備蓄品を自由に使って過ごしていただいて構いません。なにかご質問は?」

 リムジンの中で政府の男に聞かれ「そうですね…」と少し考え先日届いたメールに書いてあったことを思い出した。

「護衛が付くとありましたが、その方は?」
「すでに港で待機してます。海軍特殊部隊所属だとは伺ってますが詳しいことまでは私も…」
「そうですか」

『国際エスポワ条例での上陸人数の制限がありますので測量士一名のみ参加でお願いします。また安全を確約できない土地になるため国から護衛一名を派遣いたしますのでご安心ください。』
 そう記載されたメールに激怒したのは幼馴染だった。
「ふざけるな!ただでさえ危険な仕事なのに!護衛が一人だなんて!」と自分のことのように憤慨する彼が怒りのままそのメールに返信しようとしたのを必死に止めたのは最後のいい思い出かもしれない。
 自分の為にそこまで思ってくれる人がいることは幸せだ。職場の同僚も、近所のおばさんも、皆一様この依頼は受けるべきでないと反対してくれたが、それも心配ゆえだろうとよく理解している。

 排気ガスの問題から一部上層階級の人間にしか許されていない車が中央から離れていくと途端に数が減り、だだっ広い道路を走る車は今やこの一台のみとなっていた。
 それから数時間走り続け、山を越えると一面の海。
 港が近いのか大陸へ向かう船が何隻も海を渡っていた。あれだけの数が上陸しているのであれば人数を一人と制限されるのも頷ける話だった。

 港に着き事務所へと案内され船内での説明を受けた。
 大陸へは船で5日ほどかかること、途中何があっても引き返すことは不可能であること、また任務を終え帰る際は大陸にある衛星通信でここの事務所に連絡すること。
 続けて大陸内での注意点を再度説明される。すでに5回受けているにも関わらずまたか…と辟易すると同時に身の締まる気持ちにもなった。危険な場所だと頭では理解しているつもりだがどこか冒険気分な己の心に叱責していると、コンコンと扉をノックする音が鳴る。
 政府の男が扉を開けると軍服にフルフェイスの男が入って来た。やけに物々しい雰囲気だが海軍特殊部隊所属の護衛だろうか。

「船の準備ができたようです。行きましょうか」


 中型の船に乗員は五名。測量士と、護衛の男と、他三名は船員だ。
 本当に私たちだけしか行かないんだな…と測量士が船内を見渡しながら考えていると護衛の男がジッとこちらを見ていることに気付き頭を下げた。

「すみません、挨拶が遅れました。私は今回の測量を担当します藤(フジ)と申します。よろしくお願いします」
「…いやこちらこそすまない。私はLS…二等卒だ」
「エルエス…?珍しい名ですね」
「…」
「あ!すみません馬鹿にした訳でなく、聞き馴染みのない名でしたのでつい…不快でしたか?」
「いや…」

 間が開き気不味い空気が流れる。
 沈黙を破ったのは相手だった。

「…やはり可笑しな名前だろうか。私は特に思い入れのない名なので好きに呼んでもらって構わない。二人きりの長期任務だ、ここで妙な壁を作りたくない。…と思っているのだが」
「ええ、ええ、私もです。可笑しな名前だとは思いませんよ、本当に珍しいなと思っただけで他意はないのです。では…エルと呼んでも?」
「ああ、では私もフジと」

 二人は握手を交わしフジはホッとした。
 顔すら見せない気難しい軍人かと思えば穏やかな良い人じゃないか、と。
 大陸に着くまで狭い船の中何日も閉じ込められるのだ。それまでは何事もなく無事に到着したかった。
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