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④
しおりを挟む「大丈夫か」
「は、はい…はぁっ、はあ…すみません…」
額の汗を拭い体を起こすと一面の山々。
0番の森を抜けもう二日ほど山を登ったり降りたりを繰り返しているが目的地はまだ遠い。
宿泊施設もなく食料補給も出来ないため野宿し、食事は現地調達をしているがほとんどがエルにおんぶに抱っこ状態だった。
エルは彼と共にここまで来たのはフジだけだと溢していたが、フジからすれば先人達は彼と来ずにこの大陸をどうやって生き延びるつもりだったのだろうと心底不思議に思いながら金色の蛙に近い見た目の生き物の塩焼きを食べた。とても美味しい。
それから三日ほどかけて北上し、現在は入り口の0番と最終地点6番の間に位置する12番中枢まで到着した。
穏やかな森林で、相変わらず霧は立ち込めていたが朝焼けのような薄明るさがあり視界は悪くない。足場も比較的平坦でこれ以上エルに迷惑はかけないようフジは懸命に足を進めた。
サクサクと落ち葉を踏みしきりながら歩いていると微かな音が耳に入る。笑い声のような、泣き声のような、呻き声のような小さな声だが確かに聞こえた。
「エル、あの何か聞こえませんか」
「ああ」
0番での前例があるフジは周囲を警戒しながらキョロキョロと周りを見渡す。自分が警戒したところでなんの意味もないだろうが少しでもエルの足を引っ張るようなことだけは避けたい。
歩を進めるにつれ音が近付く。
か細く聞こえていた音は歌声だった。
「…と…ぉ、りゃ…せ…と、ぉ…りゃ、んせ…」
ぽつりぽつりと言葉を溢す『ソレ』は苗床にされた人間。口元と右目以外を赤、黄色、青、緑、オレンジ、ピンク、と色鮮やかなキノコのようなもに覆われた状態で木の根に蹲るように座っていた。
悍ましい光景にフジは喉を引き攣らせ思わずエルの側に寄る。なんだこれは…これは…生きているのか?
「こ…こ、は…どこの…ほ、そ…みち…、あ…あ、あ、あ、あ"~~~~あ"~~~あ"~~~~!」
「ひぃ…!?」
たどたどしい歌声が途切れたかと思えば呻くような低い叫びに変わりフジは驚き声を上げた。段々と大きくなる叫び声は静かな森に響き渡る。どこまでもどこまでも遠くまで届きそうな末期の叫びだ。
ホラー映画よろしくな光景に怯えていると、苗床にされた人間は先ほどまでの狂気は嘘だったかのように口を閉ざしスッと黙るとゆっくり片目を開き確かめるように恐る恐る声をかけて来た。
「…だ…誰か…いるのか…?」
うっすらと目を開けているものの視力はほとんどないようで黒目をキョロキョロとさせながら「誰か…誰か…」と助けを求めるような悲痛な声にフジは思わず答えてしまった。
「あ、あの…」
「ああ…!なんて、なんてことだ…!そこに誰かいるんだな…!ああ、ああ、ここを人が通るなんてどれくらいだろうか…!うれしいなァ…」
こんな状態だがしっかりと意識はあるようで口をパクパクと開き声を上げ喜んだかと思えば男は聞いてもいないことをベラベラと話し始めた。
自分は名の通った学者で国に依頼され調査に来たのにこんな目に遭うなんて、と嘆いたかと思えば、護衛に雇った奴らはとっとと逃げてしまった大金払ったのに返せ、と怒り出し、娘がいるんだ…まだ幼いのに父親が居なくなって悲しんでるだろう、と落ち込んだり感情が上下に入り乱れている。
二人が口を挟む隙もなく弾丸のように自分のことを話し、しばらくすると「…頼みがあるんだ…」男は消え入りそうな声で言う。
「ペンダントが落ちていないか…?」
「ペンダント?」
「ああ…家族との写真を入れてるんだ…俺は…もうここから助からない…わかるんだ、コイツらが血管へ筋肉へ内臓へ侵食して来ているのがわかるんだ…俺はもう生きられない…だから最後に家族の写真を…頼むよォ…」
家族との別れは悲しいものだ。啜り泣く男に同情したフジが足元に目を落とすと丸い金色のペンダントが確かに落ちていた。
こんなことしている場合じゃないとわかっていながらも男の悲痛の訴えに動かずに居られない。荷物を下ろしペンダントを拾い上げ中を開いた。仲睦まじそうな3人家族の写真に心が締め付けられる。男に見えるよう差し出すと僅かに開いた瞳から涙を流しフジに感謝した。
「ああ…ああ…ありがとう…だが、すまないもう少し近くに寄って見せてくれないか…?もう目もほとんど見えなくて…」
「え、ええ…」
男に近付こうとしてペンダントを掠め取られる。
エルだった。やはり軽率な行動だっただろうか。親に叱られる前の子どもの様な顔をするフジに「少し離れていろ」エルは告げると男に近付き片膝を付きペンダントを目元に翳してやる。
「ああ…ありがとう…ありがとう…」
何度もお礼を告げる穏やかな声の男にフジの嫌な予感は杞憂かとホッと安堵する。きっとこの男を助けることはできない。お人好しのフジだが自身の命を投げ打ってまで見ず知らずの人間を助ける様な善性はない。
自分もこの男の様にこの地の糧になる可能性は高い。他人事では無いのだ。この現状は。
その時エルは?二十回もこの地を行き来して来た彼ならきっと生還するだろう。もし自分がこの男の様になってしまっても無様にエルに助けを求めることだけは避けたいと心から思った。
「もういいか」
「ああ、ああ…ありがとう…最期に…家族を見れて良かったよ…」
「そうか」
「うっ…うう~…っ、これが…俺の最期なんて…なあ、アンタ、アンタも可哀想だと思うだろ?」
「そうだな」
「…そうだろ…そうだろ…そうだろ…そうだろ…!アンタ、あんたも、あんたも、そう思うだろ!おれ、おれ、オレは、価値のある、人間なんだ!なのに、なのに!こんなところで死ねるか!政府の馬鹿どもめ!なぜ!なぜ、こんな!こんな!こんな仕打ちを!」
口汚く罵倒の言葉を吐きながら唾を撒き散らす男にエルは至って冷静にペンダントを閉じると立ち上がる。
「代わりがいるんだ…代わりが!この気持ち悪い生き物の生贄になる!代わりが!…………ぁ……ああ……そうだ………………ぅん………あ"~~~~~!!!お前だ!!死ね!!!全部!!」
「エル…!!」
苗床にされ動けなくなっていると思った男がひしめき合う菌の中から勢いよく両腕を出しがばりとエルに抱き付く。少し離れたところからその光景を見たフジは思わず走り出すも「近付くな!」鋭い声に立ち止まった。
「エル!」
「あ"~~~っ、ハハッ…これでお前も道連れだ…俺はまた生き延びられる…うれしいなァ…よかったなァ…」
男が触れたところからポコポコと極彩色の花のように大輪のキノコが咲く。あっという間に全身を埋め尽くされ姿形すら見えななくなってしまったエルと、菌から抜け出し自由になった体に再び埋める様に色鮮やかに覆われ木の根に蹲る男にフジは震えた。
(俺が余計なことをしたからだ…足を引っ張らないようにとあれだけ決めたのに…!)
どうすれば…と対処の仕方も分からず狼狽ているとくぐもったエルの声が聞こえフジは駆け寄りたい気持ちを抑え遠くから声をかけた。
「エル…!大丈夫ですか…!」
「私は大丈夫だ。それより荷物を持ってどこか大きな木の裏に隠れていて欲しい。絶対にこちらを見ないでくれ。時間が無い、わかったな」
「は、はい…!」
有無を言わせない言い方にコクコクと頷くと自分とエルの荷物をなんとか持ち上げ数メートル離れた先の木の裏に隠れた。エルは大丈夫だろうか。バクバクと心臓が口から飛び出しそうなほど不安と恐怖でいっぱいだった。肝が据わっているとよく言われたものだが、この大陸ではビクビクと震えてばかりだ。そんな大陸で冷静に対処し続けフジをカバーできる余裕もあるエルは本当に凄い男だ。そんな男を自分のせいで失ってしまうかもしれないことが恐ろしかった。
どれほど経ったか、実際はそれほど経ってないのかもしれないがフジにはとにかく長く感じた。早くエルの無事な声が聞きたい。様子を伺おうと振り向こうとする体を必死に抑え、言われた通りエルの方を見ないよう荷物を抱えしゃがみ込んだ。
「フジ」
カサリと落ち葉を踏む音が聞こえ見上げると男に襲われる前となんら変わりない姿の軍人がいた。
「エル!怪我は…!?大丈夫ですか!俺のせいでまた貴方に迷惑を…!」
「大丈夫だ。私は見ての通り無傷だから心配はいらない」
無遠慮にペタペタと触り無事を確認するフジを止めることなく淡々と告げるエルに心の底からホッとした。
「よかった…私のせいで貴方が死んでしまったらどうしようかと…」
「そうか…」
「すみません、身勝手な行動をして…」
「いや、そんなことは…それより先に進もう。ここはあまり長居していい場所ではない」
地面に横たわる荷を背負いながら告げるエルに催促されフジは慌てて自分も準備し後を追う。だがその前に好奇心に負け少しだけ振り返った。離れていてよく見えなかったが依然として極才色に埋もれる男の姿がそこにはあったが生きていたかどうかは定かではなかった。
「フジ」
「は、はい!今行きます!」
足音が離れ静寂が落ちる。
苗床になった男の側には一匹の蜘蛛がいた。
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