測量士と人外護衛

胃頭

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「なァ~、なぁなぁなぁ!まさかこのままってワケじゃないよな~!」

 糸で簀巻きにされ自慢の大きな羽根も窮屈そうに締め付けられた可哀想な鳥が横たわりながら問い掛けると、こうした張本人はそちらを見向きもせず隣の人間ばかりに気を取られていた。

「フジ驚かせたな。怪我はないか?」
「はい、転びそうなところをエルが支えてくれたのでなんともありません。ありがとうございます」
「ねェ~!無視しないでよ~~~!」

 人型の鳥、クレスと名乗ったそいつが先ほどから大きな声で話しているのはエルとフジとの距離がやけに遠いからであった。話を聞くのはいいが100mも距離を空けるエルに警戒し過ぎでは?とフジは思ったがなんとこいつはファイを傷付けた犯人だと聞いて警戒を高めた。
 (あれそう言えば…)

「ファイはどこに?」
「…」
「エル?」
「………散歩だ」
「え、大丈夫なんでしょうか…また危険な生き物に襲われでもしたら」
「大丈夫だ周辺に糸を張り巡らせている。その中にいればまず危険はないだろう…もし万が一なにかあれば私が助けに行く」

 フジが気付かぬ内に外部からの攻撃への対策済みらしい。出会った頃からそうだがなんと頼りになる恋人かとフジは目を輝かせた。


「それで話ってなんです?」

 流石に話しづらいとエルを説得し物理的な距離を縮めた。不思議な生き物だ。体全体は鳥そのものなのに醸し出す雰囲気はまるで人間のようだった。

「モモタローって知ってる?」
「桃太郎…?ええ知ってますが」
「まじィ~?よかったぁ!俺モモタローって男がオニガシマニってところまで行ったのは聞いたんだけどその先がどうしても気になってさ!人間なら知ってるかな~って思って。助かったァ」
「あの待って下さい、槇尾ダイスケに世話になったって言ってましたけど…」
「そうそうオトギバナシってやつを教えてもらったのよマキオに」
「一体どうしたらそんなことが…?」
「ええ聞くぅ?別に大した話じゃねーけどね」

 ヨッと起き上がり胡座をかいたクレスはそう言うと話し始めた。
 この辺りは大きな山脈と広大な森がありクレスにとってはいい狩場で遊び場だった。山々を渡り飛び森で果物を食べ暇になればまた青空を駆けそんな風にずっと生きてる。ある時、森に大穴を見つけた。土の中に棲む軟体生物の巣だった。奴等は春以外は土の中で過ごす為、初夏に入り穴を掘ったのだろう。縦穴を掘りある程度の深さになれば横穴を掘りそこで次の春まで眠る。その際に横穴の出入り口は土で埋めてしまうので縦穴だけが残るって仕組みだ。その大穴に間抜けな生き物が落っこちて出られなくなっている時がある。それを捕まえて食べるのがクレスの初夏の日課だった。大きな獣は捕まえるのに苦労するからこうやって効率的に仕留めて食べてるのだ。
 その日見つけた大穴にはクレスが見たことない生き物が落ちていた。
 手足が二本づつ、小さくて細くて身がありゃしない。食べても不味そうだと判断したが興味本位で穴を覗けばその生き物は何か叫ぶと長細い筒をこちらに向け放った。瞬時に避けたことで直撃は免れたが頬を何かが擦れ血が滲んだ。クレスはカッとなりその生き物を殺そうとしたが少し考えて苦しみ飢え死にしていくのを眺めてやろうと思った。
 次の日、大穴を覗くとまたその生き物はなにかを叫び筒を向け放ったが流石にクレスも学習する。全ての砲撃を避け切るとその生き物はへたり込んで死を覚悟したような顔をしたがクレスが何もして来ないのを見ると恐る恐る話しかけて来た。しかし何を言ってるのかわからない。とりあえず夜になるまでその生き物を眺めた。
 次の日も大穴に向かった。中を覗くとそいつは手足を使って穴を登ろうと必死になっていた。次の日も、次の日も、そのまた次の日も短い手足で5mはあろう縦穴を登ろうと必死になっていた。無駄なことをしてるな~とクレスは思いながらもまた次の日も見に行くとその生き物はピクリとも動かなくなっていた。だがまだ死んではいないようで目だけはキョロキョロと動かし何かを考えているようだった。
 次の日も見に行くと生き物は一心不乱に果物を食べていた。どうやら昨夜の風で木から果物が落ちて来たらしい。全てを食べ終えるとまた穴を登ろうとし始めてクレスはいよいよ笑ってしまった。
 そんな日がもう何日続いたか、初夏の陽射しが眩しい日また無駄に足掻いてるのだろうかと大穴を覗くとその生き物はぐったりと倒れていた。暑さと水分不足、体力も気力も底をつき虫の息だった。その頃には生き物の言葉も理解し始めていたようクレスの耳に消え入る声で「み、ず…」と溢す声が聞こえた。クレスは慌てて川に向かった。しかし水面に映る自分を見てもこの川の水を持ち運べるあの生き物のような手も、道具も持っていない。クレスはまた慌てて大穴に戻った。戻りながらどうしてこんなに必死なのか自分でもわからなかった。
 

「はぁ…はぁはぁ…っ、捕まえた!見ろよほら!」
「…」

 その生き物は、いやこの男はタフだった。先程まで死にかけだった癖に水と果物を大量に与えて暫くすると元気に川を泳ぎ手で魚を捕まえ出した。持っていた道具で火を起こし魚を焼いて食べる姿に興味を示せば食べさせてくれた。初めて食べた焼き魚はクレスの好物になった。
 大穴で飢え死にさせるつもりだったのに。
 あの後クレスは大穴に戻るとその男を趾で鷲掴み川まで運んでやった。水と食べ物を与えてやるだけではなく大穴から助けてやってしまったのだ。
 男は人間で名はマキオと言った。クレスには名がなかったがその時マキオが名前を付けてくれた。意味は聞いたことがないが響きが気に入った。
 何度もマキオの話を聞いて人間の言葉を覚えた。マキオは人間の世界のこと、オトギバナシ、ウタ、ゲーム、この大陸にはない沢山のことを教えてくれた。山々を飛び果実を食べひとり気ままに生きる生活も好きだったが、マキオの話を聞いて美味しい食べ物を知る喜びは案外悪くなかった。
 

「ま、こんな感じで世話になったってワケ。んでその時に聞いたモモタローの続きが知りたくて人間探してたンだけど中々接触出来なくてね~」
「なるほど…それで槇尾ダイスケは今どうしてるんですか?」
「死んだよ」
「え?」
「ほら人間って弱っちいじゃん?この大陸じゃ長く生きられないさ」
「でも貴方一緒に居たんじゃ…」
「俺も万能じゃないンだわ。そこの男と一緒でね」

 クレスに見つめられたエルは何も返さなかった。
 ここに来る前に何かあったのだろうとフジは珍しく察したが深掘りはせず空気を変える為に話を変える。

「槇尾ダイスケの他にここら辺で人は見かけませんでしたか?」
「んー…覚えてないなぁ、なんせ結構前のことだからね。ウゥンでもその内思い出すかも知れない…あ、そーだ!フジ!」
「何ですか?」
「フジはさここら辺の地図を作りたいンだよねぇ」
「はい」
「じゃあさぁ俺が案内してあげる!ここは俺の庭みたいなものだから頼りになるよ~。それに人間といた方が人間のこと思い出すキッカケになるカモ!」
「…なるほど?」

 どこか無理やりな気もしたがフジとしても父の情報は少しでも知りたいところだった。チラリとエルを横目で見れば何か考え事だろうか真っ直ぐ前を見たまま動かない。フジはクレスが同行することに問題はない、あるとしたら――……

「ぷぎぃ!」

 甲高い鳴き声に振り返れば何故かボロボロのファイがいた。慌てて木の枝や葉を取ってやればぶぎぷぎと泣きながら体を寄せて来る。

「ぷぎ、ぷぎぷぎ!」
「草の中を散歩したのか?あんまりはしゃぐと危ないから気をつけるんだぞファイ」
「ぷぎぷぎぷぎぷぎ!ぷぎゅ!ぷぎぃー!」

 ぷごぷごと子豚はご立腹だが残念ながらフジには伝わらない。ファイの怒りの言葉を理解しているエルも、段々と言葉が分かり始めて来たクレスも素知らぬ顔でファイを見ない。ファイは益々怒りに震えた。

「ぷぎ!」

 ファイは怒りのままに宣言した。決闘だ、と。

 
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