測量士と人外護衛

胃頭

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 放射状に飛んでくる羽を長い尾で全て薙ぎ払い八本の手足でグッと地面を蹴り飛びかかればヒラリとかわされる。それでも諦めずに飛び込み鋭い尾の先で胴体を突こうとするがビュンと大きな羽に煽られ子豚は吹き飛ばされ大木に頭を打ち付けた。
「はいまた俺の勝ちィ~」
「ぷぎゃー!」
 五度目の交戦になるが0勝5敗ファイは負け続けていた。
「これじゃあまだまだ決闘なんて出来ないンじゃなぁい」
「ぷぎぎ…」
 決闘だ!と宣戦布告はしたものの、決闘とは対等な力がある者同士の神聖な争い。悔しいがファイにはまだ力が足りない。だから鍛えてもらい力を付けそれから改めて決闘だ!などと滅茶苦茶なことを言い始めた子豚にクレスはいとも簡単に承諾した。どうせフジの仕事中はクレスは暇なのだ。空を飛ぼうにも周りにはエルが糸を張り巡らせている。それをいちいち避けて飛んだり戻ったりをするのも面倒だった。それならば子豚と遊ぶのは暇つぶしに丁度いい。クレスとファイの実力はまだまだ遠かった。
「ぷぎ!」
「はいはいいつでも来な」
 タッタカタッタカと正面から突っ込みクレスがこちらに気を取られている隙を見て側面から尾で突き刺す!がそこにクレスの姿はなく気付けばファイの目の前まで飛んで来ていた。鋭い趾に蹴られ小さな体は宙を舞う。
「ぷぎゃ~!」
 落下地点にフジがいた。しかしフジに届く前に小さな豚は大きな手に顔面を鷲掴みにされ捕まった。
「ぷぎゃん!」
「お前ら遊ぶのは良いがフジの邪魔はするな」
「大丈夫ですよエル。そろそろ休憩しようと思ってたところです。お腹も空きましたお昼にしましょう」
 ぷぎぃ…エルの手の中のファイも目を回しながらフジの言葉に賛成した。

 念願の焼き魚にクレスは喜んだ。
 手がないクレスには器用に魚を木の枝に刺したり、火を起こし焼いたりすることが出来ない。マキオと食べた以来の焼き魚だ。
「生もいいけどやっぱり焼いた方が俺は好きだなぁ」
「クレスは魚が好きなんですか?」
「ンー、そうね。俺は肉より魚とか果物かなぁ~たまに食べたくなるけど」
 食べたとしても少量か柔らかい肉を好むらしい。
 ぷごぷごと勢い良く魚を食べるファイを見てフジは思った。
「それなら何故ファイを狙ったんです?わざわざこの森を離れてまで」
「別にィ、マキオが肉が好きだって。特に豚肉が好きだって話してたらそれ食べたら、」
 中途半端に言葉を止めたクレスにフジは首を傾げた。
「クレス?」
「ん?ああ、それ食べたら美味しいのかなぁって思っただけ!まァこの子豚フジのペットみたいだし食べるのはもう辞めとくよ」
「ぷぎー!ぷごぷご!」
 クレスの言葉に怒りながらもファイはむしゃむしゃと魚を食べた。食べて食べて大きくなるのだ。ファイはまだ子豚。大きくなっていつか絶対にクレスにもエルにも一撃お見舞いしてやるのだ!
「フジ魚が焼けた」
「ありがとうございます」
「この魚の骨は小さくて細かいから気を付けろ…いや私が骨を取って」
「あはは、大丈夫ですよエル」
「だが…」
 魚ひとつであーだこーだと心配するエルを見てクレスは塩っぱい顔をしながら尋ねた。
「なァ、なぁなぁ、アンタら前から思ってたけど、その…何だっけ、ああそうだお付き合いだ。ふたりは付き合ってンのぉ?」
 クレスの言葉にエルとフジはピタリと固まり照れ臭そうに笑った。
「改めて言葉にされると恥ずかしいですね…」
「恥ずかしがることはないフジ。私は貴方を愛してる、貴方も同じ気持ちだと思って良いんだろ?」
「ええ勿論ですよ。あの時の言葉に嘘はありませんから」
 イチャイチャと擬音が舞い飛ぶ空間に砂糖を吐く鳥とぷごぷごと子豚の鼻息。とんだパーティーだ。
「アンタってフジを人質にでも取られたらなぁんでもしそうだね」
「フジを危険に晒すこと自体まず有り得ないが…そうだな例え死ぬことになってもフジを助けられるなら私は潔く死ぬ」
「そんな…簡単に死ぬなんて言わないで下さいよ」
「すまない。だがそれだけの覚悟はあると言うことだ。だから貴方も無闇に危ない事をしないで欲しい」
 フジを助ける為なら死んでもいいそれは間違いなくエルの本心だ。だがフジとエルが助かるのならそれ以外がどうなっても構わない、それもまた本心だ。エルの願いはフジが生きることではなく、フジとエルが共に生きることだ。もしそれが叶わないのであればフジを助ける為にエルは死を選ぶ、そして可能であればフジを殺す。エルがいない世界でフジだけが生きるなんて考えられなかった。フジは魅力的だ。ひとりにしてしまえばきっと誰かのモノになる。そんなこと許せない。
 フジには幸せになって欲しい。けどそれ以上に誰にも渡したくない。なんて醜い心だ。外見の醜さはもう晒した、これ以上内面の醜さまで晒す必要は無い。この気持ちは死ぬまで隠し通すつもりだった。
「フーン、そう…」
 再び二人だけの世界に入ったエルとフジを冷えた目で見つめクレスは魚を丸呑みした。



 芽吹の春が過ぎ、梅雨が来た。
 毎日毎日バケツをひっくり返したような雨だった。重なり合った草木の間から大粒の雨がぽたり、ぽたりと落ちてフジたちを徐々に濡らしていく。一際大きな雨粒がぼたり!とファイの顔面に落ちそれを見て笑うクレスにもぼたぼたぼたと滝のような雨が降り注ぐ。葉に溜まった雨水が重くなりししおどしの要領で落ちて来たのだろう。雨に濡れた鳥はぐっしょりとみすぼらし姿になっていた。見兼ねたエルが糸を細かく編み屋根のように上空を覆ってくれたお陰で雨が続いてもなんとか測量を続けられた。
 夏が来た。カラッと日差しが眩しいが基本的に鬱蒼と繁るこの森の大半は影で直射日光を浴びずに済んだ。それでもむわっとした纏わりつく暑さがフジを襲う。バテているとクレスが大きな羽で仰いでくれた。エルも甲斐甲斐しく水や果実、どこから持って来たのか塩までくれる。
 フジの測量は順調に進んだ。その間もファイはクレスに手解きを受けた。たまに気が向いたエルも相手してくれるようになり子豚は益々強くなった!…気がする。それでもまだ二人には勝てなくて今日もまた地面をコロリと転がされる。変わり映えのしない森を少しづつ移動し測量、データを記録、保存、紙に書き起こしまた測量の繰り返し。ファイにもクレスにもフジがしていることがサッパリわからなかったが紙に描かれる線が徐々に地図になって行くのは面白かった。
 晩夏に入ると目が回るような暑さはなくなった。それでも太陽がある内は暑さが続いたが、日が落ちると途端に涼しくなる。その寒暖差にフジが体調を崩すことが増えた。付きっきりで介護するエルはとてと優しかった。測量器の使い方を覚えたらしいクレスが測量を続けてくれたがまだ地形を書き起こすことは出来ないらしくデータだけ取り続けてくれた。それだけでもフジには有り難かった。
 秋になると「我慢ならん!」とクレスが空に飛び出して行った。大空を飛び回る姿にファイは興奮したようにぷこぷご!と鼻を鳴らしていた。気怠い暑さがなくなり随分と活動がしやすくなった。遅れていた分フジは測量を進めて行く。データを取り地図に書き起こす。データだけ集め、帰ってから地図にすることも考えたが膨大な数を後から纏めることを考えるとゲンナリするので同時進行ですることにしている。
 集中し過ぎて休憩を怠ると気晴らしにエルが木の上まで連れて行ってくれた。広大な森とどこまでも続く山脈、それを真っ赤に染めた夕陽と、黄色と紫、赤にオレンジを混ぜ合わせた茜色の空は心が震えるほど綺麗だった。実りの季節だ。夏は虫が多かったがこの頃になると動物が増えた。攻撃的なものもいれば、温厚なものもいる。柔らかく食べやすそうな生き物を狙ってエルが肉を用意してくれた。食べることの楽しさ、食べれることの有り難み、あちらの世界では学ぶことの出来ない当たり前をこの大陸で知った。
 秋の匂いがする。
 柔らかな空気と穏やかな気候が続き平和な旅が続いた。
 
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