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⑰
しおりを挟むエルのお陰で地図作りはスピードアップし、これで帰りの日数を考えても余裕のある日程で進められる。地図を完成させ無事帰国できれば大金が手に入る。そうすればフジの父の治療費、入院費の心配は無くなりフジの生活も困らなくなるだろう。父の病を治せる可能性があるのであればまた大陸探索が出来ないか政府に掛け合ってみようとフジは考えていた。エルの話を聞く限り有益な人材ならばまた起用してくれる可能性はあるし、そうすればエルと共にいられる。
フジには人類の存亡だとかは荷が重すぎてよくわからない。自分の手が届く範囲で自分が助けられる人がいるのであれば助けてあげたい。それ以上を望めば諸共沈んでしまうのをよく理解していた。
「…臭うな」
「え!!」
スンと鼻を鳴らすエルにフジは咄嗟に距離を取った。確かに自分はもう三十路で6番の森に入ってからまともに水も浴びていない。濡らしたタオルで体を擦ったり髪を少量の水で流したりはしているがやはり臭うのだろうか。ショックを全面に押し出した顔をするフジにエルは慌てて腰に手を回し彼を抱き寄せた。
「待てフジ貴方のことではない」
「いや、でも今気付いたんですけど普通に臭いますよね…!?すみませんちょっと恥ずかしくなって来たので近寄らないで貰えますか…」
「貴方は元々体臭が薄い。それに私はフェイス越しなので外部の臭いを感じ取りにくいんだ。だから今の状況はむしろ助かってる」
「エル………ん?助かってる?」
体臭を気にするフジをフォローしてくれる恋人の優しさに感動していたが最後の不穏な言葉に首を傾げるも彼は何も言わなかった。失言した自覚はあるらしい。エルは下心の隠し方を学び中なのである。
「においねェ~…確かにするね、豚のケモノ臭が!」
「ぷぎゃーー!」
ひょいとクレスに持ち上げられたファイは短い八本の手足をバタつかせ暴れ回った。
「まァ、俺も臭うかも…寒くなってから水浴びするの苦手なんだよなぁ~」
「ぷぎゃ!ぷぎゃ!」
「はいはい」
やっと地面に下ろされファイもぷご!と鼻を鳴らすも感じ取れるのは木の実と果実と虫や落ち葉の臭い。…あと鳥と豚の臭い。
「エル何か気になりますか?」
「いや…勘違いならいいんだが。念の為周辺を見回ってくる。役に立たないかもしれないがあの子豚から離れないように」
「わかりました」
去って行くエルを見届け言われた通りファイを抱きかかえ待つことにした。ファイを持ち上げるのは久しぶりな気がするが少し重くなったように感じた。
「ファイ大きくなった?」
「ぷぎ!?ぷぎゃ!ぷぎゃ!」
「成長期なのかな?どれくらい大きくなるんだろう…楽しみだな」
その言葉が嬉しくてファイはぷごぷごと鳴く。
「しかし頼りになるダーリンだねェ」
エルが消えた木々の奥を眺めながら茶化すように口笛を吹くクレスにフジは素直に頷いた。
「そうですね、とても頼りになります」
その上、帰国後エルのいない生活が送れるか心配になるほど彼はフジの全てをカバーしてくれる。たまにどこかの国のお姫様にでもなった気分になる時があるくらいだ。ふと気になって木の実を放り投げ食べるクレスに尋ねた。
「クレスには恋人が?」
「俺ェ?俺みたいな色男には恋人の一人や二人一匹や二匹いるってもんよ~…まァ、そこの子豚にはいないンだろうけどね」
「ぷぎゃ!」
「ファイはまだ子どもですよ」
「子どもったってもう50年は生きてンぜそいつ」
「ええ!」
衝撃だった。こんなに小さくて可愛いファイがフジよりも先輩だったなんて。
「この大陸の生き物は無駄に寿命が長いンだよねェ。俺も…んん?覚えてないけど200年は生きてるンかなぁ?」
「おじいちゃん…」
「コラコラ」
やはり人が住む大陸とは一線を画す生命体なのだと思い知らされた。
(じゃあエルはどうだったのだろう…)
「クレスはこの大陸でエルを見たことはあるんですか?」
「いーやぁ?俺は元々もっとあったかいところに棲んでたからねぇ~ここら辺に来たのは10年前だからアイツとは入れ違いってヤツ」
「その時に槇尾さんに会ったんですね」
「そーそー…んー、そーいやぁ前言ってたマキオ以外の人間やっぱり見かけた記憶ないンだよねェ。役に立てなくてゴメンネ」
「いえ…父の病気の手掛かりが掴める可能性は薄いと思ってましたから」
そもそもフジは父の入院費さえ手に入ればこの大陸で死んでも良いとさえ思っていたのだ。それが今や地図の完成と生涯共に過ごしたいと思える相手が見つかったのだ。それ以上を求めるのは欲張りだろう。
「俺よりもさァ~アイツに聞いた方が何かしら手掛かり見つかりそぉだけどね!」
「え?」
アイツとはエルのことだろう。なぜ彼が?
「だぁってこれまでの捜索隊の生存者はマキオの仲間だけなんでショ?つまりエルはマキオの仲間…フジのパパたちとそっちに渡ったンじゃないのぉ?」
「それは…」
確かにそうだ。エルがこちらに来た経緯は彼の記憶がないからあまり話をしていなかったがクレスに指摘されどうして気付かなかったのだろうと衝撃を受けた。エルひとりで海を渡ったとは考え難い。ならば誰かに捕まったのかエルが自分から着いて行ったのか、二人と共に海を超えた可能性が高い。
「フジパパじゃないンならもうひとりの軍人?って人がエルを捕まえたのかもねェ」
フジの父と帰って来たのは確か天馬カズキという名の軍人だった。歳は当時32歳。精悍な顔付きの男だったのを新聞で見た記憶がある。彼に関して知っていることはそれだけだった。
(覚えていないかもしれないがエルに聞いてみよう)
だがその前に地図作りを終わらせることが先決だ。そうすれば後は帰るだけ。帰り道時間はたくさんある。その時にエルに聞いてみよう。もしかしたら父の手掛かりとエルの覚えていないこの土地での出来事を思い出せるかもしれない。
それからすぐ戻って来たエルは「特に気になるところはなかった」と言いながらもどこか納得いかないようで終始辺りを警戒していた。それじゃあ気が休まらないだろうとフジは自分の休憩時にエルの手を握り一緒に座って休みましょ?と誘えば彼はすぐに頷いた。いそいそと自分の脚の中にフジを収め休憩し出したエルをクレスはなんとも言えない顔で眺めていた。
地点と地点の高さ、距離、傾斜。数値を測り、保存、記録。それを元に紙に地形を書き起こす。それを何十、何百、何千と繰り返し数ヶ月、ようやく最終地点まで辿り着いた。ここが本当の区画最北端。この先を一歩でも越えたら人類の決めたルールの上では越境になる。
「ふぅ…出来た」
第五区画6番の地図が完成した。ここまで精巧な地図は恐らく人類初だろう。他はエルが八年かけて書いたざっくり地図だけだ。それでも生態調査を行いながらの地図作りなのだから立派な偉業だ。
地図の完成にファイはぷぎぷぎと駆け回り喜んでくれた。フジの足元をすり抜けはしゃぐ姿は可愛らしい。しかし一転してエルとクレスの反応はイマイチだった。二人とも何か思い詰めたような、他に構っていられないようなそんな雰囲気がある。
「エル、クレスどうし…」
「あらあら遅かったじゃない」
フジが声をかけようとした時、上空から女の声が聞こえた。フジがパッと顔を上げればそこには大きな人型の蜂。豊満な胸と細いくびれのある上半身と鋭い針の付いた蜂の下半身。羽を震わせ宙に浮くそれは楽しげに笑っていた。
「随分と時間がかかったのねクレス」
「はァ~?別によくない?約束通り人間連れて来たンだから早くしろよ!」
「躾のなってない坊やねぇ…また痛い目に会いたいのかしら」
クスクスと笑う人型の蜂に悔しそうな顔をすると「お願い、します…」と頭を下げるクレスにフジは狼狽えた。
(なんだ、コイツは…)
「ふふっ、素直な子は好きよ。それに今気分が良いから許すわ。クレス貴方、とても素敵よ。人間なんかよりももーっと可愛い子を連れて来てくれたのね」
目を細め獣が狙いを定めるような凶悪な顔で笑う女にフジは悪寒が走った。怖い。純粋な恐怖に身を震わせると、隣にいたエルがドサリとフジに凭れ掛かるように倒れて来た。
「エル!?」
支え切れずエルを抱えながら地面に座り込む。エルの呼吸が荒い。手首を触ると脈が早く体も普段と比べて熱い。明らかな異常に戸惑うフジだが雌蜂は気に留めず話を進めて行く。
「随分と形が変わったみたいだけど相変わらずカッコいいのねぇ。ほらベイビーたち新しいパパよ」
ゆらりの大樹の裏から現れた軍人にフジは驚く。人だ。人が何故こんなところに。ふらふらと酩酊した様に歩きピタリと足を止めるとプシュと何かが抜けるような音と共に軍人は崩れ落ちた。
「マキオ!!」
体が地に着く前にクレスが軍人を抱きかかえる。
「マキオ…?まさか槇尾ダイスケ…?」
随分と痩せこけていたが確かに見覚えのある顔をしていた。倒れた槇尾の背後にはファイほどの大きさがある幼虫。白くウニョウニョと蠢きながらこちらに向かってにじり寄る姿にフジは小さく悲鳴を上げた。
エルを抱えながら逃げられない。ファイは?無理だこの子もまだ小さい。クレスを見ると槇尾を大事に抱えポロポロと涙を流していた。
その光景に気を取られ目の前に雌蜂が飛んできたことにすぐ気付けなかった。
「邪魔よ」
バチンと腹部で叩き飛ばされフジはエルと引き離される。地面に体を強く打ち痛みに耐えながらも「エル!」と叫ぶもグッタリと倒れ反応がない。雌蜂はプスリと大きな針でエルの体を刺す。それに合わせて幼虫たちもエルの体に群がりピタリと動きを止めた。
「エルッ、エル…!」
「ぷぎゅ!」
立ち上がりエルに近寄ろうとするフジの足をファイの尾が絡め取り無理やり止めた。危険だと判断したのだ。ファイの本能がアイツはダメだとファイに知らせる。
「ファイ!エルが!」
「ぷぎ!ぷぎぷぎ!」
ダメだ!とどれだけ伝えてもフジに伝わらないのがもどかしい。いや伝わっていたとしてもフジには関係ないのだろう。これまでの二人を見ていればどんな関係かファイにも理解出来た。
ピクピクとエルの体が震えやがてゆっくりと立ち上がる。気が付いたのだと喜びたかったが纏う雰囲気がフジの知るエルではない。考えたくなかった。エルがエルじゃなくなっているかもしれない可能性など。
「まさか十年越しにこの子に再会できるなんてね。日頃の行いかしら?ふふっ。さ、クレス貴方はもう用済みだから私の気が変わらないうちにその人間を連れてさっさとどこかへ行きなさい」
シッシと手を振る雌蜂にフジは叫ぶ。
「エルに何をした!」
「なぁにあの人間…ねぇダーリンあの人間始末してくれないかしら」
しな垂れお願いする雌蜂にエルは「ああ」と頷いたかと思えば両手からこの森の大木ほどの高さと大きさのある糸の網を放出した。捕まれば逃げられない。網にかかる前にクレスは槇尾を趾で掴み上空へと逃げ、ファイはフジの腹を尾で巻き取り自分の背中に乗せるとトットコと駆け出した。
「エル!エルッ!!」
フジの叫びは森の奥へと消えて行った。
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