測量士と人外護衛

胃頭

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『返して?そうねぇなら人間を連れて来てちょうだい。私の可愛いベイビーちゃん達の養分になる素敵なパパを探して来てねクレス』

――
――――
――――――

 うとうとしていたらしい。昨晩、槇尾の怪我が治るのを見届けるために一睡もしていなかったクレスはパチリと目を開けた。目の前では槇尾とファイが対エル戦に向け訓練をしている。槇尾は軍医の癖に何故か馬鹿みたいに力があるからファイのいい稽古相手なるだろう。
 ファイは随分と強くなった。あのヤモリを単独で倒せるほどだ。体も徐々に大きくなりこれからもっと逞しくなるだろうな、と寝起きのぼんやりする頭でクレスは考えた。
「あ、起きたんですね」
「ウン」
「昨晩寝ていなかったんでしょう?」
 そう笑いながらフジはクレスの隣に座る。
「フジ…ごめんねぇ?」
 思考が定まらないまま口から勝手に溢れた謝罪にクレスは自分自身に驚いた。思っていた以上にフジへの罪悪感に苛まれていたらしい。
 マキオを雌蜂に奪われクレスは必死に人間を探した。
 だが元々この地にいない生き物を探すなんて絶望的だった。いないならばマキオを無理やり取り返した方が早いんじゃないかと連れ帰ろうとした事もあったがそうすると彼は自分の右腕を折り、次は左腕を岩に叩き付けようとしてクレスは慌てて止めた。マキオは攻撃こそして来ないがクレスが雌蜂の命令から背こうとすると自傷行為をし出すのだ。
 クレスは大陸中を飛び回りやっと人間を見つけたが明らかに近付いてはならない生き物と行動していた。このまま人間を攫えばきっとアレに殺される。遠巻きから監視し隙があれば接触してやろうと思ったが周囲に張り巡らされる蜘蛛の巣に中々近寄ることが出来なかった。守られているにも関わらず人間はソイツに怯えて逃げ出し、最期には大陸の餌食となった。何人も何人も死ぬせいでマキオはずっとあの蜂に捕らわれたままだった。
 養分、と言っていたように日に日にやつれていくマキオにクレスは焦った。このままだと死んでしまう。まともに飲み食いをしていないと気付いてからは果物や魚を食べさせに会いに行ったが幼虫の成長に伴い吸い取られる養分量も増えているのかマキオは依然痩せこけたままだ。
 『肉が好きだな』
 特に豚肉が好きだ、と話していたのを思い出した。
 食べたら正気になるかも…なんて望み薄いことを考え森を探索中に見かけた子豚を捕まえようとしたがやけにすばしっこくて仕留め切れなかった。だがその代わりに人間を見つけた。人間が生きてあの生き物と大陸の奥まで来ているのは初めてだった。
 今回はいつもと違うのか?
 しかも雌蜂やマキオのいるあの森に向かっているようだと気付きチャンスだと思った。
 だけど…その人間は優しくて、殺そうとした子豚は負けん気が強い面白いやつで、危ないと思ってたそいつはやっぱり強くて冷たいやつだったがその人間を心から愛していた。マキオと出会う前のクレスならこんなことで悩まなかったと思う。マキオを知って、誰かと笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり、愛だなんだを知ってしまった今だからこんなにも心が痛い。
 フジを生贄にマキオを解放してもらう。
 きっとエルは俺を殺すだろう。
 クレスだってマキオをフジのために犠牲にされたらエルを殺しにかかっている。それでもマキオを助けたかった。殺されても構わない。
 最期にマキオを抱き締めて死ねるならクレスはそれで構わなかった。
 
「私…クレスに騙されたんだと知ってとても悲しかったんです」
「ウン…」
「だけどクレスの立場だったらやっぱり同じことをしたと思うんです。私もエルも」
 似ているな、とクレスは目を細めた。
 エルは恐らくクレスが何かを企みマキオのことをただ気紛れに助けた人間と思ってはいないことに気付いていたはずだ。それなのに何故クレスを追い払わなかったのかその時は分からなかった。
 でも今ならわかる気がする。
「だから謝らないで下さい。でも絶対にエルを取り返しましょう!手伝ってくれますよね、クレス」
「ウン。助けるよ」
 このふたりはどこまでも人の痛みを理解している。

『ファッキン人型雌蜂からフジの彼氏を救出大作戦』と書かれた文字の前にふたりと一匹と一羽は円を作って頭を悩ませていた。
「少し考えたんですが支配されているor操られている説が濃厚だとしてエルはその支配力が槇尾さんより弱いんじゃないでしょうか?」
「まあ有り得るな」
 人ではないエルだからこそ雌蜂の力にわずかながら抵抗出来ているのかも知れない。
「ただ会話は出来ないんですよね…こう、噛み合わないと言うか、私の言葉が全く届かなくて」
「ふむふむ」
 フジの言葉に思い当たる節があるのかクレスは頷き思い出したように「あ!」と声を上げた。
「マキオの時に思ったンだけど~あの状態の時って心の奥底にしまってある本音とか、無意識下に抱えてる感情とかが漏れ出てるンじゃないかなぁ」
「深層心理ってことですか?」
「んー、その言葉はよくわかンないけど…酩酊状態って言ってたジャン?あの時って頭がふわふわ~ってなって本音がポロリってなるからあんな感じぃ?」
「おい待て聞き捨てならねぇぞお前なにを聞いた」
「まァまァ」
「おい!」
 本音…あれがエルの本音なのだろうか。
『私から離れないでくれ』
『貴方は帰るのだろう』
『どうして逃げる』
『逃げるなんて』
『許さない』
 エルの怒りにも悲しみにも似た激情を真っ直ぐぶつけられて怖くは…なかったが、どうしたらいいのか分からなかった。エルはフジに何を求めていたのだろう。どうすればあんなにも悲しげなエルを救ってあげられたのか。
『フジ』
 優しげにフジを呼ぶ声が懐かしい。
 エルはいつだってフジの名を呼んでくれた。
 名を。
 …そう言えば。
「…呼んでなかったな…俺の名前」
『貴方は』『貴方を』『貴方が』エルは最初こそフジの名を呼んでいたが途中から呼ばなくなっていた。あれだけフジフジと名前を呼んでくれていたのに。
 あの時エルが求めていたのは誰だ。
 (俺じゃないのか…?)
 突如沸いた疑惑にモヤモヤと胸の中に黒い感情が走る。あれが深層心理だとしてエルが求めているのはフジじゃなかったとしたら。
 十年前エルはこの大陸から海を渡りフジの世界へとやって来た。ずっと考えていた。なぜわざわざ人間に付いて来たのかと。
『離れないでくれ』
『どうして逃げる』
 フジはエルから離れたことなんてない。ならその言葉は十年前の探索隊の誰かへの言葉だったんじゃないだろうか。記憶の底にある忘れられない思いが溢れているのかもしれない。それが例えば…父だとしたら。フジと父はよく似ていた。歳を取り背格好もよく似てきて後ろから見るとどちらかわからないと言われることも多かった。
 (記憶が無いながらも父の面影を俺に見ていたとしたら…?)
 突拍子もない予想に馬鹿げてると笑いたかった。
『フジ』
 そんな訳ないと否定して欲しいのに。
「フジ?」
「…」
「フージィ~?」
「あ!…ごめんなさい少し考え事をしてました」
 ヒラヒラの目の前で翼を振るクレスに笑えば困ったような顔をされた。
「…なに考えてるかわかンないけどあんまり深く考えちゃダメだよぉ」
 クレスは他人の機微に鋭い。
 こう言うところが槇尾がクレスに惹かれた理由なのだろう。槇尾は槇尾で思い切りがあり一緒にいて楽しい人だとこの短い時間で理解できた。
 (じゃあ俺は?)
 告白された時から疑問に思っていたがエルがフジを好きになる要素が何度考えても見当たらなかった。エルは本当はフジを通して誰かを見ているのかもしれない。
 (でも…今はそんなの関係ない…とりあえずエルを助けることだけ考えよう)
「…クレスひとつ聞きたいことがあります。人型の蜂と出会う前にエルは臭いのことを気にしてましたよね?あれは何かわかりますか?」
「あー…アレねぇ…M23号を燃やしたンだよね」
「M23号?」
「擦るとスッキリした匂いがするンだよぉ」
「ミントに似た植物だな。いちいち名付けるのも面倒だから食えそうなもん見つけた順に番号振ってたんだよ」
 槇尾がゴソゴソと持っていたリュックから小さな緑の葉を取り出した。
「料理にも使ったりしたが主に虫除けだな。あれを燃やすと昆虫の嫌いな臭いを発するみてぇだから夏とかはよく焚いてたが…」
 槇尾はチラリと横目でクレスを見た。
「北に進んで行けば流石に雌蜂の存在がエルに気付かれると思って試しに焚いてみたンだよねぇ。あいつ視野は広いけど視力は悪いから他の感覚器官で空間把握してンのかなぁって」
 どうやら効果は抜群だったようだ。
 クレスは大きな体を縮こませ謝った。
「あそこまでダメージ与えるとは思わなかったンだよぉ…」
 臭いの元を特定出来ず感覚が麻痺したのか大きな人型の蜂の存在にも気付かない。発熱と発汗、風邪に似た症状にまでなったエルを思い出しフジは考え付いた。
「それを使えばエルの動きは止められますね」
「温厚な顔して考えることえげつねぇなぁ~!好きだぜ俺はそう言うの!」
 がははと笑う槇尾にフジもつられて笑う。
「やはり背中に付けられた幼虫、あれを取ってみることしか現状は思いつきませんね。後はどうやってエルを誘き出すかですが…森中に焚いたとしても隠れられたら骨が折れますし」
「んなの簡単だろ。古今東西男を誘う罠ってのは決まってんのよ」
「ぷぎ?」
 肉か?首を捻るファイに槇尾はチッチッチと指を振りそのままフジを指した。
「ハニートラップだ!!」
 フジはポカンと開いたままの口が閉じなかった。
 
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