測量士と人外護衛

胃頭

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 陸から真っ直ぐ突き出た人工の橋を渡り海上に浮かんだプレハブ小屋から衛星通信で連絡を入れる。大陸からは電波を届かせることが出来ないため陸から少し離れた海上に作られた簡易基地局だ。電波は人工衛星を往復するのであちらに電話が繋がるまで多少時間を要するのは理解しているがどうしても焦ってしまう。気が急くのを抑えながらププププ…ププププ…と呼び出し音を聞き今か今かとフジは待つ。
「フジ」
 小屋中をそわそわと動き回るフジに入り口から顔を覗かせたエルが声をかけた。
「エル!あれ、クレスは?」
「もう行った」
「ええ!そんな…別れの挨拶もしていないのに…」
 帰りの連絡を入れたらすぐに戻りクレスに別れを告げるつもりだったのだ。落ち込む様子のフジだったが背後から『はい。こちら中央整備局』と声が聞こえパッと振り返り顔に喜色を浮かせる。
「ああ良かった!繋がりましたよエル」
 胸を撫で下ろしその声に返事をする為に駆け寄ろうとしてくんっと足が引かれ進めなくなる。不思議に思い足元を見れば糸がフジを繋ぎ止めていた。
 そんなことを出来るのは一人しかいない。
「エル…?」
「ああ、大丈夫。私が対応する」
 フジは部屋の端で動けないまま小屋に入り通信機を手に取るエルを見た。どうしてだろうか、エルの様子がおかしい気がする。まさか蜂の支配が解けていないのか…?いやそんな筈はない。普段のエルと何ら変わらないのだから。
 じゃあこの違和感は何だ。
「こちらLS二等兵。船を頼む。対象はロスト、帰還は一人だ」
『了解しました』
 そのまま通話は切れフジは理解出来なかった。
 今、なんて…?
 帰還はひとり…?
 何故?
「フジ」
 状況が上手く呑み込めずにいるフジの前にエルが立つ。
「行こう」
「エル?ン、グッ…!?」
 突然背後から布で口を覆われフジは意識を落とした。


 何も見えない。
 深い眠りから覚醒し目を開けても閉じていた時と変わらない。微かに窓から光が漏れているがそれだけでは何も分からないほど真っ暗だった。
 柔らかなところに寝転がった状態でいたフジは起き上がろうとして体が拘束されていることに気付く。
「フジ」
 闇からエルの声がする。
「エル、あの…何ですかこれ」
「貴方はここに残って欲しい」
「えっと…?」
「貴方の父のことは私から軍に頼んでみよう。ここでの生活面はフォロー出来るから安心して欲しい。半年後また会いに来る」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「だが貴方の許可なしに置いていくのは不安が残る。フジ、ここに残ると言ってくれ」
「待って下さい!どうしてそんな話になったんですか?」
「ここから離れれば貴方と次いつ会える。その間に貴方を誰かに奪われない保証はない。だから貴方はここに残って私を待っていて欲しい」
「そんな…エル、わたし」
「『ここに残る』それ以外の言葉を聞く気は申し訳ないがない。フジお願いだ」
「だから話を聞いて下さい!そんなことをしなくても、」
「大丈夫だと、そう言いたい気持ちは分かるがこれは私の問題なんだ」
 そう言い切ると暗闇に一筋の明かりが差した。エルが扉を開けそこから月明かりが差し込んだのだ。微かに照らしたここはログハウスのようでフジはソファーに寝かされていたらしいがその手足は糸で硬く結ばれている。
 出て行こうとするエルを引き止めようとして背後からスルリと口を塞がれた。
「ンン!?ン~~~!!」
 キィと扉の番の音が鳴る。エルが外に出る為に大きく戸を開いたお陰で部屋全体が月明かりに照らされた。
 背後に黒い人影。
 首から上はスッパリと切り取られた真っ黒な人の形をした影がそこに居た。恐怖で暴れるフジを宥めるように優しく頬を撫でるその仕草がエルのようでフジは益々混乱する。
「貴方は快楽に弱い。だからフジ、貴方が素直になるまでお願いしなくてはならない。卑怯だと思ってくれても構わない」
 振り返ったエルの八つの赤い目がこちらを見ていた。
 覆面を脱いだエルはあの時以来だった。
 そう、あの日気持ちが通じ合えたのにどうして。
「『ソレ』は私だ。貴方に危害は加えないから安心して欲しい。ではまた明日の朝答えを聞かせてくれ」
 パタリと閉まった扉に部屋は再び闇に包まれた。
「エル…」
 エルが出て行くと口を塞いでいた手が離れ糸も緩められフジは立ち上がる。扉を引いても押してもビクともせずここに閉じ込められてしまったようだ。とりあえず明かりをつけようと壁沿いに歩いて行くととんっと誰かにぶつかった。誰かと言ってもこの部屋にはフジと首のない黒い影しかいない。
「あの…」
 エルは私だと言っていたがイマイチ意味が理解出来なかった。これがエル?ならば話は通じるのだろうか。
「ここから出たいのですが、どうすれば」
 尋ねてみたが答えはなかった。口がないので当然か…と落胆したところでグッと体を持ち上げられる。
「え、あの、どこに?」
 お姫様抱っこで抱えられぽすんと部屋の奥の寝具に置かれるとしゅるりと糸が手に巻き付いた。解放されたのに何故また?暗くてよく見えないが目の前にいる人影はゴソゴソと動くとフジのズボンを緩めパンツごと剥ぎ取ってしまう。
「ちょっ…何を!」
 バタバタと抵抗も虚しく足の間に体を捩じ込んだ影はぬるりとベタついた手でフジの陰茎を撫でた。くちゅりと音を立て昂らせることを目的とした性的な動きに嫌な予感が走る。
『貴方は快楽に弱い』
『素直になるまでお願いしなくてはならない』
 (まさか…)
「んっ…!ぁ、やめ…はな、せ…ああっ!」
 片手で竿を上下に擦られもう残りの手で陰嚢を揉まれれば擽ったいようなゾクゾクとした感覚が背中を通った。先走りと粘性の液体が混ざり合い卑猥な音が静かな部屋に響く。
 (まさか素直になるまでって…!)
 快楽で黙らせようと言うのか。
「ふっ…んんっ!あっ…ま、って、ぇ…はう…!」
 先端を擦られるとびくりと腰が跳ねた。ここが弱いのは何度かエルに触られて自身でもすでに気付いていた。勿論エルも知っているのだろう何度も擦られると感じ過ぎて痛い気もするし気持ちいい気もする。拘束され纏め上げられた腕で影の手を押すもビクともしない。やはり力では勝てないらしい。竿全体を粘液を纏った手で上下にテンポ良く擦られ喉から声が漏れ出る。
「イッ…っ、く、ううっ…!」
 腰を揺らし吐精するも影の手は止まらなかった。追い立てるようにごちゅごちゅと擦られあ、あ、ああ!なんて馬鹿みたいに口から声が溢れてまた簡単にイク。
「ぁ…う…え、なに?わわ!なんで胸!?」
 息も絶え絶えに余韻に浸っていると暗闇から出た影が服を捲り胸を撫でフジは混乱する。男の胸など触って何になるのか。揉まれるようにギュッ、ギュッと持ち上げられるとマッサージみたいな心地良さがある。射精後の倦怠感も相まって船を漕ぎ出したフジだったが影の指がぴんっと胸の先端を弾いた。
「はっ、う!?」
 油断し切っていたところに鋭い刺激が走り落ちそうになっていた意識が一気に覚醒した。
「んっ、ふ…っ、ぁ」
 優しく指で乳首の側面を擦ったり、くりくりと摘んだりと力加減を確認するように一通り触るのはエルのやり方だった。彼は有り余る力でフジを絶対に傷付けないように無意識に力の具合を確認する癖がある。
 (やっぱりエルなんだ…)
 どんな仕組みかは分からないがこの人影はエルらしい。どこかへ行ってしまったエル本人が影を通してフジの痴態を見ているのかもしれないと思うとカッと顔が熱くなる。
 親指でコリコリと捏ねられその後に人差し指と摘んで回されれば気持ち良さとはほど遠い刺激にフジは安心した。突然触られたせいで驚きから変な声が出てしまったがそんな風に刺激されてもどうやら乳首は感じないらしい。しばらくは余裕な態度で、しかし動くことは出来ないため影の動きを大人しく眺めいたがどこからか甘い匂いが漂ってフジは少しフラついた。頭がぼんやりする。
「はぁ…はぁ…ッ、う…んん…ふっ…」
 ぬるついた指先が胸全体を撫でながらも胸の先を掠めていく刺激がもどかしい。
「あ…!うっ…ふ…ふふ…」
 胸から腰、臍までぬるぬると触られると擽ったくて笑いが漏れた。体を捩りクスクスと笑えば影の手もお腹をこちょこちょと遊ぶように撫でる。
「っ、クッ…!あ、はは!やめてください!」
 指先でカリカリと横腹や鼠蹊部を優しく掻かかれ思わず腰を浮かして笑ってしまえば影は体を丸めフジの腹に喉元をあてた。
「ふふっ…ん?…ん、あ!?え、え、なに!?」
 柔らかいもので臍をつつかれぬるりと舐められような感触に思わず目を向ければ真っ黒な喉元から黒い舌が伸びていた。
「な、な、なにそれ…!」
 ほじるように臍を舐められ思わず影の背中を腕でポカポカと殴る。そんなところ舐めるもんじゃない!そもそもフジはもう随分と風呂に入っていない。体をタオルで拭いたりもしていたがそれだけで完全に汚れが取れるわけでもないそこを舐めるなんて…!
「汚いですってば!っ、んんあ!や…め!」
 臍を腹を、そして胸までつーっと上がってきた舌は乳輪をなぞるように舐め期待に震える胸の先を柔らかな舌でぐりっと潰しフジは声を上げた。
「んぁぁぁ!…や、あ…うっ、ああ!…やめ…はっ、はっ…んん!」
 気持ち良さとはほど遠く余裕を見せていた自分とは思えないくらい胸で感じてしまっている。
 (なんで?胸…だってさっきは何も感じなかったのに…)
 右胸を執拗に舐められ左胸は指先で潰されじんわりとした痛みと熱が広がりフジの息はどんどん上がっていった。熱い。胸だけじゃない、体全体が熱いのだ。
 ふわりと鼻腔を擽る甘い匂い。
 あれが香り出してからどうにも頭がボンヤリするような気がする。
 木の根の穴の中でエルに襲われた時も体が熱くなる粘液を使っていた。それに似た効果のある匂いなのだろうか。エルと面と向かってそう言った性の話をしたことはなかったが何となく疎いのだと思っていたがいつの間にこんなアダルトグッズみたいな物を準備していたのだろうか。彼はきっとムッツリだと快楽に溺れる頭で考えた。
「はっ…ふっ…っっ、ぁ…まって!あっ…まっ、てぇ…ああっ!む、ね…やだ…!ひぅっ!」
 乳首を舐められる下で乳輪回りをカリカリと引っ掻くように優しく撫でられれば鳥肌が立った。それは決して気持ち悪さからではなく情欲を煽られ体が反応したからだ。二度も射精はずの性器がむくりと反応していくのがわかった。直接触られているわけでもなく胸を舐められているだけなのに。
 (おれ…胸だけで…そんな…)
 否定したくても漏れ出る甘い吐息と股間の膨らみが気持ち良くなっているのだとフジに現実を突き付けた。影もフジの興奮に気付いているのだろう、胸を弄る舌と手の責め手は緩めずグッとフジの陰茎を刺激するように腰を押し付けて来る。
「んんッ…!や、ぁ…そこグリグリしな…っ、あ!ふ、うう…ん、む、ねも…やだ、ぁ…!」
 弁解の余地も無くフジは胸で感じている。ピンっと弾かれ、クリクリと摘まれ、生暖かな舌で舐められれば堪え切れず嬌声を上げた。気持ちいい。胸も、押し潰されている股間も気持ちいい。だけど絶頂するには物足りない淡い快楽に焦らされる。
 イきたいのに刺激が足りない。
 胸も気持ちが良いがやはり下を直接触られなければ…だがどうする。触ってくれと強請るのか?こんな状況で、エルだと言われたが相手は物言わぬ影だ。それに向かって性器を擦ってくれなどと言えるわけがない。
「ふっ…ぅ、うう…ん、ああ…ッ!も、むねやだぁ…!」
 ただただ緩い快楽が続くだけの刺激は行き先のない熱が体を巡りフジを追い詰めた。身体が切ない。確かな刺激が欲しい。なのにそれを乞うことも自分の手で慰めることも出来ない。
「んんン!っ、ああ…ね…たすけ…っあ!う、う、ぁあ!助けて…!も…ここ…っ!」
 言えないながらも察して欲しい気持ちはある。目が見えているのか声が聞こえているのかも分からない。そもそも見えていたとしてもこの暗闇でフジの姿は分からないだろうが必死に下を触って欲しいと訴えかけた。
 だが悲しいかな伝わらない。伝わっていたとしてもあえて無視されている可能性すらある。それくらい影の手は意地悪くフジの体を責め立てる。
 ガリっと乳首を硬いもので潰されてフジは痛みに叫んだ。いや痛くはないが、これまでと違う刺激に驚いたのだ。胸元を見れば影の首に口が出来ていた。これまでただ舌が伸びていただけだったが首幅いっぱいに開いた大きな口に並ぶ歯でフジの胸の先を噛んだのだ。
 指と舌でじくじくと感度を高められた先端を優しく甘噛みされるとピリッと痛みとは違う何かが走る。噛んで、舐めて、転がして飴玉のように弄ばれてフジは唸り声を上げる。胸が嫌なのではない、胸だけじゃなくて下も。すでに唆り勃ってしまっているフジのそこをぐちゃぐちゃにして欲しいのに…!
「おねが…っ、い!あっ…むねだけじゃ…やだ、あ、あ、あっ!お願い…!う、う、ああぁ!下もさわっ…ッ、う、んああっ!」
 やはりフジの懇願を待っていたらしく口に出せばすぐに鼠蹊部から内太腿に手を入れその後に玉と竿を撫でた。待ち望んでいた刺激に思わず歓喜の声が漏れる。だがすぐに手は離れ太腿周りをすり…と撫でるだけの手にまたも焦らされフジは腰を揺らしてしまう。どうにか触って貰おうと手に己の性器を寄せるもスルリと避けられまたすり…すり…と擽るような撫で方をして来る。
「な、で…ッん、ん…いじわる…うっ、あ!ん…」
 追っ手は逃げられ、追っ手は逃げられを繰り返しそれでも与えられる緩やかな快楽に性器の先からガマン汁が溢れ出る。それごと上下に擦ってくれればすぐにでもイけるのに!ギッチリと腕を拘束する糸は解けない。太腿で己の性器を刺激しようにも足の間には影がいる。
 熱い。
 思考がどんどん溶け出して何も考えられなくなってきた。
「もっ…イきた…っ!んあっ、あっ、うっ…おねが…!イかせて…ッ!」
 イキたい、だだそれだけだった。

 何時間経ったのか考える暇すらないほど頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 あれからどれだけ頼んでも性器は触って貰えずとうとう胸だけで達してしまった。呆然とするフジを影は休ませることなく続けて二度、三度と射精し胸を触られただけでイッてしまう体に作り変えられ、それでも焦れに焦らされやっと熱を吐き出せた解放感は今まででいちばん気持ち良かった。
 やはりエルが言っていた通り自分は快楽に弱いらしい。
「は、くぅぅぅ…!もっ…だめ!また、イッ…あ"っ!ああっ!!っ、あ、ひ、ぃ、っ、く"…ッ!!!」
 胸だけ弄られ何度目かの絶頂にもう精液の量も少なくなってきた。もう出ない、もう無理だと譫言のように漏らしながらそれでもイクのだから笑ってしまう。
「はぁ…はぁっ…はぁ…ぅ…」
 やっと動きが止まった手に肩で息をしながらくたりとフジは寝具に倒れた。変に力を入れ過ぎて腹筋や内太腿が引き攣っている。
 エルはまた明日の朝と言っていた。いま何時だ。窓の外はまだ暗い。くらりと視界が揺れる。船酔いや風邪の時の気持ち悪い揺れではなく、アルコールを摂取した時のような酩酊だ。フワフワしてまた何も考えられなくなりそうだ。
「…ん…」
 キツく縛られていた糸が緩みようやく腕が解放された。長い時間拘束されていたせいで腕が痛いな…と考えていれば影がフジの腕を揉み出した。どうやらマッサージしてくれるらしい。優しい。だがその優しさをもっと行為中にも見せてくれとも思う。
 まんべんなく揉まれ硬直が解けて来た。ぶらぶらと腕を振り血流を良くすると痺れもなくなる。
「…ありがとうございます…」
 癪だが礼を言えば影はフジの頬を撫でた。
 やっぱりこれはエルみたいだ。
「あの…いつ終わりますか?私エルと話したいんですが」
 そう言えばピクリと頬を撫でていた手が止まる。
「あの…?」
 パタリと寝具に倒されしゅるりと糸が今度は両足に巻き付き両膝の裏を左右に開くように持ち上げられフジは悲鳴を上げた。所謂M字開脚のそれは余りにも恥ずかし過ぎる。
「ッ!あの、あの!この格好は流石に…!!」
 フジの必死の訴えなど聞いてもくれずぬちゃぬちゃとまた粘着質な音が聞こえ闇からヌッと伸びた手が尻に触れると揉み込むように撫でた。
「んっ…ん…っ、ふ…やっぱり恥ずかしいので糸を…ああっ!ちょっ、と!そんなところ拡げないで…!」
 尻の穴を両手の親指ぎゅむぎゅむと開こうとする影にフジは叫んだ。風呂もトイレもないこの大陸でそんなところいちばん触られたくない。自分が不潔だとかそう言う訳ではないと思うが臭いとか、拭き残しなどの可能性を考えると死んでしまいそうなほど恥ずかしい。これは流石に嫌だと抵抗しようと腕で影の首の断面を押し返すもやはり動かない。
「もう!ほんとに!そこだけはやめて…んああ!!何してるんです!?ひぃ…!舐め…!?ひ、ぁ、ま、ッ、んん…や、だぁ…んん!」
 指だけでも嫌なのに首元の口を開きペロペロと舐め出すものだからフジは羞恥を越えて怒りが湧いて来る。
「やめ…ッ、ろって!そんなところ…んっ、んんッ!っ、あ、あ、う…ねぇ!!」
 (また…!また無視だ!)
 あの時も散々無視した癖に!!と蜂の支配下に置かれ仕方なかったとは言え何度もこうフジの声を聞いてくれないとなるとムカついてくるものだ。口が駄目なら手だとなおもポカポカと影の首を叩いていると突然背後から両腕を取られ寝具に貼り付けられる。
「ええ!?」
 フジの腕を抑えるもうひとりの影。
「ぶ、分裂…!?」
 ふたりになった影に驚き油断した隙に前方の影がつぷりと舌を尻の中に入れフジは「どええ!?」などと情けない声を出し目を見開いた。
 ぬぐぬぐとこじ開けるように舌を上下に動かし中を拡げていく。唾液なのかそれとも違う液体なのかくちゅりと音を立て奥に奥にと侵入してくる舌に身の毛がよだつ。これは快楽ではなく気持ち悪さだ。そんなところに舌なんか!と抵抗感と違和感からの嫌悪に近い気持ちがあるのに、次第に柔らかくなってきたその穴の奥を尖らせた舌で突かれるこれまでと違う刺激に体を揺らし息を詰めた。
「くッ…ふ、うぅ、っ!…は…?…な、なに…そこ…」
 フジの反応を良いものだと判断したらしく奥まったところを反応を楽しむように何度も何度も押し上げてくる。
「ぁ、は、は、うう!な、そこ、ッ、あ、っ、やだ!」
 やだやだ!と子どものように首を振りながらも喘ぐ声は止まらない。まさか胸だけじゃなくて尻の穴でも感じてしまうのか!そんな、そんなの…!
「はぁ…ッ、あ、ぅ…あ!!や、だ!そこで気持ちよく、なんて…っ、あ、あ、やだ!ふ、うう!」
 敏感なそこを避けるように舌で直腸内を柔らかく捏ねていきフジが力を緩めると一気にしこりを舌で押し潰す。それに反応して無意識に尻を窄めれば引っ張られるように舌も奥へと入り込み尚も潰した。おおよそ人体ではあり得ない舌の長さにどこまでも奥を犯されそうで怖い。押し戻すように力を緩めれば自由に舌は動き回りまた感じてしまう場所を避け弄ばれる。どこまでもフジを焦らし追い詰めるつもりらしい。
「ひ…ッ、い、ぁ、う!もぅ…いじわる、ううっ!くっ、ぅ、うう、う"~~~!!」
 意地悪!ドS!馬鹿!心の中では罵倒しているのに口から出るのは端ない喘ぎ声ばかり。緩むことない責め手にフジは泣いた。フジが泣けばエルは動揺してすぐにでも抱き締めてくれるのに影はそうはしてくれない。これはエルだと言っていたのにどうして抱き締めてくれないのか。そもそもエルは何故自分自身でフジを触らないのか。
 (やはり心のどこかで父を…)
 真っ白な布に落ちた染みのようにじわじわと広がっていく疑念。エルの愛してるは性愛は含まれないのではないか。初めて見た存在を母だと認識する雛鳥のように、初めて優しくされた他人にエルは勘違いしてしまったのではないだろうか。フジを愛していると。
「え、る…っ、える…!あ、っ、は、うっ!ッ、~~~~~~!?!?」
 ゴリゴリと焦らされていたしこりを思い切り押され強烈な快感にフジは声を出せずに体を震わした。この快感は湖で尿道の中から犯された時に似ている。逃げられない内側からの快楽の波が止まらない。怖い。怖くて誰かに縋りたい。誰かじゃない。エルがいい。エルに大丈夫だと安心する言葉を貰いながら抱き締めて欲しかった。
 なのにここにエルはいない。
 エルだと言われても影は影だ。
 覆面姿でも、八つ目の姿でもなんでも良い。
 滅茶苦茶にされるならエル自身にされたいのに。
「ぁぁあ"あ"ッ!や、だ!そこゴリゴリされちゃ…ッ、ッ、ッ、く、ぅぅぅ!!ん"っ、んんぁ!!お、おかしくなる!おかしくなるから…!あ"ッ――――ッ!!」
 頭がパチンと弾けた。腹も太腿も、尻も全てがガクガクと馬鹿みたいに痙攣して止まらない。熱が治らない。迫り上がったものがずっと続いて終わらない。射精していないのにそれに似た、いやそれ以上の快感から降りられない。
 (中だけで…おれ…)
 中イキした事実に愕然としながらもう止めてくれ!と叫びたかった。中に入ったままの舌はフジの反応を伺うように動かない。そのまま抜いて欲しいのに下半身がもっとと強請るように震え、影の舌を食い千切るように窄めた後穴がヒクヒクと開閉した。それに応えるようにしこりを舌でつつき、押し潰し、撫でて押し上げてフジの心を壊していく。一度そこでイクことを覚えた体は執拗に責められ簡単に達した。前から吐き出す絶頂とは違う深く思いイキ方が気持ち良過ぎてツラい。
「はぁっ、はぁ…はぁはぁ…っ、はぁ…も…おわって…おねが…っ、んああ!…ぁ…ふ、うう…」
 じゅぽりと抜けた舌にビクンと反応しながらもなんとか息を整えようと呼吸する。フジの後穴を犯していた舌は最初胸を舐めていた時よりも随分と長い。
 (形を変えられるのか…?)
 どこか冷静な頭で考えながらも思考の殆どは次は何をされるのかと恐怖に満ちていた。このまま影たちはフジが素直になるまで続けるのだろうか。だったらいっそ「ここに残るからもうやめて!」と懇願すればいいだけなのだが上辺だけの言葉などエルに見透かされそうな気もする。
 そんなことを考えているうちに影はまたぬちゃぬちゃと粘着性のある音を立てて自分の両手を擦り合わせている。あの手でもしかして尻の穴を弄られるのだろうかと想像しただけでお腹にぐるぐるとした熱が巡る。
 ふと左右に動く気配を感じキョロキョロと辺りを見渡すとぬっと現れた二体の人影。
「は……?え………?ンンッ…!」
 増えた人影に戸惑うとそれらはそれぞれ胸と性器に触れた。上にいた影も片手でフジの手を纏めると空いた手で耳の側面や中をなぞるように擦りだす。少し擽ったかったが部屋中に充満する甘い匂いと長い時間体中を弄られどこもかしこも敏感になっているせいで耳ですら気持ち良くなってくる。
 上から耳を、左右から胸と性器を、そして下から後穴を、長い長い陵辱が始まる。

 
―――――
――――
――

 

 高額な医療費が払えず父を転院させると話すと政府に許可が必要だと病院側に説明された。数日待ち病室に事情を聞きにやって来た政府の男はジロジロとアキの様子を舐め回すように見つめた後「風俗は潮時か?なんなら私が個人的に買ってやってもいい」と卑下た気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「結構です…!」
 ダメだ今は耐えねば。溢れ出る激情が涙に変わりそうになるのをグッと堪え国立病院から天馬を町外れの空き家まで車椅子で運んだ。建て付けが悪くガタガタと思うように動かない引き戸に苦戦していれば中から誰かが開けてくれた。
「日高さん!」
「お帰りアキちゃん」
 お帰りなど、何年ぶりに聞いた言葉だろうか。今度は涙を堪えることなくポロポロと泣いた。やっと緊張の糸が解けた気がする。病院を抜け出せた安渡からではなく、この十年間ひとりで戦い続けた小さな女の子の涙だった。

――――

 自分は実にボンヤリと生きていたらしい。日高に指摘されるまでこんなにも監視されているなんて微塵も感じなかった。研究所内は持ち出しは厳禁。制服も私物も施設内に置いて帰るシステムで小さいとはいえ薬を持ち出すのには苦労するだろう。
「宇月所長、お疲れ様です」
「ああお疲れ」
「いつものボディーチェック失礼しますね」
「はいはい。毎日毎日帰るたびにチェックさせられるこっちの身にもなって欲しいよ全く」
「ハハッ、規則でして。すみません」
 こうやって気さくに笑う警備も、資源を運ぶドライバーも、研究所職員のそのほとんどが政府側の人間らしい。研究所内でも宇月は浮いている自覚はある。ただひとりエルの味方をし、新薬を何とかして国民に届けようと躍起になっていたのは宇月だけだった。
「問題ありませんお疲れ様でした」
 隅々までチェックをされゲートを抜ける。普段と同じくたびれた様な顔して歩くが内心では吐きそうなほど緊張していた。
「あ!待って下さい!」
 背後から肩を叩かれドキリと心臓が跳ねた。
「肩にゴミが…取れました。すみません止めてしまって」
「いや…ありがと…じゃあまた明日」
 角を曲がり警備が見えなくなったところで宇月は半泣きで走った。とても怖かった。

 日高に指定された空き家まで小走りで向かいガタガタと建て付けの悪い引き戸を開ければ中は昔懐かしい趣のある家だった。玄関から廊下を進み襖が開かれた和室が目に入る。中央に寝かされている精悍な顔付きの男、これが恐らく天馬だろう。
「とりあえず静脈から入れたっす。あとは様子見っすね」
「そうか…」
 先に来ていたヒロから報告を受け宇月は頷いた。目を付けられている宇月よりも最近入所したばかりの彼の方が目立たないだろうと薬を持ち出す役目を担って貰っていたがどうやら無事に成功したらしい。
 和室に隣接してあるリビングには日高と若い女がいた。天馬の娘、アキだった。
「宇月所長お疲れ様です。貴方が普段から政府に目を付けられてるお陰で彼は簡単にゲートを抜けられたみたいです」
「チョロかったっす」
 ブイとピースする部下に宇月は乾いた笑いが出た。
 それから十日間隔で空き家に訪れた。
 二十日経ち、三十日経ち、四十、五十日…そして三ヶ月が過ぎた頃、天馬カズキは目を覚ました。

 
「お父さん…ッ!」
 十年振りの親子の再会は心に来るものがある。
 まだ状況を理解していない天馬はうら若い女性に突然抱き締められ目を白黒させていたが、やはり親子なのだろう直ぐにそれが娘だと気付いたようで小さく泣いて抱き返していた。
 日高がこれまでの経緯を説明すると天馬の眉間にグッと皺が寄る。顔の良い男の怒った顔はどこか迫力があった。
「あの大陸は…人の手に負える様なものじゃ無い」
 遠い記憶を遡りながらぽつりぽつりと天馬が話す探索談はどこか現実味がないのに、日夜その大陸に生きる生物を研究する宇月には生々しく感じた。人間世界に役立つ草花や昆虫もエルが大陸でその習性を調査し安全を確かめた上でこちらに送ってくれているからこそ宇月はなんの恐怖もなく研究に取り組めた。だがそれらと何の知識もないまま対峙したらどうなるかなんて考えただけでもゾッとした。
 日高が寄越したエルの調査報告書を歯を食い縛りながら読んだ。手が爛れ足がもげ腹部を貫かれ拷問のような日々を何日も何年も繰り返し彼は大陸中を練り歩いていた。最近でこそ怪我することも減ったようだが最初の数年は酷いものだった。エルでさえその様子なのだ、ただの人間がそんなところへ飛び込めば…結果はこの有り様なのだが。
 しかしそう思えば天馬と藤、二人の生還は奇跡に近いのだと思えた。軍人と測量士。無事にとは言えないが何故この二人は生きて帰って来れたのだろう。
「槇尾ダイスケは…どうなったっすか」
「槇尾?」
 今まで黙って話を聞いていたヒロが質問をした。
「君は…」
「槇尾ヒロノブ…弟っす」
「ええ!そうなのか!日高お前知ってたか!?」
「ええ。じゃなければ彼がいる部屋であんな話しませんよ」
 どこか馬鹿にしたような目で見てくる日高に宇月が口をハクハクとさせていれば天馬が申し訳なさそうな声で言った。
「槇尾さんは…途中で逸れてしまったんだ。ジャングルみたいな森の中で羽の音がそこら中に響いてた…そいつらに襲われて俺たちは無我夢中で逃げた。その時に槇尾さんとは…」
「…そうっすか…」
 たったひとりあの大陸で生きているとは考えにくい。ヒロノブはギュッと目を閉じ「少し外します…」二階へと上がって行った。
「私様子見てくるね」
 その後を追うアキを見届けて宇月はコソッと日高に話しかけた。
「なあ…あの二人デキてるか?」
「…アンタねぇそう言うデリカシーのないところが息子さんに嫌われる要素なんじゃないんです?」
 また日高に馬鹿にされたが身に覚えがあり過ぎる言葉に宇月は胸を抑え蹲る。それを無視して日高は天馬に言う。
「天馬さん起きたばかりの貴方にこんなことをお願いするのは忍びないのですが、どうでしょう。我々に協力して頂けませんか?」
「勿論だ。俺で何か役に立てるなら……そうだ、彼は…?彼はどうなった?藤測量士は」
「…記憶障害と異常行動で精神科に」
 藤ショウタロウの担当医に金を握らせ薬を投与させたが今のところ変化は無く、彼はまだ幸せだった家族との思い出の中で生きている。
「貴方と彼に何があったんですか?そもそもどうやって大陸からお二人だけ生きて帰って来れたのです」
「藤測量士は俺のせいなんだ。人型の大きな蜂に刺されそうになった俺を身を挺して庇ってくれた。そのまま意識が無くなった彼を背負って何とか帰還しようとしたんだが…やはり帰り道で他の生き物に襲われて。それでも俺には帰る理由があったから港まで這いつくばりながらもなんとか…」
 帰国時の天馬の体はいつ死んでもおかしくない状態だった。
 (そんな体でショウタロウさんを背負って大陸を歩いたと言うのか…)
「ただ俺一人では絶対に帰っては来れなかったと思う。何故か森の中で人型の蜂に襲われた時に助けてくれた奴がいて…そいつが港まで付いて来たお陰である程度の生き物は離れて行ったよ。強い生き物を警戒するのはどこも同じらしいな」
 その言葉に宇月はピクリと反応する。
「なあそれってもしかして小さな蜘蛛だったか?!」
「小さ…いや小さくはないが蜘蛛だ。大きな蜘蛛だった。港まで付いて来たのは覚えてるがそこから意識を失って…知ってるのか?」
「俺の息子だ」
「…???は、息子…?」
 頭をハテナでいっぱいにする天馬にそりゃそうだろうと日高は小突くと言葉を付けた足した。
「その蜘蛛は貴方がたと海を渡り宇月さんの研究所に行きました。どうやら変化するタイプの生き物のようで人型になり言葉を話し人間のように生きてます。彼のお陰で大陸調査が大幅に進み貴方を治した新薬の開発にも成功したんです」
「そうか…彼に二度も救われたんだな」
 そう溢す天馬に宇月ゴソゴソとポケットから何かを取り出し掲げた。
「なあ、アンタこれ見覚えあるか?」
 薄紫色のポロポロのお守りに日高は眉を上げた。研究所の所長室で見たものだがてっきり宇月の物だと思い込んでいたのだが。
 (まさか…)
 それを見た天馬は頷いた。
「それは…藤測量士が持っていたな」
「藤ショウタロウか…」
「何故それを?」
「俺はあの日、アンタが帰って来た日に港にいたんだ。新大陸から持ち帰るであろう資源を研究所に持って帰る為にな。だが…まあ…第一探索隊は全滅でひとりでに船は帰って来たと告げられたんだよ。ただ船にこれが落ちててその中に小さな蜘蛛がいたから念の為調べるようにって渡されたんだ。その蜘蛛がエルだ」
 家族の帰りを人類の希望を夢見て港で待ち構えていた人々の絶望と落胆の顔は今でも忘れられない。だから宇月は何とかしてエルの努力と成果を国に知らしめたかった。救える命はある。移住しなくとも助かる道はあるのに。
「彼は現在八度目の大陸調査を藤ショウタロウ測量士の息子と行ってます」
「息子…そう言えば子どもがいると話していたな」
「…そのお守りは彼がショウタロウさんに渡したものかと」
「そうなのか?」
 ボロボロになった薄紫のお守りが繋いだ奇妙な縁。
 このお守りの中にいた小さな蜘蛛は人になり今そのお守りの元の持ち主と旅に出ているらしい。
 宇月は不思議な気分になった。
「我々の目標はクーデターを起こし国を乗っ取ること…その先にこの狂った世界を元に戻す目的があります。それにはあの大陸の資源は必要不可欠。どうしても彼の協力がいる」
 無事に帰って来る事を祈ろう。
 そして願わくばあの幼馴染と共に帰って来てくれれば日高にとってこれ以上喜ばしいことはないだろう。
「死ぬなよソウ」
 遠く離れた未知の新大陸へ願いを込めて呟いた。


――――――

 水平線に朝日が昇る。
 暗闇の中ずっと果てしない海を眺めていたエルはその燃え立つような眩しさに八つの目を細め立ち上がった。
 約束の朝だ。
 ツ…と腕に伝う血を布で拭い爪の間に入った皮膚と血液を水で洗い流した。フジの姿に耐えきれず一晩中爪を立てていたせいで腕が引っ掻き傷だらけになっていたが彼の置かれた状況に比べたらなんてことはない。
 フジの苦しむ顔など見たくない。ずっと暖かな笑顔でいて欲しいと心から望んでいながらも己の欲を制御しきれずこんな強行を図ってしまった。後悔はしていない。フジを誰にも渡したくなかった。
 テレビ映像を見ているような感覚でコテージの中を常に見ていたので今のフジの様子は理解している。もう限界だろう。当たり前だ、地獄みたいな快楽を一晩中浴びせられているのだから。
 扉を開ければ中継先の光景が目の前に現れた感覚だ。遠隔先の映像と現実がリンクする。中からむわりと咽せ返るよう甘さとフジの匂い。メットを取った状態でこんなにもフジの匂いを吸うのは初めてだったがエルはくらりと立ち眩みしそうになる。
「フジ」
 部屋の奥で寝具に倒され四方から伸びた影の手によって陵辱され続けているフジは涙と鼻水と涎で酷い有様だった。
「んああっ、や、らぁ…!ふ、っう、うううっ!」
 思考も散乱しエルの呼び声に気付いていないフジをもう一度呼ぶ。
「フジ」
「はぁっ、え、る…ああっ!たすけ…い"ッ、ああ、もうやめて…ふ…っ、あ!んんっ…ん…」
 やっと気付き助けを求めるフジにエルは血が滲むほど強く拳を握り耐えた。
「フジ、答えを聞かせてくれ」
「や、あ…ああっ!も、も…おわりっ!もう終わりにしてえ!んぁああっ!エル!…あっ、ぐっ…ううう!も"、やだあ"!」
「答えるんだ」
「は、き"ぃ、っ…!?あっ、だめっ!そ、こ…んっ、んううう!イッ、いっちゃ…!あ"あ"!も、イクのやだ!やだ、あ!ああ!奥、ううっ、だめ、イッ…ちゃ…あ、あ、あ、イ――――ッッ!!!」
「まだ続けるか」
「!?!?やだ!やだやだ!わかった!わかったから…!!答えるから!!」
 ピシャリと一言告げればフジは激しく首を振り叫ぶ。その声は可哀想なほど枯れていた。
「じゃあここに残ってくれるな?」
「うん…!うん…っ!」
「残る、と言葉にしてくれ」
「ひっ…!!ん"ん"、ああっ!!とめ、とめて…ゆ、びぃ!あ"ッ…!く"ッ!ふ、ううう!!い、うから…!指、止めて!!」
 ピタリと責める手を止めてやり糸を緩めればグッタリと倒れ乱れる呼吸を整えている。
「はぁ、はぁはぁ…っ、うっ…」
「フジ」
「言う…言います…っ、はぁ…その前に…抱き締めてエル…おねがい…寂しいです…ッ、エル…!」
 グズグズと泣きながら手を差し伸ばすフジの姿にエルは動揺した。
 ここで甘やかしてしまえば何のためにフジをここまで追い詰めた?もし抱き締めて、やっぱり帰りたい!などと言われれば次は本当に彼を壊してしまうかもしれない。
 だが全身を性で濡らしほろほろと涙を流すフジの姿は扇情的で庇護欲が掻き乱される。エル…エルとか細く名を呼ぶ口を無理やり塞いで舌を捩じ込み中を弄りたくなるのに、今すぐ抱き締めて謝っていつもみたいにグズグズに溶かして何でもしてやりたくもなる。
「エル…」
 ああ駄目だ。だからコテージから出て行ったのだ。
 フジのこんな顔を直接見てしまえばこんな酷い事をする己を今すぐにでも殺してしまいたい。誰にも触れさせたくない、誰にも見せたくない、誰にも取られたくないなどど自分勝手な醜い我儘に蓋をして海の底にでも沈めやる。腰が抜けて動けないのだろう。ぺたりと上半身を寝具に付け震えながらグッと伸ばすフジの手を気付けば握り締めていた。
「フジお願いだ。ここに残るとその口で言ってくれ…ッ」
 そうすれば安心して心から甘やかせる。
 帰りたいなどと思えないよう愛情と快楽で埋め尽くして自分だけのフジにしてしまおう。
 大事にする。
 二度と傷付けたりしない。
 飢えることも、悲しむこともないように最大限努力しよう。
 彼にとって天国はここなのだとわからせるのだ。
「エル、エル…わたしここに残ります」
 片膝を寝具に付き縋るようにフジの肩を抱いた。朝日に照らされた妖艶な顔がとろりと溶けて目を細めエルを見た。
 顔がゆっくり近付く。
 ああこれでやっとフジは私だけの物だとエルは確信した。フジの意思を強引に曲げてしまったことへの罪悪感など遥か彼方へ飛んでいき幸福が心を占める。
 唇が触れそうになり八つの目を閉じた。フジの吐息が触れ、熱と熱が触れ――…
 ガンッッ!!と鈍い痛みが走った。
「ッ…!?」
 完全に無防備な状態での頭突きに驚いたエルはそのまま寝具からドタリと転げ落ち、唖然としながら額を手で押さえ痛みに耐えるフジを見上げた。
「…~~~~~ッ!!!!…エルの…馬鹿野郎ーーーッ!!!どうして!どうして…!!!………………うっ…いたい…」
「フジ!」
 ぺしゃりと座り込み頭を抱えるフジの額を見ると真っ赤に染まっている。エルの体は額ですら人と強度が違うのだ。岩に頭を思い切りぶつけたものだろう。
「ああ!なんてことを…大丈夫か?切れてないか?今くすりを」
「傷付いてますよ!」
 塗り薬をと立ち上がろうとするエルの腕を掴むとフジは訴えかけた。
「だから薬を…」
「心がです!どうして話を聞いてくれないんですか!?どうしてどこかに行ってしまったんです!!」
 離さないとでも言うように必死にエルの腕を胸に抱いてフジは言う。
「どうして…どうして貴方が触れてくれないんですか…!」
 またハラハラと泣き出したフジの口から出る言葉はエルが想定していたものと全く違う。
 どうして監禁するのだと、どうして酷いことをするのだと、どうして帰るなと言うのだと、そう責められると思っていたのに。
「エルは…そうじゃないかも知れないけど…俺はたくさん貴方に触られたいと思ってるくらい好きだから…だから」
「…待て」
「ううっ…貴方のそれは…初めて人に優しくされて惚れた小学生の初恋みたいなものでしょうけど…わたしは…」
「待ってくれフジなんでそんな話になる!」
「だってそうでしょう!エルは覚えてないかも知れないけど貴方は父さんを追いかけて海を渡ったんでしょう!?俺に興味持ったのもそもそも俺と父さんが似てたからで、それで」
「な…なんだそれは!」
「初めて優しくされたのが俺だったからエルはおれに執着しているみたいですが俺は…!」
「違う!私は貴方を愛してる!」
「じゃあなんでここまでして俺を抱いてくれないんですか!」
 その言葉にエルは狼狽えた。
「それは…!」
「ほら!やっぱり抱けないんじゃないか!」
「ッ…貴方はむしろ抱かれたいのか!」
「当たり前だろ!俺はアンタが好きなんだよ!」
 胸倉を掴む勢いで告白してきたフジにエルは目をパチクリと瞬かせ黙り込む。その様子に肩で息をしていたフジもついヒートアップし過ぎた…とエルの胸元から手を離そうとして今度は逆に絡め取られた。
 だがエルは何も言わない。
 言うのを躊躇っているようだった。
 しばらく手を繋いだままの状況が続き体が冷えてくしゃみするフジに慌ててエルは上着を被せるとようやく話し始めた。
「……フジ、勘違いしないでほしい…私は…貴方を愛してる…本当に心から愛してる…貴方の父のことはよくわからない…けど私は貴方に見捨てられたくないんだ…私はこの危険な大陸で貴方より経験も力も有る。貴方を守ることが出来る。何があっても危険に晒さないと、そう慢心していた。だが蓋を開けてみればどうだ、私はまんまと蜂に操られ貴方を独りにし傷付けあまつさえ自傷までさせた…こんな格好の悪い私では貴方を繋ぎ止められない…自信が無いんだ…自分に」
 フジが何故フジの父のことをエルが好きなのだと勘違いしているのか分からないが今はこの思いの丈を隠さずに伝えるべきだと判断した。
 クレスの目論見には気付いていた。槇尾に対して恐らく自分がフジに抱く気持ちと似たものを抱えているのだろうと言うのも何となく察していた。
 だが自分がいればフジに危険が及ぶことはないと思い込んでいた。その慢心が招いた結果があれだ。格好が悪いと死にたくなるほど恥ずかしかった。この大陸ですら頼りにならない醜い生き物をどうしてフジが愛してくれるだろうか。
 誰にも渡したくないなどと理由付けて本当はフジに嫌われるのが怖かっただけの臆病者なのだ。
「貴方に直接触ってしまえばきっと私は抑えられないから…」
「抑えなくても」
「ダメだ…私にはまだ性行為の知識が足りない。万が一にも貴方を傷付けてしまう可能性があるのであれば私は貴方を絶対に抱かない…」
 エルには圧倒的に性教育が足りていない。それは宇月が怠慢だったとかそう言う話ではなく他に優先すべき事項が多かっただけの話だ。エルが宇月と過ごせたのはたったの一年と半年だけなのだから。
「…そうでした…貴方は十歳でしたね…」
「…」
 フジの中ではやはりまだエルは幼子らしい。
 ようやく落ち着いた二人のそばにいた黒い人影が溶けるように散った。それは小さな蜘蛛になりカサカサと部屋から外へと出て行くのをフジは見た。
「…彼らが貴方だとしても俺はこの手がいい」
 握られた手を握り返しエルを見ればバツが悪そうに目を逸らされた。
「貴方をこの手で陵辱など絶対に出来ない…仮にしたとしても耐えられず最後までしてしまう」
「してもいいのに」
「フジ」
「はいはい傷付けるのが怖いんでしたね。…弱虫」
「ウッ」
「意気地なし」
「グッ」
「ヘタレ!」
「………フジ」
「いいでしょ別にこれくらい。こんなにイジメられたんですよ、俺」
「……すまない……」
 全身ベタつく体を見せれば大きな体が小さく縮こまりフジはクスクスと笑った。
「怒ってませんよ」
 八つの目からポロリと涙が溢れた。
 彼は案外泣き虫なのだとフジはまた笑った。

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