測量士と人外護衛

胃頭

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番外編②

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「リョウですか?」
 6番の森で始まった宴会の最中エルに幼馴染のことを尋ねられフジはうーんと頭を捻る。どんな人間かと聞かれてもパッと答えるのは案外難しいものだ。
「頭が良くて…運動も出来ますね。あと困ってる人を放って置けないタイプかなぁ…真面目ではあるんですけど大胆なこともする奴なのでいつも驚かされます。父には私と根っこが同じだから仲良いんだと言われたことがありますね。彼がどうかしましたか?」
 そう隣を見上げればエルはストローを口に運び喉を鳴らした。フェイスの下から差し込むように飲むそれは確か度数の高い酒だった筈だがストローでゴクゴクと摂取しているが大丈夫かなとフジは尋ねながらも考える。
 フジの問いに咄嗟に答えられず、いや答えたくないのか答えにくいのかあえて間を取るエルを急かすことなくフジもぐびりと酒を煽った。向かいでは槇尾とクレスとファイがどんちゃん騒ぎをしているので賑やかな上に昔のようにエルが黙っても気不味さはないのでフジはのんびりと答えを待った。
「……研究所に監視を置いている」
「監視?」
「蜘蛛を一匹だけ置いてきた。施設全体は把握出来ないが個人に絞れば音だけ拾える」
 生きた盗聴器のようなものだろうか。
「宇月さんが心配なんですね」
 明言していないがつまりはそういう事だろうとフジが笑えば肯定したくないがフジのことを無視もしたくないエルはぐぬぬと唸り声を上げることしかなかった。
 可愛い。
「オイオイ折角の休みなんだからよぉ!もっと飲めよオメェら!」
「はいフジ次はこれェ」
「ありがとうございます」
 クレスから渡された酒から果実の匂いがふわりと香る。
「甘くて飲みやすいンだよ~」
 果実酒だろう。飲めば甘くフルーティーな味がした。確かにこれは飲みやすいが油断すると飲み過ぎてしまう恐れがある。フジは酒を飲むのは今日が初めてだったが飲み過ぎると大変な目に遭うくらいのことは知っていた。
「ぷぎ!ぷぎ!」
「いい食いっぷりだ!お前は母ちゃんくれぇ大きくなるに違いねぇな!」
「ぷ!」
「ぷ!」
「おうおうお前らもだ!にいちゃんを見習えよ~!」
 ぷごぷごと大きな肉の塊を口いっぱいに詰め込むファイとJr.たちに上機嫌の槇尾が豪快に笑う。久しぶりの酒だと涙ながらに語っていたのでこの宴は彼にとって相当楽しみなモノだったのだろう。それはこの用意された食事と酒の量を見れば一目瞭然だった。
 積み上げられた酒樽に果物、キノコ、魚、肉、原始的だがとても美味しいこの大陸の食べ物という食べ物が大量に準備されている。食い切れるのか…?と心配になったが今は大きくなったファイに食べ盛りなJr.たちもいるのだからこれくらい普通なのかもしれない。
「今日は寝かさねぇからな!」
 この数年、槇尾は地球の復元に利用できそうな資源探しの為に新大陸中を奔走していた。フジから依頼したことなのだが槇尾も快く引き受けてくれたことで原状復帰とはまだまだいかないがそれでもあの頃よりは随分とマシになった。
「も~~!絡み酒ウザいんだけどォ」
 勿論それにはクレスも同行しており二人には感謝しきれない。槇尾にはあちらの大陸に家族がいるし、故郷の事だからと動く理由もあったがクレスにはそれがない。ただ槇尾やフジの為にと休みなく動いてくれているのだから彼は改めて優しい男だとフジは思う。
「ぷぎ!」
「ぷ!」
「ぷ!」
 槇尾の言葉に呼応するようにファイとJr.たちが叫ぶ。季節は春。夕方になって涼しい風が酔って熱くなった頬を撫でる。死んでもいいと新大陸に上陸したあの時には想像出来ないほど穏やかでそれでいて賑やかな時間だった。

 ――――

 夜も更け大きな鼻提灯を膨らませぷごぷごと眠るファイの腹ははち切れんばかりだ。その上に仰向けで眠る二匹のミニ豚も同じくパンパンの腹で満足気な顔をして眠っている。
 ファイたちの母と父は腹を満たすと仕事に出かけた。
 彼らは槇尾と契約関係にあるようでファイとJr.の面倒を見ている間に資源を0番まで運ぶ仕事を任せていると話していた。
 ファイの母は昔の怪我で視力が殆ど無くファイやJr.にこの大陸を生きる術を教えてあげられないし、父は足が悪く二匹はお互いのペナルティを補いながら生きているそうだ。そこでクレスと槇尾が敵との戦い方、獲物を狙う術、生きていくのに必要なことを指導する代わりに二人が探して来た資源を6番の森から0番まで運んでもらっている。そこからはフジとエルか機関職員が車で取りに向かい船で研究所まで運ぶ流れだ。
「おっ、これ美味いぞクレス」
「え~~もうお腹たぷたぷ…」
「あ?んなもんしょんべんすればまだ入るだろ!」
「まァじで下品過ぎ…」
 いいから飲め!とパワハラ上司のようにクレスの口にストローを突き刺す槇尾をフジは微笑ましそうに眺めた。やはり七年も一緒に暮らしていただけあって仲が大変良さそうだ。もはや家族のような二人にフジもエルとこれからきっとあんな風になっていくのだろうと明るい未来を想像すると心が擽ったい。
 酒に少し酔ったかふわふわと足に地が着いていないような感覚に陥る。そのままポスンと隣に座るエルの腕に頭を寄せればビクリと大きな体が震えた。
「酔っちゃいました」
「………そうか」
 ぶっきらぼうにも見える言い方だがこれは照れ隠しなのだとよく知っている。嫌われたかなと戸惑っていた最初とは違い既にエルのことは熟知しているフジはエルの反応の可愛さにでへへと笑うその顔は溶けきっていた。フジは自分自身気付いていないが恐らく相当酔っている。
「んま~イチャイチャしちゃってェ!」
 槇尾に無理やり酒を飲まされたクレスも金の目を蕩けさせながら二人を羽で指すと茶化すように笑った。
「そういやフジは無事に処女卒業出来たのォ?」
「あっははは!直接的過ぎませんか!」
 普段なら顔を真っ赤に染めて口を開閉させるだけのフジだが酒のせいか機嫌良く手を叩きクレスの言葉に爆笑する。このあけすけな言い方はやはり槇尾に影響されているのだろう。基本的にクレスの持つ人間の知識や言葉は彼から学んだことなのだから当たり前ちゃ当たり前なのだが。
「貴様に教える筋合いはない」
「え~!?まだヤッてないのォ!?あ、でもエルのちんこってデカそうだからフジの尻には大変なンか…グエッ」
「殺されたいらしいな」
 腹を糸で巻かれぐいっと吊るされたクレスは胃に溜まる魚やら肉やら酒やら酒やらが出て来そうな感覚に口を閉じ目で降ろせと訴えかけるも無視されてしまう。
「クレスが吐いたら片付けが大変です」
 フジの言葉にようやく降ろされクレスは息を吐き出した。
「も~~そんな怒ンなくっても…」
「そうですよ。いいじゃないですかちゃんと最後まで出来たって言うくらい」
「エエ!?シたの!?」
「フジ」
「恥ずかしいことじゃないですよ。クレスだって槇尾さんとそう言った関係なんですし…そうだ!折角だしお互いの話でもしましょうよ」
 ぱちんと手を合わせて名案だ!とばかりに提案するフジにエルはなぜ他の奴に夜の芳しく艶かしいフジの秘密の顔を教えてやらねばならないのだと頭を抱えた。
 フジとの初めてはそれはもう良かった。ここで死んでもいいと本気で思った。いや嘘だフジと共にこれからも生き、出来る限り体を合わせていたい。性とはかけ離れた生活を送っていたらしいがフジの体は元から感度が良くどこを触っても可愛らしい反応を示すものだからつい前戯をやり過ぎてしまう。そのせいで何度も挿入前に疲れ果てさせてしまいフジは途中で意識を飛ばしていた。正直言うとふたりが再会して一年近く経つが最後まで致せたのはつい最近のことだった。
「フジ、やはり貴方の情欲的なあの顔を誰かに教えたくない」
「ええ…?顔の話じゃなくてこうどの体位が好きだとかそんなことを…クレス?」
 なぜそんな話に?とフジが首を傾げながらもクレスに話しかけようとして彼の様子がおかしいことに気付いた。なんだか驚いた顔をして固まっている。先ほどまでアルハラ上司をしていた槇尾もどこか気不味そうに酒を飲んでいた。
「…?あの、クレス…?」
「え、あ、ウン…」
「どうしました?」
「えっと…マキオとそう言った関係ってさァ」
「ええ」
「オレとマキオが…フジとエルみたいなアレってことぉ?」
「ええ、だっておふたり………………え?」
「オレとマキオってお付き合いしてたのぉ?」
「ええ!?」
 思わずフジが立ち上がり顔を染めたクレスを見て、目を逸らし酒をひたすら飲む槇尾を見て、クレスを見て、槇尾を見て、エルを見た。ふたりには興味なく酔ったフジがいきなり立ち上がりフラつかないかの心配しかしていない。
「ええ…!?だって、だって…!!」
 付き合ってると思うじゃないか!新大陸で七年も共に過ごし蜂に槇尾を人質に取られ必死に助けようとしていたし、解放された槇尾を泣きながら抱き締めていた彼を見れば恋仲だと…!ええ!?勘違い!?
 この二人の空気感から付き合っているのだと珍しく気付いた自分に鋭くなったかな?とふふんとほくそ笑んでいたのが馬鹿みたいじゃないかとフジは思う。
 呆然とするフジに、ソワソワした様子のクレス、依然酒を飲み続ける槇尾と、驚いたフジの顔も可愛いなと眺めるエル、爆睡のファイとJr.。どうするんだこの空気。
「この時間帯にしか釣れねぇ川魚がいるんだったわ。取ってくる」
 いきなり立ち上がりそんなことを言い出す槙尾は明らかにこの場から逃げようとしていると思いフジは止めようとした。
「お前も手伝えエル」
 しかし彼がエルをわざわざ誘う理由を察して口を閉じた。
「何故私が貴様と行かねばならない」
「あ?うるせぇないいから行くぞ」
「断る」
「エル、私その川魚食べてみたいです」
「行くぞ槇尾早くしろ」
 スクリと立ち上がりさっさと森の奥へと消え行くエルに「あの野郎…」とぼやいた槙尾はフジに目配せをした後エルを追った。
 ふたりが森の中へと消えフジは向かい合って座っていたクレスの隣に移動すると未だソワソワと心ここに在らずな鳥に話しかけた。
「クレス」
「どどどう言うことなのフジ」
「いやこっちのセリフですよどうなってるんです」
「そんなこと言われてもォ…」
 ショボンと萎む大きな羽根を見ると本当に困惑しているらしい。
「槇尾さんと家族みたいな感じだったのでてっきり私はおふたりは付き合っているものかと…すみません」
「ウウン…オレもマキオのことは家族みたいだなって思ってたのは事実だしぃ…」
「恋愛的な意味では見ていなかったんですか?」
「いや…………………ミテマシタ」
 おや?
「なら何故…?」
「いやでもォ!マキオとオレがその…その…交尾するなンて…考えもしてなかったンだよね…」
「なるほど…」
 種族間がこうも違うと性的な接触に関して想像するのも難しいところがあるかもしれない。エルは体がほぼ人と同じ作りなのでそういった点においてフジは気にすることは無かったが、エル自身は確かに人間との性行に問題はないか宇月の元を訪ね体液まで検査をしていたようだ。
 おおよそ三メートルほどの巨大な人型の鳥と人間の性行為。お互いを想い合っていてもいざ体をとなると問題は多そうだ。
「で、でもさァ」
 顔を真っ赤にしながらクレスは言う。
「なんかフジに言われて想像したらマキオのこと触りたいなァって思うンだよねぇ…変?」
「いいえ、好きな相手になら普通の感情だと思いますよ」
 嬉しそうに笑うクレスにフジも笑う。
 恐らく槙尾はフジにクレスの話を聞いて欲しかったのではないか。お互いに話し合えばいいのにとも思うが槇尾にも槇尾の考えがあるのかもしれない。槇尾もクレスのことを好いてはいるはずなのだ。でなければひとりここに残る決断なんてしない。フジがエルの為に新大陸に残ってもいいと思ったように槇尾もクレスの為に残ったのだろう。
 誰を好きになりどう愛するかは自由だ。
 槇尾がクレスに何を求めているかフジには知る良しもないが二人の間には確かに愛があるのだからこれからそれを明確にしていくのもいいと思う。
「さ、クレス飲みましょう!飲んでもっとクレスの話聞かせてください」
「ウ、ウン!飲もォ~!」
 
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