測量士と人外護衛

胃頭

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番外編①

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 地球環境の復元率は全盛期のおおよそ2%と言ったところだろう。それでも死者数は激減し外でマスクを外せる日も増えた。太陽なんて何年振りだろうかと宇月は天井近くの窓から空を眺めた。
 眼下には巨大な水槽。中には川から運んで来た汚れた河川水と蠢めくこれまた巨大なイソギンチャクが薄紅色の触手を回転させ渦巻きを作り出していた。数分もすれば水槽内の汚水は透明度の高い綺麗な水へと変化し水質検査をしても飲料水としての基準を満たしていると結果が出る。続いて隣の水槽こちらは海水だ。海洋生物の死骸とゴミ、あとは工場などから出た産業排水が混じり合いヘドロと化したその中にも同じく巨大なイソギンチャクが触手を揺らし渦を作るとみるみると汚れ消えて水槽の底が見えるほど透き通った。
「湖沼水で3分、河川水で5分、海水で10分か…」
 様々な水質で実験を行ったがどれも短時間で汚れを取り払う結果になった。地球の七割は海と言われているほど人類にとっても地球にとっても水は重要になってくる。しかしこの世界では海水浴など夢のまた夢、ここ三十年以内に生まれた者は本来の海や川など見たこともないだろう。
 この巨大なイソギンチャクは十年前に発見された未知の新大陸付近の海域で捕獲された新種だ。大陸に近付く船を巻き込み海の藻屑にしてきたこいつは人類にとって危険生物だと認識されていた。だが最近になって水中の不純物を餌とし水質を保つまさに人類にとっての救世主だと発覚したのだ。
 上陸を幾度となく阻まれたせいでこんなものは殺した方がいい!と目くじらを立てていた政府の人間も手のひらを返して人類の住む大陸付近の海域に連れてこようと声高々に言うのだからお笑い草だ。
 宇月には政治のことはよく分からない。だから腐敗した政治家連中全ての首を挿げ替えて終わり!チャンチャンかと思えばそうでもないらしい。旧内閣の人間も未だ重要ポストに付かせ監視の目がありながらも自由にさせているせいで下剋上だか国家転覆だかクーデターだか反政府運動だか面倒な爆弾を抱え込んでいる。
『ある程度手綱は緩めとかないと後々な』
 と溢していた日高を思い出す。
 あの日、エルの事情を教えてくれる為に政府の目を掻い潜りこの施設に不法侵入して来た男とは思えないほど立派になってしまった。大統領などと国のトップじゃないか。我が国は人類復興の要でありそこの指導者となると忙殺されているであろうことなど火を見るよりも明らかだ。
 ゴウン、ゴウン…と洗濯機のように渦巻く水槽の中で踊るイソギンチャクの触手がうにょうにょとくねりながら動く様をぼんやり見つめた。
 もう半年だ。
 なんやかんやあれやそれや、まあ詳細は省かせてくれ宇月と日高が何故か(本当に何故だ?)付き合い出して二年近くになるが最後に二人きりで会ったのは半年も前だ。その時もはしたないがヤルだけヤッて即解散なのだから情緒もクソもない。クーデター前はあれほど一緒にいれたのに…と女々しく思わないこともないがこれも人類の為と大義名分があってこそ宇月は耐えられた。
 ぐにゅぐにゅと蠢めく触手を見ていると顔にこそ出さないが宇月の下腹部にもやもやする感覚が走る。
 だって半年だ。半年もご無沙汰なのだ。
 (…なんかエロいな)
 正直に言おう欲求不満であった。
「所長!!」
「っ、うおお!?びっっっくりしたー!」
 突然耳元で大きく名前を呼ばれ宇月は飛び跳ねた。危うく水槽に落ちそうになりバクバクと脈打つ心臓を抑えながら振り返ると研究所職員のヒロがいた。
「虫みたいに跳んだっすね」
「君ねぇ!」
「何回も呼んだんすよ」
 けど全然気付かないんすもん、と責めるように言われまさか欲求不満が故に蠢めく触手をエロい目で見てましたとは言える筈もなく。
「…仮にも上司を虫呼ばわりするんじゃないよ」
 こんなことしか言い返せなかった。
 ヒロは肩をすくめ持っていた封筒を宇月に渡す。
「なにこれ?」
「手紙っす」
「いや見たらわかるけど…」
 国立新大陸生物研究所は今や国際新大陸生物研究所と名を変え人類存亡をかけた大事な大事な国際機関のひとつだ。新大陸から運ばれた資源をここで回収・研究し死んでいった土壌や水、大気を壊れる前まで原状復帰させ、汚染物質による人体への健康被害の改善を日夜模索し続けている。言うなれば宇月も忙しい。山ほどいた職員もクーデター後は半数以下へと数を減らし猫の手も借りたいとはこのことかと嘆いた。学歴など関係無く、むしろ信頼出来る人間を雇った方が研究所の為だと天馬亜希…今はもう槇尾亜希だが、彼女をバイトで雇っているが幼い頃から長年働き続けただけの体力と要領の良さは目を見張るものがある。彼女のお陰で宇月の仕事も幾分か楽にはなったがそれでも休みなど取れることもなくこうして所長という立派な肩書きがありながらせっせと現場で働いているのだ。
 話を戻すとつまり宇月は忙しいので重要なもの以外は亜希が処理するか大体デスクの上に置いておいて貰えれば昼飯の時にでも宇月がチェックする。ヒロも勿論暇じゃないだろうにわざわざ宇月の所にまでこの封筒を持って来た理由が知りたかったのだ。
「大統領官邸からっすね」
 国からの手紙がわざわざ届くなんてどんな要件だ。この研究所の管轄は国際新大陸保護連合に移った為、宇月に連絡があるとすればそちらから来ることが多い。新大陸資源関係の話は国から直接この研究所に連絡を取ることは条例で禁止されている。あくまでも中立機関として活動しているため忖度などがないように外部からの連絡は受けていない。
 ならばこれは研究所ではなく宇月個人に届いたものなのだろう。恐る恐る封筒を開き中を見た。
「…………は?」
 一枚の上質そうな紙を左から右へと目を滑らせて固まった上司を不思議そうな顔でヒロは見る。
「どしたんすか」
「いや……………」
「ちょいと失礼するっす」
 好奇心には抗えない。無礼と承知ながら宇月が手に持つ紙を取り中身を覗き見ると『新大陸への感謝と人類の希望を願う国際交流パーティーへの招待』と書かれた文字。なんだこの胡散臭い文言はと思わず笑ってしまいそうになったが仮にも国から届いた招待状だ。
 開催日は明日。正装にて参加らしい。
 各国首脳も集まるような場に何故宇月が?とも思うが新大陸の文字を見れば研究所の所長が参加を求められても仕方ないのかもしれない。にしても突然だが。
 パーティーなど参加したこともなければ見たこともないヒロからすれば小説の世界の話だ。立派な服を着て礼儀正しいマナーとか求められるのかなあ、そんな程度の認識だった。
 宇月はどうだろう。やはりもう大人だし立場のある地位にいるのだからそう言った場でもそつなくこなせるのだろうか。チラリと見ればボソリと名前を呼ばれる。
「ヒロくん…」
「はいっす」
「パーティーって何したらいいの…」
 どうやらこの人もマナーを覚えるところからみたいだ。

 二人の様子を伺うように宇月の襟袖からカサリと一匹の小さな蜘蛛が顔を覗かせた。
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