測量士と人外護衛

胃頭

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番外編【誕生日の話】

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 性格を表すようなゆったりとした足取りはだが遅いというわけではなく、軽やかで柔らかい歩き方すら愛おしいと思っていた。それが今日は少し足早に、そして力強くズンズンと歩いている。彼にしては速いが自分の歩幅を考えると置いて行かれることはない。
 一定の距離を保ちながら追いかけて、玄関前でピタリと止まったフジは手首をセンサーにかざし解除音が鳴ると勢い良くドアを開いた。そうしてそのまま乱雑に靴を脱いでリビングへと駆けて行く。普段なら靴を直すところだが今日は彼の意思を汲んでエルも靴を適当に脱ぎ後を追った。
 リビングに入ればクルリと振り返った愛おしい人。目くじらを立てたその顔も可愛らしいなと考えていれば怒られた。
「どうして誕生日があるって教えてくれなかったんですか!」
 先ほどまで報告書の提出と定期検診を兼ねて研究所を訪れていた。その時に宇月から渡された、綺麗に包装された小さな箱を不思議そうに覗き見たフジはハッピーバースデーと書かれたカードが添えてあるのを見て目を丸くしたのだ。
 研究所を出てすぐにエルを問い詰めてやれば、宇月はエルが体を人型に変えた日を彼の誕生日としたらしい。宇月も実際に祝えたのは一回だけだった為、再会して初めて迎えた誕生日にまたこうして祝えることが出来て嬉しいと顔を綻ばせていた。その顔を見て喜ばしいと思うと同時に悔しいと心の中で唇を噛んだ。フジだって事前に教えてくれてさえいればプレゼントだって食事だってエルを喜ばせる為に色々と準備したのに!
 研究所の前で言い合っても迷惑になるだけだと、わずかな理性を働かせ家に帰るまで口を塞いでモヤモヤする気持ちを溜めて、溜めて、今それを爆発させたのだ。
「あの人が勝手に決めたことだ」
「だから大切なんじゃないですか!宇月さんが今日がエルの誕生日だと決めたなら今日が貴方の誕生日です!」
「ふむ。ならば今日は私の誕生日だ」
「遅いんですよ!言うのが!」
 地団駄を踏みながらぷりぷりと怒るフジはやっぱり可愛いのだが、決してそのままにしておきたい訳ではない。本来ならば謝るべきだと理解している。だがエルは自分が間違っているとは思えなかった。誕生日でも誕生日じゃなくてもフジと居られる毎日は特別で、フジが自分の物である以上に嬉しいことなどこの世にないのだ。自分が人型になった日などフジと居られる特別な日々の中の一日なだけで、誕生日プレゼントなどフジと居られる以上に心が震える物などこの世にはないだろう。
「ああ、もう…今日は何も準備できないから…明日!明日の夜までには絶対に!ぜーったいに貴方を喜ばせるプレゼントを準備しますから!」
 ビシッと指を刺され、これ以上は余計なことを言うまいとエルは素直に頷いたが期待半分くらいの気持ちだった。フジから貰えるものなら何でも嬉しいに決まっているし、自分のことを考えてくれている時間はもっと嬉しい。何にせよフジという存在が関わっているのであればそれはエルにとってかけがえのない大切な物になる。
 フジに何を渡されてもきっと自分は心から喜ぶ。だがフジと心を繋げたあの日、新大陸の森の中でふたり抱き締め合って涙を溢したあの日以上に昂ることなど決してないのだ…

 と思っていた時もあったかもしれないな。
 エルは震えた。細胞のひとつひとつが反応し体の隅々まで血を巡らせ鼓動が高鳴る。興奮し過ぎて頭が回らない。脳が動けと命じても筋肉は硬直し、ただ目の前のフジを八つの赤い瞳で見つめることしか出来なかった。
「あの…何か言って貰えると…」
 助かるのですが、と消え入りそうな声で顔を真っ赤に染めたフジにエルはやはり何も返せない。返したくても言葉が出ないのだ。なんだ、これは…。
 花柄の総レース編みの女性用下着を身に付けたフジに乗り上げられているエルは口をぽかんと開けたまま。フジはやらかしたか?と不安になりながらも己の愛されているという自己肯定感を信じた。
 例えどんな姿でも褒めてくれるだろう、と。
 ただ何も言ってくれないのは想定外だった。エルならば「ああ、フジ貴方は何でも似合うな」とか、「可愛らしいな」とか、いつもみたいにそんな甘い言葉をくれるだろうと思っていたのに。
 ――――
 昨日エルの誕生日だと知って明日の夜には絶対に喜ばせてやると宣言したもののフジは悩んだ。何かを買う金はあるが何を買えばいいのかわからない。更に外出するとなると必然的にエルも同行する形になるのだからサプライズにならない。ならば家の中で準備するしかない。何がある?と考えて何もないなと諦めた。だってほとんど家にいないのだ。エルもフジも一年の半分以上は新大陸で過ごしている。
 リビングで仕事するエルを横目にあっちへうろうろこっちへうろうろ。上階には寝室以外に四部屋ほどあるが一部屋を物置きにして他は使っていない。物置き部屋に入ってガサゴソとフジが荷物を漁っていると見付けたのはちょっと前に宇月に渡された紙袋。中身を確認したエルがぐしゃぐしゃに丸めて捨てたのをフジはこっそり持ち帰っていたのだが、実は中身はまだ見ていない。隠している時にエルに呼ばれ慌てて部屋から出たものだからそれ以降この紙袋のことなどすっかり忘れていた。
 (結局何だったのかな…)
 あまり大きくはないその紙袋をガサリと覗いてフジは首を傾げた。薄紫色の布地に花柄の刺繍が入っている。少し透けていて紐なども付いているが、カバンかな?それともハンカチ?手を突っ込んで触ってみると滑らかな生地感。やはりハンカチかなと持ち上げてみればぴらりと広がるランジェリー。異性に疎いフジでも流石にわかる、これは女性モノの下着だ。
「これだ…!」
 宇月が何故フジにこれを渡したのか一気に理解した。なるほどやはり天才研究者…世界の叡智…宇月真…彼はこんな時の為に準備してくれたに違いない!
 見た目は女性モノだが実際は男性用のセクシーランジェリーのようで服の上から着てみたがサイズは大丈夫そうだ。何故大丈夫なのか、今フジはそんなことを考えている余裕はない。これをコッソリ服の下に着込んで夜エルを襲ってやるのだ…!慌てるかな?驚くかな?それとも余裕そうな顔で可愛いなと目を蕩けさせるのかな?まあ何でもいい。きっとエルなら喜んでくれるはず!

 と思っていたのたがどうしたことやら。
 うんともすんとも言わないエルにフジは体も心も寒くなって風邪を引いてしまいそうだ。もしかして百年の恋も冷めるってやつ?久しぶりに感じる嫌われてしまったかな…との思いはブンブンと首を振ってどこかへ飛ばした。そんなわけがない。そんな悲観は今までこれでもかと愛を注いでくれたエルに失礼だ。
 愛されている、これはどうなっても揺るがない。
 ならば、と。エルの足元で膝立ちしていたフジは四つん這いでのそのそと彼の胸元へと向かうと軽く肩を押してベットに倒してやる。ぽすんっと仰向けで寝転んだエルを確認するとくるりと向きを変え、彼にお尻を見せつけるような格好をしてフジはニヤリと笑った。
「ここ、見えますか?後ろのところスリットが入ってるんです」
 お尻の割れ目が丁度見える位置にあるそれをピラっと片手で開いてやれば、触れていた薄い布が消え肌が空気に晒される感覚。
 流石に穴まで見せ付ける勇気はまだない。
 それでも反応しないエルに焦ったフジは膝を後退させエルの顔に尻を近付けてみる。彼が自分の匂いが好きなことなど重々承知しているし、尻を舐めるのも恐らく好きだ。だってほぼ毎日舐められている。
「あの…誕生日なので…よければ」
 よければ何だと言うのか。山の如くドッシリと構えていた愛されている自信がどんどん崩れていく。ここまでしても動かないのか!もしかして死…!?
 試しにえいっとエルの顔面にお尻を乗ってみればスゥーと呼吸音がした。良かった生きてる。じゃあ退きますねと腰を浮かすが上がらない。痛いくらい強い力で太腿にエルの腕が巻き付いてフジの体を抑え込んでいるのでないか。
「ちょっと!エル!」
 よければと言った手前ヤメロだとか、離せだとかは言えなかった。だだなかなか動かないので冗談で顔面に乗ってみただけなのだ。まさか本当に動いて吸われるとは思いもしなかった。のは、ウソだ。
 これなら動くだろうと打算はあった。
「んっ…ぁ、う、ううっ…」
 下着越しに舐められると布が擦れていつもと違う刺激に興奮してしまう。熱く濡れたエルの舌が気持ち良くてフジの力が抜けていく。ふにゃりと崩れて腰が上がるとエルはグッと太腿を抱き寄せて突き出されたフジの後孔にちゅっとキスをした。
「っ、あ!はぁっ、は、ふぅ…っ」
 唇が触れただけで尻が揺れてしまう。それが早く穴を舐めて欲しいと強請っているようで恥ずかしいが自分の意思では止められない。フジは自分が変態だと思ったことはなかったが、それでもこんないやらしい下着を一人でコッソリと着た時から疼く穴に息が荒くなる自分に認めざるを得ない。
 エルばかりをエッチだとは罵れないな。
「える…っ、あ…ここ…んっ、はやく…」
 背後からリップ音は聞こえるのに熱が当たるのは臀部ばかり。いちばん触れて欲しいところを避けられ、エルの唇を追いかけるようにゆらゆらと腰を振ってしまうのがみっともない。だけどこの疼きには耐えられない。高められた欲と期待に満ちた後孔を放置されたままなんて。
「はぁっ、ぁ、え、る…」
 ぺたりとエルの体に顔を付けば目の前には熱く硬いエルの怒張が隆起していた。ああ良かった。エルもきちんと興奮してくれていたのか。フジを溶かして全てを忘れさせてくれる愛しい存在にキスをしてフジは両手を後ろに回すと、はぁっと、甘さを含んだ息を吐きぐいっと尻たぶをスリットごと開いた。
 閉ざされていた蜜孔が空気に触れた。
 ぷっくりと膨れたそこをこんな風にまざまざと見せ付けるなんて恥ずかしい。だけどエルに喜んで貰えるなら、なんて免罪符がある。本当は自分が触って欲しくていやらしくおねだりしてるだけなのに。
「ここを…エルに舐められて気持ち良くなっちゃうおれの…おしりの穴、舐めて…っ、くだ…っん、ああっ!?」
 言葉は最後まで言い切れなかった。それまで黙ってフジの言葉を聞いていたエルがまるで食べるように後孔にしゃぶりついた。舌で膨れた穴の縁を舐められ、柔らかくなったところで鋭く細めた舌を捩じ込む。昨日も愛されたばかりのフジの後孔は素直にエルを受け入れた。先端を差し込みぐにぐにと入り口を拡げられ、ぽっかり開いた穴を唇でぢゅっと吸うような音が聞こえてフジは焦る。
「ちょっ、と、それは…!」
 ぢゅっ、ぢゅっと何度も吸い付かれる感覚は初めての刺激で足先がぞわりと震えた。擽ったいのは気持ちいい、と体に叩き込まれている。脳がそれを快楽だと認識してぶわりと鳥肌が立った。嫌悪ではない、気持ち良さからだ。
 そうやって何度も舐めて吸われて差し込まれ、たまに大きな口で玉から穴の辺りを甘噛みされたりしてそれにもピクリ、ピクリとフジの陰茎は反応した。
「はぁっ、はっ…ぁ、エル…」
 ごくりと喉を鳴らす。反応しているのはフジだけじゃないのは明確だ。だって目の前でこんなにも熱い。
 健気に尻を開きながらフジはエルの陰茎に擦り寄り鼻をスンと鳴らした。いつもエルがしていることをつい真似してみたくなったのだ。エルの匂い。濃くて、性的ないやらしい匂いだ。確かにこれはクセになるかも。
「んっ…はぁ…っ、ふ…っ、ふ…エル…エル」
 口いっぱいにエルを含みたい。布地をテントのように突き立てじわりと滲ませた先端を何とか顔を持ち上げてパクリと咥えた。広がるエルの匂いと味に頭が茹で上がったみたいに熱くなって興奮する。こんな布越しじゃなくてちゃんと直で舐めたいのに、両手が塞がっていて彼のパンツを脱がせないのがもどかしい。
「ふっ、う…んっ、ん…」
 それでも必死に口を窄め舌で刺激するように触っていればピクピクと小さく反応する姿が可愛くて微笑ましい。夢中で舐めてエルの熱を育てれば、初めは本当に奥まで挿れることが出来るのかと不安になった立派な21センチ。
「んっ、ちゅっ…おれのエル…」
 ますます硬さを増したそれに嬉しくて口を離してキスをすると、ぐいっと脇の下に手が入り持ち上げられる。そのままグルリと反対に回され起き上がったエルと向かい合うように座ればお互いの昂りが擦れ合って甘い声が思わず漏れた。
「貴方のエルは私だ」
「ええっ?」
 自分のちんこに嫉妬する奴がいるものか。
 そもそも何も反応しないそっちが悪いのだと目で抗議すればそれに気付いたエルはフジの頬にキスをした。
「すまない。意識を飛ばしていた」
「あはは!下着姿の俺がエッチ過ぎて?」
 茶化すように笑えば「そうだ」と至極真面目に返され、腹から胸にかけてつーっと指でなぞられる。
「普段の貴方を知る人間の誰がこんなことを想像するだろうか」
 そのままエルの指はバストの中心部分からアンダーへ移動し、それからゆっくりと肩紐をなぞっていく。愛撫に近い触れ合いに腰の部分がゾクゾクと震えた。こんなものを着て、と辱められている気分がして酷く恥ずかしい筈なのに卑猥な気持ちが高まっていく。
 認めるしかないな、自分は変態だと。
「かわいいな」
「っ、ほんと…ですか?ん、っ…客観的に見れば気持ち悪いような気もしますが…ぅ、あ」
「どうだろうな。貴方のこの姿を他に見せるつもりはないので私からの評価が全てだ」
「なら…っ、はぁ…ぁ、ふっ…んっ…かわいいってことで…」
「そうだな。かわいい」
 ブラジャーを縁取るように触っていたエルの指がレース編みの可憐な花が咲いたバスト部分に辿り着くとピクリと動きを止めた。
どうやらこちらにも気付いたらしい。
「とことんいやらしい下着だな」
 乳首の位置に隠されていたスリットに手を差し込み、くりっと先端を潰されてフジは甲高く鳴いた。いつ気付くかとドキドキしていたのもあって、待ちに待った刺激に普段より感じてしまっている気がする。両乳首を指で弄られ無意識に動く腕を止めた。口は塞いじゃ駄目だ。恥ずかしいが声を抑えてしまえばもっと恥ずかしいことが待っているのをよくよく知っている。
「ぁ、ん…ふ、ふ、ぅ…あっ、きもち、ぃ…っ、んん…!」
「ああ、胸の先がもっと触って欲しいとスリットから顔を出している」
「ん、んっ…ぁ…つよ、く…ぎゅって…っ、ふ」
「こうか?」
「ッ、ああっ、そ、そう…ジンジンす、る、ぅうう…っ!」
「胸だけでイッてみようか」
「や、だぁ…むねだけ、っ、あ!胸だけでイクの、ん…ふ、ぁ…変にな、る…くっ、う…はっ、あ!」
 カリカリと先端の窪みを爪先で掻かれると、触られているかどうかも分からない弱い刺激の筈なのに敏感になった乳首ではそれすら気持ちいい。だけどそれだけじゃもどかしい。微弱な快楽では足りなくて切なく鳴けばまたぎゅっと摘まれる。指の腹でプレスされ、押し潰された柔らかな胸の先端が形を変えてジクジクとした痛みが広がってそれに反応するようにどぷりと先走りが溢れた。触られてもいない自身が狭い布の中で窮屈そうに泣いている。
「え、る…っ、ああっ、下も…触ってほし…!いい"っ!く、ぅう、あっ!あっ!…だめっ!むね…そんなっ、んんんっ!!」
「気持ち良いな、フジ」
「きも、ちぃ…!んああっ!むね、きもちいい、あっ、うっ、きっ、もち…っ、んん!!や、ゃ…える、なんか、なんかっ、ああっ!」
 胸に渦巻いていた小さな熱が徐々に腹から陰茎、足先へと伝わり腰がビクビクと暴れ出す。小さな火種が大火に変わるように全身へと広がった快楽は確実にフジを絶頂へと導いている。早く出したい。だけど足りない。あと少し、あと少しの大きな刺激で達せるのに何かが足りない。
「くぅうう…ッ!!える、っは、はぁっ、える!」
 潰されて感覚が無くなりじーんと痺れる胸をまたカリカリと掻いて焦らしたかと思えば、撫でるように優しく触って気持ち良さに蕩ければまた指で圧迫される。それを何度も何度も繰り返して何をどう触られても嬌声しか上げられない程に敏感になった胸を、最後にエルは真っ赤な舌で舐めた。
「あ…ッッ!!!だ、め…っ!は…ぁ、あ"あ"ッ!!なめるのっ、すきだから!だめっ!~~ッ、や、ぁああ!ああっ!」
「好きなのに駄目なのか。難しいな貴方は」
 クスッと笑われてその息がまた赤く熟れた先端を震わせる。もう駄目だ。何されても感じてしまう。例えば触るフリをされるだけでもフジはバカみたいに喘いでしまう。己の敏感さに感心するが肝心の下腹部で渦巻く熱は出せないまま。ここまでチョロい体をしているのなら早くイッて欲しいのに、欲深いフジの体はまだエルからの愛が足りないと言うのだ。
 何が足りない。
 いつもなら胸だけでも簡単にイクのに。
「フジ、フジ」
「っ、っ、ん、ぁ、あ"あっ!くっ、ん"んぅううっ!」
 ちゅっ、ちゅと頬や額に落とされる唇は優しいのに、責め手は緩むことなくフジの胸だけをいじめた。こうなれば胸でイクまでエルは止めないだろう。本当に何故エッチの時はこんなにもドSなんだ?でもそんなエルに興奮して濡らしているフジが言えたことではなかった。
「かわいいな。フジ」
「ぁ…んんっ…ぅ、ずるいっ、そこ…」
 耳元で甘ったるい言葉を繰り返され時折り耳を舐めたり、齧ったり。子犬が戯れるような触り方でフジを溶かしていく。エルの声が好きだ。フジの体を舐める舌も、甘噛みしてくるその歯も、全て、全て好きだ。
 そうか、足りないものが分かった。
「愛してる」
「ぁ…う…っ、おれも、愛してます…あの…エル…」
「ん?」
 名前を呼べばいつも通りの優しいエル。その顔に近付いてキスをした。唇がゆっくり離れていく瞬間が甘酸っぱくて好きだった。
 今更ながらフジからキスをしたのは初めてだったような気がするな。フジからわざわざしなくてもエルから愛の雨はたくさん降り注がれるのだ。キスも受け身だなんて思い返せば自分は甘やかされてばかりだなと呆れてしまう。
 足りなかったのはこれだったらしい。
 いつもキスから始まるのに今日はイレギュラーな始まり方をしたせいでお互いつい忘れてしまっていた。
 ちゅっ、ちゅと何度も唇を重ねて乾いたエルの唇をフジの唾液で濡らしていくとより湿っぽい音がした。
「エル?また意識飛んでるの?」
 クスクスと笑いながらエルの下唇をはむっと噛んだフジは気付けばベッドに押し倒されていた。
 あれ?いつの間に?
「フジ」
「速すぎて動きが見えなかったや…」
「フジ」
「は、はい」
 怒ってる?いや照れている?うーん、違うな。
 確か蜘蛛は節足動物だよな、と考えるフジの目の前では獰猛な肉食獣が獲物の狙うかのようなギラついた八つの赤い瞳。ペロリと自分の唇を舐めたエルの顔がフジの欲情を唆った。
「誕生日を祝ってくれてありがとう」
 だが出てきた言葉に一瞬キョトンとして、それから笑って頷いた。
「はい。遅くなってしまいましたが改めておめでとうございます!あの、これ気に入って貰えましたか…?」
「ああ。誕生日は素晴らしいものだと認識を改めさせて貰った。軽視していたことを反省しよう、すまない」
 分かってくれたことにフジはホッとした。せっかく宇月が決めてくれた特別な日を何でもないただの一日としてではなく共に喜び合う日にしたかったのだ。
 エルに大切な日を増やせてあげれて良かったな。
 ひと仕事終えた気分になると安心して肩の力が抜けた。どう喜ばしてあげようか悩み悩んで棚ぼたみたいな形で手に入れた武器だが役に立ったようでやっぱり宇月に感謝せざるを得ない。
 下着のことを思い出すと締め付けられている陰茎がムズムズしてきた。男性用にしているとはいえ元は女性の為の下着なのだ、男のイチモツを収納するにはキツ過ぎる。小さい布の中で窮屈そうにしている自身をそろそろ解放してやりたいし…早くエルとの続きがしたかった。
「エル、あの少し退いて貰えますか?これを脱ぎたくて」
「その下着は私への誕生日プレゼントだろう?」
「?ええ、下着というか下着姿の俺というか…まあそうですね」
 何を言い出すのだ、と首を傾げながらもブラジャーの肩紐に手をかけたその手をやんわりと外される。
「つまりこれは私の物だ。恋人とはいえ人の物を勝手には触ってはいけないな」
「は、い…?」
 なんだその理論。これまでの同棲生活の中でそんな話はひとつも出たことはなかったし、エルもフジもお互いの物を使われても特に気にしない性格だったじゃないか。
「私が脱がすまではこのままだ」
「な…!!」
「さて、続きをしようかフジ」
「ちょっ、ちょっと待って…!!」
 この下着のままセックスをするのか!喜ばす為に着たので正しい使い方だとは思うが着てみて分かったことがある。勃起した陰茎にこの小さなパンティーはかなり苦しいプラス先走りで濡れて透けてた股間を晒すのは何も纏っていない時よりも恥ずかしい。
「貴方からの初めての誕生日プレゼントだ。じっくり楽しませて貰おう」
「ひっ…!」
 期待と不安、どちらも兼ね備えた感情がフジの心臓が高鳴らせる。喜ばせたいと思ってはいたがエルのこの顔は歓喜よりも興奮が勝った雄の顔だ。
「貴方には敵わないな」
 鬼に金棒、虎に翼、弁慶に薙刀、フジにセクシーランジェリー、これにはもう太刀打ちのしようがないと首を振るエルは怯えた様子の愛しい人にキスをして、その唇をペロリと舐め上げた。
 エルの誕生日はまだ永らくは続くようだ。



 



 

 ―――

「だから!どっかに……行った……」
「はあ?恋人に貰った物を失くすなんて酷い人だ」
「貰った物つったってお前なぁ!」
「折角買って来たのに。アンタに似合いそうなエロ下着」
「あんなもん着るか!!」
 溜め息を吐いて悲しいな、とわざとらしく落ち込んだ姿を見せつける日高にぐぬぬと宇月は唸った。演技に決まっている。コイツがそんなことで悲しむようなタマではないことは世界中の誰よりも知っている。
 先日宇月に贈られたプレゼントは直視できないくらい可愛らしいセクシーランジェリー。研究所に送られて来たそれを所長室で開けて宇月は思わず椅子から転げ落ちた。
 (ここここ、これを俺に着ろってか!?!?)
 奴の目は腐っているのかと本気で思った。亜希のような可愛い女の子ならわかるが、宇月である。いい歳した枝のように痩せたおじさんにどうしたらこんな物を着てもらおうなどと発想に至るのか。
 宇月は悩んだ。このまま所持していればいずれこれを着せられるに決まっている。強い気持ちで拒んでも気付けば日高の言いなりになっていて、そうやって宇月は日々開発され淫乱な体へと変えさせられたのだから。
 さあこれをどうするか。捨てればいい、そう捨てればいいのだ。幸いなことにここは生物研究所。チリひとつ残すことなく滅却する手段はある。あるのだが、日高からのプレゼントを捨てるなんてことは宇月には出来なかった。だからと言って持っておきたくはない。
 (こんな…綺麗な色のセクシーな下着なんて…)
 宇月が着ればギャグじゃないか。薄紫色のそれをぼんやり眺めて思い浮かんだのはとある人。着ている姿を想像しようとして…やめた。息子に殺されたくはない。
「宇月所長、藤局長と息子さんお見えになりましたよ」
「あ、ああ…ありがとう」
 ごくりと喉を鳴らした。
 
 ――――
 ―――
 ―

「じゃあ代わりにこれ着てよ」
 捨てたなどと嘘を付き、演技だとは思うが日高を悲しませた罪悪感に心を痛める宇月に差し出された紙袋。中を覗いてひっくり返る。
「おま…お前!!」
「前のよりは布面積増えたろ」
「馬鹿か!」
「ほら着てよスクール水着」
 着るものか!絶対に絶対に着るものか…!
 ぐしゃりと紙袋を握り潰し震える拳で決意した。目の前でニヤニヤと笑う男の言うことなど絶対に聞かない!

 と意気込んだにも関わらず。
「あっははは!いいね!似合うよ宇月さん!」
 腹を抱えて笑う日高に宇月はメソメソと泣いた。何故?何故オレは着ているのだ。あんなに嫌だと叫んで逃げて暴れたのにいつの間にか服を脱いで気付けばこんな恥ずかしいものを身に纏っている。
「ッ~~~!こんな変態みたいな衣装ばっかり用意しやがって!お前の趣味なのか!」
「んな訳ないじゃん」
「じゃあ着せるなよ…」
 少しでもこの間抜けな姿を隠そうとベッドの上で三角座りをして蹲ればギジリと揺れる。
「ふふっ、似合ってないな」
 乗り上げて来た日高が隠す気もない笑みを浮かべて宇月の頬を撫でた。
「どうせ…オレなんてフジくんに比べたら見すぼらしいおじさんだよ…」
「総一郎?」
「あ!しまった!」
「ああ、あの下着はアイツに渡したんだな」
 短い言葉で全て見透かされてしまう日高の察しの良さが恐ろしい。そりゃスクール水着もいつの間にか着ているはずだ。コイツにはいつまで経っても敵わない。
「勝手に渡して悪かった…」
 嫌だったとはいえ贈り物を他の誰かに譲るのは気分の良いものではないだろう。しゅんと小さくなって謝る宇月を日髙は頭を撫でて慰める。
「別に怒ってないよ。宇月さんが着るにはあの下着は少し大きかったし、多分ずり落ちて着れないから」
「??」
「色もあんな清楚な感じの色じゃなくて俺は黒とか白とかの方が燃えるかな」
 なんの話だろうか。日高の言葉が分からずハテナを飛ばせばぽすんっとベッドに縫い付けられる。世界を導く男の強い目が、今は性に濡れて情けない姿をした恋人をじっとりと舐めるように見た。その視線に宇月は息が荒れてしまう。見られている、こんな変態みたいな格好を。着崩すことなくカッチリとスーツを着た日高に。
「散々仕事に協力して貰ったし日頃の礼も兼ねてだな」
「んっ、あっ…な、にが…?」
「俺からの誕生日プレゼントってこと」
 足を開かれ腰を入れてきた日高の下半身が熱を帯びて硬くなっていることに宇月は驚いて首を持ち上げた。
「おまえ…この格好は趣味じゃないって!」
「趣味じゃないよ、俺はスタンダードを好むから」
 どの口が言うのだ。
「でも、好きな人がエロい格好して興奮しない男はいないだろ」
 その後は全身をくまなく愛された。
 きっとフジも同じ目に遭っているのだろうと思うと宇月は心の中で彼に謝ることしか出来なかった。
 
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