測量士と人外護衛

胃頭

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エッチするまでの話⑥

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 「こちらです」
 ビルの最上階に位置する大きな部屋へと案内され、エルが入るとすでに着席していた四人の男が一斉にこちらに視線を送る。
 敵意はないが何かを探るような、負の感情に近いものもあれば、ありありと嫌悪の顔で睨み付ける男もいる。久しぶりに感じるそういったものを気にすることなく白鶴に促されるがまま席へと着いた。
『オイ。遅れてきた上に顔も見せねぇとはどういった了見だ。日本人とやらは礼儀が良いって聞いてたぜ』
 険しい表情の男が苛ついた様子でエルに怒りを露わにする。肌は黒く、着ているものから推測するに地元警察なのだろう。隣に座る同じ制服を着た男に嗜められていたが、それでも止まらない。
『そもそもなんでIUCNが捜査に加わるんだ?テメェらはあの気持ち悪りぃ大陸で資源だけ探してりゃいいじゃねーか!こんなところにわざわざやって来て警察気取りかよ』
『おい、ゼロ』
『テメェもむかついてる癖にいい子ちゃんぶるな!言ってやれよ日本人のせいで俺らの生活がどれだけ変わったか!』
『世界的に見ても彼らは正しいことをしている。甘い蜜を吸っていただけの俺らの夢が覚めただけだ。その男に非はない。見苦しいからやめろ』
『………ケッ』
 二人の関係性がなんとなく見えて来たところで黙ってその様子を見ていた白鶴が『終わりました?』なんて呑気に尋ね改めて全員を紹介していく。
 先ほどエルに噛み付いた肌の黒い男と、その隣に座る男はやはり地元警察だそうだ。
 警察と言っても有志の集まりに近い組織で正式な警察官ではないらしく、ゼロと呼ばれた男はその組織の副リーダー。その隣にいるのがリーダーのイーサン。
 向かいに座るスーツ姿の二人組はICPO所属の捜査官。白人の男はエド、アジア系の男はウェンと名乗った。
『顔合わせなんて時間の無駄だろうに』
『まあまあ、エドさん。そんな喧嘩腰にならないでくださいよ』
『協力する気などさらさらないんだ。内通者など…調べなくとも分かりきっている』
 エドがチラリと地元警察の二人を見やれば案の定ゼロがガタリと乱暴に立ち上がり威嚇するように吠えた。
『俺らが裏切り者だって言いてぇのかよ!』
『馬鹿でも分かることだ』
『ああ!?テメェ殺されてぇのか!』
『脅しか?いいだろすぐにでも豚箱に入れてやる。貴様のような獣にはそこがお似合いだ』
『ぶっ殺す!!』
『やめろゼロ』
『うるせぇ!そもそもよそ者がこの国に入って来てること自体がムカつくんだよ!俺らの国は俺らで守るつってんだ!』
『ははっ、その発言。頭のおかしな宗教を匿ってる国の民はやはり知能が低いらしい。それができないから我々が派遣されたのだろう』
『ああ!?』
『知らないとは言わせないぞ。あの熱帯雨林に何人埋められていた?その中に貴様の友人はいなかったのか。奴らはまだ殺すぞ。今度は貴様の家族が標的になるやも知れないのにそれを黙って見過ごすとは…ああ、お前は宗教側の人間だったな。すまないこんな話は無意味だ聞き流してくれ』
『テメェ…!』
 ぶちりと血管が切れエドに飛び掛かるゼロとそれを止めるイーサンとウォン。眺めるだけの白鶴にエルが視線を寄越せば彼はため息を吐いて困った顔をするだけで止める気はないらしい。
 ならば、とエルの袖口から小さな蜘蛛がテーブルの裏を伝い乱闘騒ぎの彼らの元へと移動していく。それぞれ襟裏や足元にコッソリ隠れてたのを見届けて、後はぼんやり窓の外を眺めた。
 フジと離れてから二日は経とうとしている。僅かに聞こえて来たのは天馬や船員との業務的な会話。そして夜には悲しみを押し殺した声とも呼べないような吐息だけ。
 恐らくあえてエルに声を聞かせないようにしていたのではないかと思う。フジはそう言う人だ。心配させない為…とみせかけた少しの嫌がらせ。
 気弱そうに見えて大胆で、意地悪で、そして優しい。
 こんなところに長居するつもりはなかった。
 さっさと事を終わらせてフジを迎えに行きたい。
「フジ…」
 彼は今なにを見ているのだろうか。

 ◇

 熱帯気候に属するこの国は元より気温が高く、温暖化が進む中でも世界最大規模の熱帯雨林のお陰で空気汚染の進みが遅く他国よりも住みやすい環境下にあった。世界中の金持ち連中はもっぱらこの街に移住し、それを追って多くの企業が本社を据え、そのお陰で経済が回り終わりゆく世界とは思えないほど景気が良かった。
 国民の生活も華やかなものへと一変したが、それも長くは続かなかった。
 この国の季節は一般的な夏と冬で分けるのではなく、雨季か乾季かで分ける。だが年々酷くなっていく気候変動により雨季が消え、異常干ばつによって熱帯雨林が大量枯死し始めたのだ。
 一気に空気汚染が進み健康被害と食糧難による死者が増え、貧困の差が如実に出た。ここだけが地獄に落ちたのかと国民は嘆いたがそうではない。ただ世界の地獄にこの国が追い付いただけなのである。
 そんな折、遠く遠く離れた東の島国で新大陸を渡り歩き生還した人間が現れた。
 有益な資源、世界復興、まさに希望のような知らせだったがそれと同時にこの国のバブルが弾けた。
 金持ち連中の次の住処は世界の中心地、日本へ。それに従い大企業は撤退し、国は全盛期と比べて酷く廃れていった。土壌は死に絶え、空気は汚れ、それでもIUCNのお陰で世界は徐々に回復していく。
 だがこの国の国民の認識としては日本とIUCNは悪だ。彼らのせいで貧しい生活を余儀なくされ、世界一栄えた国の称号を奪った泥棒国家。環境破壊の対策を怠った政府が、国民からの非難の矛先を日本へと仕向けたせいでそんな間違った認識のままでいる。
 日本とIUCNへの敵意は厄介だったが、この国には日高にとって放って置けないものがあった。
 熱帯雨林だ。
 二酸化炭素の吸収、酸素を作り出す貴重な樹木を失うことは地球環境復興にとって大きな損失であり、また枯死した個体の分解により大量の二酸化炭素が生み出されむしろ温暖化を悪化させる恐れがあった。
 新大陸有する神秘の資源の力を借り、森林の回復と維持を試みるため現状確認に訪れた世界気象機関はなんとか調査を行うことに成功した。
 最初はかなり渋られたらしい。
 外部の人間に正しい情報を国民に流され、国の失態が叩かれるのを政治家連中は恐れたのだ。どこにいっても腐った人間はいる。日高は呆れながらも優先的な大気汚染対策をこの国で行うことを約束し、調査に向かわせた結果――……

「少年少女、約58名の遺体が森の中で発見されました。どれも行方不明リストに載っている子どもばかりで、調べたところによるとここ一年でこの国の失踪者は去年の400倍だそうです。地元警察の見立てでは恐らく最近巷で話題になっている新興宗教の仕業だと」
「『天地守護神命教』か」
「はい。新大陸を神の大陸と崇め、足を踏み入れた人間は神の怒りを受け魔に変化した邪神として触れ回ってます」
「…」
「殺された少年少女の共通点はアジア系であること。この国の人間からすれば日本人も中国人も韓国人も、そこら辺の人種は皆同じなのでしょう。国籍はバラバラでしたが全員が黒髪なのも共通してましたね」
 あの後、白鶴の仲裁により喧嘩は収まったものの、仲良く情報交換をなんて流れになる訳もなく四人は飛び出すように部屋から出て行った。
 はなから協力して貰えると思っていなかったようで、消えて行った彼らを気にすることなく白鶴は現状をエルに説明する。
 机の上に置かれたポスターにはいつかの新聞に掲載されたフジの顔写真。その上から赤文字でバツ印と『魔』の文字。エルは真っ直ぐ白鶴だけを視界に入れるように前だけを見た。
――怒りは堪えろ。
 出国前に日高に言われたのはそれだけだ。
 USBに入っていたのは四十年前に日本で起きたカルト宗教『終焉の会』の全容と、この国で今起きている事件のデータ。その二つがどう繋がるかその時のエルにはまだ分からなかったが、フジがこの世界のどこかで人々に蔑まれていること、エルの動く理由としては十分過ぎる動機だった。
 優しい彼にそんな話は出来ない。
 日高に解決を任せ、エルは普段通りフジと新大陸に渡るべきだったかもしれない。
 だが、その間にも関係の無い、フジが日本人だからという理由で迫害され、殺されるアジア系の子どもがいることを万が一にもフジが知れば…
「教祖は広大な熱帯雨林に置かれたいくつもの拠点を渡り歩きながら警察の手を逃れています。ぶっちゃけこの国の政府も奴らの支配下と見て間違いありません。地元警察にも内通者がいるのは確かです。それと…ICPOや公安にも手先が紛れている可能性も視野に入れるべきかと」
「待て、何故この国を根城にする宗教団体の手先がICPOと公安にいることに…」
 そこまで話してエルは気付いた。
『問題のカルト組織の教祖が国際指名手配犯の可能性があるとのことでしゃしゃり出て来た感じですね』あの時の白鶴の言葉。
 そして日高が無意味に四十年前の日本で起きた事件を教えてくるはずがない。
「教祖は生きていたのか」
 エルの言葉に白鶴は眉を顰めるだけだった。
 
 終焉の会は徐々に規模を大きくし、犯罪にまで手を染め始めた。国家転覆、クーデターなんてどこかで聞いたことある野望を掲げ大きなテロ行為を企てたところでその計画は露呈する。
 家族と喧嘩し、家出をした少年。掃除係に任命され危うく教祖に殺されかけたあの少年はなんとか一命を取り留めたらしい。だがその後、教祖の歪んだ性癖は止まることを知らず、遂には性行為の最中に人を殺めだしたのだ。彼は教祖が殺した信者の遺体処理の仕事を請け負うことになる。
 ある時は粉々に、ある時は溶かし、ある時は動物に食わせて。
 ある日、少年は目が覚める。何故こんなことをしているのか。家族に会いたい。学校に通いたい。どうして、何故、自分よりも小さな子どもの遺体を棄てているのか。
 山に埋めに行く、と話した。
 遺体の数が多くて処理するスピードに追いつかないので近くの山に埋めに行くと大人たちに言って、少年は入会してから初めて建物の外に出られた。
 軽トラの荷台に老若男女の遺体を乗せて、運転はできないから、監視を兼ねた大人たちと山に向かってひたすら穴を掘った。遺体を埋めて、トイレだと言って隙を見て、そして逃げた。
 逃亡を危惧して靴は脱がされていたので少年は裸足でひたすら山を走った。足の裏が切れて、血が出て、後ろから怒声が聞こえる、お腹も空いた、もう数日もまともに食べていない。
 それでも逃げた。
 だって捕まったらきっと殺される。
 いや、殺された方がマシな目に遭うに決まってる。
 逃げて、走って、涙も出ないくらい喉が渇いて、血も固まって、また傷付いて、走って、逃げて。
 ――……光を見た。
 奇跡的に保護された少年の口から聞かされたのは、にわかには信じられない残虐で倫理観の無い話ばかり。だがしかし山奥に本部を置く怪しげな新興宗教の噂と日々増える行方不明者、話の通じない犯罪者の増加などを加味し、公安調査庁による立入検査が行われた。
 そしてその日、十人以上の調査官と後ろに待機していた公安部捜査官、警察機動隊、合わせて四十人。そして宗教施設内にいた約三百人以上が、追い込まれた教祖による自爆で命を失った。
 建物内と信者に取り付けた爆弾による規格外の大爆発は周辺への被害も深刻で、山の麓ということもあり大規模な山火事も起きた。
 容疑者全員死亡と呆気なく幕を閉じたように思われる終焉の会の事件だが、世間に残した傷は思った以上に深かった。
 本部と少し離れた別棟に監禁された子どもたち。教祖には十八人の妻と三十人以上の子ども、五十人以上の孫がいた。明るみになったのは彼らを売り物にした人身売買。国内国外問わずニーズに合わせた調教と販売、また薬物製造と子どもを利用した麻薬の密輸。
 犯罪行為をあげだしたらキリがない。
 世界情勢は大きく変わり、自分の人生を生きることに必死な世の中に残酷にも生み出され、捨てられた親のいない子ども。孤児院に入れられ幸運にも養子に取られた者、親族に引き取られた者、そのまま行方知れずになった者。全員が今どうなったか混乱を極めたあの頃では把握しきれていないらしい。
 無責任なものだと思うが、仕方ないとも思う。
 そうやって汚いものに蓋をするように、人々の記憶から消されていった暗く凄惨な事件。
 だが、この事件はこれだけで終わらなかった。
 中国、韓国、インド、タイ、各国で規模の差はあれど同じようなカルト宗教が広がり、数百単位の行方不明者を出し、警察が少しでも動けば建物と信者もろとも吹き飛ばしまた消えて行く。顔写真から教祖は同一人物だと特定されたが、教祖が生きていると知れば生き残った元信者や枝分かれした後継団体が何を企むか分からない。
 ICPOと日本の公安部のみが男の正体を知り行方を秘密裏に追い続けていた。
 ここ数十年は動きを見せなかったその男の影をやっと捉えたのだ。
 復讐、手柄、思惑は様々あるだろうが、皆警察としての威信をかけ教祖を捕らえたいと強い意志を持ちこの捜査に挑んでいる。

「俺の両親も終焉の会に殺されました」
 話し終えた白鶴の言葉にエルはただ「そうか」とだけ返す。恐らく同情や慰めの言葉を求めている訳ではないだろうと分かったからだ。
「教祖の名は黒崎天道。奴は政府の人間や金持ち連中とのコネクトがあり、この国で捕まえることも…恐らく困難かと。日高主任…じゃないや、プレジデントから貴方ならば必ず奴の尻尾を捕まえられると聞いてます」
 白鶴の真っ直ぐな瞳がエルを貫いた。
 目的のある人間の顔をしていた。
 邪心のない、純粋な、ただ捕まえたいと強く願う目だ。
「どうか我々に力を貸してくれませんか」

 
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