無自覚な感情に音を乗せて

水無月

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2「今日はなんか機嫌いい?」

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 入学から一か月――
 電車で約1時間かかる通学にもだいぶ慣れてきた。ただ、拓斗、蒼汰、慧汰の3人と過ごすこの空気感にはいまだ馴染めていない。蒼汰と慧汰はもちろんのこと、拓斗と話すときですら、妙な緊張を覚える。
「なぁ、今日どっかで夕飯食べてかない?」
 そう話を切り出したのは蒼汰だ。だいたいいつもそう。蒼汰はよく話のきっかけを作りをしてくれる。
「俺、がっつり食いたいし、今日はバイキングがいいな」
 慧汰がそのときの気分で場所を提案して、その後、拓斗が俺に声をかけてくれるのがお決まりのパターン。
「実琴も、行くよな」
「うん」
 流れでいつも付き合わせてもらっているけど、蒼汰と慧汰から、直接、誘われたことはない。拓斗がいなかったら、俺はたぶんこの2人と仲良くしてなかっただろう。
 1人でサークルにでも入ろうか。漫研とか声優に関するサークルがいい。最近はそう考えることも増えてきた。
 新しい友達だってできるかもしれないし、この3人と一緒に夕飯に行くことも減るかもしれない。
 拓斗はもちろん、蒼汰も慧汰も、すごくいいやつだってのはわかってる。そんな3人に甘えて、結局、だらだら付き合い続けてるんだけど、自分だけ浮いてることが自覚できないほど俺も馬鹿じゃない。
 心の中で謝りながら、俺は3人と一緒に大学近くの駅へと向かった。

 駅構内にあるレストラン街は、金曜日の夜ということもあって、少し混み合っていた。
「マジで腹減ったわ……」
 目当ての店の前に置かれた紙に名前を書きながら、蒼汰がぼやく。
 少し待たされてテーブルに通された俺たちは、すぐさま料理を取りに向かった。
「実琴、ミートスパゲティ好きだよね」
 近くにいた拓斗が俺に言う。拓斗は俺のことを言い当てるとき、なぜか少し得意げで、勝ち誇ったしゃべり方をする。俺は、拓斗のそのしゃべり方や態度が、昔からちょっと好きだった。
「うん、好き」
 こうして俺が肯定すると、拓斗がすごく嬉しそうに笑うから。
「拓斗はハンバーグ食べたいんでしょ」
 俺も少しだけ得意げになって言い返す。
「正解」
 さすがに味の好みまでは変わっていないらしい。ハンバーグ、オムレツ、チキンライス……拓斗好みの料理で皿が埋まっていく。そんな子供っぽい拓斗の皿を見ていたら、少し安堵感を覚えた。
「実琴、今日はなんか機嫌いい?」
「え、なんで?」
「んー? なんとなくだけど」
 昔と変っていない拓斗を垣間見ることができたせいか、少し浮かれているのかもしれない。そんな些細な変化に、拓斗は気づいているんだろうか。もしそうだとしたら、普段、ずっとどこか緊張している俺にも、気づいているのかもしれない。

 俺と拓斗が戻る頃には、蒼汰も慧汰もすでに席についていた。ただ、俺たちが座ろうとしている場所には、知らない女の人が2人。
「2人とも、モデルでしょ。ホント、かっこいいよね」
 手に持っているのは、お酒だろうか。酔っているのかもしれない。
 ちらっと拓斗を窺う。
「どいてもらうしかないね」
 拓斗はひとつため息を漏らして、女性に声をかけた。
「すみません、そこ、座りたいんですけど」
「えー、きみもかっこいいじゃない!」
「きみは……」
 女性2人の視線が俺に向けられる。
「ああ、マネージャーさん?」
「こんな若いマネージャーいないでしょ。バイトのアシスタントじゃない?」
「友達って感じじゃなさそうだしねー」
 もちろんわかってる……俺だけ浮いてることくらい。
 こんな風に突きつけられる日が来ることも、予想できなかったわけじゃない。
 それなのに、俺は目を背けてしまっていた。
 なんだかんだいいやつらだし、せっかく誘ってくれてるし。
 だからって、いつまでも甘えてないで、身の程をわきまえておけばよかったと後悔する。
 もっと早く別行動していたら、こんな嫌な思いしなくて済んだのに。
 ごまかすように笑う俺の隣で、拓斗が答える。
「親友です」
「えー、見えなーい」
 優しいはずの拓斗の言葉も、いまは残酷に思えた。親友には見えないって、あたり前のことを言われているだけなのに、なんで傷ついてるんだろう。
 やっぱり違う世界の住人だったんだって、改めて理解する。
「あ、俺……スープ取り忘れたから、持ってくる」
 テーブルに皿を置いて、俺はその場から一旦、逃げることにした。

 そうして逃げてはみたものの、よく考えたら、余計戻りづらくなってしまったかもしれない。拓斗と蒼汰と慧汰と、あの女の人たちで仲良く話でもされたら、俺はどう戻ればいいんだろう。
 ……帰りたい。もしもまたご飯に誘われたら、今度こそちゃんと断ろう。そんなことを考えながらスープ用のコップを手に伸ばす。
「待った。あれだけ取ったのに、スープも飲んだら、お腹いっぱいになっちゃうよ」
「え……」
 いつの間にか近くに来ていた拓斗が、俺の手を止める。
「拓斗……」
「デザートにしよ。プリンは別腹でしょ」
「……うん」
 スープを取り忘れたなんて、俺の下手な口実がバレたかどうかはわからないけど、拓斗と一緒にデザートコーナーに向かう。
「実琴、プリン好きだよね」
「うん」
「それなのに、昔、俺が給食のプリン落としちゃって泣きそうになってたら、譲ってくれたよね。覚えてる?」
「そうだっけ……」
 覚えていないけど、だいたい想像がつく。俺ならやりそうだ。
「実琴は人に優しくするなんて、当たり前すぎて忘れちゃってるかもしんないけど、俺はめちゃくちゃ嬉しかったんだよね」
 拓斗は、プリンをひとつ手に取ると、俺の前に差し出す。
「はい、お返し……ってのも、おかしいか。バイキングだし」
「ううん。ありがとう」
 きっと泣きそうな拓斗が見ていられなくて、好きなプリンをあげたんだろう。
 さっきまでの俺は、あのときの拓斗と同じで、もしかしたら泣きそうになっていたのかもしれない。拓斗からプリンを受け取ると、もやもやした嫌な気持ちが少し和らいだ。

 プリンを手にテーブルへと戻る。そこにはもう、あの女の人たちはいなかった。わざわざ聞くことじゃないのかもしれないけど、つい辺りを見渡してしまう。
「さっきの人たちなら、店員さんに注意してもらって、どっか行ってもらったよ」
 気にする俺に気づいた様子で、蒼汰が説明してくれる。
「注意って……」
「俺たち酔っ払いに絡まれて困ってまーす……ってね」
 ニヤリと笑いながら、慧汰が付け足す。
「そうだったんだ……」
 こういうことは日常茶飯事で、あしらい方にも慣れているのかもしれない。さっきは帰ってしまいたいと思っていたけど、やっぱりもう少し、2人とも仲良くできたら……なんて思うのだった。
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