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5「パスワードは誕生日だから」
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「実琴、そろそろ起きない?」
優しく響くハスキーボイス。俺はぼんやりした頭で声の主を思い浮かべる。拓斗だ。
「いま何時……?」
「朝の9時。昨日の夜、夕飯食べ損ねちゃってたし、お腹空いたでしょ」
夜中に起きてしまった後、なかなか寝つけなかったこともあってか、まだ少し眠い。
「もうちょっと寝てていい?」
「わかった。パンくらいはあるけど、なにか昼に食べられるもの買ってくるよ。留守番しててくれる?」
「ん……」
「30分くらいで帰ってくるから、その間、パソコンとか、勝手に使っていいからね」
「え……いいの?」
「うん。パスワードは誕生日だから」
目が覚めきっていない俺をおいて、拓斗が部屋を出て行く。俺は寝ぼけた頭で、拓斗の言葉を思い返していた。
「パソコン……見ていいんだ……」
夜中、拓斗の足しか見えなかったけど、たぶんパソコンを使っていたんだろう。画面越しに誰かと通話していたのかもしれない。
二度寝をやめた俺は、眠い目を擦りながら体を起こすと、拓斗が座っていたイスに移動した。パソコンの前に置かれた、弁当箱サイズの物体が目につく。
「……なんだろ、これ」
布を捲ってみると、現れたのは長方形の黒い箱。ただし、両側には白い人間の耳がついている。もちろん偽物の耳だけど、妙にリアルで少し気味が悪い。
俺はもう一度、それに布をかぶせると、パソコンを起動させた。
拓斗の誕生日は、9月10日。数字を入力してログインすると、たくさんのフォルダやアイコンが表示された。通話できるソフトもあったけど、もし、昨日のあれが通話だった場合、相手のこともあるし、あまり調べない方がいいだろう。拓斗とあんなやりとりをしていたことが、第三者の俺にバレるなんて、向こうも嫌に決まってる。
「ネットでも見るか……」
起動した手前、すぐにまたシャットダウンする気にもなれず、インターネットブラウザのマークをクリックする。ホーム画面には、よく見ているサイト一覧みたいなものが表示されていた。拓斗がよく見るサイトなら、たぶん怪しいサイトじゃない。
クリックしてみると、繋がったのは動画配信サイトのマイページで、イケメンキャラの画像が、いくつも並んでいた。
「これ、投稿動画……?」
視聴履歴ではなさそうだ。タイトルだろうか『ASMR深夜0時のおやすみボイス』と書かれている。
ASMR……たしか視覚や聴覚で得られる心地よさみたいなものだっけ。咀嚼音を聞かせたり、耳かきの音を聞かせる動画の存在なら知っている。
夜中に聞いた拓斗の声は、耳がくすぐったくなるような不思議な感じがした。ああいった囁くような声で攻めるのも、ASMR動画なのかもしれない。
不定期みたいだけど、投稿時間はいつもだいたい深夜0時。昨日だけは1時に投稿されている。
夜中、俺が目を覚ましたのは、たしか1時を少し過ぎた頃。録画じゃなく、あれはリアルタイムで配信していた……ということだろう。少し寝ぼけていたけど、なんだかいやらしかったことは覚えている。
「はぁ……」
耳がくすぐったい。なにか聞こえてきたわけじゃないのに、思い出すだけで耳を塞ぎたくなってしまう。誘うような拓斗のハスキーボイスが、俺に取りついているみたい。
そういえば、耳元でおやすみって声をかけられたような……。
深夜のことを思い返していると、玄関の方から鍵の開く音が聞こえてきた。
俺は慌てて開いていたサイトを閉じ、パソコンをシャットダウンする。
「ただいまー」
拓斗が部屋のドアを開ける頃には、ソファに座り直していた。
「お……おかえり」
「起きてたんだ? ソファで寝て体痛くない?」
「うん、大丈夫」
「布団まで運ぼうか迷ったんだけど、ぐっすり寝てるみたいだったから。下手に抱えて起こすのも悪いなって」
夜中、俺が起きていたことには、どうやら気づいていないらしい。不可抗力だけど、深夜のあれは盗み聞きしたようなもんだし、拓斗に申し訳ない気持ちもある。かといって、ここで謝るのもたぶん違う。実は起きてて聞いてました……なんて、拓斗にわざわざ言う必要はない。そんなことをしても、スッキリするのは俺だけだ。
「全然、痛くないから、気にしないでいいよ。それよりお腹空いちゃった。なにかもらっていい?」
そう話を切り出すと、拓斗は買い物袋からヨーグルトを取り出した。
「これと、あと、うちにあるパンで。昼は俺がパスタ作るから。金曜日、ミートスパゲティ食べてたけど、パスタでいいよね?」
「うん。パスタなら毎日でもおいしく食べれるよ」
「そう言うと思った」
ひとまず深夜の配信に関しては、なにも聞いていないフリをしよう。
その日、夕方には家に帰ることにした。二泊もしたし、明日は大学の講義がある。
家の風呂で浴槽に浸かりながら、俺はまた拓斗のことを考えていた。
漫画もゲームもアニメも、ちゃんと好きなままで、やっぱり拓斗は変わってなかったけど、あんな配信してるなんて……。
俺は声優に憧れてるし、声で演技する配信には興味もある。拓斗も、声優みたいなことがしたいんだろうか。もしそうなら嬉しいけど、問題はその内容だ。拓斗のあれは、女性をターゲットにしたシチュエーションボイスみたいだった。ウケそうだけど、まさか拓斗のそういう声を聞くことになるなんて、思い出すだけでも恥ずかしい。
でも……もう一度、聞いてみたい。みんなだって聞いてるんだろうし、公開されているものを、ちゃんとした手順で聞くのは悪いことじゃない。
もし、今日もまた配信されていたら聞く。配信されてなければ、一旦忘れる。そうしよう。
俺はすべての判断を、拓斗に任せることにした。
優しく響くハスキーボイス。俺はぼんやりした頭で声の主を思い浮かべる。拓斗だ。
「いま何時……?」
「朝の9時。昨日の夜、夕飯食べ損ねちゃってたし、お腹空いたでしょ」
夜中に起きてしまった後、なかなか寝つけなかったこともあってか、まだ少し眠い。
「もうちょっと寝てていい?」
「わかった。パンくらいはあるけど、なにか昼に食べられるもの買ってくるよ。留守番しててくれる?」
「ん……」
「30分くらいで帰ってくるから、その間、パソコンとか、勝手に使っていいからね」
「え……いいの?」
「うん。パスワードは誕生日だから」
目が覚めきっていない俺をおいて、拓斗が部屋を出て行く。俺は寝ぼけた頭で、拓斗の言葉を思い返していた。
「パソコン……見ていいんだ……」
夜中、拓斗の足しか見えなかったけど、たぶんパソコンを使っていたんだろう。画面越しに誰かと通話していたのかもしれない。
二度寝をやめた俺は、眠い目を擦りながら体を起こすと、拓斗が座っていたイスに移動した。パソコンの前に置かれた、弁当箱サイズの物体が目につく。
「……なんだろ、これ」
布を捲ってみると、現れたのは長方形の黒い箱。ただし、両側には白い人間の耳がついている。もちろん偽物の耳だけど、妙にリアルで少し気味が悪い。
俺はもう一度、それに布をかぶせると、パソコンを起動させた。
拓斗の誕生日は、9月10日。数字を入力してログインすると、たくさんのフォルダやアイコンが表示された。通話できるソフトもあったけど、もし、昨日のあれが通話だった場合、相手のこともあるし、あまり調べない方がいいだろう。拓斗とあんなやりとりをしていたことが、第三者の俺にバレるなんて、向こうも嫌に決まってる。
「ネットでも見るか……」
起動した手前、すぐにまたシャットダウンする気にもなれず、インターネットブラウザのマークをクリックする。ホーム画面には、よく見ているサイト一覧みたいなものが表示されていた。拓斗がよく見るサイトなら、たぶん怪しいサイトじゃない。
クリックしてみると、繋がったのは動画配信サイトのマイページで、イケメンキャラの画像が、いくつも並んでいた。
「これ、投稿動画……?」
視聴履歴ではなさそうだ。タイトルだろうか『ASMR深夜0時のおやすみボイス』と書かれている。
ASMR……たしか視覚や聴覚で得られる心地よさみたいなものだっけ。咀嚼音を聞かせたり、耳かきの音を聞かせる動画の存在なら知っている。
夜中に聞いた拓斗の声は、耳がくすぐったくなるような不思議な感じがした。ああいった囁くような声で攻めるのも、ASMR動画なのかもしれない。
不定期みたいだけど、投稿時間はいつもだいたい深夜0時。昨日だけは1時に投稿されている。
夜中、俺が目を覚ましたのは、たしか1時を少し過ぎた頃。録画じゃなく、あれはリアルタイムで配信していた……ということだろう。少し寝ぼけていたけど、なんだかいやらしかったことは覚えている。
「はぁ……」
耳がくすぐったい。なにか聞こえてきたわけじゃないのに、思い出すだけで耳を塞ぎたくなってしまう。誘うような拓斗のハスキーボイスが、俺に取りついているみたい。
そういえば、耳元でおやすみって声をかけられたような……。
深夜のことを思い返していると、玄関の方から鍵の開く音が聞こえてきた。
俺は慌てて開いていたサイトを閉じ、パソコンをシャットダウンする。
「ただいまー」
拓斗が部屋のドアを開ける頃には、ソファに座り直していた。
「お……おかえり」
「起きてたんだ? ソファで寝て体痛くない?」
「うん、大丈夫」
「布団まで運ぼうか迷ったんだけど、ぐっすり寝てるみたいだったから。下手に抱えて起こすのも悪いなって」
夜中、俺が起きていたことには、どうやら気づいていないらしい。不可抗力だけど、深夜のあれは盗み聞きしたようなもんだし、拓斗に申し訳ない気持ちもある。かといって、ここで謝るのもたぶん違う。実は起きてて聞いてました……なんて、拓斗にわざわざ言う必要はない。そんなことをしても、スッキリするのは俺だけだ。
「全然、痛くないから、気にしないでいいよ。それよりお腹空いちゃった。なにかもらっていい?」
そう話を切り出すと、拓斗は買い物袋からヨーグルトを取り出した。
「これと、あと、うちにあるパンで。昼は俺がパスタ作るから。金曜日、ミートスパゲティ食べてたけど、パスタでいいよね?」
「うん。パスタなら毎日でもおいしく食べれるよ」
「そう言うと思った」
ひとまず深夜の配信に関しては、なにも聞いていないフリをしよう。
その日、夕方には家に帰ることにした。二泊もしたし、明日は大学の講義がある。
家の風呂で浴槽に浸かりながら、俺はまた拓斗のことを考えていた。
漫画もゲームもアニメも、ちゃんと好きなままで、やっぱり拓斗は変わってなかったけど、あんな配信してるなんて……。
俺は声優に憧れてるし、声で演技する配信には興味もある。拓斗も、声優みたいなことがしたいんだろうか。もしそうなら嬉しいけど、問題はその内容だ。拓斗のあれは、女性をターゲットにしたシチュエーションボイスみたいだった。ウケそうだけど、まさか拓斗のそういう声を聞くことになるなんて、思い出すだけでも恥ずかしい。
でも……もう一度、聞いてみたい。みんなだって聞いてるんだろうし、公開されているものを、ちゃんとした手順で聞くのは悪いことじゃない。
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俺はすべての判断を、拓斗に任せることにした。
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