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17「俺にはどれだけワガママでもいいから」
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「そろそろ起きない?」
耳元で、少し掠れたハスキーボイスが俺に囁く。この声で囁かれると、頭がぼーっとして、眠たくなってしまう。
「ん……いま、何時?」
「夜の8時だけど、どうする? このまま泊まってく?」
寝起きだからか、それとも他の理由か、体がまだふわふわしていた。身なりはいつの間にか整えられていたけど、なんだか気持ちよくて、どうしても動く気になれない。
「……泊まりたい」
明日の講義のテキストなら拓斗と一緒に見ればいい。服も、サイズはちょっと合わないけれど、拓斗が貸してくれるだろう。
なにより、せっかくの拓斗と恋人同士になって、そういう行為もしたのに、寝てしまったせいで大した会話もできていない。
「よかった。実琴がそう言わなかったら、帰らないでーって拗ねるとこだった」
「拓斗に拗ねられたら、断れないじゃん」
「知ってる。ずるいことしたくないけど、ずるしてでも欲しいんだ。実琴のこと」
寝転がったままの俺の唇を、拓斗が塞ぐ。
「ん……」
友達同士ではできそうにない、甘ったるいキス。それだけで、また意識が遠のいてしまいそうになった。
「はぁ……ねぇ、拓斗。俺たち、恋人……なんだよね?」
あれは夢だったんじゃないかって、少しだけ不安になってしまう。
「うん。恋人だよ。もちろん、友達でもあるけど」
俺の耳元で囁く拓斗の声が、俺の不安を打ち消してくれた。
「実琴が、友達でもいたいって言ってくれて嬉しかったな」
「ワガママなだけだと思うけど……」
「俺にはどれだけワガママでもいいから。なんでも言って?」
拓斗にそう言われると、本当になんでも言っていいような気にさせられる。
俺は、大学に入ってから、ずっと秘かに思っていたことを、口にした。
「拓斗、少し会わないうちに、いきなりかっこよくなってたから、俺、友達でいいのかなって、すごく気になってたんだ……」
「いいよ。いいに決まってる。けど……本当のこと言うと、友達じゃなく恋人候補として見て欲しいって思いもあったから、ちょっと背伸びしちゃってたんだよね」
背伸びしたくらいで、ここまで変われるのもすごいと思うけど。
「好きな子の前ではかっこつけたいってだけだから。心配しないで」
「うん……」
翌朝――
拓斗に選んでもらった服を着てみる。こないだ泊まったときに着た家着とは違って、ちょっとおしゃれなやつ。
「なんか変な感じ。サイズ、合ってないし」
「大丈夫。似合ってるよ」
鏡の前に立って自分の姿を見つめていると、拓斗が後ろから腕を回してきた。
「実琴が着ると、ちょっとだぼっとしててすごくかわいいし。俺の服着てるって感じが、すごくそそられる」
「変なこと言うなよ」
「変なことじゃなくて、事実なんだけど」
その事実が変なんだけど。こんな俺で拓斗はそそられるらしい。似合うかどうかは別として、拓斗の服を着るのは、ちょっと緊張する。ワクワクしているのかもしれない。拓斗の使ってる洗剤の匂いがするし、拓斗と一緒なんだって思うと安心もする。
なんだか心地いい。拓斗の服だから……好きな相手のものだから、こんな風に感じるのかもしれない。
朝ごはんを済ませた後、慣れない服装で拓斗と一緒に大学へと向かう。俺たちが講義の教室に着くころには、すでに蒼汰と慧汰が席に着いていた。
「おはよー。実琴が俺たちより遅いなんて珍しいって話してたんだけど、拓斗と一緒だったんだ?」
「それ、拓斗の服?」
「うん。昨日、拓斗の家泊まって、服も貸してもらった」
ただそれだけのことなのに、照れくさくなってしまう。そんな俺の態度を不自然に思ったのか、蒼汰が俺と拓斗をじっと見比べた。
「拓斗、もしかしてなんかあった?」
「んー……実琴、言っていい?」
「な……なにを? どこまで?」
「恋人になったとこまで?」
「なっ……! もう言ってるし!」
慌てて、蒼汰と慧汰の様子を窺う。
……とりあえず引いてる様子はない。
「へぇ、よかったじゃん」
慧汰はなんでもないことのようにそう言った。
「驚かないの?」
「まあ、拓斗が実琴を好きだってことは、俺たち最初っから知ってたし」
「え……」
どういうことかと、拓斗に目を向ける。
「2人には先に話しておいたんだ。入学式の日、待ち合わせしてるのは、俺の友達で、初恋の相手だって」
「は……初恋?」
突然のカミングアウトで理解が追いつかない。
拓斗の初恋が俺だってことも、それを蒼汰と慧汰に話していたことも、想定外すぎる。
「俺がそんなこと言っちゃったせいか、初対面だってのに、2人で実琴のことジロジロ見るもんだから……」
「悪かったって。あれは反省してる」
「ただでさえ俺たち警戒されやすいのにな……」
たしかに警戒はした。拓斗の友達としてふさわしいかどうか品定めされてるんじゃないかって。どうやら、そういうことではなかったらしい。
「拓斗、なんでそんなこと言ったんだよ」
「だって本当のことだし」
そう言ってのける拓斗に、蒼汰と慧汰は苦笑していた。
「俺と蒼汰で拓斗のかっこいいエピソード話したりして、アシストしたつもりだったんだけど……」
「実琴の反応悪くて、あれも失敗だったな」
拓斗のエピソードトークにそんな意図があったなんて、わかるはずもない。けど、いまなら高校時代の拓斗の話もちゃんと聞けそうだ。むしろ教えて欲しいくらい。
「てか、俺らより拓斗の方がひどいだろ。女の子にちやほやされる配信聞かせるとか、さすがに突っ込みそうだったわ」
「相手は会ったこともない視聴者だよ。嫉妬の対象にもなんないでしょ。俺から実琴に聞かせたときは、男の子かわいがってたし」
「それ、どんな配信だよ」
慧汰の疑問ももっともだ。あれは聞いてみなくちゃ意味がわからないだろう。
「簡単に言うと、名前伏せて実琴のこと言葉責めする配信かな」
拓斗は恥ずかしげもなく、蒼汰と慧汰に告げる。
「それ、俺らじゃなきゃ引いてるよ?」
「2人は引かないでいてくれるでしょ」
「まあ、引かないけど。実琴にはちょっと同情するな」
俺が思っていた以上に、蒼汰と慧汰は理解のある男たちのようだ。
「あんな配信、反則だよ……」
あそこまでされたら、意識するに決まってる。やっぱり拓斗はずるいのかもしれない。
そうこうしている間に、チャイムが鳴り響く。話を終わらせると、俺は急いで鞄から筆記用具を取り出した。そんな中、隣の席になった慧汰がぼそりと呟く。
「気分いいだろ。好きなやつの服着ると」
好きなやつの服……。たしかにすごく幸せな感じがして、気分がいい。
そういえば、ときどき蒼汰の服を借りたくなるって、慧汰が前に言ってたっけ。
「慧汰と蒼汰って……」
慧汰は人差し指を口元に添えていた。秘密……ってこと?
仲がいい双子ってだけの関係ではないのかもしれない。たぶん、そういうことなんだろう。
放課後――
拓斗の家に自分の服を置いてきてしまっていた俺は、また拓斗の家を訪れた。
「うん、ちゃんと乾いてる」
「ありがとう」
着替えようと、さっそく着ていた拓斗の服に手をかける。
「待って。実琴、ここで着替える気?」
「え……だって、拓斗の服返さないと……」
「無防備すぎだよ。実琴の着替えなんて見せられたら、興奮しちゃう男が目の前にいるってのに」
こんなので興奮するなんて、友達同士じゃありえない。ありえないけど――
「いいよ」
「え……?」
「俺で、興奮しても……」
友達であると同時に、俺たちは恋人同士だから。
「はぁ……ずるいよ、実琴……」
耳元で拓斗が囁く。少し掠れて聞こえるハスキーボイス。その声で囁かれるだけで、俺の体は熱を帯びていく。
「ずるいのは拓斗だよ……」
「ふっ……そうだった」
拓斗はいたずらっぽく笑いながら、俺の耳に口づけた。
耳元で、少し掠れたハスキーボイスが俺に囁く。この声で囁かれると、頭がぼーっとして、眠たくなってしまう。
「ん……いま、何時?」
「夜の8時だけど、どうする? このまま泊まってく?」
寝起きだからか、それとも他の理由か、体がまだふわふわしていた。身なりはいつの間にか整えられていたけど、なんだか気持ちよくて、どうしても動く気になれない。
「……泊まりたい」
明日の講義のテキストなら拓斗と一緒に見ればいい。服も、サイズはちょっと合わないけれど、拓斗が貸してくれるだろう。
なにより、せっかくの拓斗と恋人同士になって、そういう行為もしたのに、寝てしまったせいで大した会話もできていない。
「よかった。実琴がそう言わなかったら、帰らないでーって拗ねるとこだった」
「拓斗に拗ねられたら、断れないじゃん」
「知ってる。ずるいことしたくないけど、ずるしてでも欲しいんだ。実琴のこと」
寝転がったままの俺の唇を、拓斗が塞ぐ。
「ん……」
友達同士ではできそうにない、甘ったるいキス。それだけで、また意識が遠のいてしまいそうになった。
「はぁ……ねぇ、拓斗。俺たち、恋人……なんだよね?」
あれは夢だったんじゃないかって、少しだけ不安になってしまう。
「うん。恋人だよ。もちろん、友達でもあるけど」
俺の耳元で囁く拓斗の声が、俺の不安を打ち消してくれた。
「実琴が、友達でもいたいって言ってくれて嬉しかったな」
「ワガママなだけだと思うけど……」
「俺にはどれだけワガママでもいいから。なんでも言って?」
拓斗にそう言われると、本当になんでも言っていいような気にさせられる。
俺は、大学に入ってから、ずっと秘かに思っていたことを、口にした。
「拓斗、少し会わないうちに、いきなりかっこよくなってたから、俺、友達でいいのかなって、すごく気になってたんだ……」
「いいよ。いいに決まってる。けど……本当のこと言うと、友達じゃなく恋人候補として見て欲しいって思いもあったから、ちょっと背伸びしちゃってたんだよね」
背伸びしたくらいで、ここまで変われるのもすごいと思うけど。
「好きな子の前ではかっこつけたいってだけだから。心配しないで」
「うん……」
翌朝――
拓斗に選んでもらった服を着てみる。こないだ泊まったときに着た家着とは違って、ちょっとおしゃれなやつ。
「なんか変な感じ。サイズ、合ってないし」
「大丈夫。似合ってるよ」
鏡の前に立って自分の姿を見つめていると、拓斗が後ろから腕を回してきた。
「実琴が着ると、ちょっとだぼっとしててすごくかわいいし。俺の服着てるって感じが、すごくそそられる」
「変なこと言うなよ」
「変なことじゃなくて、事実なんだけど」
その事実が変なんだけど。こんな俺で拓斗はそそられるらしい。似合うかどうかは別として、拓斗の服を着るのは、ちょっと緊張する。ワクワクしているのかもしれない。拓斗の使ってる洗剤の匂いがするし、拓斗と一緒なんだって思うと安心もする。
なんだか心地いい。拓斗の服だから……好きな相手のものだから、こんな風に感じるのかもしれない。
朝ごはんを済ませた後、慣れない服装で拓斗と一緒に大学へと向かう。俺たちが講義の教室に着くころには、すでに蒼汰と慧汰が席に着いていた。
「おはよー。実琴が俺たちより遅いなんて珍しいって話してたんだけど、拓斗と一緒だったんだ?」
「それ、拓斗の服?」
「うん。昨日、拓斗の家泊まって、服も貸してもらった」
ただそれだけのことなのに、照れくさくなってしまう。そんな俺の態度を不自然に思ったのか、蒼汰が俺と拓斗をじっと見比べた。
「拓斗、もしかしてなんかあった?」
「んー……実琴、言っていい?」
「な……なにを? どこまで?」
「恋人になったとこまで?」
「なっ……! もう言ってるし!」
慌てて、蒼汰と慧汰の様子を窺う。
……とりあえず引いてる様子はない。
「へぇ、よかったじゃん」
慧汰はなんでもないことのようにそう言った。
「驚かないの?」
「まあ、拓斗が実琴を好きだってことは、俺たち最初っから知ってたし」
「え……」
どういうことかと、拓斗に目を向ける。
「2人には先に話しておいたんだ。入学式の日、待ち合わせしてるのは、俺の友達で、初恋の相手だって」
「は……初恋?」
突然のカミングアウトで理解が追いつかない。
拓斗の初恋が俺だってことも、それを蒼汰と慧汰に話していたことも、想定外すぎる。
「俺がそんなこと言っちゃったせいか、初対面だってのに、2人で実琴のことジロジロ見るもんだから……」
「悪かったって。あれは反省してる」
「ただでさえ俺たち警戒されやすいのにな……」
たしかに警戒はした。拓斗の友達としてふさわしいかどうか品定めされてるんじゃないかって。どうやら、そういうことではなかったらしい。
「拓斗、なんでそんなこと言ったんだよ」
「だって本当のことだし」
そう言ってのける拓斗に、蒼汰と慧汰は苦笑していた。
「俺と蒼汰で拓斗のかっこいいエピソード話したりして、アシストしたつもりだったんだけど……」
「実琴の反応悪くて、あれも失敗だったな」
拓斗のエピソードトークにそんな意図があったなんて、わかるはずもない。けど、いまなら高校時代の拓斗の話もちゃんと聞けそうだ。むしろ教えて欲しいくらい。
「てか、俺らより拓斗の方がひどいだろ。女の子にちやほやされる配信聞かせるとか、さすがに突っ込みそうだったわ」
「相手は会ったこともない視聴者だよ。嫉妬の対象にもなんないでしょ。俺から実琴に聞かせたときは、男の子かわいがってたし」
「それ、どんな配信だよ」
慧汰の疑問ももっともだ。あれは聞いてみなくちゃ意味がわからないだろう。
「簡単に言うと、名前伏せて実琴のこと言葉責めする配信かな」
拓斗は恥ずかしげもなく、蒼汰と慧汰に告げる。
「それ、俺らじゃなきゃ引いてるよ?」
「2人は引かないでいてくれるでしょ」
「まあ、引かないけど。実琴にはちょっと同情するな」
俺が思っていた以上に、蒼汰と慧汰は理解のある男たちのようだ。
「あんな配信、反則だよ……」
あそこまでされたら、意識するに決まってる。やっぱり拓斗はずるいのかもしれない。
そうこうしている間に、チャイムが鳴り響く。話を終わらせると、俺は急いで鞄から筆記用具を取り出した。そんな中、隣の席になった慧汰がぼそりと呟く。
「気分いいだろ。好きなやつの服着ると」
好きなやつの服……。たしかにすごく幸せな感じがして、気分がいい。
そういえば、ときどき蒼汰の服を借りたくなるって、慧汰が前に言ってたっけ。
「慧汰と蒼汰って……」
慧汰は人差し指を口元に添えていた。秘密……ってこと?
仲がいい双子ってだけの関係ではないのかもしれない。たぶん、そういうことなんだろう。
放課後――
拓斗の家に自分の服を置いてきてしまっていた俺は、また拓斗の家を訪れた。
「うん、ちゃんと乾いてる」
「ありがとう」
着替えようと、さっそく着ていた拓斗の服に手をかける。
「待って。実琴、ここで着替える気?」
「え……だって、拓斗の服返さないと……」
「無防備すぎだよ。実琴の着替えなんて見せられたら、興奮しちゃう男が目の前にいるってのに」
こんなので興奮するなんて、友達同士じゃありえない。ありえないけど――
「いいよ」
「え……?」
「俺で、興奮しても……」
友達であると同時に、俺たちは恋人同士だから。
「はぁ……ずるいよ、実琴……」
耳元で拓斗が囁く。少し掠れて聞こえるハスキーボイス。その声で囁かれるだけで、俺の体は熱を帯びていく。
「ずるいのは拓斗だよ……」
「ふっ……そうだった」
拓斗はいたずらっぽく笑いながら、俺の耳に口づけた。
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