鋼の光

恋川竹道

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第7話 空の机上

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「ここ最近の火星危険生命体の動向は、活発傾向にあります」

薄暗い会議室。
部屋の中央には長方形の大きな卓が鎮座し、上面から白い光を発している。
重力は無い。
卓の上にはマグネットでいくつもの書類、情報処理用のタブレット、ノートパソコン等が固定され、紙媒体は、卓面からの光で文字を明確に浮かび上がらせている。
空中にはボールペンや指揮棒が浮かび、ゆっくりと漂っている。

「主な原因は判別しておりませんが…、ボーリング調査隊がゲリラ的に襲撃される事案が、ここ数週間で多数報告されております。もっとも最近では昨日……サーベイヤー大隊所属の707小隊が大型翼竜型3体の襲撃を受け、多脚戦車1両が中破したとか」

卓の上の空間には緑色のホログラム画面が投影されており、360度どの方向から見ても一目で集約された情報がわかるようになっている。
ホログラムには火星北半球の要図が投影されており、アルカディア平原南部にセントラル・ブロックと6つの居留地の所在を示すマークが記され、その南東方面に、調査隊が火危生の襲撃を受けた地点を示す赤い点が多数網羅されている。

「ケンゾーはどう思う?」

室内には気密服に身を包んだ男性10名前後と女性1人がおり、いずれも厳しい目でホログラムを見上げている。
どの人間も肩の紀章は佐官、将官を示しており、高レベルの会議だと想像することができた。

「ラングスドルフの報告書を読んだところ、火危生は地中に潜み、もっとも近づいたタイミングで調査隊を襲撃したようです。非常に戦術的な動きです。今まで火危生はこのような合理的な戦い方をしてきませんでした」
「つまり、何が言いたいのかしら?」
「彼らは戦い方を変え始めている、ということです。戦いを経験し、学び、効果的なものに変化させようとしています。戦略戦術問わず」

ケンゾーと言われた男は、自らの見解を述べる。
白髪を混じらせた初老の男だが、それでいて長身であり、体格も良い。

「学ぶ?奴らは只の凶暴な宇宙動物ではないのですか?そんなことはあり得ないでしょう」

幕僚の1人がやや小馬鹿にしたように言う。

「あなたは、奴らが地球の野生動物と同じだと考えているわけ?先入観は身を滅ぼすわよ。ふふ」

卓の議長席付近に浮かぶ女性──アイリス・ブルーフィールドはぴしゃりと言い放った。

──彼らがいる場所は、火星高度2,000kmの衛星軌道上に静止している衛星戦艦「サウス・フランクリン」の情報集約第1作戦室である。
室内には、局長兼艦長のアイリス、戦務幕僚兼副艦長のケンゾーこと中屋敷謙蔵なかやしきけんぞう、サーベイヤー大隊隊長のアーネスト・アーチャー。
これら3人に加え、軍事運用部長、開拓部長、3個旅団の旅団長、各旅団のそれぞれの首席幕僚が参加している。

卓上面の白い光、ホログラムの緑色の光。
この二つの光に照らされ、11名の人間の顔は、暗闇を過ぎる幽霊のように、ぼんやりと浮かび上がっていた。

「より深刻な問題は、第2掘削基地周辺での火危生出現頻度です。1850ソルから1880ソルのひと月で、今までの出現回数の6倍に達しています」

軍事運用部長の問題提起で、ホログラムの要図が大きく東に移動する。

本拠地たるセントラル居留地があるのは、アルカディア平原の南部。
『第2掘削基地』とやらがあるのは、その東。かの有名なオリンポス山の西南西110km地点である。
この一帯には万能希少金属であるアーレスメタルの莫大な鉱床があり、第2掘削基地はその採掘作業を担当している。

「資源搬入への支障は?」

アイリスは全基地を統括している開拓部長に質問する。
火星開拓局か保有する基地は、第2掘削基地を加えて計9つ。火星全土に分布しており、そのいずれもがアーレスメタル掘削や次世代エネルギーの調査を生業としている。
開拓部長は手元のタブレットに視線を落とし、数秒の間を開けてから発言した。

「居留地への搬入は、1850ソル以前と比べると二割減となっています。アーレスメタルの輸送は惑星降下艇を改装したものを主に使用しておりますが、火星危険生命体──特に飛行能力を有した翼竜型の目撃情報を得た場合、飛行ルートの大幅な迂回や、場合によっては延期を行なっています。これが重なり、『二割減』という結果になったものと分析します」

開拓部長の説明に従い、ホログラムの要図が変化する。アーレスメタル搬入量のグラフが投影され、20%減少したことが伝えられる。

「20%減ではAL建造計画に支障はありませんが、第2基地が使用不能になった場合、計画は『頓挫』します。第7基地のみでは、アーレスメタル供給量を確保できませんから」

ケンゾーが低い声のまま言う。
アーレスメタルの採掘を行う基地は、第2掘削基地の他にも第7掘削基地がある。
第7基地は第2基地よりもオリンポス山寄りであり、北東50km地点に建設されている。
全体から見た供給量は、第2基地が全体の80%、第7基地は20%であり、第2基地に大部分を依存している状態だ。

「第2基地の防衛は切実です。連日の遭遇戦が響き、展開中の基地防衛第2混成連隊は消耗に次ぐ消耗を重ねています。現状で使用できる兵力は、多脚戦車一個小隊があるかどうか…」

バークレー旅団の幕僚が噛み合わせが悪い口調で言う。
第2混成連隊はバークレー旅団がら派遣された部隊であり、彼にとって直接の部下達でもある。
その部下達が過酷な戦いに身を投じ続けていることが、心を悲痛なものにしているのだろう。

「……基地防衛の部隊増強は、避けられそうにないわね…」

アイリスは腕を組み、思案し、誰にも聞こえないような声で呟く。そして続けた。

「不必要な戦闘は原則禁止としてやってきたけれど……これ以上『AL』の建造日程を遅らせる訳にはいかないわ…。開拓局全軍にコンディションL5を発動。交戦による準警戒態勢の堅持を徹底。……軍事運用部長」
「はい」
「マーズサーベイヤー大隊とフェアファックス旅団を根幹とした任務部隊を即時編成。第1部隊と第2部隊に分け、それぞれを第2基地防衛作戦と、セントラル居留地南東の火危生討伐作戦に投入。作戦詳細と投入兵力の編成は任せるわ」

アイリスは一息で命令を発した。
すると卓上のホログラム画面が大きく変化し、『コンディションL5』の赤文字が大きく投影される。
これを境に、作戦室内の将校たちは一斉に動き出す。局長の命令は下った。

「コンディションL5。“我らの攻勢に備えよ”ですか…」

ケンゾーは早々と作戦室を後にする将校を横目に見ながら、アイリスの言葉を反芻する。

「ケンゾー。何か文句でも?」
「いえ。まったく」

ケンゾーは威儀を正して言う。だが、どけかわざとらしいところがある。
ケンゾーはアイリスとは性別も異なり、歳もかなり離れているが、艦長と副艦長という間柄ゆえか、ほかの高級将校と比べるとどこか砕けている関係だ。

「サーベイヤー大隊を出すのですか…」

それぞれの役割を果たすために部屋を出た将校たち。それにかかわらず、アイリスとケンゾーの背中を見つめる目がある。
サーベイヤー大隊長を務めるアーネスト・アーチャーだ。

「大隊長。命令は下されたわ。あなたはあなたのすることがあるでしょう」

アイリスは背中を向けながら、生徒に諭す教師のように言う。

「“マーズ・ジャッカル”は新戦力です。まだ火星に馴染んでいるとは言えない。パイロットの子供たちも同様です」

アーチャーは睨むような目線をアイリスに向けている。

「“マーズ・ジャッカル”は…まさに夢のような兵器。今回の戦闘は大規模なものになる。そんな戦いには必要不可欠な戦力よ」
「建前を聞いているんじゃない!!」

アーチャーは敬語をなぐりすて、声を荒げる。
眼帯と強面が重なり、凄まじい迫力だ。

「パイロットが皆未成年だということを知らないはずはないだろう。貴様は自分の『性癖』を満足させるために出撃させるのか?と聞いているんだ」
「はて。なんのことかしら。私は全火星作戦をつかさどる者として、最善の選択をしようと努力しているわもちろん、大隊の出撃もその一環よ…」

アイリスはゆっくりと後ろを振り向き、横目をアーチャーに向ける。
傍に立つケンゾーは微動だにしない。手を後ろで組み、空中の一点を見つめている。

「俺はお前を信用できない。お前が訓練飛行士だった頃から、俺は教官としてお前を見てきたが、お前は『問題児』すぎる」

アーチャーは、半ば諦めたように言う。小さくため息をつき、肩を落とす。

「あら?私に最高成績を下さったのはあなたでしょう。アーチャー教官」

アイリスは微笑む。
古い呼び名でアーチャーを呼び、言葉を続ける。「私は多少問題児であり、『未成年が自らの指揮で死ぬと興奮する』という妙な性癖も持っています。でも……ずば抜けた能力が買われ、開拓局長とこの衛星戦艦の艦長というポストに抜擢されたのです。地球連合政府の人事は、あなたの口出しできることではありませんよ」
「……」

アーチャーは黙っている。口は固く結ばれ、顔は紅潮している。今にもアイリスに殴りかかりそう、とも見えるがアーチャーはそうはしなかった。

「…マーズサーベイヤー大隊部隊長アーネスト・アーチャーは、これよりフェアファックス居留地に帰還。部隊に臨戦待機を命じるとともに、軍事運用部長よりの司令受理を待ちます」

アーチャーは露骨なまでの形式的な復唱をし、かかとを打ち合わせ、敬礼をした。そして180度身体を反転させ、大股で部屋を出てゆく。

「忠実な兵隊は嫌いじゃないわ。ふふふ」

アイリスは鼻歌混じりに呟いた。


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