推しのアイドルグループが解散しました

優月紬

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森野春香の場合

【3】

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「やっぱり荒れてるなあ」

 春香は仕事の休憩中、コンビニで買ってきたおにぎりを齧りながらスマホの画面を起動させた。
 最初に調べたのは、もちろん冬馬くんのコメント。けれど、冬馬くんはどうやら朝の情報番組を欠席していて、特にコメントは出していない様子だった。ちょっと、ホッとした。
 SNSでは冬馬は無責任とか、番組見て損したとか、逃げたとか、流れてきた。見ないふりをして、画面を閉じた。
 次に、いつものようにネットニュースを見ようとページを開く。そこには、想像通りSpring解散に関連する記事がたくさん並んでいて、今後のメンバーそれぞれの活動を予想するようなものも多かった。
 以前からとある女優と噂になっている弥生奨太は間もなく結婚するのではないかとか、彼らの解散はWinterに出演枠を渡すためにSpringを売り込めなくなった事務所の都合ではないかとか。大体はまあ、そんな感じだ。
 けれどその中に、驚く記事を見つける。

【藤奏多、事務所移籍&バンド結成!バンドのコンセプトはまさかのヤンキー系!?】

 ……え、なにこれ。流石に、ないよね?だって、ただの噂だし。記者が適当なこと言ってるだけだよね?
 春香は混乱して、クリックしてはいけないと思いながらも、その記事の詳細ページに入ってしまう。

【王道アイドル路線に限界を感じていた藤奏多は、以前からやりたかった趣味全開のバンドマンへと転身する。決定打は弟のデビューとSpringメンバーとの不仲。解散は奏多の脱退が全ての発端か?】

 は?この記事、なに言ってるの?藤くんが、冬馬くんのデビューが原因でグループを脱退したがる?そんなこと、あるわけがない。それに、Springは仲が良かった。不仲だったから辞めたいだなんて、あのグループ想いな藤くんが言い出すわけないじゃない。

 春香の胃が、キリキリと痛み出す。仕事をしているうちに少しは痛みが落ち着いたと思っていたのに、どうしたんだろう。
 飲み込もうとしていたおにぎりが飲み込めなくなってしまい、代わりに念のためと思って持ってきていた胃薬を流し込む。

 でも、もし本当だったらどうしよう。藤くんが、今まで通りバラエティ番組に出たり、冬馬くんとのエピソードを語らなくなったり、笑顔で雑誌に載ってくれなかったり、まして、バンドマンになってしまったら。
 私はそれでも、藤くんのことを応援できるのだろうか。

「あれ、森野さん大丈夫ですか?なんだか顔真っ青ですけど」
「大丈夫、でも、朝からちょっと胃が痛くてさ。ちょっと昨日甘いもの食べすぎちゃったせいかな。あはは……」

 昼休憩が終わり仕事に戻ると、戻ってきた部下に心配されてしまった。

「森野さんが体調不良なんて珍しいから心配です。今日忙しくないですし、気にせず早退してもいいと思いますよ?」
「……いや、大丈夫だよ」

 そうは言ったものの、春香の胃は限界に近かった。どうしてこんなにも胃薬が効かないのだろう。
 昨日ライブに出かけてから、私はずっと様子がおかしい。
 春香はその後数日間、ずっと胃の痛みに襲われたままだった。



 しんどい時は、藤くんを見るに限る。春香はいつだって、そう過ごしてきた。
 受験で辛い時も、就職活動で落ち込んだ時も、人間関係で凹んだ時も、ずっと。
 けれど、あの解散を発表したライブに行った日からというもの、藤くんを見ても、Springの他のメンバーを見ても、過去のライブ映像を見たりしても、元気が出るどころか胃が痛くなってきてしまう。
 それでも日常はどうしたって迫り来るから、毎日仕事には行かなければいけない。
 SNSを見ると、解散反対の署名を集める動きや、再結成を求める声が広がっている。あろうことか、Winterが解散すれば良かったのにとか、他の界隈に文句を言う人まで出てきていた。
 なんだかどんどんファンが過激になっているなと、春香は他人事のように思う。
 そこまで怒れたり、悲しめたりする人のことを内心羨ましいとすら思ってしまう。私はどちらかというと、無。なにも考えたくないし、現実を受け入れることを脳が放棄していた。

「なんか最近、森野さんずっと元気ないですよね。大丈夫ですか?」
「そうかな?いつも通りだよ?」

 私はいつもの笑顔で部下に接する。なんでこの人は、そんなに私に声をかけてくるのだろう。放っておいてくれたらいいのに。

「私だけじゃなくてみんな言ってますけどね。彼氏に振られたとかそんなところですか?」
「いや、そもそも彼氏いないから」
「森野さんって、彼氏がいるわけでもなく趣味があるわけでもなく。休みの日なにしてるんですか?」

 ああもう、ほっといてよ!叫びたくなるのを堪えて、買い物とか?と適当な返答をしておく。職場は仕事をする場所なんだから、もう話しかけないでほしい。
 最近胃が痛くてほとんど食事ができていないから、イライラしているのかもしれない。職場で感情をむき出しにするわけにはいかない。普通に、普通にしていないと。

「もし休みの日暇だったら、私の推しのドラマを見てもらえたりしたら嬉し……森野さん?顔真っ青ですよ、え、大丈夫ですか、森野さん!」

 春香の身体からは、冷や汗が噴き出ていた。顔は真っ青になって、座っているのに倒れ込んでしまいそうだった。
 その後のことは、なんとなくしか覚えていない。ただ、上司に早退を促され、少し休んだ後そのまま病院に行った。

 診断結果は、ストレスだった。



 しばらくの間仕事を休まなくてはいけなくなった春香は、ただ家でボーッとしていた。
 大体、ストレスで倒れるってなんだろう。推しのアイドルが解散したから倒れましたなんて、そんなの恥ずかしすぎる。
 病院でも、ストレスの心当たりを聞かれたのに正直に話せなかった。思い当たるストレスの原因から離れるようにと言われたけれど、そんなの一つしかない。分かってる。でも、認めたくなかった。
 スマホを開かないようにして温かいものでも食べようかと思ったけれど、どうしたって気になってしまい、何度かスマホを開いてしまう。
 その度に胃痛がして、ああ、これがストレスなんだろうなと思うのを繰り返す。ただの自傷行為だった。

 藤くん、どうしてるのかな。テレビ出演も全て取りやめて代わりに冬馬くんが出てるし、今後の活動、どうするんだろう。
 もしかして、もう藤くんのこと、見れないのかな?

 もう、藤奏多を見れない、会えない。そう思ったら、春香の目から今更になって涙が出てきた。
 Springの解散は、発表の現場にも居合わせていたし、その後だってしばらく経っている。それなのに、今更悲しい気持ちが湧き出てきた。

 だって、藤くんテレビ出てないんだもん。SNSも、やってないんだもん。冬馬くんだって、お兄ちゃんの話してくれないし。あの日から、何の情報も、出てこないんだもん。
 Springみんな、幻のように、いなくなっちゃった。

 自分でも意味がわからないくらい、ただ涙が溢れた。ああ、弱ってるなって、どこかで客観的な自分がそう思う。
 ふと、ライブから帰ってきた後そのまま放置していたトートバッグが目に入った。

 片付けないと。

 春香はトートバッグの中を取り出す。ペンライト、笑顔の藤奏多が大きく印刷された団扇。藤奏多と、藤冬馬のアクリルスタンドが入ったポーチ。そして、美奈に交換してもらってようやく手に入れた、藤くんのメンバーカラーである黄色のリストバンド。

「……藤くん」

 春香は黄色のリストバンドを腕に着けてみた。想像よりも少し小さめで、何だか腕が締め付けられるような感覚がした。
 そういえば藤くんもこれが発売される時、そんなようなこと言っていたなと思い出す。

『このリストバンド、ちょっと小さめで着けると血も涙も止まりそうじゃね?』

 いつもはツッコミ担当になる藤くんが、いつになくボケたから覚えてる。大きめのサイズも売ってるから好きな方を選んでね、という宣伝に繋がる言葉だったけど、何だか印象的で。

 春香は気がつくと、思い出し笑いをしていた。藤くんの言っていた通りかもしれない。涙、止まったから。
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