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森野春香の場合
【5】
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「森野さん!待ちました?」
「ううん、全然。私こそごめんね。急にWinterのライブ行ってみたいなんて」
「誘ったのは私ですから。森野さんは絶対来てくれると思って、勝手にチケット二枚で申し込みしてましたし。是非これを機にWinterにハマってもらえたら嬉しいです!」
春香は、部下と一緒にWinterのライブ会場に来ていた。
藤くんがバンドマンになると発表した後から、これからは冬馬くんを応援しようと思う気持ちが少しづつ大きくなってきて。覚悟を決めた時に思い出したのだ。部下がWinterのライブに誘ってくれていたことを。
「でも、ペンライトとか団扇とか、私が教えなくても普通に準備して来るからちょっと驚いちゃいました。冬馬くんのやつ買ったんですね」
「え?あ、うん、えっと……」
部下は冬馬くんとは別のメンバーの団扇を片手に、ニコニコと笑っている。
「あはは。なんとなく分かってるんで大丈夫ですよ。今日冬馬くんソロコーナーあるんですけど、お兄ちゃんのソロ曲のカバーなので楽しみにしててください」
「へ?」
意味深な笑顔を向けられ、春香は困ってしまう。というか、ソロ曲?藤くんの曲を、冬馬くんが歌うの?どれを?
いつもならセットリストをSNSですぐに確認してしまうのに、今回に限って何の事前情報も持たずに会場に来てしまった。
『Winter行くぞ!』
開園して、センターステージにスポットライトが当たる。春香はいつも通りペンライトの色を黄色にしていたけど、出てきたWinterの姿を見てハッとする。そうだ、冬馬のメンバーカラーは赤だった。
慌ててカチカチとペンライトの色を切り替え、ステージを再び見る。
春香の目に映ったのは、とびっきりキラキラの笑顔を放つ藤冬馬の姿だった。
か、かっこいい!藤くんみたい!
アリーナ席の後方、決してステージから近いとはいえない座席だったけれど、冬馬の姿はとても輝いて見えた。
次の瞬間、春香の視線は更に冬馬に釘付けになる。冬馬が、ステージの中央でバク転をしたからだ。
くるりと宙を舞い華麗に決めポーズをした冬馬の姿は、春香が藤奏多を好きになった当時の彼の仕草そのものに見えた。
藤くんを好きになった当時、藤奏多はよくアクロバットを披露していた。けれど、春香が中学を卒業しライブに行けるようになった頃には、藤くんはアクロバットを披露することがなくなってしまった。
だから、春香は映像でしか見たことのない藤くんの姿を、見れたような錯覚に陥った。あまりにも当時の奏多と冬馬の姿が、重なって見えたから。
ライブは進んでいき、ついに冬馬のソロコーナーになった。
披露する楽曲のイントロが流れた瞬間、春香の目には涙が浮かんだ。流れた曲は、藤奏多のソロ曲。それも、奏多が初めて作詞を手がけた、藤奏多のファンにとって、思い出の詰まった楽曲だったからだ。
どうしようもなく、冬馬と奏多の姿が重なる。かつての藤くんの姿が、そこにあるかのようだった。声も、顔も、踊り方や仕草まで、奏多と冬馬は、驚くほど似ていた。
彼らは兄弟というだけで、別人だ。それは分かっているけど、分かっているはずなのに、あまりにもその姿がキラキラとしていて、春香はときめいた。
♢
「森野さん、どうでした?かっこよかったでしょ、Winterも」
「うん、すごくかっこよかった。これから応援しようかな。藤くんのこと」
明るく笑っていた部下が、ふと真剣な顔になる。不思議に思って彼女の方を見ると、何事もなかったようにまた笑った。
「どうかした?」
「いや、森野さんって、分かりやすいですよね。そんなに似てます?藤兄弟」
私は歩いていた足を止める。もしかして、最初から全部、バレていたのだろうか。
「え?」
「前から気になってたんですよね。森野さんが黄色い小物ばっかり持ってることとか、アイドル知らないって言いながら連番とかオタクしか知らないワード出しても普通に会話通じたり」
「えーっと、まあ、アハハ」
確かに、ライブで隣の席に座ることを連番というのはオタクくらいかと思い返す。
「もしかして、私が藤くん……Springが好きって分かったから毎日話しかけてきてたの?」
「そうですね。布教のチャンスかなって」
部下は笑いながら、最初気がついた時は兄の方かよ!惜しい!って思ったんですけどね、と言った。それでも嬉しかったと。
「今度Springの話聞かせてください。兄の方、私全然知らないんで。あ、会社では森野さんがオタクだってバレないようにするんでそれは安心してください」
「私にもWinterのこと教えて。冬馬くんのこと、あんまり知らないからさ。会社では、まあ……うん、隠せるなら隠したいかな」
春香はその日、Springの応援用として使っていたSNSのアカウントを削除した。
迷ったけれど、すっかり姿を変えてバンドマンとなってしまった藤くんのことを、今後自分が応援することはないと確信したから。
そして、Winterの応援用として持っていた、今まではあまり使っていなかったアカウントをメインに切り替える。
【推しは藤冬馬/兄推しだった元Springオタク/藤兄弟は永遠】
春香は少し悩んだ後、プロフィール欄にそう書き込んだ。冬馬のことだけを書くには、まだ藤くんの、いや、Spring時代の藤奏多を好きだという想いが大きかったから。
弟に兄の姿を重ねて、好きだと錯覚しているだけなのかもしれない。春香の心の中には、永遠にSpringの藤奏多の姿しかないのかもしれない。それを失礼だと言う人もいると思う。
でも、それならそれでいいかなと思った。
だって、藤くんが好きだった気持ちに、藤くんに沢山助けられて青春時代を生きてきたことに、何の嘘もないのだから。
今は、Winterの冬馬くんを応援していたい。藤くんによく似た、素敵なこの人を。Winterだって、いつ解散してしまうか分からない。冬馬くんも、いつか変わってしまうかもしれない。永遠が無いと分かったからこそ、応援できる時に、応援したい人を推していよう。
Springは解散したけれど、春香の推し活人生は、少し形を変えてこれからも続いていく。
「ううん、全然。私こそごめんね。急にWinterのライブ行ってみたいなんて」
「誘ったのは私ですから。森野さんは絶対来てくれると思って、勝手にチケット二枚で申し込みしてましたし。是非これを機にWinterにハマってもらえたら嬉しいです!」
春香は、部下と一緒にWinterのライブ会場に来ていた。
藤くんがバンドマンになると発表した後から、これからは冬馬くんを応援しようと思う気持ちが少しづつ大きくなってきて。覚悟を決めた時に思い出したのだ。部下がWinterのライブに誘ってくれていたことを。
「でも、ペンライトとか団扇とか、私が教えなくても普通に準備して来るからちょっと驚いちゃいました。冬馬くんのやつ買ったんですね」
「え?あ、うん、えっと……」
部下は冬馬くんとは別のメンバーの団扇を片手に、ニコニコと笑っている。
「あはは。なんとなく分かってるんで大丈夫ですよ。今日冬馬くんソロコーナーあるんですけど、お兄ちゃんのソロ曲のカバーなので楽しみにしててください」
「へ?」
意味深な笑顔を向けられ、春香は困ってしまう。というか、ソロ曲?藤くんの曲を、冬馬くんが歌うの?どれを?
いつもならセットリストをSNSですぐに確認してしまうのに、今回に限って何の事前情報も持たずに会場に来てしまった。
『Winter行くぞ!』
開園して、センターステージにスポットライトが当たる。春香はいつも通りペンライトの色を黄色にしていたけど、出てきたWinterの姿を見てハッとする。そうだ、冬馬のメンバーカラーは赤だった。
慌ててカチカチとペンライトの色を切り替え、ステージを再び見る。
春香の目に映ったのは、とびっきりキラキラの笑顔を放つ藤冬馬の姿だった。
か、かっこいい!藤くんみたい!
アリーナ席の後方、決してステージから近いとはいえない座席だったけれど、冬馬の姿はとても輝いて見えた。
次の瞬間、春香の視線は更に冬馬に釘付けになる。冬馬が、ステージの中央でバク転をしたからだ。
くるりと宙を舞い華麗に決めポーズをした冬馬の姿は、春香が藤奏多を好きになった当時の彼の仕草そのものに見えた。
藤くんを好きになった当時、藤奏多はよくアクロバットを披露していた。けれど、春香が中学を卒業しライブに行けるようになった頃には、藤くんはアクロバットを披露することがなくなってしまった。
だから、春香は映像でしか見たことのない藤くんの姿を、見れたような錯覚に陥った。あまりにも当時の奏多と冬馬の姿が、重なって見えたから。
ライブは進んでいき、ついに冬馬のソロコーナーになった。
披露する楽曲のイントロが流れた瞬間、春香の目には涙が浮かんだ。流れた曲は、藤奏多のソロ曲。それも、奏多が初めて作詞を手がけた、藤奏多のファンにとって、思い出の詰まった楽曲だったからだ。
どうしようもなく、冬馬と奏多の姿が重なる。かつての藤くんの姿が、そこにあるかのようだった。声も、顔も、踊り方や仕草まで、奏多と冬馬は、驚くほど似ていた。
彼らは兄弟というだけで、別人だ。それは分かっているけど、分かっているはずなのに、あまりにもその姿がキラキラとしていて、春香はときめいた。
♢
「森野さん、どうでした?かっこよかったでしょ、Winterも」
「うん、すごくかっこよかった。これから応援しようかな。藤くんのこと」
明るく笑っていた部下が、ふと真剣な顔になる。不思議に思って彼女の方を見ると、何事もなかったようにまた笑った。
「どうかした?」
「いや、森野さんって、分かりやすいですよね。そんなに似てます?藤兄弟」
私は歩いていた足を止める。もしかして、最初から全部、バレていたのだろうか。
「え?」
「前から気になってたんですよね。森野さんが黄色い小物ばっかり持ってることとか、アイドル知らないって言いながら連番とかオタクしか知らないワード出しても普通に会話通じたり」
「えーっと、まあ、アハハ」
確かに、ライブで隣の席に座ることを連番というのはオタクくらいかと思い返す。
「もしかして、私が藤くん……Springが好きって分かったから毎日話しかけてきてたの?」
「そうですね。布教のチャンスかなって」
部下は笑いながら、最初気がついた時は兄の方かよ!惜しい!って思ったんですけどね、と言った。それでも嬉しかったと。
「今度Springの話聞かせてください。兄の方、私全然知らないんで。あ、会社では森野さんがオタクだってバレないようにするんでそれは安心してください」
「私にもWinterのこと教えて。冬馬くんのこと、あんまり知らないからさ。会社では、まあ……うん、隠せるなら隠したいかな」
春香はその日、Springの応援用として使っていたSNSのアカウントを削除した。
迷ったけれど、すっかり姿を変えてバンドマンとなってしまった藤くんのことを、今後自分が応援することはないと確信したから。
そして、Winterの応援用として持っていた、今まではあまり使っていなかったアカウントをメインに切り替える。
【推しは藤冬馬/兄推しだった元Springオタク/藤兄弟は永遠】
春香は少し悩んだ後、プロフィール欄にそう書き込んだ。冬馬のことだけを書くには、まだ藤くんの、いや、Spring時代の藤奏多を好きだという想いが大きかったから。
弟に兄の姿を重ねて、好きだと錯覚しているだけなのかもしれない。春香の心の中には、永遠にSpringの藤奏多の姿しかないのかもしれない。それを失礼だと言う人もいると思う。
でも、それならそれでいいかなと思った。
だって、藤くんが好きだった気持ちに、藤くんに沢山助けられて青春時代を生きてきたことに、何の嘘もないのだから。
今は、Winterの冬馬くんを応援していたい。藤くんによく似た、素敵なこの人を。Winterだって、いつ解散してしまうか分からない。冬馬くんも、いつか変わってしまうかもしれない。永遠が無いと分かったからこそ、応援できる時に、応援したい人を推していよう。
Springは解散したけれど、春香の推し活人生は、少し形を変えてこれからも続いていく。
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