推しのアイドルグループが解散しました

優月紬

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中島琴乃の場合

【4】

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 Springのいない日々は、一瞬で過ぎ去っていく。
 気がつけば彼らの解散から、二ヶ月が経過していた。

 藤奏多の退所とバンド結成や、菜原龍之介の芸能界引退、梅田修斗のソロデビューなど、解散後のメンバーの今後についても少しづつ発表されている。
 琴乃はそれらを寂しい気持ちで見届けながら、淡々と日々を過ごしていた。

「中島さん、利用者少ないから、配架はいかお願いしてもいい?」
「はい、今行きます」

 琴乃はいつものように、図書館の本棚に返却された本を戻していく。配架と呼ばれる作業だ。彼女は大学卒業後、図書館で働いていた。
 採用試験には落ちたので、派遣社員として。

 努力は必ずしも報われるとは限らない。

 弥生奨太を見ていなくても、琴乃は何度もそのことを痛感していた。そもそも大学だって、滑り止めで受かったところだ。高校だってそう。模試では合格ラインを余裕で超えていたのに、入試では落ちる。それの繰り返し。
 いつだって琴乃は、どんなに努力しても、一番欲しいものには手が届かなかった。
 今だってそう。資格は取れた。でも、採用試験には落ちて、中途半端に派遣司書として働いている。倍率の高い仕事だから、派遣でも採用されただけ良かったと思っているけれど。

「すみません、絵本ってどこにありますか?」
「絵本ですね。児童書と絵本は一階になりますので、ご案内します」

 子供連れの利用者に声をかけられ、琴乃はしゃがんで本を棚に戻す作業を止めて立ち上がり、案内しようとする。でも。

「あ、……大丈夫です、ありがとうございます。ほら、行くよ」

 琴乃が振り返ると、その人は琴乃の方を見て怪訝な顔をし、子供を連れてサッサと歩き出してしまった。
 琴乃は笑顔のまま、小さく頭を下げた。

 いつものこと、いつものことなんだけど。傷つくよなぁ。

 多分、琴乃の見た目が派手だから、子供に悪影響を及ぼすとでも思ったのだろう。それに、どうしてこんな奴が図書館で働いているんだとか、そんなことを考えたのかもしれない。
 琴乃は、ピアスひとつ開けたことがないし、髪の毛も黒髪だ。服装も、黒いパンツに白いシャツ、支給されたエプロンスタイル。それなのに、ハーフに間違われるほど彫りの深い顔に、高すぎる身長。そのせいで、よくこういった扱いを受ける。昔から。おかげで友達も少ない。

『ねえ、そこで本読んでる人、隣座ってもいい?ってかさ、その本貸してくれない?菜原がドラマやってたやつだよね?』

 まあ、そんな感じで村崎推しの友達みたいに躊躇わず話しかけてくる人もいるから、少ないながら友達もいるけれど。

 そういえば、あの時は菜原って誰って思ったけど、今思うとSpringの菜原か。ウケる。

 思わず笑いそうになって、咳払いをして隠した。まずい。配架作業に戻らないと。
 琴乃は次に棚に戻す本に手を伸ばして、作業に戻った。



【Spring解散の原因はメンバーの不仲!?弥生奨太の密会相手は、匂わせ女優だけじゃなかった!】

 仕事のお昼休み、スマホをぼんやりと眺めていた琴乃は、その記事の見出しを見つけてしまった。記事の日付を見ると、二ヶ月前くらい。解散直後から出回っていたものみたいだ。
 琴乃はため息を吐きながら、内容は読まずに画面をスクロールしていく。

 世間はどうしても、奨太くんのせいでSpringが解散したってことにしたいんだろうな。

 この前は、激変した見た目でバンド活動を始めた藤奏多が脱退を望んだから解散って書かれた記事を見つけた。あと、弟がデビューしたから事務所内の出演枠を受け渡すためとか。
 記事の公開日時を見る限り、それと同じくらいの時期に弥生奨太の密会記事も出たのだと思う。
 世間が、全部奨太くんのせいにしたくて。

「中島さん、ちょっと手伝ってくれない?」
「……はい?え、それどうしたんですか?」

 突然名前を呼ばれて振り返ると、午後から出勤の仕事仲間が、大きな段ボール箱を休憩室に運び込んできた。
 琴乃は慌てて立ち上がり、それを開ける。
 中に入っていたのは、カップ麺だった。

「ごめんね。あ、これ中島さんも貰って。推しがCMやってるんだけどさ、キャンペーンに応募するためにって思ったら買いすぎちゃって。食べきれないからみんなに配ろうかなと」
「ああ、この前話してたWinterの」
「そうなの!ライブが当たるってなったら、やっぱり買っちゃうじゃない?」

 仕事仲間は豪快に笑って、一人3個づつね!と言ってメモ書きをカップ麺に貼り付けていた。

 このカップ麺は数ヶ月前まで、Springの梅田くんがCMやってたのにな。

 琴乃は梅田推しではないが、切ない気持ちになった。なんだか、Springというアイドルグループの存在が、消えていくようで。解散はもう、してるんだけど。

「カップ麺がたくさん売れて、Winterは冬馬一強のグループじゃないって証明できたらいいんだけど。努力は報われるものだってよく言うし、これだけ買ったら大丈夫よね、きっと。最近Springが解散したせいでオタクがこっちに流れてきて、更に冬馬一強の雰囲気が強くなってて嫌なのよ。ほらあの人、弟だから。あ、中島さんアイドル興味ないわよね、ごめんなさい、こんな話」
「……そうですね。カップ麺ありがとうございます」

 琴乃は早口で捲し立てるその人に向かって曖昧に笑い、貰ったカップ麺を抱えてその場を離れた。余計なことを言わないように。
 もし琴乃がSpringの弥生奨太を推しているなんてバレたら、確実に職場に居場所がなくなる。そのくらい、奨太くんは世間から嫌われているから。言えるわけがない。

 琴乃は自分のロッカーの前に辿り着くと、中にカップ麺を押し込む。時計を見るとまだ時間があったので、もう一度スマホを開いた。

【弥生奨太、退所のお知らせ】

「……えっ!?」

 退所、するの?ってことは、引退?

 目の前に飛び込んできたメールの件名だけを読み、琴乃は狼狽える。てっきり奨太くんは、梅田くんと同じように事務所に残ってソロ活動をすると思っていたからだ。
 琴乃はそっと、本文を開いた。

【弊社所属タレント弥生奨太は、本人の申し出により退所することとなりました】

 書いてある文章は、それだけ。本人コメントもなければ、菜原くんの時のように芸能界を引退するとも書いていない。
 奨太くんはブログもSNSもやっていないから、本人の様子は分からないままだ。解散のあの日から、ずっと。

 でも退所するってことは、引退の可能性もあるし、藤くんみたいに方向性を大きく変える可能性もあるってことだよね……?

 琴乃は、泣きたくなった。職場で泣くなんてできないから堪えているけれど、泣きたくてたまらない。

 退所するってことは、もう私の知ってる弥生奨太は、見れなくなるの?もしかしたら、頑張っている姿すら、見れなくなるの?奨太くんの努力はずっと報われないまま、勉強してるって言ってた英語を披露することもないまま、エンターテイメントの世界を、去ってしまうの?

 琴乃は気を逸らそうとして、SNSを開いた。せめて少しでも気持ちを楽にしたくて。

【弥生くん退所ってことは、やっぱり結婚?】
【弥生奨太退所って本格的にSpring終わった感じが……。芸能界引退はないよね?勿体なさすぎる】
【やっぱり弥生くんが結婚したくてSpring解散?だとしたらマジで許せない】
【他のメンバーの時は全部コメント出したのに、修斗くんのブログ更新されなくない?やっぱり解散の原因って弥生のワガママなの?】
【本人コメントなしって、ファンを大事にしないことで有名な弥生らしくて笑うw】

 見なきゃよかった。いつも通り、奨太くんが悪いんだね。そうなんですね、そうなんですね……。

 琴乃の気持ちは、深い闇の底に沈んでいく。結婚は自由にすればいいし、解散が奨太くんのせいにされるのも、もう諦める。
 でも、どうか芸能活動だけは続けてくれますようにと、琴乃はただそれだけを願った。

 弥生奨太に、もっと早く出会えていたら。もっともっと、たくさんのパフォーマンスが見れたのに。ファンになるのが、遅すぎたんだろうな。そうしたら、アクロバットとか、村崎と一緒に歌った歌だって、見ることができたのに。

 琴乃は時計を見てため息を吐くと、そのまま仕事に戻っていった。
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