銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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帝国・教国編

糸の縺れた道化(アルディオス視点)

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夜風に揺れる前髪を手ぐしで整えるフリをして、左耳のピアスに魔力を流す。

元は1つの宝石だったものを、2人で分けたカフスピアス。
そのモチーフは桜で、僕の誕生花だ。

チョーカと同様、毎日の付け外しは僕の担当。ふとミュリエルへ目を向けるたび、銀髪の合間で黒の桜が揺れている光景は・・・何度見たって得い言ぬほどの幸福を与えてくれる。
―ちなみに、出来上がったピアスを見た瞬間、僕は職人を城に呼び寄せ身辺調査を命じてもいた。
呪術が発達する魔の国では、誕生日が重要な個人情報。王族である僕の誕生日は、機会がなくてミュリエルに伝えられていない現状、父しか知らないはずだから。
・・・結局、情報漏れは確認できず。いくつかの偶然が重なった結果―職人を呼んだ時期が春で、面会の折にミュリエルが薄桃色のドレスを纏っていたこと―だろう、という結論に落ち着いた。
その時ついたため息の温度まで思い出して、目尻が下がる。けれど、キィンと高く澄んだ応答音が聞こえるまでにかかった時間は――64秒。
ずいぶんと、遠くに来てしまったらしい。

だが・・・どれだけ、切なくなっても。王都を出てからミュリエルの名前を声に出すことはない。写真1枚すら、持っていない。
―この世界で、彼女の全てを理解しているのは僕だけでいい。
それでも、愛おしくなって瞬きを繰り返せば笑顔が鮮明に浮かぶ。胸の奥が、穏やかな熱を持つ。
せめてもの慰めに、胸に手を当てて香袋の存在を確かめた。中身は魔石に変えてきたけど、優しいぬくもりが感じられて。

―必ず、帰る。だからすべての喧騒から離れた眠りの中で、もう少しだけ待っていて。


△▼△


予定通り宣戦布告を終えてすぐ、僕はヴィントに旋回を指示して帝都の結界を観察していた。
面積的な大きさはほぼ同じながら、帝都のほうが生物の気配が多い。その営みを覆い尽くすドーム型の光は、ほのかに金の輝きが混じる。
また白地に金のラメ・・・教会に属する者たちは、どうしてここまで的確に僕の癇に障るようなことができるのか、問い質したいくらいだった。
だが、心を揺らすことはしない。努めて冷静に、観察を続けた。
報告通り、結界魔法が下手な帝国の聖女だけでは説明がつかないほどの厚みがある。
単層ながらも、複数の魔力が混じった結界。だが――

「歪だな」

なるほど。確かに雑だ。
魔力の流れが不鮮明で、所々に澱みがある。元の術者の技量もあるだろうが、純粋な祈りの積み重ねではなく、力を注ぎ足しただけの代物であることは一目で理解する。
・・・これなら、それほど消耗せずに済みそうだ。

「ヴィント、1割速度を落として左回りに。最後に中央に戻って」 
「御意」

結界の上空を滑るように進みながら、僕は左右の袖口から細身のナイフを取り出した。
刃は雲間から覗く月光を吸い込むように薄く暗く、柄には銀の枠組みに黒い魔石が嵌め込まれている。ツヴァイの持つ黒刃と同じ、魔力を断つ金属と僕の魔石で構成された唯一無二の武器。
教国の特産である聖鉱は、折れた破片も返納の義務が課されるほどに厳重な管理下にある。それを、人員も時間も一切惜しまず秘密裏に手に入れさせた。
それでも、ナイフ3本分が限界量。まあ、未知の素材を目の前に、ハイドワーフの親方が大健闘してくれた。おかげで魔法も付与できる素晴らしい出来になったから、今までの苦労も全て報われたけど。

視線を落とす。魔力は常に変化し続けているが、流れが滞りやすい箇所はすでに見当がついていた。
一つ目、北北東。
二つ目、南西。
三つ目・・・中央、城の真上。

指先で軌道を計算し、躊躇なく投擲する。
空気を切る音すらなく、ナイフは全投狙い通りに突き刺さった。
黒い刃が結界に刺さるたび、聖の魔力が歪んでパチパチと音がする。幻想的な白い光が、風に揺られるカーテンのように波打つ。
翼を半開きに、3本目の真上でホバリングしたヴィントの背から手をかざし、魔力を流した。

「墜ちろ」

ナイフの魔石が同時に点滅し、重力が満ちる。ナイフ自体の重みが増して、結界に亀裂が生じていくのをただ結果として受け止めた。
3点を中心に、結界の内部構造が静かに崩壊していく。激しい変化はない。ただ、張り詰めていた糸が次々と断ち切られていく感覚だけが伝わってくる。
抵抗は、一切なかった。

「・・・」

全てのナイフが貫通した瞬間、帝都を覆っていた結界は音もなく消失した。
まるで、最初から存在していなかったかのように。白光は霧散し、夜の冷気が街へと流れ込む。

・・・この程度か。
僕は魔石を辿って重力を反転させ、手元に戻ったナイフをキャッチする。残量を確認して元の場所に納めつつ、視線を城へ向けた。
帝都の地下には、すでに礎が揃っている。あと1手で準備は整う。
僕はマスケに指を添え、無意識に一息つく。
体温で温められた布から、金木犀の香りが微かに鼻を掠めた様な気がした。


△▼△


教会が聖女を見つけ、帝都に迎えるよりも前。新皇帝が即位した記念事業として城周辺の石畳を補修した業者は、全員息のかかった者たちにすり替えておいた。
初代が張った結界が未だある王国では、できない芸当だ。作業中、帝都の役人や兵士は誰1人として疑問を持たず、誰1人として気づかないまま。むしろ、腕の良さに追加報酬をもらったらしい。
ともかく地中深くの指定された場所に、布石は埋め込まれている。
・・・もちろん、一生使われないままの可能性だってあった。むしろ僕は、そちらを期待したのだけど。

「展開」

無駄な思考を振り払い、魔力を込めた指先を下に向け呟きを落とす。
地中に眠っていた魔石が呼応し、無色透明の支柱となる。数秒後には、城を中心に円柱型の重力魔法が展開された。
城の上空から地表まで、完全に閉じ込めた空間。この中で起きる事象が、外に漏れることはない。

これから起こることは、再現だ。
妻の誇り高き守護がなければ、魔都はこうなっていたという。
胸の奥が、夜風と同じ温度に冷えていく。吐く息が一筋、白く煙って消えた。
ここで初めて、僕は連れてきたドラゴンへと目を向けた。

「ルント」
「は、はい!」

ヴィントの足首にしがみつき、終始縮こまっていた黒竜がびくりと反応する。
驚きと、それ以上の喜びが混じった声色が伝わってきた。

「用意はいいか」 
「陛下のご命令とあらば、いつでも!」

僕は今陛下じゃないけど、一応機密だし彼に訂正させるのも時間の無駄だ。
淡々と、指示だけ出した。

「では指示通りに。狙いは城のみ。合図は僕が出す」
「御意!」

ルントが上空に飛行する。そして、黒雲の隙間で漆黒の身体が膨張した。
封じていた魔力を開放し、骨格が軋む音がする。みるみるうちに鱗が夜空を覆う。
まもなく、帝都の上空に完全なブラックドラゴンが顕現した。

瞬きの後、地を揺るがす咆哮。

―ROOOOOOAAAARR!!

なまじ感度が良かったせいで、ルントに気づいた者達は咆哮をまともに食らって一様に膝をついている。空気や街全体が震え、一瞬で凍りつく。
彼より上位である僕やヴィントは動じないけど、宴の中心だった城内が騒然とするのは必然。数分後、城の最上階にある鐘が激しく打ち鳴らされる。
だが、それだけだ。魔術でも魔法でもなく、彼らが持ち上げるのは鉄の剣なまくらばかり。人間の国でよくある、魔術師、魔法使いの体力がない=有事の際に動けない、というお手本のような醜態が眼下で繰りひろげられている。
それにしても初動が遅い。まるでそんなつもりじゃなかった、とでも言わんばかりの反応に唇の端が歪む。

「撃て」

短く告げる。ルントが息を大きく吸い込んだ後、紅蓮の炎が帝都の夜を真っ直ぐに引き裂いた。


ーーーーーーーーーー

副題 ∶ Der Narr hat den Drachen geweckt道化が、竜を目覚めさせた.
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感想 1

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みんなの感想(1件)

にゃぁ
2020.08.06 にゃぁ

続編!とても好きなお話なので嬉しいです。ありがとうございます。
アル様視点のミュリエルの可愛さ。これは溺愛しちゃいますよね。
読んでいてキュンとして涙が出ちゃいました。
素敵なお話、ありがとうございました。
無理のない範囲で続編、お待ちしています。

2020.08.06 理音

閲覧、感想いただきありがとうございます。アルは大分暴走していると思いますが、どうやら宣言後はこれが日常化しているようです。

解除

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