銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

文字の大きさ
67 / 70
帝国・教国編

僕の、罪(アルディオス視点)

「許可なくこの間から出ることも叶わぬというのに・・・往生際が悪い」

頬杖をつきながら宣う聖主を視界の端に納めつつも、迫り来る銀の鎖を小太刀で真横から叩き払う。キィィン、と高い金属音が無機質な空間に反響した。
腕への衝撃に、内心顔をしかめる。『奇跡』とやらを帯びた鎖は、身体強化でちょうど弾ける威力。見た目の物理的な質量を遥かに凌駕していた。
用意した小太刀は、あくまで軌道を逸らし間合いを維持するための『棒』にしか使えない。そう判断した瞬間、僕は距離を取って剣柄の組み紐で鞘を固定した。
金眼が、こちらを貫くように見ている。ただ、それに映っているのは僕ではない。その証拠に

「その性質も、あの子と同じ・・・永き輪廻の末に、やっと戻ったか」

・・・ゾワリ、とした。執着するのは僕の性質だが、されるのは慣れていない。というかアレだけには絶対に慣れたくない。

「・・・しつこいな」

重心を落とし、最低限のフットワークだけで次の鎖を掠めるように躱した。
右方から視界を塗り潰すように殺到する三本の鎖。小太刀で二本を弾き、本命の一本に対して、逆手に握った黒のナイフを垂直に振り下ろした。
―手応えはある。
ギチ、と嫌な感触のあと、銀の鎖が黒の刃によって切断されて床に散った。

「ふむ」

感心したような聖主の声を無視して、一歩でも前へ。遠距離攻撃が使えない今、距離を詰めなければ攻撃に転じることもできない。
それにしても、と思案する。身体強化を最大にして、ようやく一つの輪を断てる現状。
鎖の正体はただの物質でも、単なる魔力の凝縮体でもない。おそらく、聖主が定義した『拘束』という概念そのものなのだろう。
魔力を根源として、逃げられない、逆らえないという法を鎖に固定し、出力している。だからこそ、魔力を断つナイフが通り、物理的な破壊を目的とした小太刀が無効化されるのだ。

「では、これならどうだ?」

聖主の指先が蠢き、空間そのものから鎖が這い出してくる。

「くっ!」

瞬時に軌道を読み、踏み込んだ足の筋力を瞬発させる。身体強化のみで後方に跳躍し、円を描いて着地後すぐにサイドステップで追撃を避けた。頬を掠めた鎖の風圧で、マスケがわずかに揺れる。
・・・今のは、自重を弄れば余裕を持って躱せた攻撃だ。
訓練に訓練を重ねて。羽が生えたように動ける本来の自分をひた隠しにして、地を這う者を演じ続けるのは想定以上の疲労を感じさせた。
だが、その苛立ちさえも今は糧にする。『最大速度』を誤認させ続けることも、勝ち筋を保つ条件の1つだ。

「素晴らしい・・・次だ」

動き続けて・・・その内に、既視感を覚えた。ここまでの立ち回りは、奇しくも魔力抜きでツヴァイ、ヴィント、ラティスの3人と行った訓練の日々を彷彿とさせる。
2ヶ月前の、容赦ない実践経験。そこで培われたものが、今の僕を支えている。暗殺者ヴィント前衛最強ツヴァイ固定砲台ラティスの連携に比べれば、挙動はあまりに単調だった。
直線的にしか動かず、法則に則った銀鎖には魔族特攻はあっても僕の部下たちが持つ『泥臭い狡猾さ』を持たない。
温度のないやりとりに、思わず口元に笑みが浮かんでいた。鎖の隙間にナイフの先端を滑り込ませ、あえて破壊は狙わずに弾く。

​「・・・ふっ、ははっ」

視界を埋め尽くす銀の鎖。それを紙一重の自重操作で躱し、魔力を乗せた黒のナイフで断ち切って抜ける。
外部への重力魔法を封じられたこの空間では、魔力の消費こそ抑えられているが、一瞬の判断ミスが敗北に直結する。神経が焼き切れるような集中力の応酬。
​・・・だが、決定打がない。このまま消耗していくことだけは避けねば。

​「ずいぶんと余裕だな・・・今頃お前の国は、大聖女の浄化の光に溢れているというのに。隠した我が聖女が」
​「お前のじゃない」
「・・・日の目を見るのも、間近だ」

聖主は、言葉を遮った僕にも左右対称の顔に好奇のようなものを浮かべたまま。両手をこちらに広げ、再び口を開いた。

​「いいや、彼女は特別丁寧に設えた。私を唯一ただひとつとし、全てを捧げて祈る聖女を。だからこそ・・・苦難の上に試練を与えた」
「――何だと?」
「魔王と聖女の相関については、既知であろう? それに、祈りとは常に満たされぬ者から起こる。それらを乗り越えた暁に、祝福を授ける予定であったのに」

足の動きが、凍りついたように止まった。耳の奥で、自身の鼓動が鐘のようにジンジンと鳴り響く。
実母の死。義母たちの暴虐。実父の無関心。たった5歳の少女がたった1人で背負わされた、10年の地獄。
それらが、『試練』という言葉で片付けられてたまるか。
だが、口にはしない。魔力探知ができず、視認さえ歪む『聖女の加護』に防がれたとはいえ、僕は彼女を救えなかった事実があるから。
これだけは、心の奥底にずっと、自責の念として持ち続けてきた。そして、恐れてきた。
・・・君を求めた僕が、『魔王』という聖女と相反する宿命を持って生まれたせいで。僕の存在自体が、彼女をより過酷な『苦難』に追い込んでいるのではないか、と。
だというのに。
絶望と、憤怒。このとき僕を支配しているのはその2つだけだった。

​「お前が・・・彼女の苦しみを、語るな・・・ッ!!」

​沸騰した感情のまま、小太刀を捨て猛然と踏み込んだ。先ほどまでの精密さを欠き、わずかに軌道が逸れる。
『神』を名乗る塊まであと数センチ。その距離で、ナイフを握った左腕が銀の鎖に絡め取られる。

​「終わりだ」

無機質な宣告。
続けざまに放たれた鎖が、僕の右腕、脚、そして全身を固定する。両方から骨が軋むほどに張られた姿勢は、十字に磔にされた囚人と変わらない。
カランと音を立てて、黒のナイフが白い床へ落ちる。

「ぐっ・・・ぁ!」

食い込む鎖から、定期的に滲み出る聖魔法が全身を焼く。視界が明滅するほどの激痛が走った。
腰掛けていた場所から立ち上がった聖主は、その金目に純粋な慈愛すら浮かべて歩み寄ってくる。

​「お前は、忙しい兄を慮りほんのわずかの間、聖女の世話を志願しただけなのだから」
「戯言を・・・!」

僕が、彼女を手放すことなど未来永劫あり得ない。
怒りを露わにする頬を、聖主がなぞった。マスケ越しの感触に、嫌悪感が全身を襲う。
・・・それはまるで近しい相手を撫でるように、けれど温度のない指で。

「ときに、無知なる魔王よ。聖女という花を最も高く咲かせる方法は?」
「知るか」
「・・・絶望、だ」

予想はしたが、反吐が出る。だが僕の反応など眼中にない聖主は、言葉を続けた。

「通常1回のそれを、2回も耐えた・・・稀に見る高潔。素晴らしい出来だ」
「・・・」
「1回目は幼少期。そして2回目は」

白く何も持ったことがなさそうな細腕に、顎を持ち上げられる。身体を蝕む聖魔法がぴたりと止み、僅かに脱力したその瞬間だった。



「覚醒直前・・・お前には、心当たりがあるのではないか?」

王国の男爵令嬢で、『聖女の加護』下にあった彼女を手に入れるために犯した・・・僕の罪。



僕は初めて、聖主の目を正面から見た。呪術に嵌る可能性を鑑み、ずっと避けてきたのに。
呼気がかかるほどの距離にある、その目は力の根源だ。聖主の身体の中でどこよりも強く魔力を感じる。それ自体が光を放つような黄金の目に、青ざめた自分の顔が写っていた。

「そうだ。あの時、お前が与えた絶望により彼女の魂は真の意味で完成した。世界を癒やす力を、比類なき純度で手に入れたのだ」
「嘘だ・・・!」
「私が、偽りを述べる理由などない。ヒトではあるまいし」

痛みより、寒気を覚えた。その証拠に指先が、全身が震える。

「だが、お前は過ちを犯したわけではない。あのままでは、本当に壊れかねなかったのだろう」

何か言わなければ、と思うのに言葉が出ない。喉を締め付けるのは、僕自身の罪悪感だったから。

「問題は手段ではない・・・お前が、魔王であることだ」

視界の金、左右の耳から交互に流れ込む言葉に、呼吸が浅く短くなっていく。

「魔王である限り、彼女は善悪に関わらずあらゆる者に求められ、狙われる」
「魔王である限り、お前はその身も彼女も争いの中に置かざるを得ない」
「魔王である限り、互いを喪う恐怖を抱き続ける・・・今も、彼女は独り残された暗闇の中で、崩壊しそうな自我をなんとか繋ぎ止めている」
「・・・どう、すれば・・・」

彼女を、幸せにできる? なんの憂いもなく、争いもなく、ただ、日々を穏やかに過ごす。共にありたいとだけ望む彼女を。

「大いなる庇護・・・私の元へ来れば、役職の義務は消える」
「あ・・・」
「魔王を捨て、彼女と同じ側に。弟と聖女の帰還を、慈愛を持って受け入れよう」

顔を上げた僕の視界には、白。額から垂れる汗で、金光が滲んだ。

「ただ、私のかいなの中で。2人微笑み合い、愛を語るためだけに存在すれば良い」


感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!