銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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王国の聖女編

王国の聖女の話(マリアンヌ視点)

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わたくしは、美しい。神が与えたその身体は聖女たるべく清らかなまま。すらりと伸びる手足。いついかなる時でも、頭の先から爪の先まで全てが完璧に手入れされ、整えられている。
窓から吹き込む風に、緩やかなカーブを描く銀髪がゆらりと揺れた。私の美貌を一層引き立て、濃い紫の瞳には意思が強く宿る。

ーだから、わたくしを取り巻く全てのものが美しくあらねればならない。


▽▲▽


その身に纏う金の刺繍が入った純白の法衣は聖女にのみ与えられる一級品。その蔦が絡み合う様な繊細な文様は繁栄と慈愛を表している。
わたくしを構成するもの全てを美しく。それは纏う衣に始まり、口にするもの、目にするもの、すべてにおいて当てはまる。

そんなわたくしには、身を飾るに相応しい美しいものを集める趣味がある。その中でも特に熱を入れ込んでいるのは宝石だ。
アメジストやトパーズ、ダイヤモンドなど鉱石も捨てがたいが、最近のお気に入りは・・・魔石。魔力を含んだ色石で、主に魔物から取れるもの。
初めはそれを、見たことがなかった。わたくしの聖魔法で魔物を浄化した場合、何も残らないから。しかし、依頼を受けて魔物を討伐していくうちに、冒険者が仕留めたウィンドウルフから取り出したそれを見た瞬間、心を奪われたのだった。
毛皮を剥がされ、腑分けされた赤い血肉の中から現れたのは、金平糖のように角を複数持つ淡いグリーンの結晶。

「なんて悲しげで、厳しい色・・・」

思わず、本心が口をついて出る。魔石を取り上げた冒険者は驚いたような顔でこちらを見たが、微笑みを返して供養させてもらえないか、と告げるとわたくしの慈愛に感動すら覚えたように石を手渡してくれた。
それからは、積極的に討伐隊に参加した。聖魔法の使い方を滅殺から弱体化デバフに変えて、冒険者や部隊の者たちに倒させる。結果的にそれは彼らの経験値となり、素材での収入にもつながり、大いに喜ばれた。
低級な素材は換金し、大型の魔物や討伐対象の魔石だけを浄化すると譲り受け、持ち帰る。
魔石は、宝石と違って研磨する必要がない。体内から取り出された瞬間に、形が決まるのだ。そして同じ魔物でも1つとして同じ色形はない。あとは、その中に封じられた魔力が尽きれば砂となる。
その宝石とは異なり、刹那的で完成された美に、わたくしは夢中になっていった。


そのうちに、知的好奇心が抑えきれなくなる。知性などない魔物ですらこれだけ美しいのだ。人とほぼ同じ体を持ち、知性もある魔族ならどれだけ美しい魔石が秘められているのだろう、と。
初めては、奴隷として売られていた獣人だった。隷属魔法で抵抗すらできないソレを聖魔法で弱らせて、護衛騎士に首を飛ばさせる。普段の討伐より味気なかったけれど、取り出されたのは魔物とは比べ物にならない大きさの毛と瞳の色バイカラートルマリン

「もっと、もっとよ」

日に透かして輝きを確かめて、覚えた歓喜は今でもはっきりと胸に残っている。


▽▲▽


「あなたの忠誠、いつも感謝しているわ。さあ、手を出して」

微笑みながら、長年胸元に飾っていたロザリオの要石を外した。その中心に煌めく、アメジストのブローチが揺れるたびに淡く甘美な魔力の波動が室内に満ちる。跪く信者の頬が、うっとりと緩んだ。

「このブローチを下賜いたしましょう。わたくしの力と想いがこもっているわ。相応しい者を導くために使いなさい」
「は、はい・・・! 光栄でございます」
「けれど、ただ渡して終わりではないのよ。この石は呼び水なの。対象に夢を見せて、心の奥から神に縋りたくなるように仕向けるための」

本当は、わたくしにだけれど。
本心は隠して、微笑みかける。信者は驚いたように目を開いた。

「その方を、探し出すのですね」
「ええ。まずはあなたの教会に導きなさい。そして、わたくしの許へと辿り着かせるの。彼女はきっと泣きながら祈るでしょう。誰か助けてって・・・そうしたら、手を差し伸べるのよ。慈悲深き女神のように、美しく、優雅に」

自然と瞳が細まり、紫の光を揺らめかせる。思わず喉の奥で笑みが漏れるが、努めて悲しげに語りかける。

「だけど、ブローチだけでは足りないわ・・・手段は問わない。言葉でも、儀式でも、使えるものは何でも使って精度を高めなさい」

そもそも、銀髪と紫の瞳を持つ少女という、容姿の情報しか無い相手に呪いをかけるのはとても難しい。生きてはいると思うけれど、どこにいるかすら定かではない。だから、この成果については五分と言ったところ。あまり期待はしていなかった。

「はい。しかし、もし・・・呪いが跳ね返った場合は?」

問いかけた信者の声はわずかに震えていたが、微笑みを絶やさずに答えた。ご褒美に、顔に触れて目を合わせてあげる。
わたくしが操る魅了の香りを、もう二度と会うこともない信者の肺に染み込ませるように。恐怖からかほんのわずかに残った理性を溶かし、傀儡とするために。

「それもまた、聖なる者の務めよ。わたくしの礎となりなさい。そうすれば、魂は浄化され救われるわ」

男は安堵したように瞳を閉じた。命すら惜しくないその姿に、満足げに頷いた。
信者を下げ、ソファに沈む。教義を損なわないように装飾は少なめだが、実家から持ってきた最高級品だ。よく働いたわたくしの体を優しく受け止め、癒してくれるお気に入り。
ワインを傾けながら、ひとりごちる。

「彼女がわたくしの手を取るのが楽しみだわ。どんな声で泣いて、どんな表情で救いを乞うのかしら」

身を預け、新しく手に入れた石を愛でる。国境の、長きにわたり封印されてきた大蛇の魔石を手に入れたのは、長く申請を出してきた魔の国へのダンジョン討伐許可が、ようやくおりたからだった。
対峙するまでの道のりは犠牲を伴うものちょっと大変だったけど、『自身の最も愛するもの』を見せる幻影はわたくしには効果がない。
わたくしが愛すのは、唯一。わたくし自身だもの。

わたくしの瞳によく似た紫紺の魔石の効果は、持ち主の言葉に真実らしさを与えるというもの。人々が自然と信じたくなるような響きを持つようになる、魔力の波紋を感じながら紫のカーテン越しに夜の空を見上げた。
本物の聖女・・・ダンジョンへ行くまでに間に合えばいいけれど。でももし、間に合わなければ彼女の悪夢が伸びるだけのこと。
口角が上がる。わたくしの足元に跪く、その日が待ち遠しい。


・・・わたくしは、ついぞ知らないままだった。
その本物が、1人の男に狂おしいほどに愛される、妻であることを。


▽▲▽


出立直前の、久しぶりの帰省。自分の部屋から直通で作らせた秘密の地下室。腕が立ち、心酔する者達は命ずるがまま獲物を揃えてくれる。
討伐前に、筆おろししない魔石をロザリオの要石として使うほど、わたくしは命知らずではない。趣味と実益を兼ねて、久しぶりにを愛でたい気分になったのだ。

「ルイス、本当に手に入ったの?」
「はい、本日は純粋な魔人の入手に成功いたしました」
「ふふ、それは楽しみね」

笑みが浮かび、上機嫌でいるわたくしに水を差すのは立ち並ぶ檻からの呪詛。実害を伴わない音なんて何の意味もない。
混じりものは一気にかたを付けよう。メインディッシュが待っているのだ。
目を閉じて、ロザリオを手にわたくしは祈る。

「エリアハイヒール」

聖女の魔力は、すべからく魔物にとって毒。それは、癒しの魔法にも当てはまる。途端響き渡る悲鳴と懺悔。檻それぞれに控える騎士たちが槍を構えて処理を始め、すぐに静かになった。
討伐経験がモノを言う。だからわたくしの抱える騎士達はとても強い。

コツ、コツ、コツ。
ステップを踏んで最奥にたどり着けば、苦悶の表情さえ浮かべているものの傷一つない真っさらな魔族。
やはり、魔族は気高い。口元に笑みを浮かべながらわたくしは優雅にカーテンシーを取った。

「お初にお目にかかります。あなたのお名前を伺っても?」
「生憎、殲滅者に名乗る名はねぇ」
「あら、わたくしは教国に認められ、王国に求められた慈愛の聖女ですわよ」
「娘はどこだ」

苛立ちを隠そうともしない男に、クスリと笑う。ルイスに用意させていた袋の中からひとつかみして、広げた手のひらからこぼれ落ちた色とりどりの魔石たち。男の目が怒りに染まる。

「ぜーんぶ屑石でしたわね。やはり半魔はダメね」
「貴様ぁあああ!!」

時折奴隷として売られていたり、街中に紛れていたりする半魔の魔石は、色味も薄くて脆弱で、加工しやすいのはいいけどすぐに割れてしまう。
その証拠に石畳の床に落ちるたびに、パチンパチンとはじけるように割れていく。

「さて、どれだったかしら?  こっちのペリドット? それともガーネット?」

まだ壊れきっていない欠片をハイヒールで踏み潰し、砂にしていく。激昂した魔族は魔封じの鎖のことすら忘れて、掴みかかろうとしてくる。
それは髪を混ぜた特別性でしてよ。オーガキングですら引きちぎれないのを確認済みだ。

「さて、閣下のお色は何でしょう」

美しければ、わたくしのコレクションに加えて差し上げます。
ロザリオから、純白の光をもって放たれた矢に貫かれ、ルイスの一閃で魔族はピクリとも動かなくなる。

「聖女様、こちらになります」

差し出された魔石は、男と同じ瞳のルビーだった。大きさは普通だけれどピジョンブラットに匹敵するほどの濃さ。
これなら、わたくしの銀の髪を彩るに値する輝きね。

「髪飾りに加工しておいて」
「承知いたしました。明後日の出立までに間に合わせます」
「よろしく」

全てを終えて、部屋に戻る。頭をよぎるのは5日後の式典。
知性と勇敢さに溢れ、政務も優秀だけど、色恋沙汰には疎くどこか夢見がちなレオフリート様は長らく婚約するのを渋っていたけれど。監視の目があるとは言えこの旅を一緒に過ごすのだから、いくらでも既成事実を作れる。そうすればわたくしは王妃だ。

そして、一番の目的である魔王。代ごとに使用魔法が異なるなど多くは謎に包まれており、全身に黒を纏うと言われる魔族の王。
口元に、弓なりの笑みが浮かぶ。
その辺の魔族ですらわたくしの心を掴んで離さないのだ。その最たる王なら、どのような色石で悦ばせてくれるのだろう、と。


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