銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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王国の聖女編

ある司教の話(ニクラス視点)

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王都にある教会の司教であるニクラス視点


ーーーーーーーーー

はやる気持ちを抑えて、足早に廊下を進む。ここを進むのも半年までなら倍くらいの時間がかかったが、通りかかる相手にも立ち止まることなく会釈で済ませることができる。むしろ、今の私は廊下の端で止まって会釈するシスターたちに手をあげて応じる立場だ。
本部への移動が叶って4年、ついに司教に取り立てられた。その上式典で使用する聖女様の法衣を、確認する使命を仰せつかったのだ。


今代の聖女、マリアンヌ・フォン・アイスナー様は10人いれば10人が振り返るほどの美貌の持ち主だ。
陶磁器のような真っ白な肌に、高貴な赤い口紅をふっくらとした唇にさしている。銀色の髪はふわふわと神がかったウェーブで優しく風になびき、意志の強い紫の瞳は祈る時は優しく、魔の者と対峙する時は厳しくも真っ直ぐとした色を宿す。手足もすらりと長くつま先にはその美しさを損なわない透明のマニキュアを施し、全ての造形が整っている。
普段身に纏うシスター服は、少し前までいた他の候補たちと同じ質素な支給品なのにも関わらず、彼女だけ後光がさしているかのように輝いていた。ロザリオの中央に、女神像に変わって嵌め込まれたブリリアンカットのアメジストだけが唯一華美なものだが、魔力の行使に宝石の相性がいいことはよく知られているため教皇直々の許可が出ていた。
また、名前から分かる通り彼女は王国の由緒正しい侯爵家の血を引いている。にも関わらず他の聖女候補たちと寝食を共にして孤児院などへの訪問も積極的に行ってきた。
聖女候補筆頭として長く活動されてきた彼女がやっと、正式に王国の聖女としての神のお告げを受けたのだった。

正直、私は不満だった。教会内の彼女の扱いは服装からも分かるように今までシスターに毛が生えたくらいの豊かさしかなく、彼女に救われた者達からの献上品もほとんどが本部預りになっていた。そこから彼女に直接与えられるものなど、本部が懐に収めた分を考えれば微々たるものだろう。
しかも、心根の優しいマリアンヌ様は討伐した魔物の素材を換金して、傷ついた村人たちや貧困に喘ぐ子どもたちに分け与えていたのだ。脅威を排除して憂いを払うばかりでなく、被害に遭った者達への気遣いや奉仕の精神に溢れた行いに彼女を聖女と言わずしてなんと言う。

私と同じように、教会の中にはマリアンヌ様の待遇を改善するように働きかける者たちがいる。初めは彼女と接することの多い助祭や牧師など下位の者達ばかりだったが、次第に教会所属の魔物討伐隊や、地域の有力者などに広がる。今や教会の中でも枢機卿の何人かが支持を表明するなど、教皇も無視できないほどの一大勢力を持つまでになっている。

私は、タイミングも気に入らなかった。
およそ1年前、魔の国では魔王が妻を娶ったと宣言が出たらしく、それも聖女だと宣ったらしい。
―そんなことは、ありえない。
なぜなら、聖女は守護により魔が近づくだけで違和感を感じるからだ。その感覚は人によって様々だが、吐き気や痺れなどの不快なものばかり。
この力は、神が与えた聖女の証として結界魔法と同様に有名だ。魔の者が纏う穢れた魔力瘴気を感知する能力が聖女には備わっている。命の危険すらある討伐に、志願され幾度となく参加されたマリアンヌ様は、自らが前線に立つことでいち早く敵の位置を察知し、隊や冒険者たちの助けになっていたのだ。
それに、文献には聖女は国の中心である王都にいながらも、魔王が王国の国境を一歩踏み越えただけで感じるとの一文もあった。
マリアンヌ様はここ1年ほど守りを固める意味合いもあり、本人の希望とはに王都を一歩も出ていない。その彼女が毎日恙無つつがなく祈り、何も感じていないのだから王国は安全だ。

―もしや、数年前に発表された帝国の聖女が、偽物だったのでは?
帝国初の聖女として随分もてはやされたようだが、新興国である帝国の支部は教会内では名言されていないだけで左遷先である。それに、平民あがりの皇帝では見抜けなかったのもうなずける。

「失礼いたします」

預かった鍵を回し、初めて礼拝堂の中に入る。早朝ということもあり、空気が澄み切っている。いや、本当にここだけ違う時間が流れているのかもしれない。
そこに、先客がいた。ローブを目深にかぶった長身の男が。
本来なら、ここへ立ち入る際は聖水で身を清め、身に纏う全てを白にしなければならい。にも関わらず其奴が纏うのは夜の闇よりも濃い漆黒。
しかも、その手には私の目的のものを摘み上げている。

「へぇ、これかぁ」
「ど、どの部隊のものだ! ここは司教より下は立ち入り禁止だぞ!」
「いやね、聖女の纏う法衣ってやつを、一度くらい見ておこうかと思って」

一瞬討伐隊の暗部かと勘違いしたが、彼らがこんなところにいるわけはない。敬虔すぎて教会に背く者全てを自ら粛清する者たちだ。自分達の身の振り方は彼らが一番わかっている。
にも関わらず、得体の知れない男は私のことなど意に関せず、聖女様の法衣を陽の光に晒す。不思議なことに、キラキラと輝くはずの金糸で刺繍された文様がくすんで見えた。

「でも、これはいらないなぁ。こんな呪いに満ちた魔導具、近づけさせたくもない」
「どういう意味だ!」
「思考力低下、それに伴う魔力の垂れ流し、行き先はそこの祭壇。その下に埋め込まれた魔石にどれだけ貯め込めば、神は君たちの前に姿を現すんだろうね」

しかも、本物じゃない魔力を捧げて。
その一言で確信した。こいつは教皇派の者だ。こんなところにまで邪魔をしてくるなどおこがましいにも程がある。

「マリアンヌ゙様は本物の聖女だ! 彼女の慈愛に満ちたお心、払いの魔力は歴代でも類を見ないほどに強い!」
「まぁ、そう信じたいならそうそればいい。用件は済んだから僕はお暇することにするよ」

ただし、敵対するなら容赦はしない。長生きしたければ手を出さないことだね。
ローブ越しに、見えないはずの視線を感じてどっと冷や汗が出る。男はひどく整った口元に余裕の笑みを浮かべて、瞬きする間に衣を残して消えていた。


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