銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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とある日の2人(ミュリエル視点)

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―どうか、少しの間でいいのでお休みになってください。

そう願った私に、アル様は瞳を瞬かせて苦笑を漏らした。



ずり落ちそうになっていた上着を再度引き寄せる。それを纏った旦那様に日々抱きしめられているから想像はしていたが、宵闇色の上着は私には大きくずっしり重かった。ネグリジェとセーターで訪れたために寒くないようにとかけられたものだけれど、彼が日々背負っている責任を表しているような気がした。
そのアル様は座る私のももに頭を乗せて、横になっていた。執務室の広々としたソファに靴を脱いで、瞳を閉じている。襟元は緩めてあり、普段私が使っている膝掛けを肩までかけている。
吐く息は静かで穏やかで、安堵の息をついた。

―ミュリエル、30分経ったら起こして。ちゃんと僕が休んでいるか、見張っていてね。

私の言葉を聞き入れてくれて、役目まで与えてくれた。最近本当に忙しそうにしていたから、たとえ言葉を交わすことも食事を共にすることもなくても。そばにいられるだけで幸せだった。

預かっていた右手を毛布の下に戻して、左手を取った。寝る前に許可をもらって、マッサージを施していたのだった。指を一本一本指先に向かって揉みほぐしたり、親指で手のひらをにぎにぎと押したり。血流がよくなったからか、始める前と比べて暖かくなっていた。大きくて、厚くて大変だったけれど、頑張った甲斐がある。
触れてわかる、ペンだこではないところに少し硬さがある。剣を扱っているところを見たことはない。でも、きっと素晴らしい技術をお持ちなのでしょう。
・・・もしかしたら、そういったものに私を近づけさせたくないのかもしれない。もちろん帯剣した騎士と会うことはあるけれど、アル様本人や側近であるクリスが持っているところを見たことはなかった。

胸が、ジンと熱くなる。涙腺が緩む。私はどれだけこの人に守られているのだろう。大切にされているのだろう。愛されているのだろう。

見つめる。あまりに整った寝顔だった。しばらく迷った後にそっと両手で瞼に触れた。重さではなく暖かさを伝える、いわゆる“手当て”というものだった。
もし手をあてて、反応するようだったらすぐに離そうと思っていたけれど。マッサージをしている時からそうだったが、少しの身じろぎもせず深い眠りのままだった。

執務室に入室した時も、目元を押さえていたから。酷使しているであろう瞳を少しでもスッキリさせることができるのなら、嬉しいことはない。
手当ては、子供の頃にされたことがある。発熱で寝付けない私に対してだから、きっとお母様がしてくれたのでしょう。
子供の頃の優しい思い出を、する側の立場になれたことに気がついて、ふふふ、と1人笑みを浮かべた。

(終)
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