銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

文字の大きさ
8 / 61

とある夜の2人(アルディオス視点)

しおりを挟む
しばらく頭を撫でていたけれど、少し呼吸の落ち着いてきたミュリエルを抱き上げる。今夜も本能がまま、求められるがままにたっぷり愛されて限界なのか、瞼が今にもくっついてしまいそうだ。でも、ぱちり、ぱちりと紫の瞳をまたたかせて抵抗しているみたい。かわいい。
ん、と鼻を抜ける甘い声が耳朶を打つ。
背中にまわされた腕が緩く握られ、肩口に柔らかな唇や髪が触れる。すりすりと甘える彼女に自然と口元に笑みが浮かんだ。理性が緩んだミュリエルは、最高のご褒美だ。

「ある、さま・・・」
「一緒に、入ろうね」

こくり、とうなずいた彼女を腕に抱いて、僕は浴室へと足を踏み入れた。


 △▼△


「あ、あの。アル様」
「なぁに? ミュリエル」

結局ミュリエルの意識は泡だらけにされているときに戻ってきてしまい。今は後頭部と水面からのぞく膝頭だけが見えている。
この時間に入るお湯は、少しの香油と保温・保湿効果が高い入浴剤入りで桃色に濁っていた。それに、普段使っている浴槽ではなく、猫足のついたバスタブに二人して入っている。足腰立たず、船をこいでいることもある彼女に万が一があっては絶対にいけないから、常に片腕は脇の下に通して背後から抱きしめる格好でいる。
表情が見えないのは残念だけれど、狭くて、密着できるから好きだった。

「わたし、いつもお手を煩わせているのでしょうか」
「何のこと?」
「その、した、後の・・・」

それ以上は限界だったみたいで、ぶくぶくと言葉は泡と消えていく。
鼻呼吸が確保されているのをまろい顔を撫でて確認しつつ、髪をすいた。

「僕がしたいから、しているだけだよ」

手を加えて身を整えて、僕はミュリエルを愛でることを癒しにしている。
執務室の改修工事が終わって、専用のソファが配置されてから。彼女と触れ合え、そばにいられる時間は増えたけれど。あれもしたい、これもしたいと次から次へとやりたいことが出てきて欲を抑えきれないでいる。

「わたし、てっきり、レネが整えてくれているとばかり思っていて」
「うーん、ここ最近は全部僕かなぁ」
「うう・・・」

ついこの前の休日は彼女を膝の上に乗せたまま、手の爪を思う存分整えさせてもらった。軽くやすりをかけて、オイルで艶を出してネイルポリッシュを重ねる。刺繍をする彼女の爪は糸との接触が多いせいか欠けやすく、付け爪も向いていない。実に有意義な休日だった。
自分の色に染まっていく爪先を満足げに、終わってからも繰り返し見たものだ。仕事が滞って宰相に半目で見られるまでね。

「アル様、すみ・・・」
「こら」
「ひぁん!」

申し訳なさからか、禁句を呟こうとしたミュリエルに、お仕置きの意味をこめてうなじに舌を這わせる。反射的に離れようとした身体を捕らえて、わざとリップ音を響かせた。
使っているのは同じ石鹸、シャンプーなのに。ミュリエルはいつでも美味しい。解せない。

「あ、あんっ」
「本当にいけないことをしたとき以外、なんだっけ?」
「あ、うぅ、あやまっちゃ、ひんっ」

ちゅく、ちゅる、じゅるる、きゅー・・・
舌を這わせたままに、桃色の肌は赤く染まる。キスマークを撫でられて、ひくんと肩を揺らした愛しい人は早口で言葉を継いだ。

「ダメ、らめですぅ・・・」
「よろしい」

これでもだいぶ減ったけどね、奥ゆかしい彼女はこんな決まりでもないと、口をついて謝ってしまう。

「僕が欲しいのは、お褒めの言葉だよ」

背を向けるのは危険と判断したのか、対面して座るミュリエルの肩へ、頭を預けた。どうやら眠気は覚めたみたい。
しれっと腕も回す。コルセットなんかなくても、ミュリエルの腰はしなやかなくびれを保っている。たまに力加減を間違えて、跡がついてしまわないか心配になる。

「アル様・・・」
「そのためなら、君の望みは僕が叶える」

何回目かの、嘘偽りのない誓いを捧げた。
俯瞰して。僕が賢王としてあるのは100%彼女の善性によるものだ。なにせ僕はに、魔王の地位にいて、叛逆の芽を摘み、善政を施しているのだから。今までもこれからも、それ以外の意図はない。
もし、ミュリエルが望むなら。王国を地図から消すことも、全ての教会を破壊し尽くすことも厭わない。僕の元々の性質はそちら寄りだし。

ー温かい。これは頭を撫でてくれてるのかな。

「本当に、いつもありがとうございます」
「うん」
「愛してくれて。アル様が心を配って、そばにいてくれるから。私は、幸せに生きていけます」
「僕もだよ」
「私は、アル様が健やかで、笑っていてほしいです。そして、その時にそばにいるのは私でありたい」

そんな平和な願いを躊躇いもなく口にしてくれるから。ミュリエルは尊い。
それに、他人のことだけでなく自分の願いを入れられたのは、成長の証かもしれない。
顔を上げると、彼女の優しい手が、頬に触れる。その手を上から重ねる。

「僕は、ミュリエルの一番になりたいな」
「いちばん、ですよ?」
「もっといろんな顔も知りたい、ってこと」

泣かせたり、苦しめたいわけではないけど。どんな時に笑ってどんな時に喜ぶのか、つぶさに見守りたいのだ。

「湯冷めする前に、そろそろ上がろうか」
「はい」

ざぱりと、先に上がって用意されていたバスローブを身につける。後ろを振り返ればバスタブの縁に手をついて、ぷるぷると震えている愛しい人。

「ん?」
「あの、ちからが・・・」
「おや、ちょっと待ってて?」

自分の髪は垂れてこない程度に適当に拭いて、新品のタオルを手にミュリエルを抱き上げる。

「ありがとう、ございます・・・」
「どういたしまして」

腕の中のミュリエルはあわてて胸を隠しているけれど。
もしかして、気づいていないのかな? 足腰立たない彼女がこの後何を着せてもらって眠ることになるかは、僕に委ねられているってこと。
察しのいい侍女の気配が消えた更衣室へ向けて、僕は気分よく歩き出した。


(終)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...