銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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日常編

他者から見た2人(ラティス視点)

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近衛騎士団副団長であるラティス・フォン・ヴィンベルグ視点


ーーーーーーーーー

新年会の始まる前、俺は護衛役として空の玉座の後ろに控えていた。所用があり、団長は席を外している。昨日、両陛下を頼むと短く依頼された時の表情は見たこともないほどに鋭かった。
だが、彼らが動いているのなら大丈夫だと思えた。それに玉座の背後、西日が当たるステンドグラスの脇に引かれた緊急用出口カーテンには影も控えている。見える護衛たる俺は、俺の任務を遂行するだけだ。
従者服のヴァンピーア公の左隣、玉座の右隣に立ちながら剣の柄に手を置く。そろそろ、定刻だった。
懐中時計をぱちりと閉め、視線の合った宰相が頷く。彼は緑の髪を揺らして階段を降りながら、もう一度、間全体に視線を巡らせる。定位置にたどり着いてから少しの間があり、朗々とした声が響いた。

「謁見を始める。頭を垂れよ」

一度最敬礼をし、警備のためにすぐに解く。王は珍しく奥の扉から入場し、忠臣たちの背後から玉座へと進む動線をとっていた。

・・・これが、魔王陛下と、妃陛下。

顔を上げた俺には2人が進む様子を余すことなく鑑賞することができた。その栄誉に、幸福に、尊さに、一瞬任務を忘れそうになる。
それはまさしく一枚の絵画を鑑賞するかのような、満ち足りたひとときだったから。
絨毯の上に響く足音は、1対だけ。何せ、王はその腕に妃を抱き上げて入場してきたから。
妃の、式典用のグローブを纏った手が王の肩に置かれている。その言葉のないやりとりに、俺は互いに厚い信頼のもとにあることを確信した。
ただの装いだけでは説明のつかぬ気高さが、神秘的な雰囲気が2人から溢れていた。特に、彼女が纏う黒のドレスと、淡く輝く銀の髪の対比が素晴らしい。ドレス全体に広がる銀の刺繍を俺よりも細身とはいえ高身長な隣で微笑んでいる公爵が仕上げたと、誰が思うだろうか?
軍靴の音が静まり、広間が静寂に包まれる中、最前列のカイン様・・・前魔王も臣下の礼を取っている。
だが、その前に立った陛下は歩みを止めると、苦笑を浮かべて声をかけた。

「父さん、顔を上げて。前にも言ったけど礼しなくていいよ」

その腕に抱かれた妃も、小さく何度も頷く。彼女が陛下から降ろしてもらえる気配はなかったが。
礼を解いて、座したカイン様はそっくりな苦笑を浮かべながら答えた。

「一応、形だけでも必要だと思いますよ?」
「父さんは僕の臣下じゃない・・・家族だろう」
「・・・そうですね、ありがとう」

交わされる短いやりとりに、思わず目が細まる。会場全体を視界に収めながらも、王座の前で歩みを止めた陛下がようやく妃を地に降ろされた。
足元が軽く揺れ、ふわりと絨毯を踏む感覚に戸惑うように彼女は足を揃えて数歩踏む。その柔い足取りを、王座に腰掛けた漆黒の目が見守っていた。
何も言わずに、ただ左手を差し出す。妃がそっと指を重ねた瞬間、彼女は再びその腕に導かれ、自然と陛下の左膝へと抱かれるように座した。
高く、威厳ある玉座に―ふたりでひとつの、完璧な構図が完成したと思った。

「・・・あの」
「どうしたかな」

陛下は、横抱きにして膝に収まる妃を見下ろして緩やかに微笑んだ。彼女はベールの下、視線を落としながら手で口元を隠して囁く。
その声すら、鈴が鳴るかのように軽やかで清楚だ。

「少しだけ、落ち着かないです」
「座り直していいよ。手、緩めようか?」
「だめです・・・落ち、ます」
「では、もう少し深くおいで。頭も僕に預けていいよ」

そう言って、陛下の手はやや下から、妃の腰をやさしく引き寄せ支え直す。妃の黒のドレスの裾にある刺繍とまったく同じ意匠が陛下の袖口にも編まれていて危うく刮目、二度見しそうになる。勿論この場にある他のどの軍服にもない。
対であると、誰の目にも分かるひと手間。そして、その装いは誇示などでは絶対にない。静かな、しかし確かな愛情の交差だった。

「寒くない?」
「ケープのおかげで暖かいです。でも、髪が」
「ん?」
「その、アルの前髪が一房、落ちてきていて・・・直してもいいですか?」
「ええ、ぜひ」
「はい」

妃陛下は懐から出した柘植つげ櫛を手に、そっと髪に触れる。その小さな指先で、瞳を伏せた陛下の額にかかる黒髪を後ろへ撫でつけた。その丁寧な仕草が、どこまでも尊く思える。
・・・種族柄、そういう欲は薄いはずなのに。俺に夫婦っていいなと思わせるくらいには、破壊力抜群だった。

「ふふ。ありがとう」
「どういたしまして」

表情筋をどうにか制御しようとし、変な顔になっていたのだろう。右の公爵から堪えきれぬ振動と、グーサインが向いていたから。
・・・この2人の間では、これが日常なのだと確信する。言葉の端々に、息遣いすら優しく響く。会話は小さく音にはならない動きばかりだが、陛下が彼女の指先に指を重ねると、頬が少し染まる。顔半分を覆うべールの奥に隠れているはずの微笑が、どうしてこんなに漏れてくるのか。
最後に2人は頷き合い、陛下は銀の髪を一房手に取ると口づけを落として、解放してから口を開いた。

「面を上げよ」

そうして、永遠に見ていられる序章が終わり、本編新年会が始まった。
宰相を司会に、陛下が言葉少なに新年の祝辞を述べる間、妃はその膝に抱かれたまま終始緊張で身を固くしていた。だが、それを悟らせぬよう、魔王は彼女の肩を優しく抱いて見えない角度で小さく声を落とす。

「大丈夫。あと少しで、終わるよ」
「はい」

その声は、唯一に届くような温度と柔らかさを含んでいて。妃が小さく瞬きをして微笑むと、王はそっと目元を細め、彼女の髪を指先で撫でる。そんな様子を公爵が微笑ましく見つめ、俺は内心で小さく呻いた。

・・・どうりで、あの堅物の騎士団長が護衛任務を譲らないわけだ。
その想いが心の奥底に根を下ろし始めた時、俺の中に一つの欲が芽生えた。自分も、あのような主君たちに仕えたい。
いや、一番近くに仕えさせてほしい・・・と。


△▼△


「団長。次の護衛任務交代しましょうか? 両陛下のお役に立ちたく存じます」
「私より、 強相応しければ」

数日後、訓練中のツヴァイに声をかける。振り返ったものの無表情のまま、間髪入れず返された言葉に俺は鬱蒼と笑った。
アイスブルーに宿るのは確固たる意志。珍しいことに、少しだけ虫の居所が悪いらしい。

「では、久しぶりに手合わせを願えますか」
「ああ」

王城内の訓練場。他人から見れば、突如始まったように思える大勝負に周囲が浮き足立つ。訓練も終わりかけていたため、ツヴァイが一言解散をかけ、希望者のみその場にとどまるように指示を出す。結果、非番の者を走って呼びにいく者達以外、全員がこの場にいる。
皆、強さに貪欲なようで感心だ。団の未来は明るい。
審判役には相談役を務める老騎士が立ち、試合の取り決めが告げられた。

「武器、魔法は全。一撃、または戦闘不能相当をもって一本とする」
『我は陛下の剣。その名の下に誓う』

2人して、相対して宣誓する。
俺は蔦で作った緑の杖を左手に、水の魔法剣を右に構えた。団長相手に手抜きはしていられないから最初から全力、真っ向勝負だ。魔力の波が微かに周囲を湿らせ、空気が重くなる。
対する団長は、いつも通り。一本の愛刀のみを静かに鞘に収めたまま、ゆっくりと柄に手を添える。

「はじめ!」

審判の開始の合図とともに、俺が先手を打つ。蔦の剣を絡め、動きを止めようとするが—

「遅い」

まるで蜃気楼のように、ツヴァイの姿が揺れた。その瞬間、地中から不意をついて彼の背後に飛び出したはずの蔦が裂け、団長の左手にある鞘が俺の胸元に突きつけられていた。
一瞬の間の後、老騎士の宣言。

「・・・一本!」
「まだまだ!」

距離を取る。叫ぶように魔力を増幅させ、水の剣を地面に突き刺すと、複数の水柱が立ち視界を遮る。
だが、通り抜けたのは一陣の氷風だった。

「二本目」

ツヴァイの剣が抜刀され、振られると同時に水柱が縦に割れる。瞬いたその次には、宣告とともに背後から首筋に逆刃を当てられていた。
・・・以後、何度攻撃を仕掛けようとも俺の攻撃は届かない。蔦を絡めても瞬時に黒刃で斬られ、水魔法を使っても読まれたかのように間を潰される。

なんだこれは・・・こんな剣、見たことがない。
それは、長い鍛錬や経験だけでは届かぬ領域だった。ツヴァイの剣には、絶対の忠誠と信頼、そして主君への深い敬愛がわかるほどにこもっていた。
これを才能だと言ったら、失礼になる。それほどまでに繰り返され、考えられ、再現可能な太刀筋。ありとあらゆる可能性を含んでいて、どこをどう切り崩せばいいのか、全く見当もつかない。

最後の一合。体力も魔力も限界に近い。両腕を交差させて全力で突き出した、全力だったが—

「終いです」

目にも止まらぬ一閃。ツヴァイの剣が両手の武器を絡め取り、絡めた蔦ごと俺を地面へ叩き伏せる。

「一本! 勝者、ツヴァイ団長!」

地面に倒れたままに、ぼんやりと空を見上げた。疲労ではない、いっそ清々しいまでの敗北感が胸を満たす。
だが、悲壮感はない。ただ、また自分が届かなかった弱かった、それだけのことだ。

「まいった。まさしく、騎士の鑑だな」

寝転んだままの俺にツヴァイは手を差し伸べる。それを取って立ち上がり、静かに頭を下げた。律儀に一礼を返す彼は、いつも以上にすっきりとした顔立ちをしていた。

「力があれば、守りたいものを守れる」
「ああ」
「ラティスには、ラティスの道がある。私を真似る必要などない」
「元より、剣一本で魔法を打ち破れる方法なんて見当もつかねぇよ」
「それは、この刃のおかげだ」

普段は黒塗りの刃のくせに、魔法を斬るときだけ彼の瞳と同じアイスブルーが刹那に舞う。そのことから、ツヴァイの二つ名は『氷結』だ。

「・・・謙遜すぎるのも罪だぞ」

その証拠に、あれだけ連発したのにも関わらず彼の背後には魔法攻撃の余波が一切ない。
そこにいなくとも、いつでも想定して意図的に被害を出さないようにしている。尊き御方の護衛たる彼の剣は、徹底しているのだ。
それに、たとえツヴァイの剣を俺が持っても、ここまでの成果は出せないし、そもそも発動前の魔法、展開される場所、その属性全てを瞬時に読むなんて芸当はできそうにない。
・・・ただ、こちらもただ手をこまねいているわけではない。強くなりたい欲も、プライドもある。

「団長から見て、俺はどこを直したらいい?」
「蔦と、水魔法。種族の特性を生かした組み合わせはいいが同時発動が多すぎる」
「なるほど・・・」
「どちらかだけも、間を開けての発動も。取り入れようとしているのはわかるが、まだ甘い。読めぬ空白は相手のリズムを崩すことに有効だ」
「精進するよ」
「ああ。私も、まだまだ」

その言葉に、俺は思わず笑った。本当どこまでいっちまうんだか。今ですら追いかけるのに手一杯なんだが。
ー護るために、敵を迅速に仕留める剣。寄り添う2人の主の隣に立ち続けるための刃。それこそが、この男の在る理由なのだと再認識した。
ふと、式典で見た2人の姿を思い出す。銀の髪を揺らす妃。その黒に彩られた装い。そして、それを誇らしげに抱く王の優しい眼差し。
あれこそが、忠誠を捧ぐにふさわしい『魔王』と『妃』だった。
そして、俺もまた、彼らに忠を誓う者の一人でありたいと。入隊直後、前魔王のカイン様に誓ったそれを、新たにするのだった。

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