銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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日常編

他者から見た彼の話(ツヴァイ視点)

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近衛騎士団長である、ツヴァイ視点。

ーーーーーーーーーー
乾いた風が訓練場を吹き抜け、鍛錬の音を攫っていった。土煙の向こう、無音の羽ばたきと共に動く影とそれを追う黒い軍服の男が鍔迫り合いを繰り広げている。
私は静かに、2人に目を向けていた。

ヴィントが相手を攻めている。羽根を硬化させて形作ったナイフのような双刀を、迷いなく振るっていた。風を切るような高い音がするその切っ先に、以前のような逡巡はない。むしろ、今日の彼は極めて真剣で、攻撃的だった。
相手は陛下—いや、今は訓練の主催者兼挑戦者として現れたアルディオス様その人だ。シンプルな軍服を纏い、少し伸びた髪は軽く後ろで結ばれている。
私の横、少し離れたところには無言のままの宰相の姿もあった。ただ念のためのポーションを握りしめたまま、見守っている。

「っ・・・」

ガキン、と鈍い金属音が続く。ヴィントの刃は速く、容赦がない。左右に握られた双刃から、コンパクトに繰り出され続ける攻撃を陛下は左手に握った剣一本、身体強化魔法のみで防ぎきっていた。
彼の代名詞でもある重力魔法は、訓練で久しく使っていない。それでも、打ち合いが20回を超えた今でも臆することも、倒れることなく耐え抜いている。

私は内心、唸るように息を吐く。以前、ヴィントはこの訓練において忠誠心から刃を向けることができなかった。
『主に剣を向けることなど、考えられない』と後退り、頑なに拒みすらしたのだ。
結果、陛下は彼を見限り一旦遠ざけた。必要としているのは、精度を上げるための真剣な訓練。それに応えられないのなら用はないと。
だが、あの放置がヴィントに火をつけた。本気の訓練で技量を上げ、練度を高める。かのお方が求める先にある未来平穏を、真の意味で理解したのだ。
今日の彼は、全力だ。互いのタイミングが合うときに何度か打ち合い、1本を取って取られてを繰り返している私にはよく分かる。
そもそも、ヴィントの真骨頂は暗躍、相手に毛取られぬ場所からの一撃にある。こういった開けた訓練場は向いた場所とは言えないものの、素晴らしい技量の持ち主である。

「ふっ・・・」

双刀を揃えての斬撃にも陛下は迷うことなく立ち向かっていく。細かな切り傷はあるものの決して揺らがず、だから受け切ることができる。
その姿には、もはや王だから守られているという甘えなど微塵もなかった。もとよりそんな思考はなく、こちらが動悸させられる場面の多い方だったが。

これらの変化の始まりは・・・おそらく、あの悪夢からだ。
ミュリエル様を間接的に、しかし明確に標的として狙った襲撃。そのとき、陛下は誰よりも心苦しく思い、後悔したのだろう。
相手を制する情報も、魔力もあるのに・・・苦しむ彼女を守れなかったと。
事態を収束させて以来、彼は剣を手にするようになった。それなりで終えていた研鑽を、再び始めたのだ。

私は瞬時、その背中にかつての自分を重ねそうになるのを振り払った。
陛下の剣は、私のように瞬時に敵を斬り伏せるためのものではない。愛する人を、己の唯一を守るために生き延びることに主軸を置いている。
だから、攻め込むより傷を負わないことを重要視する。
その戦い方は、流派にこだわらず自己流だ。だが、回を重ねるごとに被弾は減り、耐えられる時間が伸び、攻撃に転じることもある。決して、甘くはない油断はならない

やがて、ヴィントの刃が止まった。呼吸も整えず、彼は静かに頭を下げる。陛下も同じように礼を返し、額の汗を袖でぬぐった。

「ご苦労だったね、有意義な時間をありがとう」
「滅相もありません・・・我が主。再び願います」
「ああ、ヴィント。アルディオス・フォン・ルシフェルの名のもとに主従契約を」
「謹んで拝命いたします。この黒翼をもって、主の耳と目であることを誓います」

穏やかなやりとり。だが、息は互いに乱れている。
2人とも、ここから見ても分かるほどに肩が上下して疲労を隠せていない。視線のみの、無言のやりとり。それでもどこか満足そうに見えた。
クリスが差し出す布を受け取りながら、陛下はこちらへ向かってくる。

「ツヴァイ、少し休憩がてら話を聞いてもいいかな?」
「もちろんです、陛下」

そう応じつつも、私は内心わずかに苦笑する。
王である陛下が、自分に許可を求めてくる。そのあり方に、この場にいる誰も異を唱えないのがこの王城の今の空気感だった。

「さっきの僕、どう見えた?」

明確に向けられた問いに、私は向き直って少しだけ目を細める。低く心地よく響くその声には、手応えとかすかな不安が入り混じっていた。

「防御が主。それゆえに相手の刃の届く距離に入るのを若干ためらっているようにも見えました。ですが、無理に攻めようとせず、生き残る選択をし続けた結果が、あの5分間です」

「そうだね。僕はまだ、合間の攻めの型が決めきれていない・・・でも、それでも戦わなきゃいけない場面もあるだろう。ちなみに、僕に合う剣って、どんなものだと思う?」

真正面から問われ、少しだけ考えるふりをした。
いや、本当はもう答えは出ていた。戦う陛下を見ながら、常に考えていたから。

「小太刀、かと」
「・・・小太刀?」
「はい。軽く、構えの移動も少なくて済みます。優れた魔法使いである陛下にとって、邪魔にならず咄嗟の反応に応じやすい。刃渡りも短く、一般的に軽いため剣速を上げやすい。加えて、小回りが利き持ち運びも容易です」
「ふぅん・・・」

陛下は顎に手を当て、考えを巡らせたままにうなずいた。

「参考になったよ、ありがとう」
「お役に立てて、光栄です」

そして、ゆっくりと腰を上げる。一度ぐっと関節を伸ばして、身体を左右に反らせて力を抜いた。

「ヴィントにも、同じ質問をしてくる。彼の視点も参考にしたい」
「はい。是非に」

私はその背を見送った。足取りは普段より重いが、まっすぐと進んでいく。
自らに合う剣を持つことにおいて、陛下はまだスタートラインに立ったばかりだ。だが、問い続ける意志を持っている。その姿勢こそが、剣士に必要な最初の条件なのだ。

遠ざかる背中を見やれば、ヴィントが軽く頭を下げ、静かに何かを返している。言葉は聞こえなかったが、そのやり取りに、真剣な空気が通っていた。
私は訓練場の片隅に立ったまま、自分の剣を抜きかけてすぐにやめた。

「・・・さて、私も。現状に甘んじてはいられないな」

かつて、我々近衛騎士団は王を守るためのものであり、王の多くは戦うことなく命を預ける存在だった。特に、ここ500年ほどは歴代陛下の意向により他国との戦争はなく、尊きお方の警護や王都の治安維持に尽力してきたと聞いている。
だが今、その常識を覆す者がいる。守られるだけでなく、守る者になると決めた王が。

鞘に手をかけたまま、ふっと息を吐いた。次に陛下と剣を交えるとき、今日までのようにはいかないかもしれない。
ならば、自分も変わらねばならない。
冬の夜風がまた、訓練場を吹き抜けていく。その音の中に、新しいものを感じながら私は静かに目を閉じた。


(終)
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